緊縮は令和不況の始まり | うずらのブログ

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平成時代は20年不況に直面した衰退の時代だったが、次なる令和時代が明るい時代となり得るかどうか非常に心許ない。

 

いまだに「国債=国民の借金」、「国民の借金は国民全体で負担し返済すべき」と考える大バカ者が若者の中にもウヨウヨいる

【参照先】「日本財団「18歳意識調査」-国の借金どうするか-」

https://blogos.com/article/358848/

 

さらに、GWをまたぐ10連休に文句を垂れる社畜がワンサカおり、いまだに不況の原因が需要不足にあるという事実を理解せず、景気回復のためには懸命に働くしかないという誤解が蔓延している

【参照先】「10連休「うれしくない」4割=家事も仕事も「休めない」

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019041300257&g=soc

 

このままなら、令和は平成から不況のバトンを引き継ぎ、深刻な30年不況へと突入するのを避けられまい。

 

考えるだに恐ろしい"令和経済"のジリ貧 「異次元緩和」という時限爆弾』(4/20 PRESIDENTオンライン 小宮一慶/経営コンサルタント)

https://president.jp/articles/-/28428?page=1

「(略)そして、何よりも注意しなければならないのは、平成25年(2013年)の異次元緩和開始時には135兆円だったマネタリーベース(日銀券+日銀当座預金)が、なんと現時点で4倍近い500兆円にも達していることです。

それだけじゃぶじゃぶに資金を供給しているのです。

その裏では、政府が発行する国債の半分程度にも上る470兆円以上の国債を日銀が保有しており、さらには、日本企業の株式も大量に日銀が保有しています。非常に大きなリスクを日銀が取っているのです。一方、それをいいことに、政府が国債残高を増加させています。対名目GDP比の財政赤字は約200%と、先進国中最悪です。(略)

平成の時期に、世界の中での経済の地位を大きく落とした日本経済が、リカバリーを果たすのはそれほど容易でないことは想像に難くないことです。

10月には消費税導入も控えています。もちろん、AIやロボットの発達など、明るい材料もありますが、人口減少や高齢化はますます進みます。多少の犠牲を伴う、徹底的な「変革」が待ったなしで必要なのではないでしょうか。

 

令和経済に対する認識や見通しは、筆者と上記コラムを書いた小宮氏とでは大きく異なる。

 

筆者は、緊縮気味の財政運営が所得不足や需要不足を助長し、それが不況を悪化させるのを懸念し、一方の小宮氏は、異次元金融緩和政策が財政規律を弛緩させ、国債が膨張し、財政再建が遅れることを危惧している。

 

不況克服の手段として、なぜ、財政再建(緊縮財政+増税+社会保険料負担UP)が有効なのか?

 

小宮氏には、実体経済に緊縮政策や増税という毒をばらまけば経済成長できるという「珍説」の合理性と、不況下にあるいま、経済をシュリンクさせるだけの「奇手中の奇手」をあえて選択すべき理由をきちんと説明してもらいたい。

 

彼は、日銀が470兆円もの国債や企業の株式を保有すること“大きなリスク”それをいいことに政府は野放図に国債を増やして無駄遣いしていると批判する。

 

まず指摘しておきたいのは、日銀が国債を大量保有すること実質国債残高は大きく減り、ネットの利払いコストも大幅に減る。(政府⇔日銀間の取引は相殺されるため)

しかも、通貨発行権を有する政府にとって、自国通貨建て債務の返済能力に限界はなく、たとえ国債が何千兆円になろうとも返済が滞る事態などありえず、日銀の国債保有にリスクなど存在しない。(企業の株式は別→私企業の株などわざわざ日銀が買う必要はない)

 

彼は国債発行残高の積み上がりに文句をつけたいようだが、先進国として国債発行額が増え続けるのは当たり前のことであり、ぐだぐだと騒ぎ立てるのはド素人の証拠だ。

 

ちなみに、量的緩和=国債大量発行という大嘘を流す論者は多いが、量的緩和日銀が買っているのは既発債のみであり、新発債の多寡に直接的な影響を及ぼすものではない。

政府発行の新発債の発行高は、H28/54兆円→H30/48兆円にまで減らされており、金融緩和のせいで政府がじゃぶじゃぶ国債を刷りまくっているなんてのは、根拠ゼロの大嘘だ。

 

小宮氏はAIやロボットの発達を“明るい材料”と評しているが、需要のないAIや買い手のつかないロボットの、いったい何が明るいのか具体的に明示すべきだ。

マーケットなき新技術などまったく意味がない。

カネを払う者が誰もいないロボットなんて、廃棄コストの嵩むガラクタ以下だ。

 

彼も経営コンサルタントを称するなら、供給が経済を創るという産業革命以前の前近代的発想を改めるべきだろう。

 

彼は、「多少の犠牲を伴う、徹底的な「変革」が待ったなし」との決め台詞でコラムを〆ている

 

彼のような反国民主義者は、消費増税や社会保険料・年金支給開始年齢・医療介護負担などの引き上げという“国民にとっての大負担”すら、“多少の犠牲”くらいにしか思っていない。

面倒なことは全部虫けらども(=国民)に押し付けておけばよいと軽く考えているのだ。

 

ここで、緊縮主義者に言いくるめられがちな国民に問いたいのは、大増税や社保料負担増といった自己犠牲を払って大けがを負うのがよいのか、大規模な財政金融政策を実行し、所得UPを図る中で多少のインフレを甘受するのがよいのか、冷静に判断してもらいたいということだ。

 

『負担・我慢・緊縮』の不況スパイラルか、『景気過熱・所得増・物価UP』の成長路線か、いずれを選択すべきか、常識を以って考えれば答えは自ずと出るだろう。

 

反国民主義者の言う“徹底的な「変革」”とやらの妄言の先に待っているのは、限りなき貧困と絶望のみである。


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