明けましておめでとうございます。

 

昨年は、クリニックで行っているニキビ治療をニキビの根治療法として原著論文に仕上げ、英国のjournalに投稿し掲載されました。

 

今年は、皮膚の毛包の解剖学的構造を解明することができたので、論文にまとめてみたいと思っています。

 

既に確立されている人体解剖学に小さな貢献ができるかなと思います。

 

それから、手足の指趾に好発する尋常性疣贅、中でも難治とされる爪浸潤病変に対する根治療法を確立しえた感触を掴んだので、その材料集めをしてまとめるつもりです。

 

山手クリニックは小さなクリニックですが、真実を求め、そして、感動を求めて勉強し、少しでも皆様の健康と幸せに貢献できればと思っております。

 

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

機内から見えた富士山と中央アルプス

 

令和2年元旦 院長 津嘉山朝彦

 

最近は再生医療が盛んになり、髪の毛に関しても色々な治療法があるようですが、治療によって髪が増えることはあっても、若かりし時のままの容姿の人は珍しく、誰しも段々年を取っていくというのは避けられないわけで、加齢による減少は必ずあるものです。ですので、男性も女性も、最終目標は今の髪の毛の量と質を維持することにあるような気がしますまじかるクラウン

 

私も女性ではありますが、母が女性にしてはかなりの薄毛ですので遺伝の心配もあり、iPS細胞の進化に期待乙女のトキメキしつつ、当院での薄毛治療を試しているところです。

 

当院の主な薄毛治療は、発毛促進剤ヘアフィラーの注入です。4回1クールで、1~2クールの注入後、キープのために数ヶ月に1度くらいのペースで注入されている患者様が多いです。

 


私はと言えば、1クール後、いつもの美容師さんに、「何かやりました?」と聞かれて驚きました。髪の毛が元気筋肉に立ってきているとビックリされました。が、その後、2クール目を受けようと思いつつ、患者様の診療優先ゆえ、中々注入してもらう時間が取れず、先日は「時間はあるけど、注入剤の在庫が少なくて患者様の分が無くなると困るので、『今日はダメ!』とあせる。。。めげずに、続けなくてはです。


男性は少々剥げてもスキンヘッドでかっこ良い人もいらっしゃいますが、女性の超薄毛はカツラをつけるしか無いので、抜け毛が気になってきた時には治療を開始するべきビックリマークで、特に閉経後は男性化目してきますので、女性の場合は45~50歳前後がその開始時期だと、経験上の結論に達しております。ということで、私の場合、少々手遅れ感雨がございます。男性の場合の治療開始は30才~40才でしょうか。地肌がピカッと光らないうちの治療開始がお勧めです。(画期的な発明が今しばらく無ければです。。)

 

当院の治療法で、婿殿(娘の旦那さん35才)も、髪の毛がかなり増えてとても喜んでいます。やはり、若いと効き目が良いんですね。
 

下記は、まだ医療機関病院での治療が無い時代、リアップが発売された頃の我が家のお話です虹

 

 

 

☆輝く女性へのメディカルアンチエイジング~アロマテラピー&エステティックスクール~アンジェリカ 神戸三宮 

 

リアップが発売された頃のお話~髪は男の命~

 

今は昔、うん十年近く前のこと、私たちはいわゆる職場恋愛 ラブラブ。まだお互いの本性を隠し隠し、うれし楽しい時代でありました。ところが、彼の髪の毛はすでに黄昏(たそがれ)気味。私が彼とお付き合いしているのを知らない同僚は、彼の頭を背後から指差して、「ハゲるよ!。」とコッソリ私にささやきました。
ドキッ。やっぱり・・・>

 

デートの時も電話の時も、<傷つけてはいけない>と、髪の毛の話は、したことがありませんでした。

 

結婚後、毎朝、洗面台とその床は抜け毛だらけ。掃除しながら悲しくなりました。夫のお父さんは、サザエさん父、波平のような髪型 ハゲヅラ です。お父さんの頭に、夫の顔をダブらせて将来の姿を想像するたび、気が遠くなる毎日でした。がーん

 

私は、頭の皮をたたいて刺激するブラシくし、髪の毛にやさしいシャンプシャンプー、画期的と言われる養毛剤・育毛剤は発売を待ってすぐ、夫のために並々ならぬ愛情ドキドキ を注いで買い求めました。が、彼はとても不精で中々続かず、「あと数年の命か・・・」と思えるような抜け毛のさまでした。ほとんど諦めの境地となってからは、『ハゲ』『抜け毛』『髪の毛』等の言葉は、我が家の禁句NGとなりました。

 

しかし、やがて子どもたちが小学校に上がる頃にもなれば、「よそのお父さんに比べ、うちのお父さんは髪の毛が少ない。」と、気が付き始めます。「お父さんはハゲ!」と次男が口火を切って以来、「お父さんは、ベジータみたい。」「もうすぐ無くなる。」というような言葉が飛び交い始めました。

 

あまり言い過ぎるので、私はつい、男の子2人に、「お父さんの子どもだから、君たちもハゲるんだよ。」と、本当のことを口走ってしまいました。2人は、遺伝するとは夢にも思っていないようで、大変暗い表情を浮かべました。当時、長男は、小学校中学年くらいだったでしょうか。2人はこの日以来、将来の不安をかかえ込むこととなりました。がーん

 

夫は、「君たちは、25才までに結婚したらいいよ。音譜」とアドバイスしていましたが、あまり慰めにはならなかったようでした。それで、夫はまた、このように2人を元気付けました。
君たちの大きくなる頃には、きっと、よく効く毛生え薬が発明されるから、心配することないグッド!
2人は、ちょっと、安心したようでした。

 

そして、1999年のこと。我が家に久々の明るいニュース。
ロゲイン(日本での商品名は「リアップ」)が、今年、日本でも発売される。ロゲインは、育毛剤でなく画期的な発毛剤。つんつるてんの人以外、8割以上の人に効く!」というもの。夫は、「発売はいつだ?」「まだか?」と、とても期待している様子でした。もちろん、我が2人の息子も同様。男というもの、ハゲていては女性にもてないと思っているようです

 

しかし。ここで申し上げておきましょう。
男は外見より中身です。リアップより、○イ○○○かと思います姫りぼん

< (_ _)>

 

 

昔々に、「主婦の生活」というホームページを作っていた時に、載せていた文章です。

夫が予想したとおり、画期的な毛髪再生医療の発明も近いかもしれません。

こちらも、多くの雑誌に紹介していただいた個人ホームページに載せていたものの転載です。

 

 

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今までに、喜びはたくさんありました。志望校に合格した時、就職先が決まった時、主人と結婚した日、子供が生まれた時・・・。 

 

そしてまた、悲しいこともたくさんありました。父が釣りから帰ってこなかった時も、つらく悲しいできごとでした。

 

阪神大震災の次の年、10月10日朝、実家の母から電話がありました。

昨日の朝から1人で釣りに出かけたまま、お父さんが帰ってこない。夜には帰ってくるはずだった。」


前夜、警察に連絡したそうですが、捜索は夜が明けてからしかできないと言われ、私の弟、親戚、釣り仲間が朝まで一晩中、父を海岸から探したそうです。私には、<心配するだろうから夜が明けてから連絡しよう>ということになり、「今朝から海上保安庁の巡視船とヘリコプターで探してくれることになっているから、連絡を待つように。」と言われました。

 

父は釣り仲間とお金を出し合い、釣り用の船を買って、よく1人でも釣りに出掛けていました。船とは言っても、船の一部に屋根があってエンジンが2基(1基は緊急用)付いてるだけの、ボートに近いものでした。船に乗ったまま行方不明ということは、何が起きたか想像するのは簡単でした。海の水に飲み込まれていく父を思い浮かべ、私と子供たちは泣きました。父と別れる心の準備など、できていませんでした。

 

実家に向かう用意をしていると、昼前になって弟から電話がありました。
ちょっと、ぐったりしてるらしいけど見つかった。捜索してる巡視船やヘリコプターを見た渡船業者さんが、昨日からあそこにいる船を探してるんじゃないかと、わざわざ船を出して見つけてくれて、今、その船に引っ張ってもらって、こっちへ向かってる。」


 

ほっとして、お昼ご飯を食べる事ができました。1時間ほどしてから、今度は弟のお嫁さんから電話がありました。


「救急車で病院に運ばれたんだけど、脳出血を起こしてるらしいです。」


父は釣りに行く時、天気にも設備にも慎重でした。無線も持っていました。

<船の上で倒れたから、家に帰って来れなかったんだ。。。>

夫に運転してもらい、病院へ急ぎました。

 

倒れてから丸1日も寒い日本海の上にいたため、出血の量が多く、中々意識が戻らず、脳の中の血液を抜き取る手術をしましたが、脳が腫れた状態で、術後ももうろうとしているようでした。左側に出血したため、右手・右足が動かず、言語障害の後遺症がありました。

 

主人の休みの日に、私はできる限り父の入院している病院に行き、初めて、親の下(しも)の世話をしました。意識が少し正常になってくると、動かなくなった右半身に、父は、

もう、元に戻らないんだろうか・・・。」と言って、嗚咽しました。背中を撫でながら、一緒に泣きました。

 

病院から車を運転して神戸に戻ってくる時、元気だった頃の父を思い出し、泣きながら帰ったこともありました。父がいつも、夏休み・冬休み、孫を迎えに神戸まで運転してきた道でした。震災の時も、水を運んで来てくれました。

 

また、この入院中に、倒れる前からあった喉のポリープを検査した結果、悪性腫瘍だと分かり、手術・放射線治療を終えて、次の年の春、やっと半年がかりの退院となりました。脳内出血の量が多かったせいか、リハビリの効果はあまりなく、退院してからも父は、

「治らない。」「死んだ方がよかった。」と、涙をこぼしました。


ある時、

「おじいちゃん、船の上で1日、どうしてたん? どう思った?」と、孫(私の子供)が尋ねると、父は、

もう、・・・言うな。」と、言いました。

 

思い出したくないんだと察し、今度からおじいちゃんに倒れた時の事は聞かないように、子供に注意しました。意識はもうろうとしながらも、船の上での恐怖は父にとっては忘れられないようでした。また、体が不自由になってしまった悲しみが、繰り返す波のように押し寄せてもいたのでしょうか。

 

父は、「もう、からだは元に戻らない。」と諦めたのか、、受け入れたのか、最近は涙を見せなくなりました。諦めるということはとても悲しいことですが、過去を振り返らず一歩前に進むには、今の身体を受け入れるしかありません。この3年で、10才くらい年をとったように見える父ですが、以前から好きだった日曜大工を片手でこなし、母を助手に、自分で手すりを作ったりしています。障害者用に家のリフォームはしましたが、まだまだ生活しにくいところがあるようです。

 

もし倒れたところが家だったら、もっと後遺症も軽くて済んだかもしれないとか、いや、生きて帰ってくれてよかったとか、家族だからこそ、いろんなことを考えます。気になりながら、中々最近は実家にも帰っていないので、やっぱり親孝行もできていないのですが、私は何とか両親が毎日どうしているのか知りたいと思い、70才になる両親にパソコンパソコンを買わせ、Eメールmail*を教えました。今では、2日に1回くらい母からEメールが来ます。父からは、まだ2度ほどですが。いろんなことが重なった一時に比べれば、今は穏やかな日々です。

 

「禍福は糾(あざな)える縄の如し」


今度はうちにも、いいことがある番かな・・・と、思っています。

    


※禍福は糾(アザナ)える縄の如し
史記南越伝、賛「因禍為福、成敗之転、譬若糾縄」
この世の幸不幸は、より合せた縄のように、常に入れかわりながら変転する意

 

 

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もう少し発見されるのが遅ければ、潮の流れが変わり、岩場にぶつかるところだったそうです。ご迷惑をおかけしましたが、休日にもかかわらず父を見つけてくださった渡船業者さん、捜索してくださった海上保安庁、警察の方々に感謝しています。

 

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父はその後、リンパ腫で亡くなりました。

また、この時のことも、いつか書いてみたいと思います。

最近というか、かなり前からですが、自分は近い将来、ボケてしまうのではないかと思われる現象が多数起こっております。近頃の私の行動における、いくつかの事例を挙げてみましょう。姫りぼん

 

数字あれが無い。」「これが無い。」は日常茶飯事。
出かける前に、家の鍵カギ・携帯電話携帯電話(白地)が見当たらず、遅れることしょっちゅう。家の鍵かけた?ガレージ閉めた?エアコン切った?とか、気になって家にひき返すこともある。

 

最近よくあるのは、「これはとっても大事な書類!」と、ファイルに入れてその時はきっちり収納したはずなのに、何週間も経つと片づけた場所を忘れ、いざ必要な時に必ず無いガーン。。どうでもいいものは、その辺に散らかっているのにあせる。。

 

数字 玄関の鍵を開けようと、車 くるま。Rリモコンキーを鍵穴に向け、ボタンを押してしまう。(この行動には自分でも驚いたが、既に2度ほどやっている。)

 

数字 子供の幼稚園で一緒だったお母さんにスーパー カート などで会った時、名前が全然思い出せず、分かった振りをして愛想よく話す。

 

数字 2階に物を取りに上がったものの、「私、何を取りに来た?」と、全く思い出せないことがあり、もう1度、1階のもとの場所まで戻ってやっと思い出す。

 

数字ちょっとだけ借りよ。」と、子供の財布 財布 から黙ってお金を借りておいて、返すのを忘れ、騒動になりそうになった。(それ以後、子供は少なくなったといつも私を疑う。)

 

数字 新しく買った家電の説明書が分厚過ぎて読む気がせず、便利な使い方を知らぬまま時が往く。

 

数字 主人がいったん車 くるま。B を置きに自宅へ帰り、家の鍵を持たず飲みに出かけた時、つい、いつものとおり爆睡し、主人を締め出す。(わざと?)

 

数字 財布にお金を入れていくのを忘れ、スーパーのレジで恥をかく。(→20年ほど前のお話です。今はクレジットカードがどこでも使えますもんね。)

数字 食器を洗うためのスポンジを買ったのに、どこにしまったのか忘れ、数日後あきらめた頃に、冷蔵庫の中で発見。

数字数字デパートの駐車場で、車を探して迷子になる。「何階のどこに駐車したっけ?」ショック。

思い出せばキリがないこれらの惨状、こんなの私だけでしょうか?
どうぞ、これ以上ひどくなりませんよーにダッシュ

関西新空港ができてまもなくの頃のことです。早く新空港を利用してみたくて、夫婦2人だけのシンガポール旅行を計画しました。二人っきりで行くなんてとっても久しぶりで、大変楽しみにしていたのでした。

 

おみやげがたくさん入るように、一番Bigサイズのスーツケースに、あれこれと旅行に持っていく新しいものを買い揃え、直前まで入れ忘れたものが無いか何度も確認し、万全の用意で自宅を出発しました。

 

関西空港に着いてまもなく、スーツケースから上着を取り出そうとした時、


「スーツケースの鍵が無い・・・」カギ


私はいやな予感がし、自宅で留守番をしてくれている母に電話 電話 をしました。

「鍵、ここにあるよ。」
「・・・・・がーん・・・・・」

 

私は、この事実を夫に伝えなくてはなりませんでした。これから楽しい旅行に旅立つという時に、私たちの間には気まずい空気が漂いました。幸い、パスポートパスポート5年用パスポートとお金は手荷物 のほうに。


シンガポールにだって、鍵屋さんはあるよね。」
祈るような気持ちで機内での時間を過ごし、チャンギ国際空港へと降り立ちました。

 

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到着してすぐ現地案内人の女性に事情を話すと、びっくりした様子もなく、「ホテルの部屋に、後で鍵屋さんを連れて行きます。」と、上手な日本語。

 

「何だ~。きっと私みたいな人はいっぱいいるのね。音譜

 

そして、ホテル(シェラトン)の部屋でしばらく待つ間にドアがノックされ、扉を開けてみると、そこには30センチほどもあるようなペンチなどの工具一式を手に持ったインド人2人。


「鍵屋さんではないみたい。。。目

 

その2人はまさに今、スーツケースをこじ開けようとしていました。叫び

一瞬、「スーツケースの値段は高い」という言葉が脳裏をかすめ、


No, thank you ! No, thank you ! もういいです。。。」


スーツケースはちと傷がついたけど、まだ無事でした。最悪の場合はスーツケースをこじ開けるより中身を買おう。。。

 

手荷物の中にはメイク道具口紅 等の小物類のみ。私たちはあきらめて、下着などの衣類を買いに街に出ました。シンガポールには伊勢丹や高島屋など日本の店がいっぱいあり、買い物には困りませんでした。

 

また、スーツケースを売ってる店で鍵のことを聞いてみましたが、同じメーカーのものを置いてる店はなく、2人で半人前の英語力ではほとんど通じていませんでした。

 

夫婦2人はあきらめた後、3泊4日の観光を楽しみ、関西空港へと帰ってきました。行きと同じ中身のスーツケースと両手にあまるおみやげの数々。スーツケースゴロゴロ運んでくれている夫を見て、私はすまない気持ちでいっぱいでした。ダッシュ

 

そして駐車場の車へと向かう途中、今回の旅の教訓が夫の口から出ました。


「海外旅行は、手ぶらでも行ける。」


夫には惚れなおしました Wハート が、どの記念写真も2人はほとんど同じ姿でした。