Good-Bye 清心温泉  この思いを自分の中で風化させないように | 神戸 芦原温泉 銭湯記

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前回記事にも書きましたが、7月29日をもちまして岡山清心温泉は69年に及ぶ歴史に幕を下ろしました。

8月23日には清心温泉ブログも閉鎖されるようです。

ですので、おそらく私自身もこれが清心温泉のことを書く最後の記事になると思います。







まずは前々回の記事「清心温泉 最終イベントへ」の中で、
岡山駅前商店街での最後のイベント開始前に少し挨拶をさせて頂きますと公言していたにも関わらず、約束を果たさなかったことをお詫び致します。


私は、今をときめく人気俳優でも 全国の誰もが知っている国会議員でもないので、私の挨拶を期待して待っている人などいるはずもなく、ただの自己満足に過ぎないことは分かっていますが、
それでも皆様に嘘をついてしまったことについては本当に申し訳なく思っております。すいませんでした。


そして今さらこの場で、発表する意味もないかもしれませんが、ズボンのポケットから原稿のメモ書きが出て来ましたので、当日するはずだった挨拶を書かせて頂きます。



「イベント開始に先立って少しだけ発言させて下さい。 神戸で銭湯を営んでいる者でございます。
3年前に初めて清心温泉に訪問した時、そこに来られてる方々の優しさに触れ、皆さんの生き生きと輝いてる姿に衝撃を受け、それ以来 銭湯業とは何かを常に心に問いかけながらこれまでやって来ました。
そして自分なりのその答えを清心温泉番頭やここにお集まりの皆様に教えて頂けたように思います。まだまだ自分の店では表現出来てはおりませんが、これから真っ直ぐ前を見てやって行くつもりです。
どうか皆様、特に子供たちには、これまで清心温泉で感じたことや感動体験を胸に抱き、堂々と胸を張って生きて行ってほしいと思います。 これまでどうもありがとうございました。」




清心温泉の常連客の子供たちに送る最後のメッセージのつもりだったのですが、今読み返してみれば、やっぱり自己満足の世界ですね。(笑)








それでは引き続き、7月29日の大阪市西成区での銭湯トークイベントの模様をお伝え致します。



全国から約120人もの銭湯ファンが集まったと聞いてます。






上記のトークをされた方々は、すでに銭湯業界の牽引役として活躍されている方ばかりで、どうすれば銭湯を今後残して行けるのかの成功体験や実行体験を語られてました。


さすが皆さん、業界の次世代リーダーを担って行く方だけあって、内容もさることながら、話が上手い‼️


そして清心温泉常連客代表で復活基金有志の松場さんも普段はバリバリの営業職とあって 場馴れしており、素晴らしい情熱トークを披露されてました!熱い男です‼️





出演者の中に私の名前は載ってませんが、今回のイベントの仕掛人で、レトロ銭湯本の著者としてもお馴染みの松本康治氏から、清心温泉をよく知る者として少し話してほしいとの依頼を受け、飛び入り参加させて頂くことになりました。


しかし何の成功実績もない私が何を話せばよいのか?


松本さんからは、清心温泉についてだけ話してもらえればと言われてましたが、清心温泉との出会いからトーク当日に至るまでの私自身の様々な思いを語らせて頂くことにしました。



トークの結果から言わせてもらうと、予告通りしどろもどろで、張りつめた空気となり、皆さんを凍てつかせてしまいました。(泣)

やっぱり私には大勢の人前でのトークなんて無理だなというのが、率直な感想であり、今後このようなトークはしない方がいいと改めて痛感しました。


でも今回においては、後悔はありません。


そして私自身、この思いを今後自分の中で風化させないために、書き残しておこうと思います。




以下、トーク開始。


「これまで発表された皆さんとは違い、何の成功体験もなく、私のは単なる作文発表のようなものではありますが 少し聞いて下さい。

初めて私が清心温泉を知ったきっかけは、3年半前清心温泉番頭から送られて来たGメールでした。
そこには、清心温泉常連客の中学生が、銭湯を題材にした作文が岡山県の弁論大会で優勝し、これを機に全国の銭湯を盛り上げて行きましょうと書かれてありました。

普段パソコンのメールチェックなど全くしない私ですが、この時は奇跡的に気づきました。
そして、その日から私は清心温泉ブログを毎日読むようになりました。

毎日読むうちに、清心温泉番頭は、普段はサラリーマンであり、週末の自分の休みの日だけ銭湯業をしていることが分かって来ました。

私にもサラリーマンの経験がありますので、銭湯業とサラリーマンの両立が尋常じゃないことは、簡単に想像出来ました。

休みなしで働き続ける… 世の中には凄い人がいるもんだなと感心しておりました。
だけどブログを読むにあたり、仕事のしんどさ等微塵も感じさせない。それどころか毎日キラキラ輝いてる姿がそこにはあったんです。

私はいつしか清心温泉番頭に会ってみたい、清心温泉劇場がどんなものなのか この目で見てみたい、次第にそう思うようになって行きました。

そして実際に訪問する日が訪れました。
そこには想像を越える清心温泉劇場があったんです。

清心温泉の前を通りすぎる人達の中に、興味ありげに暖簾を覗いている人がいると、すかさず子供たちが走り寄り、気持ちいいですよ~、どうぞ~ と声をかける。それも小学校低学年と幼稚園児と思われる小さな子たちが。

ここは一体何なんだ? このような情景に衝撃を受けた瞬間でありました。




<ここで約1分間の沈黙。次の言葉が出て来ない。会場はさらに静寂に包まれる。ただ不思議と焦りはありませんでした>




これを機に私は、二宮さん(清心温泉番頭)とのつき合いが始まるわけですが、これまで彼から多くの衝撃を受けて来ました。

彼は、常連客の子供たちの入学式や卒業式には必ず出席してましたし、中学生や高校生たちの野球やラグビーの試合観戦も欠かさず行ってました。さらにその子たちが県大会優勝した際には、あり得ない条件でホテルの祝賀会をセッティングしたり、全国大会の遠征費が足りないとなれば、たった一人で何十軒もの店に足を運び 募金を呼び掛けたり、子供たちを卒業旅行に連れて行ったり、入院して一人で来れなくなったおじいちゃんの送迎をしたり… 


何が彼にそうさせるのか?

彼を知るうちに、次第にそれが分って来ました。


彼は以前私に言いました。
母がしてる時、自分は銭湯業が大嫌いだった。
何で儲かりもしないのに、しんどい目をして毎日毎日店を開けて、バカじゃねぇんか?と。

でも彼のしてることは、彼のお母さんと同じことをしてるんですよ。

自分の休みの日を無くして、みんなを繋ぎ止めるために毎日毎日、一日も欠かさずブログを書いて 睡眠時間を削って、自分が飲みに行ったり遊びに行ったりする時間を削って…。


彼のお母さんは、いつも来てくれるお客さんの喜ぶ顔が見たかったから、毎日毎日開け続けたんだと思います。
一杯のビールと同じように、今日一日頑張って働いて帰って来たお客さんに至福のひとっ風呂の楽しみをただただ味わってほしかったんだと思う。疲れを癒し、他愛ない話をして、笑って、元気な顔で帰って行く。

そして彼も母と同じように、みんなの喜ぶ顔が見たかっただけなんだと思う。
だから儲け度外視で、普通ならしんどいと思うようなことでも、平然と何なくこなせたんだと。


私は、営業日ではない日の二宮さんの行動こそが清心温泉劇場の礎だと思っています。
彼からは銭湯業を通して、人間愛というものを教えて頂きました。
学生時代には反発しかしてこなかった自分が、他人に感銘を受けた初めての人です。

本当に感謝しています。ありがとうございました。







次にもうひとつの恩の話をさせて下さい。
清心温泉火災後に復活基金の活動がなければ、おそらくここにおられる松本さんとは出会ってなかったと思ってます。

火災を通じて、今年2月に松本さんにわざわざ当店に来て頂き、清心温泉再建の話や淡路島のお風呂巡りの話を聞かせてもらいました。

この時の話から、松本さんはそう遠くない未来に淡路島の銭湯の番頭になるのだなと思っておりました。

先日当店に清心温泉支援きびだんごを運んで来られた時、少し一緒に飲んだ際、その疑問を直接聞いてみたんです。

そしたら、私は今100軒ほどの銭湯の再建をしないといけないと思っている。
どこの銭湯も絶対に無くしたくない銭湯なんです。

だから淡路島の銭湯はとても大事だけど、1軒の再建だけに終わることは出来ないので、それはないですと。

これを聞いた時、これまで松本さんのしてきた行動の数々がすべて私の中で繋がりました。


今回の清心温泉支援きびだんごを関西の多くの銭湯に頭を下げて置かせてもらったのであろうこと。

淡路島の銭湯でのスタンプラリーや淡路島ハイボールの発案、その淡路島ハイボール収益での基金活動。

清心温泉イベントでも淡路島ハイボール基金をされてましたし、

今日のこのトークイベントの皆様からの入場料1010円も全額、清心温泉への募金にあてられます。 

他にもまだまだあると思いますが、
これらすべてが、松本さんをはじめとする ふろいこか~プロジェクトの方々による支援です。

銭湯を救援したい。
募金してあげたいが金がない。
じゃ、どのようにして支援する?
自分の足で稼ぐしかない。
これが松本流の銭湯支援のやり方。

この人 マジやん? めちゃくちゃ格好ええ。シビれましたね。


清心温泉火災を通して、松本さんには銭湯に対する愛と覚悟というものを見せて頂きました。


私にはまだ健在の73才の父親がいます。これはすごく幸せなことですが、これまで何かにつけ頼り過ぎてたように思います。

今のところ私には何のプランもありませんが、今後覚悟を持って銭湯業へ携わって行きたいと思います。 

本当にありがとうございました。









最後にもうひとつだけ、私自身の銭湯への恩の話をされて下さい。

私事ではありますが、私は20才から26,7才までの数年間、とても辛い時を過ごしました。

20才の時に母親を亡くし、恋を失い、阪神大震災では自宅も店も無くしました。

しかし今、当時のことを振り返った時に、いつも大きなお風呂に救われて来たように思うんです。

銭湯の空間は、いつも優しく私を包んでくれてたように思うんです。

何も話さず、ただただじっとそばに居続けてくれる友達のように…

そして銭湯から帰る時には、心の苦しみを和らげ、また明日がんばろうという気にさせてくれる、そんな存在だったなと。


人それぞれに、いろんな銭湯への思い入れがあると思います。

コミュニケーションの場、笑いの場、癒しの場、健康維持の場所…

そういう かけがえのないものを今のこの時代にこそ、この国に残して行かなければならない。そう深く感じています。



二宮さんに教えて頂いた人間愛と、松本さんに見せて頂いた覚悟を持って、これから銭湯業に携わって行きたいと思います。


皆様、長々と下らない作文発表におつきあい頂き、ありがとうございました。」






以上が私の銭湯イベントでのトーク内容ですが、原稿なしのぶっつけ本番でしたので、所々実際のトークとは違うところがあると思います。ご勘弁さい。




これを持ちまして、清心温泉とはさよなら ということになりますが、二宮さん親子に出会えたこと、松本さんに出会えたこと、清心温泉常連客の方々に出会えたこと、あちこちのイベントでたくさんの心ある人達と出会えたこと。

自分にとって、素晴らしい財産になりました。



清心温泉はもう心の中にしか存在しませんが、どうぞ皆さん これからもよろしくお願いいたします❗


どこかでまたお会いしましょう❗











Good-Bye 清心温泉

素晴らしい夢をありがとうございました。

新たな旅立ちを期待しております❗









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