神戸 芦原温泉 銭湯記

神戸 芦原温泉 銭湯記

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岡山清心温泉全焼火災からちょうど一年経った2018年11月3日。

銭湯経営離脱を余儀なくされた清心温泉さんの経営スタイルの一部を当店が継承し、「日本一若者が訪れる銭湯へ」という目標を掲げることを報告するために岡山に向かいました。


そして今日までそれなりの覚悟を持って、SNSでがむしゃらに若者達の写真を掲載し、「若者銭湯」を訴えてまいりました。



世の中は現在、コロナ禍で不必要な行動を自粛する様叫ばれている状況であり、それに伴い当店の写真活動もつい先日まで長い間中断しておりましたが、


それでもこれまで2年以上続けて来た活動の成果は確実に出ています。



現在当店の夜11時以降から夜明け頃までのお客様の約8割以上が20〜30代で占めており、

もしこの活動をしていなければ、もはや深夜営業は辞めた方が良い状況になっていたことでしょう。


しかしかなりの数の若者が来てくれる様になったとは言え、毎日必ず来られていた減り続ける銭湯世代の高齢者の数を補えるほどにはまだまだ程遠く、経営課題は山積みです。






それはさておき、リピーターの若者の数が増えて来ますと、彼らとの人間関係もそれなりに出来てくるわけで、最近は悩み相談をされることもしばしば。


特に最近多いのが大学生からの「何がしたいのか分からない。就活どうしよう?」というもの。




そこで今回、私自身のこれまでの歩みについて振り返ってみようと思います。

本来ならとても人に言えないくらいの恥ずかしい経歴ですが、これを読んで是非若者達に安心して頂きたい! 笑







私は現在52才ですが、つい6年前の46才まで何の夢も希望も持たず、ただただ親の家業を継いで毎日の決まった業務をこなすだけのつまらない大人でした。


もちろん右肩下がりの状況の中で、どうすれば上向いて行くのか、それくらいのことは真剣に考えてはいましたが、あまり仕事を楽しいと思ってはいませんでした。



またそれまでの人生の中で私は一度も「この人凄いな」とか「こんな風に自分もなりたい」とか思うこと無く生きて来ました。





そんな私が生まれて初めて他人に感銘を受け、一度会ってみたいと感じたのが、他ならぬ清心温泉さんでした。



それについては、これまでのブログでこれでもかと言うくらいとことん書いてますので、

興味がある方は2015年10月以降の記事をお読み下さい。



まぁ簡単に言えば、一年で一日も休みが無いという私と同じ境遇の中で、彼は不平不満を言うどころか、毎日を思いっきり楽しんでた。

そのキラキラ輝く姿に衝撃を受けたんです。




そして彼とのつきあいを続ける中で、私の心の片隅にあった「死ぬまでに少しくらいは世のため人のためになることがしたい」という想いをすでに自分自身が行なっていることに気づきました。



銭湯は、健康増進やストレス発散効果があり、大きな湯船に手足を伸ばして入れば最高に気持ちいい至福の時間が味わえる。

そして何よりここは、会話と笑いに包まれた人と人とが繋がる素晴らしい場所だ。




「俺は世の人々に最高の幸せをすでに提供してるじゃないか!」





これに気づいただけでも私は充分に「生きがい」を持って生きてると思うのですが、


ある一冊の本のおかげで、その先にあるもっとやりたいことが見つかったんです。




ある日の新聞広告に載っていたこの本をすぐに買いに行きました。


当店の常連客の若者達に読んでもらい、彼らの悩みの解決になればと思い購入した本ですが、もしかすると私自身に一番役立ったのかもしれません。笑




当店に来る就活に悩んでる若者がいたら、「この本読んでみ」と半分押しつけ気味に手渡す私ですが、読みたい方は是非番頭まで!





この本に出会うまでは、どうすれば自分のやりたいことが見つかるのか、なかなか上手く説明することが出来ず、いい新聞記事を見つけるとメールを送りつけてましたが、

これからは併用したいと思います。笑










上記4つは、自分の好きをとことん突きつめた方々の記事。









上記2つは、自分の中の違和感や反発心から自分のやりたいこと、やるべきことを見つけた方々の記事。





私が若者達に読んでほしいこの本には、あなたの過去の体験や心の中にある様々な感情と真剣に向き合うことの重要性とその方法が分かり易く書かれてます。







さてここからは、この本を読んで私自身がどの様な夢にたどり着いたのか書きたいと思いますが、それを書くには、自分自身の過去の体験に触れる必要がある。





小学生の頃は、今の私から想像すれば爆笑される様なことを考えていた時期もあり、科学者や政治家になって、自分の力で日本を変えたい等と大それた夢を持ったこともありました。確か卒業アルバムにも書いた記憶が…。笑



その後中学1年の時に祖父が亡くなり、その時に話して下さったお坊さんの説法が胸に突き刺さり、私の夢はお坊さんに変わりました。


この時「自分も人の悲しみに寄り添える人になりたい。誰かの道しるべになりたい」という感情が芽生えた様に感じます。



しかしそれもすぐに忘れ去り、何の夢も目標も持たないまま学生時代は過ぎ去ることに…





ただこの中学高校の6年間の学生時代こそ、自分の心に猛烈な反発心を植え付ける時間となりました。



私は両親の教育方針のもと、私立の進学校を中学受験し、結果的に他府県の中学に進むことになり、寮生活を始めました。



ここは県下でも有名なスパルタ校であり、それまで通っていた塾の先生は私の性格には適していないから、この学校には行かない方がいいと反対しましたが、ここでも私の反発心は旺盛で、先生の意見を聞き入れることはありませんでした。笑



小学生の頃からすでに、人から命令されることや、上から押さえつけられることに我慢ならない性格だった私。



塾の先生の予想通り、私はこの学校には全く適しておらず、中学2年生から停学停寮を繰り返し、高校では最終的には無期停学に退寮を経て、一人暮らし生活、そこも追い出され、最後は2時間半かけて通学してました。


そして中学高校の6年間に先生にどつかれた数は、実に数千発に及びます。



私は今となっては特技かと思うほど、当時肉体的な痛みには強かったのでいくらどつき回されても、それほど恐怖心は感じませんでした。




私は先生からどつかれる度、恐怖心が無かった分いつも冷静に、「暴力で人を変えられると思うなよ!」と心の中で叫んでました。


どつかれればどつかれる程、頑なに心を閉して行きました。絶対にあんたらには従わないと…





時には私を正座させどつき続ける中で、「わしの手の方が痛いわ」と履いてたスリッパを脱ぎ、その汚ないスリッパの裏側で、私の頭や頬を数十発殴りつけた教師。


その時の憎悪の感情は今も消えることはない!




人の行動を恐怖心で押さえつけようとしてもダメなんですよ。




あんたら教師が親身になって、俺の将来を考えたことがあるか?



自分の思い通りに動かないどうしようもないクソガキとしか見てないだろ?







高校で停学になったある時、反省文を書かされました。毎回書かされてたのかもしれませんが、

一度だけ私は「何でも言うことを聞きますから、親にだけは知らせないで下さい。母親が入退院を繰り返しており、とても今ここまで来れる状態ではありません。どんな罰でも受けますので本当にどうかお願いします」という様な文章を書いたことがあります。



しかし私の心からのお願いは聞き入れられず、親は呼び出されました。

この時初めて店を臨時休業にして父親が学校に来ました。



もちろんこうなることが分かっていながら規則を守らない自分が一番悪いのは分かってるし、

学校側が校則に従えない生徒は学校を辞めて貰って結構という考え方も充分に承知してるけど、

私のことをこれっぽっちも心配しようとしない教師達の行動に、強い憤りを感じると同時にやっぱりなという失望を感じました。


この反省文を読めば、お母さんかなり悪いのか?と、母親の状態を少しくらいは聞いてくるのが普通だと思いますが、そんな一言すらない。


鼻っから私を信用してないんでしょうね。





いずれにせよ、ここでもし、本当に親に知らせずに学内だけでの処分にしてくれていたら、私はその様に尽力してくれた先生に心を開き、本当にもう二度と先生を裏切らない、この先生のために規則は破らないと誓っていたことでしょう。



私の心情を想い、私のために一緒に戦ってくれた「恩師」となっていたはずです。



真の教育とは、そういうもんじゃないでしょうか?



先生は、生徒をその学校の規則に従わせるのが一番楽なんですよ。


何も自分で考える必要がないから。


あんたら教師は俺たちのことを犬のような扱いをしているけれど、それではあんたらこそ学校に飼われてる犬ですよ。






確かに一人一人の生徒のことを真正面からすべて受け止め対処するのは大変だと思います。



大変だと思うけど、出来る限りそうであってほしいな…





人の心は決して暴力では変わらない。

俺はお前のことを真剣に考えてる。


そういう愛でしか心は動かない。


正しい答えなんか求めてない。

ただ真っ直ぐに寄り添ってほしいだけ…









ここまで散々教師に対して批判して来た私ですが、実は私は教師ってこの世で最も素晴らしい職業のひとつではないかと思ってます。



というのは、例えば学者や医者、政治家…どんな分野のスペシャリストになったとしても、所詮それは一人の人間です。



しかし教師は生涯に何百人、何千人という生徒と向き合えるわけです。


もしその生徒達みんなに、未来への希望を抱かせることが出来たとしたら、生徒の数だけスペシャリストが誕生するかもしれないのですから…








私が思うに、如何に偏差値の高い大学に何人入れることが出来たか? その実績を上げることだけが目標になってる学校が非常に多いのではないか?




もちろんこれから進学を目指して入って来る生徒達には、それが一番分かり易い目安になることは理解出来ます。



しかし卒業して行く生徒達にとって、偏差値の高い大学に入ることが目標であってはダメだと思うのです。



やりたいことがまだ見つかってない人は、大学に入ってから見つけてもいいと思います。


だけど理想としては、やりたいことを見つけた上で、それを活かせる大学に進むのがいい。



だからまず志望校選びの前にやりたいことを見つけさせるのが本来学校の役割ではないでしょうか?





高学歴や高収入、あるいは社会的に高い地位に就けば、人の幸せが保証されるわけではありません。



だけど生き甲斐や情熱を持って出来る仕事に就ければ、それだけで人生の70パーセント以上の幸せを手に入れたと言っても過言ではないと思います。


こういうことをもっと生徒達に訴えかける必要があるのではないでしょうか?











さて、ものすごく長い前置きになってしまいましたが、ここからが本題です!笑




2018年11月3日から腹をくくって始めたこのSNS活動のお陰で、少しずつ若者達との人間関係が出来て来たと冒頭で書きました。



彼らからちょっとした人生相談を受けるうちに、学校がしないのなら自分がすればいい。

そう思い始めたんです。



私は教師の資格も持ってないし、教育者でもありません。それに哲学や宗教の教えなども学んだこともありません。



なので若者達から相談されても「正しい答え」を言ってあげられる自信もありません。





だけど20才の時に母を亡くし、その後恋を失くし、25才の時には阪神大震災で店舗も住居も無くし、そして友の死も経験し、


大事なものをたくさん失くして来て、この歳になってようやく少しくらいは人の弱さに向き合える様になったかな?とは感じます。







こんな私ではありますが、今高々に「自分の夢」を宣言します!



学校のような銭湯にしたい!





とは言っても対して何も教えられません。


勝手に来て、何も言わずに勝手に帰ってくれたらいい。


大きなお風呂の中で自問自答するだけでも心は軽くなる。


居場所のない人の一時の逃げ場であってもいい。






まぁ「フリースクール銭湯」といったところでしょうか。





学校では教えてくれない「夢」や「人の幸せ」について、若者達と共に模索して行ければいいなと思ってます!






「あなたの夢は何ですか?」