暗黙知(一般に知恵とも呼ばれることもある)(2) | Captain’s Eye ~小林宏之 コラム~
November 01, 2018

暗黙知(一般に知恵とも呼ばれることもある)(2)

テーマ:コラム

暗黙知(一般に知恵とも呼ばれることもある)(2)

 知識社会、情報化時代にあって、知恵(暗黙知)を伝承し、身に付けるにはどうしたらよいだろうか。それにはいろいろな手段がある。まずいろいろと経験や体験をして身に付けること、なかでも修羅場を経験すると自然に身に付くものである。或は先輩にいろいろと質問をしたり、先輩や他人の仕事ぶりを盗み取ることでも身に付く。映画や書物で感動したことをなどから、自分ならこうするのだと具体的にイメージしてみるなど、その気になればいくらでもある。形式知の基は、先人達の経験や知恵を文字や図式にしたものが多い。

 規定類やマニュアル類は、一見無味乾燥で、面白くない感じがするのが普通である。しかし、よく考えてみると、規定類やマニュアル類という形式知は、先人達の貴重な経験や、悲惨な出来事の教訓から得た知恵(暗黙知)を文字にしたものがある。規定類やマニュアル類を読んで、なぜこのようになっているのか、なぜこう書いてあるのか、と自分の経験や人から聞いて経験談、事例などと照らし合わせるなどして「ああそうか!」「だからこのように書いてあるのだな!」と気付いたときに、無味乾燥な形式知から、暗黙知(知恵)として活きてくるのではなかろうか。

 私は航空会社で、これから機長昇格訓練に投入される副操縦士の「機長昇格訓練投入前セミンナー」を10年間担当し、「機長の危機管理」というコーナーで「月に一度はマニュアルを読み返すこと」をアドバイスした。そして、マニュアルを読んで「ああそうか!」と何かに気付くことの大切さを説明した。私自身、退職するまで、これを実施してきたが、読み返す度に、毎回違った気付きがあった。

 昔の武道や芸道の極意書を読んでみると、「な~んだ、そんなことは知っているよ」というごく当たり前のことしか書いてない。現代のマニュアル類も、やはり当たり前のことしか書いてない。当たり前のことを読んで「なぜ?」を繰り返し、何かに気付くことにより、暗黙知(知恵)として蘇ってくる。知恵となって自主的、自律的に行動できることも経験してきた。こうした経験から、知識はまだ借物の段階であり、知恵になってはじめて自分のものになることに気付いた。

 

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