7月14日(日)

11:00より海上自衛隊第1術科学校 旧海軍兵学校の見学開始です。

50人近い集団で雨の中、自衛隊の広報の人(?)の案内でぞろぞろ歩きます。

 

最初に向かったのは

大講堂

築地からここ江田島に海軍兵学校が移転してきてすぐに建築されたようです。

当然明治の建築物。

広報の人「ここで、海軍兵学校の入学式・卒業式が行われました。皆さんの想像を超える、かなりの収容力があるこの大講堂ですが、いったい何人くらいの収容人数があるでしょう?」

こば「5000人!」

広報の人「たまには多く言う人もいます。2000人です。真顔

 

「だって想像以上の人が収容できる。入学式・卒業式に父兄も入場するって言ったじゃんかよ!海兵学校78期は4000人だろがよ!」

って思いましたが、気の弱いこばですから黙ってますが。笑い泣き

 

内部は

 

シャンデリアは船の舵のデザインです。

 

上座には

奥の日の丸があるところね。

 

ここに玉座を置き、天皇陛下が座ります。

 

傘さしながらぞろぞろ退場しますが、こちら側は裏口です。

一般の人はここから入りますが、来賓(天皇とか大臣とかの偉い人ね。)

は反対側の車寄せのあるほうから入ります。

 

続いて

一番有名な赤レンガの建物。

イギリスからはるばる輸入したレンガで建築された建物とずーっと信じられていましたが、

最近になって地元のレンガも使われているということが発覚してしまいました。

 

昔も現在も、在校生の宿舎になっているようですが、ここだけでは収容できませんので

他にも同様の使用目的の建物があります。

 

中には入れませんが、覗かせてもらえます。滝汗

 

ここはこの全長124m(だったと思う。滝汗 )の廊下が「坂の上の雲」のロケ地だって言っていたような気がする・・・

 

なんか、ホールのようなところも覗きます。💦

 

んで、

樹齢125年の桜の木。通称「同期の桜」

貴様と俺と~は~ 同期の桜~♬ の同期の桜ね。

 

続いて

大和の主砲砲弾。42kmの飛距離って言ってたような気が・・・滝汗

 

後ろにちらっと見えてるのは

特殊潜航艇「甲標的」

自力での航行力はほとんど無く、潜水艦に連れてきてもらって、敵を待ち伏せして搭載した2発の魚雷発射後、迎えに来てもらうらしいです。

ほとんど2人乗りの人間魚雷。滝汗

 

有名な、真珠湾攻撃の「九軍神」はこれ5艘で出陣。

1艘が機関故障で漂流。のこりの4艘は真珠湾突入に成功し、みごと戦果をあげたのち撃沈され殉職。

漂流した1艘の一人は自決。のこりの1人は死にきれず、太平洋戦争最初の捕虜となったとのことです。

 

さらに後ろに

こっちは完全に人間魚雷ですが、このモデルは終戦直前に完成したので、これで出撃はありませんでした。

 

ここまでは単に戦争マニアとか、坂の上の雲ファンが喜びそうなところですが、

 

次は

教育参考館

 

この内部は撮影禁止。📷ダメ

ということで内部写真はありません。

この内部には、海軍兵学校関係の資料が千数百点。

終戦時には約4000点があったらしいのですが、終戦後、GHQ(?)に接収される直前に

約1000点を××神社と○○神社に奉納して、あとの約3000点は焼却処分しました。とのこと。

(××と○○は聞いたけど忘れた。滝汗 )

生徒は終戦翌々日 8月17日に帰郷支持を受けて、海軍兵学校は解散です。

 

その後、その神社から返還してもらい、ここに展示しています。

 

広報の人「皆さんの中に、旧海兵学校の卒業生等を親族に持つ方はいらっしゃいませんか?」

こば    「はーい!」 (もう一人いました)

広報の人「その方は入場後、別行動になりますので、私のところに来てください。」

 

内部に入ると、見学順路に沿ってまず2階に上がりますが、

こばともう一人の方は、事務室のようなところに案内され、

この用紙に「在学された期とその方の名前と、あなたの連絡先と関係を記載してください。」とのことで

記載された父の名前を名簿で探し、その後案内されたのは「資料室」のような薄暗い部屋で

大きなフォルダのようなところに案内され、「〇の〇○○」にいるはずですので。

大きな照明付きループを渡されます。

フォルダを辿ると、50人位ずつの集合写真が大量にあります。

言われた通りの番号を探すと

「15歳の父」発見。笑い泣き

やっぱ親子です。こばの若いころに似てるわ。

 

「後日この写真の写しを先ほど記載された住所に郵送いたします。」

とのこと。

※7月17日現在未着です。

 

その時案内していただいた方に、

「又聞きなのですが、父はここの図書館で原爆のきのこ雲の全貌を見たと言っていたらしいのですが、広島市街側って、山で見えないんじゃないのですか?」

「いや、きのこ雲はものすごい高さで発生したらしいので、見えた可能性は高いと思いますよ。」

 

 

 

だいぶ時間を使いましたが、見学コースの大まかな配置をお聞きして、コースを端折って見学します。

 

ここで・・・

特攻で亡くなった方々の、自筆の「遺書」が展示されています。

両親にあてたもの。弟にあてたもの。

 

何枚か読ませていただきましたが・・・えーんえーんえーんえーん

 

ほとんどが まだ10代の若者です。

「お国のために、国民のために、残された家族のために、見事散って見せます!」

 

と、「遺書」を残して出撃していきましたが、大半は海の藻屑です・・・・

 

 

どこかの国会議員さんは、

「戦争で北方領土を取り戻したいと思いませんか?」

とか、戦争を知っている世代の方に絡むように言っていましたが、

ここと「ひめゆりの塔」に一日づつ閉じ込めてよく読ませたいものです。。

 

 

どよーんチーンとなったところで、集合場所に戻り「見学」終了です。

 

参加者約50人は、元気なく解散。チーンチーンチーン

 

ですが、

半分以上の人は目の前の「レストラン江田島」で

カレーライスかカツカレー食ってました。(笑)

まぁ、この時12:30ですからね。

速報ブログでも書きましたが、「横須賀海軍カレー」より具が小さいのと、牛乳が付いてません。

 

「海軍コーヒー」は普通のコーヒーでした。💦

(お食事+の場合、150円ですからそりゃ普通のコーヒーです。)

 

また帰りのバスに乗って、港に着くと「広島港」行き船の出航時間なので、

写真撮る間もなくダッシュで切符買ってダッシュで船に乗ります。

(ってことで、帰りの船写真はありません。滝汗 )

 

広島港(宇品)到着は14:00頃です。

 

市電で直通で行けるので

これから「原爆ドーム」向かいます。