みなさん、こんばんは。


ナレッジステーションの伊藤です。




一週間の始まり、今日はどんな一日でしたでしょうか?


朝方は強雨で昼間は晴れ、夕方からは風が強く、結構寒かったですね。




今日は、YMOについて語ってみたいと思います。


私のYMOマニアぶりは、一部では知られていますが、


「えっ、また~?」と言わないでください。




今日は、YMOの世界戦略について真面目に語りたいと思います。


ご存知の方も多いと思いますが、世界で売れた日本の音楽商品と言うと


YMOとSONYウォークマン(だけ)と言われています。


アーティストでもいろいろな人が世界に挑戦してきましたが、結果が出ていません。




では、YMOがなぜ世界で売れたのか?


もちろん音楽性と演奏技術が世界レベルであることは言うまでもないのですが、


それに加えて彼らの世界で売るための戦略が、しっかりしていたからなのです。




まず、YMOには「TOKIO」というコンセプトがありました。(TECHNOPOLISEで有名!)


それは、70年代の終わりから世界の音楽発信が国レベルから都市レベルに


変わってきたという動向を捉えたものなのです。


例えば、アメリカの音楽、イギリスの音楽、ドイツの音楽という単位だったものが


ニューヨークの音楽、ロンドンの音楽、デュッセルドルフの音楽になってきた訳です。


そこでYMOは、東京発の音楽という発信で「TOKIO」というコンセプトを打ち出したのです。




それからYMOの曲は、メロディがもろに東洋風を思わせるものですよね。


曲名も「東風」、「中国女」とか「雷電(RYDEEN)」という具合に。


YMO以降、世界に勝負したアーティストはみんな洋楽のものまねをして失敗しました。


例えば、矢沢永吉はミックジャガーのマネ、松田聖子はマドンナのマネで終わりました。


つまり、洋楽は外国人がやればいいのです。




しかしYMOは、洋楽を物まねするのではなく、あくまで東洋を前面に出したのです。


しかも外国人が思い描く、奇妙な東洋の国「NIPPON」を強調したのです。


電気製品と大量生産が売りの最新技術と古い伝統の入り混じった「おかしな国」。


それを音楽的にデフォルメした結果がコンピューターシンセサイザーで奏でる


東洋風メロディーになったのです。


案の定、外国人はこのYMOサウンドに強く惹かれ世界的ヒットにつながりました。


ちょうど外国人、特に欧米人が京都や奈良といった日本の伝統に強く興味を


持つことと似た現象だったのではないでしょうか。




だいぶ長くなってきたのでそろそろまとめますが、


結局YMOの音楽は、世界的な動向や文化を十分に分析した上で


自分たちは何を売りにすべきなのか、しっかりと軸を捉えて、


しかもそれがぶれることなく具現化できる技術や理論を持ち合わせていたのです。


加えてコンピューター化という時代のタイミングも追い風となっていたのです。




これって起業と全く同じことだと、私は思います。(急にビジネスの話題!?)


やはり音楽であっても成功の裏には、充分勉強になる歴史があるんだと


それが言いたかったのです。


今回は、YMOの世界戦略でここまで書いてきました。だいぶ長くなりました。


また、いつかYMOについて語りたくなったら書きます。


皆さんも是非、こういう背景を考えながらYMOを聴いてみても面白いかもしれません。


それでは、また。