ちょっとしたことがきっかけになって、

「花の名前」という表現に違和感を覚えてしまった。

 

「この花の名前は?」といった質問をすると、

「薔薇の花だよ」といった返答がある。

 

花は草木の一部であって、全体ではない。

だから、薔薇”の”花、というように助詞を挟むことになっている。

 

なので花であることは確定しているので「薔薇だよ」でも良いのである。

 

なぜ花の名前として質問をして、草木の全体名称を答えるということになるのだろうか?

 

「林檎の実が成っているね。」

「林檎が実を付けているね。」

 

このように、主体をどこに置くかということで、別表現が出来てしまう。

 

前者は実を主体に、後者は木を主体としている。

 

例えば、

「ジャガイモの芽が出てきたね。」

これも、ジャガイモを実らせる種芋ということになって、芽は可食部や種芋に従属している。

 

では、薔薇に戻ると、

薔薇の木、薔薇の棘、薔薇の葉、などといずれも薔薇という全体に対して従属しているものを表現している。

そこで、その薔薇でメインはというと花であり、次点で棘や荊ということになるのだろう。

 

つまり、本来はいずれも草木の全体がメインであって、他は部位でしかない従属した関係であるが、稀に部位がメインになるようなケースがあるということなんだ。

 

「大根の葉の漬物」とはいうが、「大根の根の漬物」とはならないのは、可食部である大根がメインだからだろうか。

 

しかし、大根を種や苗から育てた場合、「大根の根が張ってきた」といった表現が出来ないわけではなくて、それは全体の総称が大根だからである。

 

可食部があるものは、可食部をメインとしやすい。

花が目立つならば、花をメインとしやすい。

そういうことなんだろう。

 

どこをメインと置くかは、TPOに依存するんだろうな。

 

童謡「みかんの花」、

♫みかんの花が咲いている。

 

これは木としてのミカンなのか、実としてのミカンなのか、

どちらのミカンとして花を従属させているのだろうか。

 

秩父を舞台としたアニメ

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

とかね。

西武線沿線に住む私としては、地元的な感じで見ていたな。

 

 

 

 

さて、もう少し話しを進める。

 

「むかご(零余子)」をご存知だろうか。

山芋などの地下茎に可食部を作るものの中に、ツタに肉芽を作ることがあって、この肉芽の名称が、むかごなのである。

 

山芋もメインの可食部ではあるが、むかごも可食部であり、山芋は掘り返すのが大変だが、むかごは地上にあって、目につくだろう。

 

自然薯などを探すときは、このツタやむかごを見つけることで、自然薯の在処を特定することになる。

 

むかごは部位の名称であって、むかごを食べるというと、山芋や自然薯の肉芽ということになるので、またややこしくなるのであった。

 

 

日本語って難しいけど、面白いよね。

 

 

ではでは