どうも、木全です。
エレベーターが一緒になったマンションの人と話してたらさ、
イマドキのマンションでは「あいさつ禁止」のところがあるんだとか。
「危険だから、しらない人にあいさつしてはいけません」
???
まったくもって意味不明だ。
玄関先を掃除していた人が、前の道を通学する小学生に「おはよう」と声をかけたら、
その夕方には「事案発生」になったとか。そんな話も聞いたことがある。
バカバカしい。
人の善意を、ちょっとした心の触れ合いを受け取れなくて、どこが人間だ?
そんなことしてるから、誰も信じられなくなり、世界が狭くなり、
結果、自己中心的で恥も外聞もない人間が生まれる。
「世間」っていうのは、ときに煩わしいけれど、
それでもやっぱり自分というものを客観視させてくれる、
人の成長を助けてくれる大切な「目」なんだ。
世間があるから、人は考え、学び、育っていく。
それがやがては、自分自身を守ることになる。
手を切ると危ないから、包丁はもたないようにしましょう。
投げ出されて怪我をするといけないから、遊具は取り払いましょう。
家族でもない人は怖いから、あいさつされても無視しましょう。
ただ危険だからと禁止してしまえば、どうして危険なのかわからない。
思考停止だ。
みずから考えることをやめれば、能動的な人間にはなり得ない。
なにが危険なのかすらわからずに、取り込まれてしまうことだってあるかもしれない。
そうなったらそうなったで、相手を責めるんだろうな。
ムチャして雪山で遭難した非は棚に上げて、
命をかけて救出にあたった人々をなじり、責任を問うような、
一方的なモノの見方しかできない人間の出来上がりだ。
こんなことが続けば、この国も長くはないね。
見知らぬ多くの人たちが同じ場所に集い、同じ時を過ごし、おなじ思いを分かち合う。
話をしなくとも、彼らは「仲間」だ。
こんなアツさ、知らない人も多いのかな。
もったいないよね。
最近の中学生は、ミクチャとかで気に入った歌をみつけては検索し、
音源を手に入れて楽しんでいるとも聞く。
それはそれで、時代なのかもしれない。
寂しいとは思うけれど、仕方ないのかなぁ。
だけど対価を支払わないのは、やっぱり卑怯だと思う。
それで「いい歌がない」なんて、あまりにも馬鹿にした話だ。
好きなモノなら、それがずっと続いてほしいと思うなら、
思いを込めた投資が必要だろう。
(ただの投資はダメですよ?あれはゲームです。まったくの別物)
そういうやり方をしているから、刹那的の「好き」しかなくって、
一生をかけて追いかけられるような「好き」に出会えないんじゃないかな。
それってさ、絶対に悲しいことだと木全は思います。
心からアツくなれ!
なんでもいいから、そんな対象に出会ってほしい。
それが人生の原動力となり、きっと君を支えてくれる。
自分の中の永遠を、みつけていこう。
木全もまだまだ負けてはいられない。
とりあえずは100歳まで突っ走るぞ!!!
2016年度アナウンサー内定率 83% 達成!


