今、ベランダの屋外ビオトープの水槽が、2つある。

 

一つは、7匹メダカがいる。

楊貴妃

青メダカ、

ダルマ型

ロングフィン

夜桜

それから、うちで繁殖して生き残ったヒメダカ2匹

 

もう一つは、2匹

フルボディ

 

メダカは、今、いろいろ品種改良されている。

 

これが、メダカ!?

 

と、思うような種類がたくさんある。

 

楊貴妃は、赤い金魚みたいな色をしている。

 

ダルマ型は、琉金みたいな体型。

 

ロングフィンは、胸びれ、尾びれ、腹びれが、とても長い。天女の衣のよう。

 

夜桜は、金魚の赤色に、ラメがちりばめられている。夜桜って、いいネーミング。

 

フルボディは、頭の先からしっぽまで、銀色に輝いている。

 

めだかって、飼うのが、金魚よりもスペースがいらないし、成長が早い。なんでも、業者だと、産卵から、2ケ月くらいで、親と同じサイズにできるらしい。

 

そして、品種改良をして、結果が見れるのが早いというのも、メダカブームになっている気がする。

 

他には、うちは、玄関先にも金魚がいる。オランダシシガシラ1匹と、らんちゅう1匹だ。

 

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こちらは、オランダシシガシラが、もう1年くらいうちで、飼っている。らんちゅうは、まだ1ケ月くらい。

 

こうして、メダカや金魚を飼っていると、なぜだか、選別漏れが気になった。

 

選別漏れ~すなわち、金魚、メダカは産卵~孵化~稚魚~出荷できるサイズになるまで、何度も選別を繰り返して、残ったものが、市場や品評会に出ているのだ。

 

だが、その間、選別漏れになった金魚は一体どうなるのだろう。

 

気になって、ネットでググったり、youtubeで調べた。

 

ちなみに、金魚の生産者が言うには、なぜ、選別をするのかというと、金魚はもとが、フナであり、フナの形に戻ろう戻ろうとするらしい。金魚の一度の産卵数が、1000個。多い時で、5000個。その中には、背曲がりや、フナのような尾になっていたりするものが、ある。それを、少しでも混ぜると、そういった遺伝子はかなり強力で、その他の遺伝しにくい、形質が淘汰されてしまう。だから、選別が必須だそうだ。

しかし、金魚に関していえば、選別して最後まで、残るのは、1000のうち、1~2匹だそうだ。

 

選別して、そのあと、どうなるかはっきりとした回答は、調べた限りでは、得られなかった。

 

人にあげる・・・・・だが、品種改良や、選別してすると一回に1000個卵がとれる。それを、いくら人にあげても、さばけるものではない。

 

肉食魚のえさにする・・・・・よく、金魚つりで、使われる小赤と呼ばれる、和金の赤い小さいものなんかは、肉食魚の餌としても、売られている。

 

だが、餌としても、出目金や、琉金など、様々な種類の金魚がmixで餌として、売られていても、肉食魚の餌として、利用しにくいのではないだろうか。肉食魚の飼育者自体が、そもそも数が少ない。そこへもってきて、様々な品種の色とりどりの金魚のmixで、餌にする・・・。売れるのだろうか。しかし、肉食魚の餌にするだけでも、さばききれない。

 

以前、テレビで見たときには、選別漏れは、畑に捨てていた。→水の中ではなく、地面に捨てているので、もちろん、生きられない。

 

youtubeでは、川に捨てていた。川に、色とりどりの金魚が、泳いでいた。

 

選別漏れで、捨てられてかわいそうと、非難するのは、簡単だ。

 

しかし、選別をしないと、上記のように、現在の金魚は簡単に、淘汰されてしまう。元のフナに戻ってしまう。

 

うちでも、オランダシシガシラと、らんちゅうという、一番飼育が難しいといわれている、金魚を飼っている。

 

以前、youtubeで、生産者の人が、一番飼育難易度が高いもの一位らんちゅう、二位赤い色のオランダシシガシラと、言っていた。まさに、うちの金魚達。

 

ようは、フナから遠ざかれば遠ざかるほど、飼育が難しくなる。

 

オランダシシガシラは、頭に肉瘤と呼ばれる、こぶがある。そして、尾は三又で、ひらひらと長い。体系は、ダルマ型。

 

らんちゅうは、なんと背びれが無い。そして、尾は三また。

 

どちらも、泳ぎがうまくない。下手だ。やはり、フナのような体系すなわち、身体がほっそりとしていて、尾がフナ尾と呼ばれる、鯵やサンマと同じ形の尾だと、とにかく、動きが俊敏で、泳ぎがうまい。

こうした、フナに似ている、原種に近い金魚は、生命力も強い。丈夫だ。

 

一方、オランダシシガシラと、らんちゅうは泳ぎが、下手だし、弱い。すぐに、調子を崩す。

 

だが、泳ぎが下手なのに、一生懸命、尾をフリフリしながら、泳いでいるのをみると、非常に癒される。可愛い。和金のような、フナ尾は、動きが非常に俊敏だ。そして、泳ぎが、すごく上手で、泳ぐスピードが速い。

実際、好みもあろうが、私個人は、ペットとしてみたときは、オランダシシガシラや、らんちゅうのような、泳ぎが下手でゆったりとした動きの金魚が、好きだ。本当にかわいいのだ。ゆったりした、泳ぎを見ていると、癒される。

 

しかし、この可愛さも、生産者の方達の、選別の賜物なのだ。選別を何度も繰り返すことで、維持される、らんちゅうと、オランダシシガシラの、可愛らしさ。フナ尾で泳ぎが、上手で、素早く動く金魚には、無い可愛さなのだ。

 

・・・・・・・

 

先日、ペットショップの金魚売り場を見た。

 

頂点眼と、出目金、水泡眼がいた。

 

しかし、なんかおかしい・・・。

 

頂点眼は、目の位置が、なんとなくおかしかった。そして、出目金も、出目の部分が、ちょっと不格好だった。水泡眼は、水泡がやけに小さすぎる・・・。これって、選別もれなんでは?と、思った。そして、選別漏れしたものが、安く、街中のペットショップに売られているという図式かと、思った。

 

選別をしていかないと、形を維持できないのが、よくわかった。確かに、選別漏れの金魚は、明らかに形がよろしくなかった。

 

選別漏れしたものを、廃棄処分する。かわいそうと口で言うのは、簡単だ。

だが、その選別の結果の金魚を、かわいがっている私。

 

 

しかし、こうしたらんちゅうや、オランダシシガシラを大切に育てていて、自分って、面倒見がいいのかなとか、ちょっと思っていたけれど、その背後には、多数の選別漏れがあったのだ。小さな命を、大切に育てているような気がしていた。自分が。しかし、しょせん、自分のところにいる金魚だけ、かわいがっているだけなのだ。自分がいい人ぶっているような気がした。

 

選別漏れだけでは、無い。

 

私達が、普段食べている卵。

 

鶏卵を産むメス以外の、オスのひよこが、どうなっているか・・・・。

 

youtubeで、知ったのだが、廃棄らしい。

 

オスのひよこは、使い道が無いらしい。これも、表立っては、言われないことだ。

 

また、漁業でも、網にかかってきた市場には、一般に出回らない魚が一緒に、網にかかると、廃棄らしい。

 

私達が、使用している薬。これも、人体への治験は最終段階で、その前には、無数の動物実験がある。

 

ペットを飼って、命の大切さを学ぶとか。学校でも、よくそういうこと、言ってる。それで、生き物とか、飼育小屋にいたし。

 

しかし、いくらきれいごとを言ったって、選別している。いろんなところで。

 

そして、その選別のおかげで、かわいい金魚を、飼っている。

 

卵も毎日、食べられる。

 

魚もおいしく、食べられる。

 

薬も安全に、使える。

 

生き物を、毎日、こまめに掃除して、面倒をみて。子供の食事の世話、洗濯、掃除いろいろ、お世話を毎日、頑張っている自分。だが、しょせん、私は、自分のことを、いい人ぶっているだけだと思った。しょせん、自分の家族の範疇の中だけの、いい人なのだ。選別漏れした動物のことまで、考えられない。その程度の、人間なのだ。それなのに、子供達に偉そうなこと、言っている親としての、自分。結局、自分が可愛いだけなんだ。自分の小ささに、びっくりする。

 

また、

 

人間で言えば、出世前診断。

 

命の選別になるから、良くないという人が、いる。

 

だが、私の考えは、言うだけだったら、誰でも言える。言うだけだったら、なんでも言える。

 

実際に、お世話する人が、決めることであって、無関係の人は、何も言う権利が、無いと思っている。

 

たとえば、出世前診断で、堕ろすのは良くないという意見を言う人は、その子が産まれた後に、毎日1時間、お世話をしに、当該家庭を訪問するとか。毎月、10万養育費を払うとか、言ったら、誰も意見をしないだろう。

 

何も、自分には、無関係だと思っているから、出生前診断で、産まない決断をした人を、批判しているだけだ。

 

だったら、たとえば、不妊治療で、最終的に、廃棄処分された受精卵はどうなんだろう。

お母さんのお腹に、戻せば、人になるのに、廃棄する・・・。これも、廃棄する親の立場からしたら、つらい決断だろう。だが、育てるのに、無関係な人が、とやかく言えることではない。

 

育てるのは、一人前の大人にするのは、大変な偉業だ。20年以上、多額の費用、手間ひまを、かけた一大事業、文化芸術作品だ。

 

そんな長期間、多額の資金投下を要する難事業に、無関係の人が、何か言える権利は、無い。

それに、産まない決断をした親だって、一生、十字架を背負う。当たり前だ。

 

人のことを、いろいろ言う前に、いい人ぶったって、いろんな生き物、一つの命を、犬死にさせているから、しょせん、人間なんてたいしたことない存在なんだ。