私たち夫婦は期待と緊張と不安が入り交じった複雑な心境でその日を迎えました。
その施設は正式には拓桃医療療育センターと言い、温泉宿の立ち並ぶ地域にあります。
ナビに入れておいたのでたどり着きましたが、何もなければちょっと不安な目立ちづらい場所にありました。
肢体不自由な子供たちのための施設ということで患者さんたちは多くは車椅子や本人の特注のバギーなどで来ていました。
れいかはあまりベビーカーにも慣れていなかったため抱っこで病院内に入りました。
建物は昭和40年代に建てられたものらしくだいぶ古いのですが、待ち合いにベビーベットがあったり、オムツ替えのスペースが広くとられていたり遊べるスペースなどと助かる場所が沢山でさすがっ!という感じ。
3姉妹のうちお姉ちゃんの誰かは必ず連れての通院になるので安心しました。
そしていざ診察室へ!
H先生は背が高くて独特な空気を持った、アニメで言うとちびまる子ちゃんのキャラクターにいそうな人(笑)
れいかの今までの治療の経緯を話し、リハビリをしていきたいこと、薬の調節もして欲しいことなどを伝えました。
「市立病院のM先生の薬の選択は点頭てんかんのオーソドックスなものです。大抵の患者さんはこのルートで薬を服用していってますね。」
「ただまだ発作は無くなってないんだね~
…。血中濃度からするともう少し増量出来そうなので増やして様子を見ましょう。」
と先生。
M先生、きちんと治療をしていてくれてたんだ…。
最後の方は正直あまりM先生を信頼しきれていなかったので、そんな自分を反省しました。
ごめんなさい。
リハビリは当日にすぐ開始は出来ませんでしたが、H先生がれいかの身体的な検査をしてリハビリの担当の先生に紹介→後日連絡が来て予約するということになりました。
療育センターに転院したことでまたれいかにとっても、私たち家族にとっても前進出来たことがうれしい!
その日はラミクタール、リボトリール、エクセグランの3剤は変わらず増量をそれぞれして経過を診ていくことになりました。
あと新たに先生や家族がわかるように、A4サイズの「発作表」なるものをつけることになりました。
これは横が1日の時間、縦が日にち、それぞれ升目があって発作の種類によって〇●◎▲△などと書き、睡眠時間は蛍光マーカーで線を引いて、1日を通しての睡眠と発作の状況が一目でわかる表です。
みれいとれいかが産まれてからずっと育児日誌は書いていたのですが、もうひとつ日課が増えました。
何だか夏休みの宿題のようです…。
マークが無くなる日を信じて!
れいかのためならエ~ンヤコ~ラ♪
成長のためならエ~ンヤコ~ラ♪
ちょっと壊れてます(笑)
7月17日。
療育センターへの通院が始まりました。
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