やっと、や~っと年が明けた1月1日は、昨年から参加を予定していた私の年祝いでした。
まだ(もう?)31歳になったばかりなのに
数えとはいえ、33歳の年祝い…(>_<)
成人式には仕事が忙しすぎて出れなかったので、中学卒業振りに再会出来る同級生が多かったのでそれは楽しみにしていました。
何かの縁で地元の人と結婚までに至り、3人も子供がいるのにせっかくだからと私を出席させてくれた義理の両親にも感謝していました(^^)
ただ、まさかれいかがこんなことになるなんて思ってもいなかった私は、母親がこんな大変なときに行って良いものか悩んでいました(´;ω;`)
そんな心情を察してか、
義父は
「今日は何もれいかのことは考えずにおもいっきり楽しんで来なさい。湿気た顔するんじゃないぞ!」
と私を送り出してくれました。
「れいかはお腹の水を無くして、奇跡を起こしたんだから、大丈夫だ。良いか、くれあ、みれい、れいか3人がキャッキャッ言いながら駆け回ってる姿をイメージして、悪いことは考えないこと。絶対にそうなるから!」
私はうなずきながら、必死に涙をこらえました。
そうなってほしい。
家族誰もが願っていました。
私は家族の好意に甘えて楽しい時間を過ごさせてもらいました。
心の奥底では泣いていましたが、目一杯の笑顔で過ごせたと思っています。
とても良い家族に恵まれました。
それから3日後の4日、やっと市立病院にれいかの受診をしに行きました。
れいかの症状を伝え、録っておいたビデオを見せるとA先生は
「脳神経に詳しい先生がいるから見てもらうからっ!」
と慌てるように隣の診察室のM先生に見せに行きました。
そしてすぐに「検査をします」と看護師さんに少し離れた部屋に案内されました。
初めての脳波検査でした。
何が何だかわからないまま、れいかはたくさんのコードで頭を繋がれていました。
検査中もカクンと何度も発作は起き、そのたびにれいかは泣いていました。
検査が終わるとM先生が脳波の検査した用紙を見ながら
「間違いなくこれは点頭てんかんという難治性の病気です。すぐに薬の内服を始めましょう。」
「この病気はご両親とも色々お調べだと思いますが、予後不良のてんかんです。」
と言いました。
「点頭てんかん」
やっぱりそうでした。
検索したときも出てくる文章全てが信じたくなかった。
「予後不良」
れいかはどうなってしまうの…?
怖くて聞けませんでした。
まずは薬を飲もう。これでれいかは救われるんだ。
初めての薬は、デパケンシロップ。
その日からまた新たな闘いが始まりました。
発作は止まると信じていました。
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