偽薬効果試験場 -12ページ目

5月9日

夢に近づこうとすればするほど、自分に足りないものがたくさん見えてくる。

そこから逃げてしまえば、夢は夢で終わる。


力の限り立ち向かえ。


時間の許す限り。

3月1日。

「本当にやりたいことをやる」


大学生活を送る中で大事にしていたことでした。

サークル活動、ゼミ活動、それらはみんな自分がやりたくて選んだことでした。その中では自分がやりたいことをやれて、言いたいことが言えました。


でも、自分以外の誰かと同じ目標に向かって進むには、ただ自分の「やりたいこと」だけができるわけではありませんでした。


たとえば、音楽がしたいのに、サークル内での人間関係や事務処理などに追われることがありました。

こんなとき、自分は「俺がしたいのはこんなことではない」と思っていました。

そして、その「こんなことはしたくない」という思いに負けて、最初のやりたいことだった「音楽がしたい」という気持ちがなくなってしまいました。自分の音楽に対する情熱はその程度だったのでしょう・・・。


このことから、「やりたいこと」にはそれがやりたい「理由」と「ビジョン」が必要なことがわかりました。

音楽でいえば、自分が音楽をしたい理由。そして音楽をすることによって自分自身がどうありたいか、音楽を通じて何がしたいかというビジョンを頭に浮かべなければならないことがわかりました。


ただ、「浮かべなければならない」と無理をして思っているのでは、恐らく長続きはしません。


きっと最初からビジョンがふっと自然と頭に浮かんで、いつでもそれがその人の意思決定を支えている人というのが最後まで生き残る人なのでしょう。


細かな人間関係や、音楽とは何の関係もない作業に直面したときでも、その本来の目的やビジョンがしっかり頭に根付いている人、そんな人が最後までがんばれる人なのだと思います。



でも、別に物事を最後まで遣り通さなければならないということはありません。

意地をはって無理やり何かを続ける必要はない。


「続けることに意味がある」

これは間違っていません。


でも、続けることが辛いのであれば、そこから抜け出すことも大事です。

ただ大事なのは、抜け出す理由を他人のせいにしないこと。でなければ、弱さを認めない自分の弱さに惨めな思いをするだけです。


「自分」というものを保つ力も、大学という時間で身につけたほうがいいことだと思います。



いろんな場所に出かけて、いろんな人と会って、その時その時でこうありたいという自分を頭に浮かべる。でもその頭に浮かべた自分というのは、必ずそうならなければならない自分ではないことは頭においといたほうがいいのでしょう。




こうありたい自分というのを何度も作って、それに向かうプロセスで何度も壊す(壊れてしまう)。

壊れてしまったらまた作り直す。


これを繰り返すことによって、「本当にしたいこと」というのは見えてくるのかもしれません。

2月21日

戦っている人がいる。


それぞれのカードを持って

1月28日。


荷物持ち愛好会-2007年10月18日
    2007年10月18日 伏見稲荷大社



「俺について来い!」って目をしてやがる・・・







責任の練習。


学生の間にやってしまう失敗は「ごめんなさい」で大概解決してしまう。

だからたくさん今のうちに勉強して、失敗していろんなことを覚えていこう。


安いバイト代を得るためじゃなくて、社会で生活していくために大事な基礎を学ぶために働こう。



そんな風に思っていた時期がありました。




でも、今、思い返してもあんまり役に立ったとは思えない。



受身のままでは何も身につかないというのが実感できました。





そして積極的に動き始めたとき、学ぶべき課題の多さに愕然としました。


その課題は、自分が達成するよりも速いスピードで更に増え続けています。









5時間。(12時間50分)





1月27日。


荷物持ち愛好会-2009年8月27日
      2009年8月27日 京都市



祖父が死んでちょうど10年が経った。


最後に何を話したか、どんな声をしていたかもう覚えていない。


ただ、最後は笑っていてくれてたような気がする。



その笑顔さえ、記憶から無くなりつつある。



自分はたくさんの人の大切なメッセージを見逃したり、忘れたりして、無かったことにしようとしている。









5時間+7時間。