■韓国の「神病」について考えさせられる意味深いファンタジア!≧∇≦)〃♪ | 韓国・ソウルの中心で愛を叫ぶ!

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ポッドキャスト韓国語マガジン“サランヘヨ・ハングンマル”の編集長が、韓国と韓国文化の見つめ方を伝授します。

「俺が消えた」

 

 

●観覧客評点が最低の映画ですが

 

大ファンであるチョ・ジヌンさん主演作品として、先月末に久しぶりに頑張って家の近くの映画館で観てきたミステリーファンタジー映画『消えた時間(사라진 시간)』(チョン・ジニョン監督)です!ヾ(≧∇≦)〃♪

 

まず最初に断っておきますが、この映画はネットユーザーの評価が最低です。今現時点で、ネイバーの観覧客評点が10点満点のうち4.42点。ベテラン俳優が監督をして人気俳優が主演した作品として、おそらく分かりやすい商業的娯楽作を安易に期待した方々が多かったためだろうと思うのですが、まあ、興行に失敗した映画にありがちな、題名をもじった悪口というのがネットの感想欄にあふれているわけで、いわく「私の‘消えた時間’を返して!」という感想たちばかりですよね。(^ヮ^;)

 

でも、それは作品の本質の読み間違いなのであって、それは記者・評論家評点のほうが7.50点のなかなか高得点であるのをみれば分かると思います。そもそもはいわゆるミニシアター系の「独立映画」であり、創作欲にあふれた俳優出身の監督が、興行を度外視して本当につくりたい映画をつくった、いわば表現主義的な文学作品として、私はそういうテイストが大好物でもあるために、いたく感動しながら映画館を出ました。

 

もちろん、ストーリーや結末に対する解釈は、あえて一つを選択できないように開かれていたため、その感動はストーリーから読んだものではなく、あえてそのようにつくられたこと自体の持つメッセージ性から得たものであって、結論からいえば印象深い、とてもいい映画だったと思います。

 

似ている作品を上げるならば、すぐに思い浮かぶのは2015年の日韓合作映画『ひと夏のファンタジア~A Midsummer's Fantasia(한여름의 판타지아)』(チャン・ゴンジェ監督)ですよね。こちらは不整合な前半と後半に分かれていて、俳優は同じ人が出ているのに、前半と後半で少しずつ役割が変わり、場所は同じなのに時間の前後関係もよく分からず、どちらかがどちらかの思い出話のようであるし、どちらも幻想であるような作品でした。まさに「ひと夏のファンタジア」だったわけです。

 

 

●韓国人に多い「神病」とは何か?

 

『消えた時間』のほうは、それが大きく3部に分かれています。それで、ここからは多少のネタばれを含むため、予備知識なくご覧になりたい方は読まないでください。

 

3部とは、①田舎の村に引っ越して来た小学校教諭夫婦の愛情深い暮らしぶり。妻が夜になると毎日日替わりで誰かの霊に憑依されたように別人格になるため、家に鉄格子の部屋を作って、気味悪がる村人代表に鍵を渡し、村人が朝、また鍵を届けるということになっています。しかし、ある日たまたま、その村人が浮気をして遠くにいる時に家に火災が起こって、二人は鉄格子の中で焼け死ぬことになります。

 

②チョ・ジヌンさん演じる主人公の刑事がやってきて、事件の捜査をしますが、その途中で村人たちの宴に誘われて、村の長老が作った酒を飲んだために、悪酔いして火災現場の家で眠ってしまいます。③目が覚めると家は火災前に戻っていて、自分はそこに住む小学校教諭自身ということになっています。刑事だった時の家族も消えており、昔からその村の小学校教諭として過ごして来たし、夜になると人格が変わる病気を患っていて、その家に鉄格子を作って鍵を村人に渡していたことになっています。

 

ということですが、ここでちなみに、この教諭夫人の病気は、韓国人にわりと多い一種の地域文化病で、「神病」といいます。辞書的には「巫俗社会でムーダン(巫)になる人がかかる病。医学で治らず、ムーダンになって初めて治る。民間では『神病』、学会では『巫病(Schamanen-krankheit)』という」と出ています。ドイツ語の病名まである、立派な病気なわけです。これはふつう、ムーダンの誰かから、「神オモニ」として指導を受けて、「入巫祭(내림굿)」を行ってムーダンになることで治るとされます。

 

もちろんすべての人がムーダンになるわけではないので、そういう場合は治す方法がなくて、映画の教師夫人のように、生涯その病気と付き合っていくことになるわけです。韓国人に多いというのは、韓国人が、血筋的にシベリアや中央アジアの北方遊牧民族の流れを強く受け継いでいるためだと思われます。

 

 

●悲しみに共感できる一つの「体験」

 

映画の話に戻れば、これはふつうに考えると、③で主人公がそもそも精神に病を患っていた、という立場になっているため、結局、①と②は主人公の妄想であった、ということになるのかもしれません。しかし、映画の中でそこに明確な解答は与えられません。そのかわり、ラストのある人物との出会いと、その人物につながる手がかり、そして主人公の言葉と、その言葉を受けたその人物の反応などを見た時に分かるのが、この映画全体が、主人公の心の流れを通して、上述の「神病」に代表されるような精神の病を患っている人の悲しみに共感できる一つの「体験」となっているということです。

 

映画というものが私たちにもたらしてくれる重要な価値の一つに、自分とはまったく違う人の視点に立って、その人の気持ちに共感するということがあると思うのですが、まさに私たちはこの映画を通して、最後の人物の涙の深い意味に共感できるようになります。そういう意味では、その最後の人物の涙だけが現実であって、この映画全体がその人物の涙のために存在していた、ということもいえるわけです。

 

まあ、映画をご覧いただければ分かっていただけるとは思うのですが、私にはその最後のラストシーンで起こった感動は決して軽いものではなく、とても重要な価値ある体験でした。ぜひそれを知っていただきたいと思いますが、たとえ、もしそれが分からなくても、この作品は、前述の三つのパートのオムニバスとして観ていただければ、まったく問題なく感動できるのではないかと思います。それほどに、その三つのパートごとの流れや没入度は高く、決して退屈しないばかりか、俳優の演技力と監督の演出力は確かなものでした。(*´ヮ`)/

 

結局、ストーリーを通した結論を解釈しようとするから、「時間を返して」ということになるのであって、そうすることで、むしろ意味のある上映時間を台無しにしてしまうのではないかと感じます。ということで、チョ・ジヌンさんはやっぱり素晴らしかったし、①、②、③、一つひとつを見ても、私にはとてもよい作品であったと思います。その価値を理解してくださるだろうという方皆にお勧めです!♪ヽ(´▽`)/

 

 

【あらすじ】 舞台は田舎の村。他地域から来た小学校教諭夫婦が謎の火災事故で死亡する。事件の捜査を担当していたヒョング(チョ・ジヌン)は、村の人たちから怪しい感じを受けて手掛かりを追跡していたが、村の長老が作った酒を飲んで、火災現場で眠ってしまったために、一晩で人生がひっくりかえる衝撃的な状況になる。家も家族も職業も全てが消えてしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


映画『消えた時間(사라진 시간)』(チョン・ジニョン監督)予告編。

 

 

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