どうも、木津です。

前回は、「頼まれてもいないのに察して、勝手に疲れる人」について話しました。

見えたものを、全部自分の仕事にしない。
気づいたからといって、勝手に背負わない。
正式発注されていないなら、まず止まる。

そんな話でした。

で、今回はさらに痛いところにいきます。

あなたのその察しすぎ。

もしかすると、相手のためになっていないかもしれません。

むしろ、相手を甘やかしているかもしれません。


はい。

嫌な言い方ですね。

でも大事です。


あなたは、たぶん優しいです。
気が利く。
よく見ている。
先に気づける。
困っている人を放っておけない。

それ自体は美しい性質です。

でも。

あなたが毎回先に動くことで、相手が自分で考える機会を失っているなら。
あなたが毎回フォローすることで、相手が自分の責任を見なくなっているなら。
あなたが毎回空気を整えることで、その場にいる人たちが何も学ばないなら。

それ、本当に優しさですか。

それとも、相手が転ばないように、ずっと地面にクッションを敷き続けているだけですか。


助けることが、相手の課題を奪うこともある



まず、ここを分けて考えた方がいいです。

助けること。
支えること。
フォローすること。

これは悪ではありません。

人は一人で生きているわけではないし、誰かの手を借りることも、誰かに手を貸すことも、普通に必要です。

問題はそこではありません。

問題は、あなたが「相手の課題」まで奪ってしまうことです。

たとえば。

相手が期限を守らない。
あなたが毎回フォローする。

相手が説明不足で周囲を混乱させる。
あなたが毎回、裏で補足する。

相手が不機嫌になって場を凍らせる。
あなたが毎回、冗談を言ったり、空気を変えたりして整える。

相手が何も言わずに困っている。
あなたが毎回、先回りして助ける。

これ、最初は親切です。

でも何度も続くと、どうなるか。

相手は学びません。

なぜなら、痛みを感じないからです。

期限を守らなくても、あなたが何とかしてくれる。
説明が足りなくても、あなたが補ってくれる。
不機嫌を出しても、あなたが空気を戻してくれる。
言わなくても、あなたが察してくれる。

すると相手の中で、こういう学習が起きます。

「この人がやってくれる」


怖いですね。

あなたの優しさが、相手の未熟さを温存している。


もちろん、全部がそうとは言いません。

でも、この構造はかなりあります。



あなたは人間です。衝撃吸収材ではありません



あなたが先回りすることで、場が一時的に丸く収まることはあります。

それは事実です。

でも、その丸く収まった分の衝撃は、どこに行っていますか。


あなたです。


あなたの胃。
あなたの肩。
あなたの呼吸。
あなたの睡眠。
あなたの休日。
あなたのカラダ様。


そこに全部来ています。


相手が感じるはずだった気まずさ。
相手が向き合うはずだった失敗。
相手が自分で言語化するはずだった困りごと。
その場にいる全員で持つはずだった違和感。


それを、あなた一人が吸収している。


いや、重い。

あなたは人間です。
衝撃吸収材ではありません。


なのに、優しい人ほどやってしまう。

相手が傷つかないように。
場が荒れないように。
誰かが困らないように。
自分が冷たい人だと思われないように。


全部、自分の身体で受け止める。


その結果、相手は平気。
場も一応平和。
周囲も何となく助かる。


でも、あなたの中だけが削れていく。

それを優しさと呼ぶなら、かなり危ないです。



「あなたのために」は、支配になることがある



ここは、さらに痛い話です。

「あなたのためにやっている」

この言葉、かなり危険です。


もちろん、本当に相手のための場合もあります。

でも、同時にこういう場合もあります。

相手が困る姿を見るのが、自分がしんどい。
相手が失敗する空気に、自分が耐えられない。
場が乱れると、自分が不安になる。
相手が不機嫌になると、自分が怖い。

だから、先に動く。


つまり、本当は相手のためというより、自分が不安になりたくないから動いている。


これ、けっこうあります。


そしてこの状態で助け続けると、優しさは少しずつ支配になります。


相手が困る前に、あなたが答えを出す。
相手が選ぶ前に、あなたが道を整える。
相手が失敗する前に、あなたが手を出す。
相手が言葉にする前に、あなたが察して処理する。


すると、相手は自分の人生を自分で運転する機会を失います。


あなたは助けているつもりかもしれない。


でも、相手のハンドルを横から握っている場合がある。

これが厄介なんです。


優しさの顔をしているから、本人も気づきにくい。


でも、テラン・リバース的に言えば、これは相手の領土に入りすぎています。


あなたにはあなたの城がある。
相手には相手の城がある。


勝手に相手の城へ入って、庭を整え、門を直し、荷物を片付け、ついでに内装まで変える。


親切っぽいです。

でも、普通に越境です。



見えたものを、すぐ拾わない練習



では、どうすればいいのか。

答えは地味です。

見えたものを、すぐ拾わない。

これです。

困っていそうな人がいる。
でも、すぐ助けない。

空気が少し悪い。
でも、すぐ整えない。

誰かがミスしそう。
でも、すぐ手を出さない。

相手が不機嫌そう。
でも、すぐ自分のせいにしない。


まず、止まる。


そして自分に聞く。

「これは本当に私の役割か?」
「相手は本当に助けを求めているか?」
「今、私に余力はあるか?」
「私が動かないと本当に崩壊するのか?」
「これは相手が自分で向き合うべき課題ではないか?」


だいたい、崩壊しません。


あなたが思っているほど、世界はあなた一人の察しで保たれていません。


厳しいようですが、安心してください。

あなたが全部やらなくても、世界はわりと回ります。


少し乱れるかもしれない。
誰かがちょっと困るかもしれない。
場が一瞬沈黙するかもしれない。


でも、その沈黙や困りごとは、本来そこにいる人たち全員のものです。

あなた一人が回収するゴミではありません。




今日の処方箋:助ける前に、聞く



今日からの処方箋はこれです。

助ける前に、聞く。

「手伝った方がいいですか?」
「今、何か必要ですか?」
「私が入った方がいいですか?」
「これは私がやることで合っていますか?」

勝手に背負う前に、確認する。


これだけでかなり変わります。


相手が「大丈夫」と言ったら、引く。

大丈夫そうに見えなくても、引く。

なぜなら、それは相手の領土だからです。


あなたが勝手に侵入してはいけない。


もちろん、緊急時は別です。
本当に危ない時は助ければいい。


でも、日常のほとんどの場面では、まず聞けばいい。

聞く前に動くから、あなたの中に恨みが溜まる。
聞く前に背負うから、相手は何も学ばない。
聞く前に整えるから、あなたのカラダ様だけが疲れていく。


だから、助ける前に聞く。

これを挟んでください。



最後に



あなたの察する力は、悪いものではありません。

むしろ、かなり大事な力です。

人の痛みに気づける。
場の乱れに気づける。
言葉になっていないものを拾える。


それは才能です。


でも、その才能を使って、相手の人生まで肩代わりしないでください。


助けることと、奪うことは違います。
支えることと、背負うことは違います。
優しさと、越境は違います。

あなたが全部クッションにならなくていい。


相手には、相手が感じるべき痛みがあります。
相手には、相手が向き合うべき課題があります。
相手には、相手の城があります。

そしてあなたには、あなたの城があります。


まず、そこを守ってください。


次回は、さらに別角度からいきます。

察する力は、まず自分に使え。

他人の顔色ばかり読んでいる人ほど、自分のカラダ様の声を聞いていません。

たぶん、ここも刺さります。


では、最後に。

気付けーーーー!!!!

あなたは、他人の人生の衝撃吸収材じゃない!!!!
助ける前に、領土を確認しろ!!!!
優しさの顔をして、勝手に他人の城へ侵入するな!!!!
まず自分の城を守れーーーー!!!!