身体に纏わりつく様な空気も…

眩し過ぎる太陽の輝きも…

アスファルトからの熱も…

次第に感じなくなってきた…

夜が訪れる時間が早くなり…
切なくなる…

夏が終わり…
秋がきた…

2013/10/01

この日の夜…
私は久しぶりに秋葉原に向かっていた…

アイドル育成型エンターテイメントカフェ…
バックステージPassに向かう為に…

思えば…
このカフェに通い始めてハマった数か月前は…
週数回はこのカフェに顔を出していたが…
今や月一ペースだ…

秋葉原に向かう車窓に映る自分の姿を見ながら…
以前とある人が言っていた事が過る…

「俺…実力のないヲタク嫌いだから!」

今まさに車窓に映る男こそまさに実力のないヲタクそのものだ…

この言葉を聞いた時…私は自分の事を言われてる気がした…

私は自分をヲタクだと偽り続けてきた…

mixも打てないのに…
推しもいないのに…
沸けもしないのに…
ガチ恋も出来ないのに…
アイドルに一生懸命になれないのに…
包茎なのに…

こんな私の何処がヲタクなのだろうか…

もはや実力がないとかの次元ではない…

車窓に映る自分の姿が滑稽に見えて仕方ない…

私は滑稽過ぎる自分の姿から目を逸らした…

瞳を閉じる…

この日…
私は、共にヲタ活を始めたつん太郎さんが推してる…
バックステージPassの里中いぶきさんという方の生誕祭だった…

この日の21時ステージの終わりに…
つん太郎さんが彼女への想いを思い切り伝えるという事だった…

きっと…
今夜は…
伝説になる…

私はそう確信していた…

この伝説を直で見たい…
心からそう願っていたが…
無情にも時間は過ぎていく…

時計を見る…
これは確実に伝説に間に合わない…

秋葉原に着く…
電気街口の改札を出て歩き始める…

所々に張り巡らされるアニメのキャラクターのポスターや電光掲示板…
客引きをしているメイド…
微かに聞こえてくるアイドルソング…
気持ち悪い笑みを浮かべながら歩く垢抜けない男達…
その男達に「好きだよ!」と嘘臭い笑みを浮かべて話す三流アイドルと思わしき少女…

何もかもが気持ち悪く感じた…

私は一体この街に何を求めていたのだろうか…

私も周りから見ればこんな風に映っていたのか…

毎週の様にこの街に来ていた自分が情けなくて仕方ない…

ヲタクにもなり切れずに…
中途半端な存在で、いっぱしのヲタクを気取り…
本当の私はアイドルに何も出来ない男なのに…
一体、私は何をしたかったんだ…
一体、私は何になりたかったんだ…

歩きながら涙が溢れた…

涙で滲む秋葉原のネオンに照らされながら涙を拭い時計を見た…

伝説には間に合わない…

一緒にヲタ活を始めたというのに…
つん太郎さんは気付けば…
好きなアイドルの生誕祭でマイクを握り熱い想いを伝える様な立派なヲタクになっていた…

好きなアイドルの生誕祭を盛り上げようと150本のサイリウムを用意する様なみんなを先導する凄いヲタクになっていた…

アイドルに愛されるヲタクになっていた…

他のヲタクから羨望の眼差しを受けつん太郎さんの様なヲタクになりたい!と…
目標とされ崇められる神の様なヲタクになっていた…

そして今夜…伝説を残すヲタクになろうとしている…

それに比べ私はどうだ…
ヲタ活を始めた時期は同じなのに…

私を必要としてくれるアイドルなんて一人もいない…

“当たり前だ…お前はアイドルの為に何かしたのか?”

私に憧れ私の様なヲタクになりたいと言ってくれるヲタクなんて一人もいない…

“当たり前だ…お前はそもそもヲタクらしい事何一つしてないだろ?”

私に伝説なんて何一つない…

“当たり前だ…お前みてぇな実力もない半端な奴が伝説作れる様な世界じゃない!”

私は一人だ…一人ぼっちだ…

“当たり前だ…お前みたいな干され包茎と一緒にヲタ活した所で誰も得しないのだから…”

どこからか声が聞こえてきた気がした…

うるさい!うるさい!黙れ!黙れ!

前を見ると閉店している店のショーウィンドウに映る自分がニヤリと笑った気がした…

ショーウィンドウを思い切り殴った…

殴った!殴った!殴った!

拳に走る激痛…

拳の皮が剥がれ落ち血が流れている…

秋葉原を歩く街の人達が好奇な視線で見てくる…

見せもんじゃねぇぞ!!

私は心で叫び…
視線を避ける様に私は速足で「麺屋武蔵 巖虎」に入った…

濃厚つけ麺(750円)のチケットを購入し店員に渡す…

「大盛で…」

この店は並・中・大盛…
どれも同じ値段だ…


出てきた…つけ麺を頬張る…

麺は麻の実を練り込んだモチモチの極太麺…

スープはかなり濃厚な豚骨魚介系のつけ汁で少し海老の風味を加えてある…

空腹過ぎた私にはこの濃厚なつけ汁にたっぷりと絡んだモチモチの極太麺が心から染みた…

うんめぇぇぇ…

涙を流しながら一気に食べた…

この店は卓上ポットに割りスープが入っている…

麺を全て平らげた私は…
卓上ポットを手に取り濃い目のつけ汁の為…
少し多めに割りスープをつけ汁が入っている器に注いだ…

芳醇な香りと濃厚なダシが広がる極上のスープに変身したスープを…
レンゲを手に取り、口に流し込んだ…

先程までの濃厚さが嘘の様に絶妙に薄まり…
爽やかで心地よく飲みやすい優しい味が私の口腔内を駆け巡る…

うんめぇぇぇぇぇ…

うんめぇよ…

生きてて良かった…
涙が止まらなくなった…

いつも孤独だった…
いつも劣等感しか感じなかった…

何をしても上手くいかず…
何をしても中途半端…

でも生きてれば…
こんなに美味い物が食べれるんだ…

そう思えば…
こんな世界も悪くはないのかもしれない…

「ご馳走様です…」

涙を拭き店員に蚊の鳴く様な声を絞り出した…

「ありがとうございましたぁぁぁ!!」

店員は爽やかな笑顔で気持ち良く答えてくれた…

店員の素敵な笑顔を尻目に私は「麺屋武蔵 巖虎」を出た…

バックステージPassがあるAKIHABARAカルチャーズゾーンビルへと向かう…

AKIHABARAカルチャーズゾーンビルのエレベーターのボタンを押す…

扉が開き中に入る…

6階のボタンを押すとエレベーターが上昇し始める…

静かだ…

6階に着きエレベーターの扉が開く…

すると…
耳を劈く様なつん太郎コールと里中いぶきコール…
そして拍手の渦と歓声が飛び込んできた…

私は駆け足で店の中に入った…

キャスト達も客達もステージ上の二人の姿に見惚れながら拍手と歓声を送っている…

私が来た事にキャストの誰も気付きはしない…

当たり前だ…

その時…ステージ上では涙を流し喜ぶ里中いぶきさんに…
つん太郎さんは彼女を強く抱きしめながら熱いディープキスをしていた…

つん太郎さんはこの日の為に…
スーツも靴もネクタイも新調している事が一目で分かる…
気合の入り方が違う…

学校の先生にも見えなくなかったが…
ステージ上の煌く照明の下、好きなアイドルにディープキスを炸裂させるつん太郎さんは…
とても眩しくて心からカッコ良いと思った…

つん太郎さんの側近達の…
プリぴょんさん…
ビッチ郎さん…
くそめがねさん…
社畜さん…
ヲサダさん…

彼らも涙を流しながら歓声を上げ、つん太郎さんを羨望の眼差しで見つめていた…

おそらくステージが終わった後…
つん太郎さんが彼女への熱い想いを伝え…
その想いに感激し涙した里中いぶきさんを強く抱きしめ愛を囁き…
ディープキスをしたという流れだろう…

私は里中いぶきさんのプレゼントに買っておいた…
チュッパチャップス1本(コーラ味)を入り口入ったすぐの所にある机の上に…
そっと置いて踵を返しバックステージPassを出た…

エレベーターのボタンを押しエレベーターが来るのを待っていると…
1人のキャストが店から出てきた…

「あれぇ~?入らないのぉ~?」

「あぁ…もう…十分見せてもらったからな…」

「ふ~ん…」

そう言い残すとキャストは私の事なんかまるで興味もなさそうに颯爽と店の中に入っていった…

エレベーターが開き1階のボタンを押し扉が閉まりエレベーターが下がっていく…

私1人を乗せて…
静かに虚しく下がっていく…

1階に着き扉が開く…

台風が来ているせいか…

湿り気のある風が私の身体を包む…

夜空は灰色に覆われ今にも泣きだしそうだ…

まるで私の心模様の様に…

この翌日…

里中いぶきさんは卒業を発表した…

キャバクラ用語で「水揚げ」という言葉がある…

“結婚して夜の仕事を辞めること。夫に稼いでもらい、「水」商売から「揚げ」てもらう。”

という意味だ…

つん太郎さんが彼女と結婚するかどうかは全く不明だが…

里中いぶきさんが卒業を決心したのには恐らく色々な理由があった事だろう…
ただ…
私は、その色々な理由の一つに“つん太郎”があったのだと思っている…

アイドルはみんなのアイドルでなければならないのに…

1人のヲタクに心も身体もイカれてしまった…

だから…
そんな状態ではファンを裏切る事になってしまうから…

バクステ外神田一丁目というメジャーデビューしてるグループを抜ける事を決心したのだと…

私は勝手にそう解釈している…

彼女が今後どうなるのか…
彼女とつん太郎さんが今後どうなるのか…

それは私には全く分からないが…
私は二人には幸せになってもらいたいと心から勝手に願っている…

“まぁ…お前は一生幸せになんかなれねぇけどな!
皮もまともに剥くことも出来ずに孤独に死んでく包茎野郎だよ!!”


ショーウィンドウに映る哀れな自分がニヒルに笑いながら…

そう…

言ってきた…


完!!