初めてその男に会ったのはもう三年くらい前だろうか…

AKBの握手会で初めてその男に会った時…
申し訳ないが何の魅力もヲーラも感じなかった…

どこにでもいる様な感じの良い少しオドオドした大学生ヲタクという感じだった…

しかし俺はこの男に変態的な何かを感じた…

この男は磨けば光る…

そう思った俺は、彼にぱすぽ☆というアイドルグループの現場に行ってみようと誘った…

彼は見事にぱすぽ☆にハマってくれた…

AKBでは倉持明日香さんを推し、ぱすぽ☆では増井みおさんを推した…

彼はもがいた…

二人の女の間で必死にもがいた…

「本物になりたい…本物のヲタクに…」

口癖の様にその男は呟いた…

一心不乱にヲタ活をした…

本物になる為に…

金に糸目をつけずにヲタ活をした…

本物と認められる為に…

しかし…

どれだけもがいても…

どれだけあがいても…

本物にはなれなかった…

いつまで経っても中途半端…

彼の心に焦燥感が溢れた…

彼の心はどうしようもない敗北感に支配された…

苦悩…

迷走…

出口の見えない迷路をさまよい続ける日々…

ヲタクとしての限界…

俺はそんな彼を見ているのが辛かった…

気付けばそんな彼も社会人となっていた…

次第に会わなくなった…

あんなに呟いていたTwitterも全く呟かなくなっていった…

あんなに好きだった増井みおさんや倉持明日香さんへの愛を全く聞かなくなった…

そんな時…

とある噂が流れ込んできた…

その男が六本木にあるアフィリア・スターズという所で大暴れしていると…

アフィリア・スターズとは簡単に言うと魔法学園をコンセプトにしたコスプレガールズバーみたいな所だ…

どうやらその男はこのアフィリア・スターズにいる一人のキャストに入れ込んでいるらしかった…

しかしそのキャストはもう辞める事が決まっているらしく…

その男は毎日の様にクレジットカードを駆使し…
アフィリア・スターズに通っているという事だった…

ガールズバーのコスプレキャストに入れ込むなんて…

彼は一体…どこに向かおうとしているんだ…

本物のヲタクになりたいとあんなに言っていたのに…

コスプレキャストにハマるなんて…

大丈夫なのか?

何が起こったんだ?

もう良いのか…

あんなに夢見た“本物”は…

もう諦めたのか…

あんなに憧れた“本物”は…

胸が締め付けられそうだった…

そんなある日…

けたたましい電子音が鳴る…

彼から久々に連絡が来た…

彼が入れ込んでいるキャストがアフィリア・スターズを辞める日に良かったら来て下さいという連絡だった…

俺は抑揚のない声で「分かった…」と返事をした…

確かめたかった…

彼がどこに向かおうとしているか…

見てみたかった…

彼が愛した増井みおさんや倉持明日香さんという女を忘れさせるくらい彼を骨抜きにしたキャストを…

眠らない街…

六本木に着いたのは0時過ぎ…

0時過ぎだというのに六本木は人で溢れている…

なんだか懐かしい匂いがした…

若かりし頃の思い出が過る…

押し寄せる思い出を振りきり俺はアフィリア・スターズのあるビルへと向かった…

ビルの前には6人くらいの男女が楽しそうにはしゃいでイチャつき合っている…

イチャつきあっている男女を尻目に俺はビルへ入りエレベーターのボタンを押す…

エレベーターの扉が開き…

階数のボタンを押す…

エレベーターがゆっくりと上がり始める…

眼を閉じた…

その男とヲタ活をした日々が走馬灯に様に蘇る…

その男が本物を捨ててまで出した答えがきっとこの先にある…

見せてくれ!!

お前が辿り着いた答えを!!

俺は心の中で叫んだ…

エレベーターの扉がゆっくりと開く…

店はエレベーターのほぼ目の前にあった…

深呼吸をした…

扉の取っ手に手をかけて思い切り開いた…

店内は天体観測をテーマにしている様で薄暗かった…

一人のキャストが辞める日だからか0時を過ぎているというのに満席状態…

辺りを見渡すと六人掛けのテーブルの真ん中でふんぞり返って楽しそうにキャストと談笑しているその男の姿が見えた…

見違えくらい輝いていた…

彼が俺に気付く…

俺は笑みを浮かべ席の方へ歩き始めた…

この日はバクステで伝説の無敵宣言したあのプリぴょんも喧嘩の傷を晒しながら来ていた…

席に座りマリブコークを注文し談笑する…

彼が惚れたキャストを紹介してもらう…

そのキャストは彼がハマった倉持明日香さんや増井みおさんとは全く違ったタイプの女性だった…

この男の女のタイプは全然分からねぇな…

そう思いながらグラスを手に持ち口に含んだ…

「全員揃ったのでそろそろ俺…本気出しちゃって良いすか?」

おもむろに彼がロン毛の髪を掻き上げながら言い始める…

みんなが静かに頷く…

俺もつられる様に頷いた…

全員の頷きを確認した彼はゆっくりと席から立ち上がり大声で叫び始めた…

「俺は…誰だぁぁぁぁぁぁ!?」

「ゴンザレス義経先輩です!!」

キャスト全員が大声で返答する…

この店では客は先輩と呼ばれる…

この男はこの店でゴンザレス義経と呼ばれていた…

「アフィリア・スターズで今夜一番輝いている“一番星”は誰だぁぁぁぁぁ!?」

再度、大声で謎の質問をし始める…

「ゴンザレス義経先輩です!!」

キャスト全員が大声で返答する…

満足そうな笑みを浮かべて頷くその男はさらに続けた…

「今夜は俺の愛するの女の卒業じゃ!!
キャストも先輩方(客)も気合入れろぉぉぉぉ!!」


「うおおおおおおおおおお!!」

店のキャストも客も全員がその男の叫びに完全に一体化する…

「まだまだイケるだろ!?おめぇら!?
まだまだイケんだろうぅぅぅぅぅぅ!?」


「うおおおおおおおおおお!!」

そして彼は辺りを見渡しながら満足そうな笑顔を浮かべ何度も頷く…

店内が静まり返る…

店内いる全ての人間が彼の次の発言を固唾を飲んで見守っている…

すると彼は大きめのアタッシュケースを机の上に乗せて開いた…

アタッシュケースの中に詰まっていた100万円の札束がドサドサと音を立てて崩れ落ちた…

「ドンペリゴールドだ…
この店内にいる全ての人間にドンペリゴールドだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「うわああああああああああああ!!」

弾けるフロア…

「ゴンザレス!ゴンザレス!」

湧き上がるゴンザレスコール…

もの凄い拍手の渦…

その中心には彼の姿があった…

彼は爽やかで優しい笑みを浮かべながら…

約10万円分のプレゼント袋を持って…

大好きなキャストの方に歩き出した…

キャストの前に辿り着くとゆっくりと話し始めた…

「愛してるぜ…
どれだけ…記憶辿っても…
どれだけ…時間が過ぎても…
忘れられないくらい愛してる…」

キャストは涙を浮かべて頷いた…

「このまま時間が止まれば良いな…
なんて…
俺の身勝手だよね…
卒業したら君と会えなくなるかもしれない…
でも…
君と出会えたという奇跡が俺をここまで強くしてくれた…
君と出会えたという奇跡が弱かった俺を変えてくれた…
この店に君がいるというだけで…
俺は…
どんなたわいない事でも震えるほどの喜びを感じる事が出来たよ…」

キャストの瞳から涙が溢れて止まらない…

「今までありがとう…
声にならないくらい…
世界で一番…
いや…
この銀河で一番…
君の事を愛してます!」

そう言うと彼は思い切り彼女を引き寄せ抱きしめた…

そしてお互い涙を浮かべた瞳で見つめ合いながら何度もキスをした…

鳥肌が立った…

涙が止まらなかった…

カッコ良すぎた…

眩しすぎた…

間違いなくこの天体観測をテーマにした店内の一番星だった…

出会った時、どこにでもいる様な感じのヲタクだったあの男が…
まさかこれ程までにカッコいい男になるなんて誰が分かりますか?

この日、ホントは彼を叱るつもりで来ていた…

何を血迷っている…ヲタクに戻れと諭すつもりだった…

血迷っていたのは俺の方だった…

俺は彼の事を何も分かっちゃいなかった…

俺は運ばれてきたドンペリゴールドをグラスに注ぎ一気に流し込み…
「最高の夜をありがとう」と書置きを残し席を立った…

抱き合い何度もキスを交わす彼らを尻目にそっと店を出た…

エレベーターを待っているとプリぴょんも店を出てきた…

エレベーターの扉が開く…

1階のボタンを押し…

エレベーターの扉が閉まる…

「俺もバクステのあの娘がもし卒業する時が来たら…
あんなにカッコ良く出来るかな…」

「どうだろうな…
お前は女泣かせる方が得意だからな…」

二人で静かに笑みを浮かべると1階に辿り着いた…

プリぴょんと別れ、タクシーに乗り込み行き先を告げる…

タクシーがゆっくりと走り始める…

「ねぇ…運転手さん…
今夜は星が綺麗ですね…
この大都会であんなにも光り輝いてる星を見れるなんて思いもしなかったです…」

「えっ…星なんて見えないですよ…」

「そうですよね…」

俺は少し微笑を浮かべ窓を開けた…

サイッコーに輝いてたぜ…ゴンザレス先輩…

俺の静かな呟きが風に流された…

完!!