煌くフロア…

忙しなく動き回るキャスト達…

キャスト達とヲタク達の楽しそうな笑い声が飛び交う…

2013/7/2

俺はこの日…

約1週間ぶりにAKIBA カルチャーZONEビルの6階にある…

アイドル育成型エンターテイメントカフェ…
バックステージPass(バクステ)に午後10時くらいに入った…

フロア中央辺りの端の4人席に座る…

プリぴょん…
ふるぼっき君…
つん太郎さんというメンツで…

つん太郎さんとプリぴょんはバクステに
午後5時くらいからずっと入り浸っている様だ…

それでも彼らの目は全く死んでいない…

死んでない所か光り輝いている…

本当に心からバクステを楽しんでいるのが見ただけで分かる…

凄い…

彼らのバクステ愛は本当に凄い…

二人ともバクステに通えば通うほどバクステという場所とキャストを愛していく…

俺にはそんな二人が眩しすぎた…

もはや俺には全くない感情だから…

そんな輝かしい二人を見ていると…

こんな俺がいて良い場所なのか…

疑問が過る…

俺の居場所はもうここに無い様なそんな気がした…

席に着き…

ジントニックを注文する…

キャストと盛り上がる仲間達の様子を…
俺はジントニックを飲みながら黙って眺めていた…

色々なキャストと笑顔で楽しそうに話す仲間達が眩しい…

仲間たちの笑顔がキャストを笑顔にさせる…

テーブルが弾ける…

俺は…話の輪に加わる事なくひたすら黙ってみんなの弾ける笑顔を眺めていた…

眩しすぎる一体感…

眩しぎる笑顔…

幸せという花が咲いてるようだ…

俺は少し俯きながらジントニックを口に含み微笑を浮かべた…

その時…

とあるキャストがおもむろに俺に話しかけてきた…

「私…3年後につん太郎と海外に住むんだ!」

俺は弾けた様に声がする方向に顔を向けそのキャストに訪ねた…

『今…何て言った?』

「えっ!?」

俺は思い切り席から立ち上がりキャストの方向に向き真剣な顔をして再度訊ねた…

『今、何て言ったかって聞いたんだ…』

「そんな怖い顔しないでよ…
怖いよ…
3年後に…つん太郎と海外に住む…って言ったんだよ…」

俺は、脱力した様に座った…

胸が熱い…

全身が震える…

動揺を誤魔化す様にジントニックを飲もうとグラスを持つ…

手が震えてグラスがうまく持てない…

キャストがつん太郎さんに弾ける笑顔を浮かべて問いかける…

「ねぇ!つん太郎!!どこに住もうか!?」

「ロンドンだ…
でも…3年も待てねぇぜ…!?」

つん太郎さんが憎らしいくらいのイケメン顔でキザに答える…

『結婚…すんのか?』

俺は、そのキャストに問いかけた…

「えっ!?」

キャストが困惑した顔を俺に向けてきた…

『一緒に海外で住むって事は…つん太郎さんと結婚するって事なのか?
って聞いたんだよ…』

「うっ…うん…」

少し照れたような顔をしてそのキャストが答える…

「バンドエイド…
お前には言ってなかったけど…
俺達…婚約したんだぜ…!?」

つん太郎さんも照れたように笑いながら答える…

胸が焼ける様に熱くなる…

ついに…

ついに…ここまできたか…

自分の推しのアイドルと接触しにくる男ヲタクは大抵、誰しも…
推しにとって自分がオンリーワンになりたいと思っている…

いや…願っている…

心のどこかであのヲタクには敵わないと感じても…

あの娘には男がいると感じても…

「もしかしたら」と淡く健気な思いを抱いているものだ…

その淡く健気な思いは無残に散る事になる…

無残に散る事は分かっていても好きの気持ちが強すぎて止まれない…

「もしかしたら」とヲタクはひたすら願う…

叶わないと知りながらも願う…

雄としての本能が…
接触するほどに…
自分の目の前にいる可愛い女を自分の物にしたいと思わずにはいられない…

そこに歪んだ愛情が産まれる…

アイドルという偶像に夢を見る…

誰よりも自分が推しを理解していると錯覚する…

自分の理想を推しに押し付けようとする…

しかしその歪んだ愛情の全てはアイドルの心に届かない…

だが…

つん太郎さんは違う…

本物のヲタクだからこそ…

彼の発する言葉の一言一言が…

彼の発する助言の一言一言が…

アイドルの心に響く…

そして…堕ちる…

アイドルはつん太郎という男に堕ちる…

アイドルはつん太郎という男に依存する…

つん太郎がいなければダメになると思ってしまう…

バクステは間違いなくつん太郎さんをヲタクとして大きくした…

あんなに嫌がっていたヲタクという存在とも仲良くなれる男になった…

あんなに嫌がっていたteamTも…
今や自らteamTを宣伝する男になった…

真面目な話しか出来なく面白い事を言えないと悩んでいたアイドルとのトークも…
今やクサいセリフを平気でアイドルに言える男になった…

つん太郎という名前も売れてヲタクに憧れられる男になった…

そして…バクステのキャストと…
オリコン3位のアイドルと…
婚約する男になった…

俺は涙が止まらなくなった…

ヲタクとして立派になったつん太郎さんの眩しすぎる横顔を見ると涙が止まらない…

俺は彼がヲタクになった瞬間から彼を見てきたから…

彼をヲタクにするきっかけを与えたのは俺だから…

俺は正直…
今でもアイドルを推すという感情は分からない…

でも…
一生懸命に好きなアイドルを追いかけるヲタクは本当に心から推せる…

好きなアイドルを喜ばせようと頑張る姿はいつ見ても俺の心を熱くさせ揺さぶる…

つん太郎さんは10年以上前からの知り合いだ…

スポ刈りウルフで福島弁全開でゲーセンとパチ屋にしかいなかったあの男が…

まさかアイドルと婚約する様な大きいヲタクになるなんて誰が思いますか…

ヲタクにとって推しを自分の物にするのはきっと…

誰もが言わないまでも…

叶わないと思いつつも…

「もしかしたら」と願う夢の一つであるはずだ…

そんなヲタクの誰もが願う夢を叶えたのが…
自分の推しのヲタクである事を俺は心から誇りに思う…

俺のヲタ活する意味がなくなった…

俺のヲタ活に終わりが訪れた…

推しのヲタクがアイドルと婚約する…

こんなに素晴らしいゴールはない…

もう…何の後悔もない…

もう…何も言う事はない…

もう…俺のバックアップなんて必要ない…

いや…最初から俺のバックアップなんて彼には必要なかったのかもしれない…

一緒にヲタ活を始めたその時から…

本人の意思とは関係なく…
ヲタクの世界でしか生きてゆけない者がいる…
まるで…
ヲタクの太陽に向かって歩いてるように…

それが…つん太郎というヲタクだから…

バクステを出ると…

夏なのに少し冷たい風が吹いていた…

でも…

この日の俺の心は世界で一番熱くなっていたはずだ…

ポケットから煙草を取り出し…

煙草を咥え火をつけた…

紫煙をゆっくりと吐き出しながら…

空を見上げる…

『俺の…太陽は…どこだ…』

そっと…

呟いた…

完!!