「マジかよ…あいつ…」

「信じられねぇ…」

「正気か…!?」

「あれが…佐藤すみれのTOなのか…凄すぎる…」

佐藤すみれの握手レーンの前でオタク達がざわついてるのが見える…

2012/5/25

俺は、この日、AKB48の個別握手会に久々に参加する為…
東京ビッグサイトにいた…

券は…
吉田朱里さん 5部2枚…
佐藤すみれさん 6部3枚…

という、もはやAKBの握手会に行き始めた時くらいのとても脆弱な枚数だ…

挙げ句…
吉田朱里さんの握手券は…
時間に間に合わずただの紙屑になった…

佐藤すみれさんの握手券は無駄にする訳にはいかない…

俺は…急いでビッグサイトに向かった…

ビッグサイトに着き足早に佐藤すみれのレーンに向かうと…
レーンの前にやたらとオタクの群れが出来ており、ざわついていた…

様子を確認すると…

どうやら佐藤すみれのTO(トップオタク)の方が握手券500枚出しをしている模様だった…

ドヤ顔で係員に握手券の枚数を数えさせているTO…

するとTOが野次馬と化しているオタク達の方向に振り向き叫んだ…

「俺が佐藤すみれで№1だ!!
俺が誰よりもうまく佐藤すみれと弾けられる!!
俺が誰よりも佐藤すみれを愛してる!
俺より佐藤すみれを愛してるって奴がいるなら出てこいやあああああああああ!!」

下を俯きただ沈黙する事しか出来ないオタク達…

「クックックッ…
アーハッハッハッ!!
そうだろ!!そうなんだよ!!
俺が佐藤すみれで№1なんだよ!!
この雑魚オタ共が!!」

クッ…なんて嫌な野郎なんだ…
しかし…500枚出しは確かに凄い…
俺の3枚じゃ…
とても太刀打ち出来ない…

誰か…誰か…いないのか…

いる…いるぞ…
あの糞野郎に太刀打ちできる最高にて最強の男を俺は1人知っている…

佐藤すみれ最強のTW(トップヲタク)を俺は知っている…

俺は辺りを見回したが…
その男の姿は見えない…

ちきしょう…
まだか…
まだ来てないのか…

このままだと…
佐藤すみれさんがあんな糞野郎に占拠されちまうぞ…

「おらおら…
係員さんよぉ…
早く数えろよ…
俺の女が潤んだ瞳で今か今かと俺様を待ってんじゃねぇかよぉ…
俺の“女”がよ!!
クックックッ…アー八ッハッハッ!!」

『おいおい…
誰が…
てめぇの“女”だって!?
誰の許可得て言ってんだ?
寝言は寝て言えよ…!?』

こっ…この声は…!?

まさか…!?

俺は…弾かれた様に声がする方向を見た…


きたあああああああああ!!

つん太郎さんだ!!

初代ヲタクプレイボーイにして貢ぎ厨…
佐藤すみれ史上最強のTW…

つん太郎さんがきたああああああああ!!

これならイケる!!

間違いない!!

あの糞野郎に唯一対抗出来るのは…つん太郎さんしかいない!!

つん太郎さんは野次馬オタク達を掻き分け…
ゆっくりと佐藤すみれのレーンに入って行った…

「貴様が噂のつん太郎か…
面白れぇ…
佐藤すみれ“最強”とか言われている
貴様とは1度会ってみたかったんだ!
だが…これだけは言っといてやる!
俺様が佐藤すみれで№1だ!!」

『ごちゃごちゃ…うるせぇんだよ…
くせぇ息吹きかけんじゃねぇ…
それに…№1を決めるのはお前じゃねぇ!!
すーちゃんだ!!』

「ほぅ…
この俺様と接触勝負する気か?
クックッ…
俺は500枚出しだぞ?
しょっぺぇ枚数じゃ何にも出来ずに…
ただ俺と“俺の女”がイチャついてるとこを眺めてるだけで終わるぞ!?
クックッ…」

つん太郎さんがTOの胸ぐらを掴み…
思い切り自分の方へ引き寄せ…
凄味のある顔を近づけて囁くように言った…

『てめぇは一つ間違っている…
すーちゃんはてめぇの女じゃねぇ…
俺の“女”だ!!
俺も500枚出しだ!!
誰がすーちゃんで№1か世間知らずのてめぇに叩き込んでやんよ!!』

つん太郎さんも係員の人に500枚の握手券を出した…

するとブースから佐藤すみれがゆっくりと
つん太郎さんとTOの元に寄ってきた…

「どっちが私で№1なのか勝負するのね…
良いわ…面白いじゃない?
ちょっとあんた…もう握手券は数えなくて良いから…
そこの二人を私のブースまで連れて行くわ…
ブース内に椅子と飲み物を用意してちょうだい!」

「光栄だよ!」

TOがなれなれしい態度で、佐藤すみれの腕に腕を絡ませた…

『ご案内します』

つん太郎さんは紳士的な姿勢で…
佐藤すみれの空いているほうの手を取った…

ふたりにエスコートされるのを当然、といった顔で歩く
佐藤すみれはまるで女王様のようだった…

そして、その女王様ぶりがとてもよく似合っていた…

「今夜は楽しい夜にしような!」

TOは言いながら、佐藤すみれの頭越しにつん太郎さんを睨みつけた…

『すーちゃんに最高の時間をプレゼントしますよ…』

つん太郎さんも柔らかい口調とは裏腹の激しい眼をTOに返した…

ブースに続くレーンを歩く二人は…
既に戦闘モードに突入していた…

この二人の対決は…
ブース内に設置されたロングソファの真ん中に佐藤すみれが座り、
その両側にTOとつん太郎さんが座るというスタイルで行われた…

もちろん机もあり机の上には…
ドンペリゴールド、マーテル、リシャール等の飲み物が置かれていた…

あまりの対決にこの様子は、会場にある大画面モニターでも生中継された…

「じゃあ私のTOP2に乾杯!」

佐藤すみれが宙に翳すシャンパングラスに…
彼女の両側座るつん太郎さんとTOが触れ合わせるグラスが甲高い音色を上げた…

「髪さぁ…エクステつけてさらに可愛くなったよね!
もちろん前の短めのすみれも可愛かったけど!
どこのサロンでやってもらったの?」

TOが佐藤すみれのシャンパングラスにファンタを注ぎながら尋ねた…

「○○ってサロンだよ…」

佐藤すみれが興味なさそうに言った…

「俺も○○ってサロンで髪やってもらてるんだよ。
店長の○○さんにやってもらってる。」

「えっ!?嘘!?私、先週、店長の○○さんにやってもらったんだよ!」

それまでツンケンしていた佐藤すみれの顔に、親しみのいろが浮かんだ…

「マジ!?俺と一緒じゃん!」

「へぇ~偶然。
あ、もしかして、あなたが店長さんが言っていた私の事が大好きなイケメン君なのかな?」

身を乗り出した佐藤すみれが、興味津々の表情で尋ねた…

マズい…
完全にTOのペースだ…

佐藤すみれの顔は左側…
TOの方に向きっぱなしだった…

焦燥感が、つん太郎さんの背筋を這い上がっているのが分かる…

「そう!俺がすみれの事が大好きなイケメンさ!」

TOが悪戯っぽく言うと無邪気に笑った…

糞野郎と思っていた俺でさえ、思わず引き込まれそうな笑顔だった…

「ふふ…自分でイケメンって言っちゃうんだ!
確かにイケメンだけど!
でも、何で500枚出しなんてしようと思ったの?」

『佐藤すみれのチャンピオンに挑戦するためですよ。』

TOが答える前に、つん太郎さんは冗談めかした感じで口を挟んだ。

佐藤すみれが、初めてつん太郎さんの方を振り返った…

「つん太郎が私のチャンピオンなんだ!
TOとは全然タイプが違うよね!」

佐藤すみれの興味を奪われたTOの表情が…
微かに険しくなったのを、俺は見逃さなかった…

『どんな風に違います?』

つん太郎さんは手にしたイニシチアチブを渡さない為に…
すかさず質問した…

さすがつん太郎さん…
会話を長続きさせるコツは、常に相手に喋らせ、聞き役に徹することだ…

「そうね、TOがイタリア車ならつん太郎はドイツ車ってところかな…」

考える表情をみせていた佐藤すみれが、二人を車に例えて言った…

『それは、どっちが良いってことなの?』

「どっちが良いってことじゃなく、好みの問題よね。
燃費の効率よりも派手に飛ばしたいならイタリア車…
セレブ気分で優雅に走りたいならドイツ車。
でも共通しているのは…
どっちもプライドの高さは超一流ってことね。」

佐藤すみれが意味ありげにつん太郎さんとTOを交互に見比べた…

「すみれの好みは、もちろんイタリア車だよな?」

TOが、わざとらしく髪の毛を掻き上げる仕草でポーズを作った…

「私、フェラーリとベンツ乗った事あるけど…決められな~い!」

『夜乗るなら、どっちですか?』

つん太郎さんは、深い意味を込めた質問を浴びせた…

口元に笑みを湛えているが、TOの瞳は笑ってなかった…

「気持ちよく走らせてくれた方の車に、また乗りたい気分になるわね!」

佐藤すみれがふたりを煽る様に言った…

「話は変わるけど…アイドルって楽しい?」

さりげなく話題を変えたふうを装っているが、早速TOは
佐藤すみれを“気持ちよく走らせる”為の話題を模索している事が分かる…

「う~ん…どうかな…楽しいけどぉ…
私的には劇場での私…
歌って踊っている姿を見て欲しいんだけどさぁ…
アイドルのファンは色々言ってくるし…
総選挙の速報も圏外だったし…
最近なんか…うまくいかなくてさぁ…」

「でもさ!劇場でのすみれって、選抜メンを食ってるよな!?」

「選抜メンを食ってる?」

首を傾げる佐藤すみれ…

「そう!TVに出て有名な女の子達がすみれのオーラに
光を消されてるって事さ!」

「そんな事もないんじゃない?
選抜メンは可愛くてアイドルらしいコが一杯いるし…」

「次元が違うよ!すみれと一緒に公演出てるコ達がかわいそうだな…
っていつも公演見る度に思ってた!
だって、めちゃめちゃ可愛いだもんな!」

歯の浮くセリフのオンパレード…
TOがさっきまでとは打って変わって真剣な表情で
佐藤すみれを見つめた…

「またまたぁ、口がうまいんだからぁ。
誰にでも、同じこと言ってるんでしょう?」

そう言いながらも佐藤すみれは満更でもなさそうだった…

「俺はさ、お世辞言われるのも言うのも嫌いなんだ…」

佐藤すみれの耳朶がほんのり赤く染まったのは…
ファンタのせいではないだろう…

『最近さぁ…すーちゃんレギュラー番組始まったよね?
何本くらいレギュラー番組持ってるんだっけ?』

なんとか話を変えようと、つん太郎さんは強引に違う話題にした…

このままだと、完全に佐藤すみれはTOに嵌まってしまうと思ったのだろう…

「2本くらいかな…」

気のない声…
佐藤すみれは上の空だ…

「TOはさぁ…どんな女のコが好みなの?」

女からの質問は、相手に興味を持った証だ…

「俺に従う女…」

「じゃあ、私みたいな女は好きじゃない?」

「ああ…嫌いだな…」

俺は、驚いた…
佐藤すみれは気位の高いアイドルだ…
せっかくいいムードになっていたのに、自らぶち壊すようなことを
何故TOは言ったのか?

佐藤すみれの横顔が凍りついていた…

無理もない…
恐らく、彼女がアイドルになって面と向かって
嫌いだなどと言われたのは初めてに違いない…

『おいおい、すーちゃんみたいな可愛い女のコを前に…
嫌いはないだろう?
全く失礼な奴だよね?』

つん太郎さんは場面を取り繕うために、話に割って入った…

「さっきは褒めてくれたじゃん!?」

佐藤すみれが不満げな表情で言った…

「あぁ…ビジュアルはな…」

素っ気なく言うと、TOは煙草をくわえた…

「私の、どういう所が嫌いなのよ?あなた私のTOなんでしょ!?」

訊ねる佐藤すみれの声は屈辱に震えていた…

「そのお高くとまったとこ…
俺が彼氏なら、従順な犬になるように調教してやりたいところだ…」

なにが原因かは知らないが…
TOは佐藤すみれに対して失礼極まりない発言をし始めた…

『すーちゃん…気にしないで…
彼は、悪酔いを…』

「つん太郎!悪いけど、席を外してくれない!?」

佐藤すみれが赤く充血した眼で
TOを睨みつけたままつん太郎さんに言った…

『すーちゃん…俺も一応500枚出ししてるんだけど…』

「良いから!!外して!!」

つん太郎さんは、佐藤すみれに一礼し
ブースから出ると壁に背を預け溜め息をついた…

会場内の大画面モニターも佐藤すみれが本気で怒った事により、
接触勝負のLIVE中継は中断している…

俺は…つん太郎さんの方に駆け寄った…

「つん太郎…あれだけすーちゃん怒らせちまったらあのTOは終わりだな…」

『あぁ…間違いない…
あのTOは自爆しやがった…
でも…俺のせっかくの500枚出しが…
まさかこんな風に終わるなんて…』



俺とつん太郎さんの間に重い沈黙がかける…

その時、大画面モニターがついた…

モニターに映る信じ難い光景に俺とつん太郎さんは空いた口が塞がらなかった…

大画面モニターにはTOにしなだれかかり
かいがいしくブランデーを飲ませる佐藤すみれが映し出されていた…

そしてTOがカメラ目線で言った…

「すみれがさっき…
俺が佐藤すみれで№1だって認めぞ!!
なぁ…すみれ!
お前が誰の女になったかカメラに向かって言ってやれよ!」

つん太郎さんが血相を変えて急いでブースに戻る…

『あれあれ、すーちゃんどうしたの?
さっきまでTOと喧嘩していたのに、彼が№1だなんて…』

つん太郎さんは冗談めかしながら、佐藤すみれに訊ねた…

「私も不思議なの!
今までなら、こんな上から目線で物を言われたらキレまくってたけど
TOに、俺にだけは従順な女になれ!
って言われて、ズキューンときっちゃったの!!」

佐藤すみれの口元がだらしなく弛緩した…

「まぁ…俺も、すみれ程の可愛くて良い女にしか…
そういうことは言わないけどな!」

ブランデーグラスを傾けながら、佐藤すみれの髪の毛を撫でるTO…

まるで付き合いたてのカップルの様だ…

『俺ではなくTOを選んだ理由を教えてくれないかな…?』

つん太郎さんは屈辱の渦に飛び込む様な質問をした…

「つん太郎も悪くないのよ…
っていうか、悪いどころか、今まで見てきたオタクやヲタクの中では最高だよ!
だけど…TOの方が…
カルチャーショックだったのよね…」

『カルチャーショック?』

つん太郎さんは鸚鵡返しに訊ねた…

「そう!ほら…
私に命令口調でなにか言うヲタクやオタクっていないじゃない?
それがさ、“俺にだけは従順な女になれ”って言われて…
あっ!私は、アイドルじゃなくて“女”だったの!!って改めて気づいて…
この人の前なら、素直な“女”でいる事ができるって…」

佐藤すみれが言葉を切り、潤む瞳でTOを見つめた…

敢えて反感を買うような男を演じたのも…
佐藤すみれに喧嘩を吹っかけたのも…
彼女の本質を見抜いた上で次の一手を打つためのTOの計算だったのだ…

「つん太郎は、優等生すぎるんだよ。
そういうところが、すみれは物足りないんだよな?」

TOが佐藤すみれに同意を求めた…

「はっきり言っちゃえば、そういうことね。
女ってさ、ちょっとくらい危ないくらいの男に
惹かれるものなのよね!」

「俺は…ちょっとじゃなくて…
かなり“デンジャラス”だぜ…!?」

TOが佐藤すみれの肩を引き寄せた…

まさか…

まさか…接触では無敵だと信じていた…
数々のアイドルを口説き落としてきた…
伝説の初代ヲタクプレイボーイが接触で敗れるなんて…

嘘だろ…

つん太郎さんと共にしてきたヲタ活が走馬灯の様に蘇る…

いつだって俺達ヲタクをひっぱて来てくれたつん太郎さん…
いつだって俺達ヲタクの憧れだったつん太郎さん…

つん太郎さんみたいなヲタクになりたくて死ぬほどヲタ活した日々…

俺は地面に膝をついて泣いた…

辺りを見回すと俺と同じようにつん太郎さんに憧れていたヲタク達が…
崩れ落ちる様にして泣いている…

この日会場にいた同じteamT(チームつん太郎)の…
将軍…尊師…カリ君…ごるちゃん…げんき君も泣き崩れている…

ホントに…これで終わりなのか…

負けて欲しくない…

つん太郎さんは最高にして最強なんだ!

あんな糞野郎に負けるようなヲタクじゃない!

“ヲタクこそが最強”だってつん太郎さんは口癖の様に言ってたじゃないか…

俺は手拍子をし始めて叫んだ…

「オール!ハイル!つん太郎! オール!ハイル!つん太郎!」

するとteamTの面々も俺に続くように叫び始める…

『オール!ハイル!つん太郎! オール!ハイル!つん太郎!』

周りのヲタク達も続く…

気付けば会場中のヲタクがつん太郎コールをし始めた…

その時…モニターに映るつん太郎さんの体から赤いヲーラに包まれ始める…

なんだ…

あれは…

つん太郎さんの体が真っ赤に染まり…

つん太郎さんの体から天に向かって飛び立つ物が見えた…


あっ…

あれは…

まさか…

伝説の不死鳥…!?

フェ…フェニックス…!?

まさかフェニックスなのか!?

つん太郎さんの体に纏いし赤いヲーラが激しくなり…
まるで炎の様になっている…

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!

大地が唸る…
地が避ける…

つん太郎さんの体から一筋の小宇宙(コスモ)が放たれ…
炎の様なヲーラから一気に解き放たれた…


これは…もう駄目だ…と思っても何度でも蘇る…

伝説のヲタクフェニックス!!

ヲタクフェニックスつん太郎!!

かっ…かっこいい…

つん太郎さんはまだ…死んじゃいない!!

つん太郎さんがTOと佐藤すみれに近づいた…

『じゃあ、俺も、すーちゃんの為に危険な部分を出すとするかな…』

つん太郎さんはTOの腕から、強引に佐藤すみれを引き寄せた…

TOがびっくりしたように眼を見開いた…

それは、佐藤すみれも同じだった…

「あらあら、これはサプライズね。
なんだか、さっきまでと顔つきも違ってワイルドに見えるよ!」

『TOじゃなく俺の女になれ!
お前にはナンバー1のヲタクが相応しい。』

「おいおい、すみれは俺が№1だって認めたんだ。
早く出て行ってくれよ!」

TOが血相を変えてつん太郎さんに詰め寄った…

「あら、いいじゃん!なんだか、ワクワクしてきたわ!」

「なら…俺はいらねぇんだな!」

吐き捨てる様に言うと、TOが席を立った…

『おい、逃げるのか?』

「なんだと?
俺に簡単に№1を奪われた割には…
ずいぶん余裕かましているじゃないか?」

『その俺に簡単に№1を奪われるのを恐れて敵前逃亡するつもりか?』

「№1の座を奪われる?
すみれが俺からあんたに乗り換えるわけないだろう?」

鼻で笑いながら、TOが席に腰を戻した…

「そうそう!その自信が好きなの!!」

佐藤すみれが、つん太郎さんに肩を抱かれつつ…
TOの手を握りしめた…

佐藤すみれは愉しんでいる…
自分を巡ってふたりの男が争うほどに…
その表情は生き生きとしてきた…

『そうかな?
すーちゃんに一番相応しい真の№1は俺だ!
俺はもう…3年もすーちゃんを見てきている…
ぽっと出のお前とは、訳が違う!
お前にはまだ彼女の様な最上級のアイドルは荷が重い!』

言葉通りに、つん太郎さんを見上げる佐藤すみれの腕には鳥肌が立っていた…

男同士が争う事に悦びを感じている様だ…

「無理すんなって!
正統派が大好きなあんたが、ちょいワル男を気取っても似合わないって!
なぁ!すみれ!
彼は外して、ふたりで楽しもうぜ!」

皮肉っぽく唇の端を歪めたTOが、つん太郎さんから佐藤すみれに視線を移して言った…

「ちょっと待って!
あなた達ふたりに質問をしたいの。
その答えによって…
どっちが私で№1か決めるわ!」

「おい!すみれ!
どっちが№1かって…
俺が№1なんじゃないのか?」

TOが血相を変えて抗議した…

「なんだか面白くなってきちゃったの!
さっきの数分だけで…
つん太郎を見切るのも惜しいような気がするしね!」

不愉快さがありありのTOとは対照的に
佐藤すみれはとても愉しそうだった…

接触勝負が始まった時も可愛かったが…
剣呑な空気の中での彼女は、さらに輝きを増していた…

“女という生き物は、不幸に幸福を見出す天才だ…”

なにかの本で読んだ一文が、俺の頭を過った…

「仕方ない…
すみれの遊びにつき合ってやるか…」

溜め息交じりに、やれやれという表情をみせるTO…

内心、はらわたが煮え繰り返っているのだろうが…
これ以上不服を言うのはマイナスになると判断したのだろう…

空気を読んで軌道修正するあたり、さすがはTOだった…

「TOとつん太郎が…
それぞれ私とつき合っているって設定で…
まぁ、三角関係ってやつね!
私を自分だけの女にするキメ台詞をドラマのワンシーンだと思って言ってみて!
まずは…TOから!!」

佐藤すみれが、クリスマスプレゼントの包みを前にした幼子のように
ワクワクした顔でTOを見つめた…

「お前が女になれるのは、俺の前だけだ…」

佐藤すみれの顎を掴むと、TOは傲慢なまでの自信に満ち溢れた顔で言った…

うっとりした表情で、潤んだ瞳をTOに向ける佐藤すみれ…

30秒は見つめ合っているだろうか…

ようやく、佐藤すみれから切った視線をつん太郎さんに移したTOは
勝負はついたとばかりに唇に薄い笑みを浮かべた…

「じゃあ次は…つん太郎!!」

つん太郎さんに向き直りながらも
佐藤すみれの気持ちがTOに傾いているのは
うわずった声が証明していた…

『俺の“女”になれ…』

つん太郎さんは、佐藤すみれの首に腕を回し引き寄せると唇を奪った…

佐藤すみれが、もともと大きい眼を大きく見開いた…

「なっ…」

TOが絶句する…

つん太郎さんの行動は、TOの予想を遥かに上回っていたに違いない…

そりゃそうだ…

こんな公衆の面前でアイドルにキスを炸裂させるヲタクやオタクなんて…
まずいない…

普通のオタクやヲタクならまず出禁になる…

だが…つん太郎さんは出禁にならない…

例え出禁にした所で何度でも蘇ってくるので意味がない…

唇を離し、つん太郎さんは放心状態で虚ろな視線を向ける佐藤すみれをみつめた…

『俺が…ヲタクフェニックスにしか与える事のできない恍惚の時間を…
お前に味わせてやるよ…
どうする?
俺を試してみるか?』

狐に摘ままれたような顔で、佐藤すみれが頷いた…

「すみれ!ちょっと待ってくれよっ!!」

TOが血相を変えて佐藤すみれの腕を引いた…

「つん太郎が良い…」

熱に浮かされているようなうわずった声で
佐藤すみれが呟いた…

「そりゃないぜ!俺が佐藤すみれ№1じゃないのか!?」

TOが目尻を吊り上げ、佐藤すみれに抗議した…

追いかければ逃げてゆく…
逃げれば追いかけてくる…

接触厨であれば基本中の基本の鉄則が分からなくなるほどに
TOは狼狽していた…

『TO…
誰が№1かを決めるのはすーちゃんだ…
見苦しいぞ…』

つん太郎さんは淡々とした口調でTOに言った…

「調子に乗りやがって…
これで、俺に勝ったと思うなよ!」

負け犬の遠吠え…
捨て台詞を残したTOは立ち上がり
おしぼりをテーブルに叩きつけるとブースをあとにした…

『TOが言った事は、気にしなくても良い…
それだけすーちゃんにフラれたのがショックだっていう証だよ…
俺のことだけを、考えろ…
いいな?』

つん太郎さんは、佐藤すみれの耳元で囁き、肩を抱き寄せた…

佐藤すみれが
それまでにみせたことのないような従順な顔で頷いた…

こうして…

接触勝負はつん太郎さんの勝利にて終わりを迎えた…

ホントに凄い接触だった…

俺の全身を粟立つ鳥肌が止まらない…

『ヲタクプレイボーイとは…
アイドルを逆にイカれさせちまう様なヲタクだ!!』


前につん太郎さんが言っていたこの言葉の本当の意味が
この日分かった気がした…

こんな凄い接触勝負が見れた事は俺の人生の誇りだ…

俺はつん太郎さんがいるこの時代に生まれてこれた事を神に感謝した…

持っていた佐藤すみれの握手券3枚をそっとゴミ箱に捨て…
踵を返し握手会場を後にした…

外に出るとteamTの
ごるちゃんとげんき君と尊師がいた…

つん太郎さんの接触勝利を皆…
心から喜んでいた…

ヲタクなら…
誰もが憧れる存在…
つん太郎…

オタクではなくヲタクとしての道を歩もうとした瞬間に…
誰もが彼の背中を追いかける…

『俺よりおいしくなりたいなら…
死ぬ程、ヲタ活して来い!!』


彼に言われた言葉が…
夏を前にした生暖かい風と共に聞こえてきた気がした…


完!!