つん太郎生誕30周年記念…

つん太郎界隈 PERFECT YEAR 2014 特別企画…

NMB48 9thシングル カモネギックスなんば式写メ会in横浜…

2014/03/01

今にも泣きだしそうな灰色の空…

ゆっくりと回転し続けるコスモワールドの観覧車を眺めながら私は桜木町の駅から
パシフィコ横浜へと歩き出す…

少し風邪気味で体が重い…

カップルや家族連れの楽しそうな喧騒…

泣き出しそうな灰色の空にも関わらずみなとみらい周辺には笑顔が溢れていた…

何気なくライダースのポケットに手を入れた…

何か入っている…

私はその何かを取り出した…

ソープ嬢「ちえ」ちゃんの名刺だった…

「今日はとっても楽しかった!今度、リベンジしに来てね!」

名刺にはそう手書きで記されていた…

ちえちゃんとのPLAYが蘇る…

左手で手マンをしようとして不器用すぎる私は思う様な手マンが全く出来ず
物凄いぎこちない手マンを炸裂させ、微妙な空気になり全く勃起せず最終的にちえちゃんの綺麗なマ〇コを見ながら自分で擦り始めるという恐ろしい記憶が蘇った…

震える手足…

襲い掛かる動悸…

サングラスの中の瞳から一筋の涙が零れ堕ちた…

名刺を思い切り握り潰した…

自分の爪が手のひらに刺さり血が滴り落ちる程きつく握りしめた…

情けなかった…

許せなかった…

自分という存在が…

血まみれになった名刺を思い切りゴミ箱に捨てた…

情けない過去の自分を捨てるかのように思い切りゴミ箱に叩きつけた…

涙を拭いしばらく歩くとパシフィコ横浜に着いた…

なんば式写メ会とは誰と写メを撮れるか当日にならないと判明しない写メ会…

券に何レーンか記載があり、当日メンバーがどのレーンを担当するかが決まる…

会場に着き私が持っていた券のレーンのメンバーの名前を確認した…

全く知らない名前が書いてあった…

とりあえずそのレーンに並びまるでベルトコンベアの様にヲタクが流れて行った…

私の番…

両手を係員が入念にチェックする…

カーテンが開き別の係員にカメラモードにした私の携帯を渡し荷物を机に置いた…

パイプ椅子に女子高生風の制服を着た女の子が座っていた…

誰だが全く分からないが可愛い…

その時、私はそう思った…

彼女は自分の事を「みぃ」と呼んでいた…

私は写メを撮る前に謎にサングラスをかけた…

謎のハートのポーズで撮ろうと言われたので私はそれに従った…

しかしこの時、私はこのハートは彼女に触れて良いものなのか…
触れたら係員に怒られるのではないか…
アイドルの手に触れて自分よりもあきらかに年下の係員に怒られる30歳独身彼女無し低所得なんてあまりにも惨め過ぎるだろ…
とビビってしまい結局彼女の手に触れない事を選択した…

もう私は攻める勇気を完全に失っていた…


「みぃの顔がサングラスに反射してるよぉ~」

撮り終わった後に彼女が言ってきた…

私はこのサングラスはミラーレンズじゃないしそこまで反射しないだろ…
と思い苦笑いを浮かべて椅子から腰を上げ荷物を持ち出口へ踵を返した…

「また来てねぇ~」

多分もう…来ないよ…

私は心の中でそっと返答した…

ブースを出ると係員から携帯を渡され写メをチェックする様に促された…

撮った写メを確認すると一緒に撮った女の子は申し訳ないがあまり可愛くない事に気付かされた…

そしてまた一生懸命に弾けた振りをして撮っている自分が凄く滑稽に見えて虚しくなった…

パシフィコ横浜の一階にあるコンビニの前で黄昏ているとトップヲナニストのごるちゃんに出会った…

相変わらず、ごるちゃんはAV男優の様な独特の変態的なオーラを醸し出していた…

ごるちゃんの横には知らない顔の変態的な男がいた…

「彼は“たかぴの”って言ってずっと紹介したかったんすよ!」

そう言ってごるちゃんは私に“たかぴの”君を紹介してくれた…

近くにある紫煙が充満する喫煙所に三人で入りそこで談笑した…

私が煙草を咥えるとそっとごるちゃんが何も言わずにライターを差し出し私の煙草に火をつけてくれた…

良い包茎だ…

私は心からそう思った…

そしてたかぴの君の変態的な写メを見せて貰った…

そこに映っている彼は漆黒のブーメランパンツ履いており…
最終的にはそのブーメランパンツを頭に被り下半身全開で金属バット持っていた…

イカレてやがる…

私は一気に彼の事が好きになった…

彼が体験した飛田新地の話はとても魅力的で若さと精力に満ち溢れていた…

彼の柏木由紀に対する異常な程の“想い”も感じ自然と笑顔が溢れた…

また彼は包茎という事でとても親近感が沸いた…

私は素晴らしい“漢”と出会えた事に感謝した…

しかし残念な事もあった…

紫煙をゆっくりとくねらせながらごるちゃんが放った一言…

「俺…これからはヲタクじゃなく“ガチ恋アドバイザー”として歩んで行く事にしたんすよ!」

あんなに好きだった東李苑とごるちゃんとの間に何があったかは詳しく聞かなかったが
きっと余程の事があったのだろう…

もうごるちゃんは彼女と接触する気はないらしい…

「アイツは“魔性の女”っすよ!!」

ごるちゃんは灰皿に荒々しく煙草を押し付けながらそう言っていた…

私は可愛いごるちゃんを傷つけた東李苑が許せなかった…
それ以上にヲタクとしての実力が皆無すぎて何もできない自分が許せなかった…

楽しい時間はあっという間に過ぎまた写メを撮る時間になった…

会場に戻り私が持っていた券のレーンのメンバーの名前を確認する…

全く知らない名前…

レーンに並ぶ…

無言のヲタクベルコンベア…

ごるちゃんとたかぴの君と話してた楽しい時間が嘘の様にテンションが下がる…

私の番…

係員の両手のチェック…

カーテンが開く…

係員にカメラモードにした自分の携帯を渡す…

荷物を置く…

パイプ椅子に座る女子高生風の制服を着た女の子と目が合う…

「わぁ…これ私服?」

どうやら女の子は私の私服にドン引きしている様だ…

「ポーズどうする?」

ポーズなんて何も考えてない…

“早くしろ”と無言の圧力をかけてくるストップウォッチ持った係員…

とりあえずサングラスをかけた…

シャッターの音が聞こえた…


椅子から腰をあげ荷物を持ち出口へと踵を返す…

「また来てねぇ~」

多分もう…来ないよ…

私は心の中でそっと返答した…

ブースを出て係員に携帯を渡され写メをチェックした…

心から意味不明な写メが撮れたな…と思った…

時間が経ち次の部が始まる…

私が持っていた券のレーンのメンバーの名前を確認する…

全く知らない名前…

レーンに向かう途中ウッチー将軍に会った…

「どうだ?今日はちゃんと傾けているか?」

爽やかな漢の笑顔を浮かべたウッチー将軍の問いかけに
私は首を横に振り自分のレーンに肩を落としながら突撃した…

無言のヲタクベルコンベア…

地に堕ちたテンション…

私の番…

係員の両手のチェック…

カーテンが開く…

係員にカメラモードにした自分の携帯を渡す…

荷物を置く…

パイプ椅子に座る女子高生風の制服を着た女の子と目が合う…

「ポーズどうする?」

ポーズなんて何も考えていない…

「じゃあこれねっ!!」

私は彼女が指定しきたポーズに従った…



椅子から腰をあげ荷物を持ち出口へと踵を返す…

「また来てねぇ~」

多分もう…来ないよ…

私は心の中でそっと返答した…

ブースを出て係員に携帯を渡され写メをチェックした…

またもや一生懸命に弾けている振りをした自分がそこに映っていた…

虚しくなった…

涙が溢れてきた…

私は一体何をやっているんだろ…

30歳にもなって彼女も出来ず低所得者のくせに私は一体何を…

写メを見返す度に自己嫌悪が止まらない…

パシフィコ横浜の2階の外の喫煙所で煙草を吸うも体調が悪い為か美味しくない…

荒々しく煙草を灰皿に押し付け再度会場に向かった…

私が持っていた券のレーンのメンバーの名前を確認する…

全く知らない名前…

無言のヲタクベルコンベア…

足取りが重い…
溜め息の嵐…

私の番…

係員の両手のチェック…

カーテンが開く…

係員にカメラモードにした自分の携帯を渡す…

荷物を置く…

パイプ椅子に座る女子高生風の制服を着た女の子と目が合う…

「ポーズどうする?」

ポーズなんて何も考えていない…



椅子から腰をあげ荷物を持ち出口へと踵を返す…

「また来てねぇ~」

多分もう…来ないよ…

私は心の中でそっと返答した…

もはや完全に無気力になっていた…

誰だか全く分からないが一緒に撮ってくれた女の子達にも申し訳ない気持ちで一杯になった…

ブースを出て係員に携帯を渡され写メをチェックした…

酷すぎる…

アイドルだってこんなテンションの低い30歳の訳わかんないおっさんと撮るより
もっと弾けた若者と撮った方が嬉しいだろうに…

ごめん…

一緒に撮るのがこんなダメなおっさんなんかでごめん…

私なんかがこの世に生きててごめんなさい…

会場から出て1人ベンチに腰かけた…

相変わらずの灰色の空…

まるで私の心模様だ…

まだ1枚券はあるが帰ろう…

そう思い腰を上げようとしたその時だった…

横浜の浜風を存分に受け灰色のコートをバサバサとなびかせ髪が完全にベジータの様に逆立っているサングラスをかけた男がこちらにゆっくりと寄ってきた…

「なーに湿気た面してんだ?」

『えっ!?貴方は…?』

「混沌を望み、ドルオタの支配構造を破壊する者。
そして、ヲタクの野望を打ち砕く者!
聞きたいか?
我が名は……
鳳凰院つん太郎ッ!!」

鳳凰院…つん太郎…!?』

「そうだ!!
俺は狂気のヲタクサイエンティスト…
鳳凰院つん太郎!!
アイドルを騙すなど、造作もないッ!

ヲタクサイエンティスト…?
アイドルを…騙す…!?』

「貴様…その券を使わずに逃げるつもりかッ!?アイドルからッ!!」

『だって…俺にとってもはやアイドルと写メを撮る事なんて何の意味もないし…』

一見意味のないこと、無駄と思えることこそ…
より大きなことを成し遂げるための礎石足り得るのだッ!

大きなことを成し遂げるための礎石…?

弱音を吐くのはいい。
吐きたければいくらでも吐け。
俺が聞いてやる。
だが…諦めるようなことだけは言うな!
アイドルを諦めるなッ!!」

この鳳凰院つん太郎という者が一体何を言っているのか
私にはさっぱり理解できなかったが…
彼の言う一言一言には自信に満ち溢れていて凄く力があって引き込まれた…

任せろ。俺が、アイドルを変えてやるッ!

『うん…うん!!鳳凰院つん太郎!!俺、この最後の1枚に全てをかけてみるよ!!
俺の人生にとってアイドルと撮る写メなんて何の意味も価値もないかもしれないけど…
鳳凰院つん太郎…君を信じて…
恐いけど…
この最後の1枚にかけてみる!!

「この
鳳凰院つん太郎も貴様と同じようにヲタ活に何の意味もないのではないか…
アイドルが恐い…
と悩んだ時もあった。
でも違った。
全てに意味があった。
無駄なんて、一つもなかった。
俺はもう恐れない。
恐れてはいけない。
犠牲にしてきたたくさんのヲタクに報いるためにも。
この瞬間に立つことができた俺に、誇りと自信を持つ。
そして必ず到達するのだ。
未知のヲタク線“TSUNTARO's Gate”へ!!

『うん!!』

エル・プサイ・コングルゥ…

意味不明な言葉を
鳳凰院つん太郎は爽やかな笑みを浮かべ私に放ってきた…

そして私は鳳凰院つん太郎と共に再度会場に入った…

私が持っていた券のレーンのメンバーの名前を確認する…

全く知らない名前…

エル・プサイ・コングルゥ…

鳳凰院つん太郎が私の肩を叩きまたもや意味不明な言葉を投げかけ…
そして彼は彼の持つ券のレーンへと歩いて行った…

私も自分の持つ券のレーンへと向かった…

無言のヲタクベルコンベア…

すぐに地に堕ちようとするテンション…

任せろ。俺が、アイドルを変えてやるッ!

しかし鳳凰院つん太郎のこの言葉を思い出す度に私のテンションは上がった…

私も到達してみたい…
未知のヲタク線“TSUNTARO's Gate”へ!!

私の番…

係員の両手のチェック…

カーテンが開く…

係員にカメラモードにした自分の携帯を渡す…

荷物を置く…

パイプ椅子に座る女子高生風の制服を着た女の子と目が合う…

「凄い服やなぁ~!」

最後の女の子は関西弁の強い女の子だった…

関西弁の若い女の子とか高まるはずなのに…
全く高まらなかった…

急降下するテンションを何とか上げようとした…

全ては未知のヲタク線“TSUNTARO's Gate”へ到達するために!!

「ポーズどうする?」

関西弁のイントネーションで尋ねられるもポーズなんて何も考えていない…

私には
“TSUNTARO's Gate”へ到達する事以外何も考えられなかった…

「じゃあ…これで撮ろうやッ!」

彼女は私にポーズを提案してきた…

私は静かに頷きサングラスを装着しようとした…

「申し訳ないのですが…目を隠す物はダメなんですよ…」

ストップウォッチを持った係員が言ってきた…

はぁ!?

なんだそのルール…

もはや意味が全く分からなかった…

私がサングラスをかけた所で誰に迷惑をかけるというのだ…

今日これまでの写メで一回もサングラスを注意された事なんてなかったのに…

私はサングラスを胸元にかけ戻した…

「ハハッ…」

少し間をあけて座る女子高生風の制服を着た女の子が苦笑いを浮かべる…

私も苦笑いを浮かべ彼女が指定してきたポーズをとった…

このポーズ…さっきも誰かに指定されたな…

私は何だか悲しくなってきた…

アイドルの横でサングラスもかけられない…
アイドルを笑顔にする事も出来ない…
気まずい空気を作るだけ…
昔は違った…
昔は攻めていけた…
恋をしようと…
性的な眼で
屍姦し勃起しようとした…
隙あれば下ネタをぶち込もうと虎視眈々と狙っていた…
攻めた故の気まずい空気なら意味はあるが…
もはや今の私は何もしていない…
係員に注意されるのが恐かった…
歳を取り気付けば守りに入り弱気になっていた…
風俗嬢の前では包茎のチ〇コをさらけ出し自分で扱くくらい弾けられるのに…
アイドルの前じゃ何も出来ないチキン野郎…
30歳未婚彼女なし低所得者のチキン野郎が“TSUNTARO's Gate”になんて到達出来る訳ないじゃないか…

写メを撮り終わり私は椅子から静かに腰をあげ荷物を取り出口へと踵を返した…

「また来てなぁ~」

いや…もう来ない…来れない…
私なんかが来て良い場所ではないんだよ…ここは…
それがやっと解かった…
ごめんなさい…
貴女の貴重な人生の一瞬をこんな男に使わせてしまってごめんなさい…

私は心の中でそっと返答した…

ブースを出て係員に携帯を渡され写メをチェックした…



写メには涙を堪えながらも一生懸命に弾けた振りをしている30歳未婚彼女なし低所得者のおっさんの姿が写し出されていた…

心がまるでナイフで抉られた様に痛くなった…

涙が溢れた…

涙で霞む視線の先…鳳凰院つん太郎が見えた…

鳳凰院つん太郎がこちらに寄ってきた…

「この
鳳凰院つん太郎の狂気の2ショット写メを見るか?

私は静かに頷き彼がそっと私に携帯を渡してきた…

私は度胆を抜かれた…

彼の2ショットはどれもがまさに“狂気”だった…

2ショットのどれもがアイドルの魅力を最大限に引き出されていた…

2ショットのどれもが最高に楽しそうだった…

2ショットのどれもが100万ドルの夜景の如く煌いていた…



アイドルが胸前で手を組み狂気のヲタクサイエンティスト鳳凰院つん太郎に狂気の祈りを捧げていた…



またもやアイドルが狂気のヲタクサイエンティスト鳳凰院つん太郎に何かを願っていた…
彼に狂気の祈りを捧げれば必ず叶うかの様に…

鳳凰院つん太郎があの伝説の“ヲタ神様”に見えた…



狂気のヲタクサイエンティスト鳳凰院つん太郎が狂気の忍術をアイドルに教えていた…

まさに狂気!
狂気狂気狂気!
狂気狂気狂気!狂気すぎる!!

凄い!!
凄い凄い凄い!!
凄い凄い凄い!!凄すぎる!!

これが…
狂気のヲタクサイエンティスト鳳凰院つん太郎の狂気の写メ!!

圧倒的実力差と狂気を感じ同時に自分の無力さも痛感した…

これ程のヲタクでも到達出来ない未知のヲタク線“TSUNTARO's Gate”に私なんかが到達出来る訳なんか初めからなかったのだ…

私は鳳凰院つん太郎に携帯を返し踵を返した…

会場の出口に向かって歩く私の背中越しに鳳凰院つん太郎の狂気と混沌が入り交ざった様な声が聞こえてきた…

エル・プサイ・コングルゥ…


完!!

Doppelgänger(ドッペゲンガー)は、逐語訳すると「二重の歩く者」となる。
ドイツ語: Doppel(ドッペル)とは、「写し、コピー」という意味である。
以上の意味から、
自分の姿を第三者が違うところで見る、または、自分が異なった自分自身を見る現象、
「生きている人間の霊的な生き写し」などを指すために用いられている。
ドッペルゲンガーの特徴として、

・ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない。
・本人に関係のある場所に出現する。

等があげられる。

同じ人物が同時に複数の場所に姿を現す現象、という意味の用語では
バイロケーションと重なるところがあるが、
バイロケーションのほうは自分の意思でそれを行う能力、というニュアンスが強い。

つまり「ドッペルゲンガー」のほうは本人の意思とは無関係におきている、というニュアンスを含んでいる。
「自分のドッペルゲンガーを見ると、しばらくして死ぬ」
などと語られることもあり、恐れられていたものであり、現在でも恐れられることがある現象である。
超常現象事典などでは超常現象のひとつとして扱われる。
近年では医学的な説明の試みもあり、それで一応説明可能なものもあるが、説明不能なものもある。

2013/11/30

この日、私は、AKB48 チームAの伊豆田莉奈の生誕祭に当選したので
秋葉原のドンキホーテ8階にあるAKB劇場にいた…

久しぶりの劇場…
久しぶりの空気…

この場所に来るのは5月の研究生公演以来だった…

チケットを購入し7階のゲーセンで煙草に火をつけ紫煙を荒々しく肺に送り込んで吐き出す…

AKBの劇場の席順は抽選入場だからこの時点では自分がどこの席なのか…
立ち見になるのか全く分からない…

早い段階で呼ばれればもちろん良い席で見れるが…
呼ばれるのが遅ければアウトだ…

せっかく来たのだから早い段階で呼ばれて良い席で座ってゆっくり見たい…

きっと誰もが思っている事だろうが…

もちろん私もそう心から願った…

煙草を思い切り灰皿に叩きつけ勢い良く8階にある劇場に向かった…

伊豆田莉奈の生誕祭だったので生誕委員の方からサイリウムを受け取り…
劇場のロビーの自分の番号の列に並ぶ…

生誕委員の方がメガホンを使いサイリウムの使用方法と使うタイミングを一生懸命説明しながらロビーにいる客達の空気を温める…

全ては伊豆田莉奈に喜んで欲しいという熱い“想い”を感じたが…
私にはどうでも良かった…

伊豆田莉奈の事を何も知らないから…
伊豆田莉奈と話した事もないし…
伊豆田莉奈が私に与えてくれた物なんて何もないのだから…

生誕委員の方の説明が終わり…
入場抽選が始まった…

思い切り睨みつけた…
抽選してるスタッフを睨みつけた…

1順…違う…
2順…違う…
3順…違う…
4順…違う…
5順…違う…
6順…違う…

もう…帰りたくなった…
凄まじい脱力感に襲われた…

ほぼ毎回こうだ…
劇場に来ると気持ち的に一番気合入っているのはこの抽選の時だ…
早い段階で呼ばれなかった時の気持ちの落ち具合は半端ない…

もはや何順で呼ばれたは分からなくなった時くらいに私の番号の列が呼ばれた…

劇場内に入り上手の前から4列目が空いていたので座った…

左隣にはくたびれたオジさんが座り…
右隣には地方からわざわざ出てきたと思われる若者が座った…

腕を組み目を瞑って公演が始まるのを待った…

田野優花のアナウンスが流れ会場内が盛り上がる…

私は微動だにせず目を瞑っていた…

会場内が暗転し流れ出すoverture…

同時に炸裂するヲタク達の咆哮…

「あ~ よっしゃいくぞー!!タイガー!!…」

現場に4年近く通って未だに分からない“MIX”というヲタク達が叫ぶ呪文にも似たコール…

左隣のくたびれたオジさんが目をキラキラさせてMIXという呪文を唱えてる…
右隣の地方から出てきた思わる若者もMIXという呪文を唱えている…
そして無言で瞑想状態で微動だにしない私…

幕が上がり…メンバー達が見えるようになると場内のボルテージは最高潮になる…

若者達はもちろんくたびれたオジさん達も目をキラキラさせて
自分が好きな女の子の名前を思い切り叫ぶ…
そして無言で微動だにせず一点だけを見つめる私…

ここに私みたいなヲタクになりきれなかった中途半端な人間の居場所なんて…
どこにもなかった…

ステージで歌い踊るアイドル達も…
私の様なただ格好だけ傾いて全く微動だにしない人間よりも…
盛り上がってくれる人間の方が遥かにモチベーションが上がるだろう…

ステージで歌い踊るアイドル達はキラキラしていて…
その笑顔が私には眩しすぎた…

この日の公演には前回のブログで書いた私が接触し地獄に叩き落とされ失禁までした
横山由依や菊池あやかもいた…

私と接触した時の彼女達はまるで人形の様で全く生気を感じなかったが…
ステージ上で歌い踊る彼女達は違った…

まるで人形の様だったガラス玉の瞳はキラキラしており…
まるで能面の様にクスリともしなかった顔には笑顔が溢れていた…

AKB48クラスのアイドルにとって全く知らない客との接触なんて…
きっとホントにどうでも良い仕事なんだろうな…
と痛感させられた…

私はそんな彼女達の弾ける笑顔と歌を聞きながら…
少し俯き…
少し笑って…
少しだけ剥いて強がってみせた…

左隣のくたびれたオジさんが兒玉遥が前に来るたびに私の方まで身を乗り出し…
私の視界はそのオジさんの薄い頭皮で埋めつくされるのが気になった…

左の地方から出てきたと思われる若者の横山由依への愛の咆哮が…
私の耳孔を再三刺激した…

上手の花道に来た渡辺麻友の…
全く目が笑っていない飛び切りのフルスマイルに背筋が凍りついた…

伊豆田莉奈が安部総理に見えた…

何もかもが恐かった…
アイドルもヲタクも何もかもが…

意気地のない自分を呪った…
包茎というコンプレックスを呪った…

強がって皮を剥いた所ですぐに被ってしまう…
誤魔化しきれない真実から俺は目を逸らした…

項垂れる様に俯き瞳を閉じた…

溢れる涙…
襲い掛かる劣等感…

胸が苦しい…
助けて…

小さく囁いた…

左隣の謎のオジさんがもう完全に俺の方まで身を乗り出してきて…
兒玉遥を一心不乱に見つめている…
オジさんの高まった酸っぱい体臭が俺の鼻腔を刺激する…

右隣の若者の横山由依への愛の咆哮が限界突破し…
もはや何を叫んでいるのかも分からないほど声が割れていた…

俺は震えが止まらなかった…

凄い世界だ…
こんな世界で何を見出そうとしていたのだろう…
こんな世界で何を手に入れようとしていたのだろう…

答のない疑問符が俺の頭の中を埋め尽くした…

左隣のオジさんがこれでもかというほど身を乗りだしてくるので
もはやステージなんて全く見えなかった…

目を開けばオジさんの薄い頭皮…
俺はこの薄い頭皮を見る為に3000円も払ったのか…

薄れていく意識の中で…
「1234!!」
という掛け声が聞こえてきた…

AKB48の名曲…BINGOのイントロ…

私がAKB48で始めて衝撃を受けた名曲…

心に染みた…
一気に視界が開けた…
感覚が研ぎ澄まされる…

身を乗りだす左隣のオジさんを強引に押し退け…
俺はステージをこの日、始めて何の邪念も無しに見つめた…

左隣のくたびれたオジさんのどうしようもない舌打ちも気にならなかった…
右隣の若者のどうしようもない愛の咆哮も気にならなかった…
ただBINGOという名曲に身を捧げた…

あっという間にBINGOが終わり…
また私は抜け殻の様になった…

きっとこの1曲の為に俺は今日ここにきたのだろう…

そう思う事にした…

公演が終わりお見送りのハイタッチの時間が訪れる…

公演が終わるとその日出演していたメンバーにハイタッチでお見送りして貰えるというイベントが毎回ある…

この日、出演していたメンバーに私を知ってくれているメンバーなんて一人もいない…

疾風の如くハイタッチを済ませて外に出よう…

そう心に誓った…

ハイタッチの列は50音順にメンバーが並んでいる…

一番初めにこの公演が生誕祭だった伊豆田莉奈がいた…

総理…おめでとうございます…

心の中で囁き深々と頭を下げハイタッチをした…

二番目にいたのは…岩田華怜という娘…

私は何も言わずに彼女の手に自分の手を重ね目が合った…

「おう!!久しぶりじゃん!!」

岩田華怜がおもむろに私に声をかけてきた…

久しぶり…だと?

いやいや私は岩田華怜と接触した事なんか一度もないぞ…

どういう事だ…

まさか…私の偽物…?

いや…Doppelgänger(ドッペゲンガー)か!?

しかも口調からしてかなり親しげだが、ここ最近は恐らく顔出してない様子だ…

私のDoppelgänger(ドッペゲンガー)が岩田華怜のレーンで傾いていたのか!?

私は少しだけ俯き口角を上げ残りのハイタッチを疾風の如く捌いた…

外へ出て少し歩きエクセルシオールの前にある喫煙所で煙草を1本取り出し口に咥えた…

穂先をライターで炙ると紫煙が蜷局の様に天に向かって立ち昇る…

私のDoppelgängerも接触会場に足を運んでいたのか…
私のDoppelgängerも包茎で劣等感の塊なのかな…

急に胸に何とも言えない感情が溢れ出す…
その何とも言いようのない感情を誤魔化すように
紫煙を思い切り肺奥に流し込みゆっくりと吐き出す…

「なぁ…俺のDoppelgänger…君は真のヲタクになれたのかい?
なぁ…俺のDoppelgänger…君は手に入れたかい?
俺がどんなに手を伸ばしても届かなかった“その領域”を…」

私の小さな問いかけは紫煙と共に夜風に流された…


完!!

「女はいかに金をかけないで“ヤル”かでしょ!!
金蔵で十分だよ!金蔵で!!」

私が尊敬する美容師の方が私の髪を切りながらおもむろに言ってきた…
さらにその美容師の方は続ける…

「その分、男は常にカッコつけてなきゃダメ!
カッコいい服着て最高にカッコつけてナンボでしょ!!
男はさ!!」

痺れた…
心から痺れた…

人それぞれ価値観は違うだろうが…
私はこの美容師の方が言ったこの言葉が最高に痺れた…

女には金を使わず…
追い求めるのは己のカッコ良さ…

日サロで日焼けした顔はとてもカッコ良く…
金も持ってる…
美容師としての地位もある…
数々の有名人やアイドルやモデルの髪もやっている…

「結婚しないんすか?」

私が以前聞いた事がある…

「いやぁ~相手いないし!!
まぁ~別に一生独りでも良いしねぇ~!!
俺…“カス”だしっ!!」

私も“カス”だ…
ただ…彼の場合はカッコいい女にモテる“カス”だが…
私の場合は…
金も地位もないただの“チンカス”だ…

だから…
こういう“カッコいいカス”になりたい…
心からそう思った…

2013/11/23

私が髪を切った翌日のこの日…
私はAKB48の個別握手会に参加する為に桜木町に登場していた…

行くつもりなんてなかったのに…
気付いたら勝手に足が動き出していた…

私もまだまだ立派なヲタクだな…
と思い少しだけ自嘲気味に笑みを浮かべた…

全身JULIUSに身を包み傍からみれば異様な程にカッコつけて…
桜木町から会場のパシフィコ横浜へと歩いた…

桜木町からパシフィコ横浜へ向かう途中には動く歩道がある…

動く歩道に乗りゆっくりと流れる桜木町の綺麗な街並みを眺め黄昏る…

今年、個別握手会に参加するのは2回目…

枚数なんて一時期に比べれば蚊の鳴く様な程だ…

でもこれで良い…

尊敬する美容師の方が言ってた言葉が過る…

「女はいかに金をかけないで“ヤル”かでしょ!!
金蔵で十分だよ!金蔵で!!」

ホントにその通りだ…

ヲタ活を通じて数は少ないかもしれないが…
色々な凄いヲタク…
アイドルと繋がった方達に出会った…

アイドルと個人的に繋がった方達の話は…
いつも私に夢と希望を与えてくれた…

その中にはAKBの娘(卒業済)と繋がった方もいた…

中には個人的に連絡をとれるとこまで到達するも…
あと一歩の所で夢叶わなず泣いた方もいた…

私は思う…
やはり繋がらなければ意味がないと…

大切な金を払って…
たった数秒間、異性のアイドルとの接触で満足するなんて…
漢としてカッコ悪いと…

漢なら…
自分がカスだと認識していても…
いつだって…
例え無理だと分かっていても…
好きな女なら…
可愛い女なら…
自分の物にする気で口説き落とす…
それが真の漢だと…

誰がおいしいとか…
誰の接触が凄いとか…
そんなの何の意味もない…
金払って数秒の接触しているうちはみんな同じ…
繋がった奴が一番おいしくて一番凄い…

もしアイドルを口説き落とせたら…
自分の自信にもなるし…
自分のステータスにもなる…

もちろん本気で応援する為に接触現場に行ってる人もいるのだろうが…
どうせ接触をするのなら…
私は常に欲望丸出しのギラギラした性的な眼でアイドルを見つめるヲタクの方が断然好きだ…

やってやる…
やってやんよ!!

漢して産まれてきてヲタクになったのなら…
目指す“領域”はただ一つ…
“ヲタクの向こう側”だけだ!

その領域に到達してやんからよ!

私は思い切り眼を見開き深呼吸一つして気合十分速足で歩き出した…

パシフィコ横浜に着く…
握手券を見直す…

この日私が持っていた握手券は…

佐藤すみれ3枚…
吉田朱里1枚…
島崎遥香1枚…
横山由依1枚…
菊池あやか1枚…
宮崎美穂1枚…

という物だった…

何故このメンツを買ったのか…
中には全く興味のないアイドルもいる…
急に私の心にとてつもない不安が過る…

頭を思い切り振り…
無理やり雑念を拭い去る…

会場に到着したのは午後14時過ぎ…

すでに4部の握手が開始されていた…

4部の接触メンバーは菊池あやかと横山由依だ…

レーンを見に行くと二人とも全然並んでいない…

どっちの女から口説きに行くべきか…

数秒考える…

結果…菊池あやかを口説く事にした…

思えばこの菊池あやかという女には苦い思い出ばかりだ…

可愛い顔で目も大きく48グループでもかなりタイプな顔なのだが…
何度も私の心を打ち砕いてきた…
彼女と接触して今まで良い事なんて一つもない…

でもだからこそ…
この壁を乗り越えられれば…
きっと私は何倍も強くなれるはず…

私はそっと頷きゆっくりと菊池あやかのレーンに入場した…

レーンに突入した瞬間に突如襲い掛かる恐怖に押し潰されそうになった…

足がガクガクと笑い出す…

ちきしょう…

何を恐れているんだ私は!!

相手は10個も年下の小娘じゃないか!!

大丈夫だ…

風俗嬢がパンティー1枚脱ぐ前に笑い転げさせた程の話術が私にはあるだろ!!

恐れる必要など何一つない…

私は震える足に己の拳を思い切り叩きつけて無理やり気合を入れ歩き出した…

一人…また一人と前のヲタクが握手を終える度に…
近づく私と菊池あやかの距離…

彼女と距離が近づけば近づく程に過去のトラウマが私の脳内に蘇る…

襲い掛かるネガティブ思考…

止まらない吐き気…

頭が真っ白になる…

握手券1枚持つ手がまるでアル中患者の様に震えてる…

風俗の待合所なんて比べものにならないくらい緊張していた…

大丈夫なのか?

ホントに大丈夫なのか?

スケベ椅子に堂々と自信満々に全裸で武将の様に座り…
女に御奉仕して貰った時の自分の誇らしい姿を思い出す…

何の効果もない…

くそっ!!

私が積み上げてきた物はこんな時、何の役にもたたないのか…

脳内で警報が鳴り響く…

次は私の番だ…

天を仰いで呟いた…

こんな精神状態でどうやって天下のアイドルを口説けば良いんですか?

神様…もしいるのなら答えて下さい!!

返ってくるはずのない問い掛けは…
ヲタクウインドが吹きすさぶ会場に虚しく吸い込まれていった…

「どうぞ…」

係員の抑揚のない声が聞こえてくる…

ついに私の番だ…

己の顔を思い切り叩き思い切り拳を握りしめブースの中に入った…

目の前に菊池あやかがいた…

ピンと張りつめる空気…

無表情…

ただ一点だけを見つめるガラス玉の瞳…

まるでそこに立っているだけの人形の様だった…

私が近づくと何も言わずに手を差し伸べてくる…

こえぇぇ…

何かくだらない言葉を発すれば即座に瞬殺される…
そんな張りつめた空気が私の全身を包む…

どうすれば良い…

どうすれば…

何も言えないまま菊池あやかの前に立つ…

静寂という名の凶器が私を襲う…

手を差し出し握手をする…

まるで空気と握手してるんじゃないかと勘違いする程の弱々しい握手…

菊池あやかのオーラのせいか…
それともただ照明が凄すぎるせいなのかは不明だが…

まるで鈴木その子ばりに顔が白く病的だった…

「…」

握手をしても何を考えてるかさっぱり読めない無機質な瞳…
もちろん何も言葉などかけてくれない…

苦しい…

助けて…

係員の方を見るもマスクをつけて生気のない瞳で一点を見つめてるだけ…

まだか…

まだなのか…

長い…

1秒がこんなにも長く感じるなんて…

これは何だ…

罰ゲームか…

「かっ…可愛い…っすね…」

私は何とか声を絞り出し彼女に話しかけるも返答はない…
ガラス玉の瞳には全く生気はなくただ少し首を横に振っただけ…

私は下を向いて苦笑いを浮かべるしかなかった…

そしてふたたび訪れる静寂の時間…

私は一体何をやっているんだ…

私は一体この女と握手して何をしたかったんだ…

口説く?

そんなの無理だ…

最初から無理だったんだ…

きっとこれは私如きが調子にノッた罰だ…

襲い掛かる自責の念に涙が溢れだしそうになるのを必死に堪えた…

「あの…じゃあ…また…」

もうこの言葉しか出てこなかった…

「マタキテクダサイネ…」

まるでロボットの様な物凄い棒読みの定型文の返答…

彼女が少しだけ握手を強くしようとしてきたが…
私は自ら手を放し…
剥がしの係員を思い切り突き飛ばしブースから走り出た…

走った…

他のメンのブースからニヤニヤしながら出てくる気持ち悪いヲタク達を払いのけ走った…

走った!!
走った!!
走り抜けた!!

溢れ出る涙が途切れるまで走った…

ブース内でアイドルと楽しそうに話してだらしない顔をしているヲタク達が目障りだった…

何で私だけ…
どうして私だけ…

答のない自問自答…

気付けば横山由依のレーンの前に立っていた…

彼女が研究生の頃は何度か通い顔も覚えて貰ってたが…
今や完全に彼女の中では忘れ去られたヲタクになった…

ヲタクとは虚しい存在だ…
金を払って通い詰めなければ忘れ去られてしまう…
ヲタクにとって一回の握手はずっと思い出として残っているのに…

その事を彼女は私に教えてくれた…

息を切らしながら…
涙を流しながら…

私はトボトボと横山由依のレーンに入った…

並びは少ない…

ベルトコンベアの様にどんどん流れていくヲタク達…

「どうぞ」

抑揚のない係員の声が聞こえた…

気付いたら私の番だ…

もう…
何もいらない…

ただ…
楽しく少しでも話せればそれで良い…

私はあふれ出る涙を拭い…
作り笑顔を浮かべブースに入った…

ブースに入った瞬間に私の作り笑顔は消え失せた…

ピンと張りつめる空気…

無表情…

ただ一点だけを見つめるガラス玉の瞳…

菊池あやかと全く同じだ…

手足の震えが止まらない…

横山由依が微動だにせずただ一点だけを見つめて手を差し出し待っている…

恐い…

もうヤダ…

逃げ出したい…

私は恐怖であふれ出る涙を抑える事が出来ず涙を流したまま…
横山由依の前に立ち片手を差し出し…
もう片方の手で何度も涙を拭った…

目の前に涙を拭っている30歳の男がいるのに…
横山由依は微動だにしない…

奇妙な殺気だけを放ち目の前で堂々と立っているだけ…

殺される…

ナメた態度をとった瞬間に殺される…

昔はあんなに優しかったのに…
今…私の前に立っている女は覇王そのものだ…

恐怖で涙が止まらない…
静寂と殺気に満ち溢れたこのブース内で…
私が出来る事はもう“ド新規”ぶるという事だけだった…

「ほっ…本物の…横山さんですね…」

ありったけの勇気を出して彼女に話しかけた…

「ホンモノデスヨ…」

何の感情もなく抑揚のない返答…
無表情の顔…

失禁した…

辺りに充満するアンモニア臭…
それでも横山由依は微動だにしない…

「か…かっかっかっ可愛い…ですね…」

股間をびちょびちょにしながら声を絞り出す…

ちっとも可愛いとなんて思えなかった…
でもこの言葉しか浮かばなかった…

まるで無限とも感じられるほどの沈黙が怖かった…

もちろん横山由依は何も答えずガラス玉の瞳でただ一点を見つめてるだけ…

「あっ…あのっ…がっ…頑張って…ください…」

私はそう言い残すと横山由依は首を一度縦に振り一方的に手を離してきた…

手が離れた瞬間に私は剥がしを突き飛ばし走った…
走った…
走った走った走った!!

ブースから出てくるニヤけた面したヲタク達をぶん殴った!!
ブースから出てくるニヤけた面したヲタク達をジャイアントスイングした!!

どうして!!どうして!!どうして!!

どうして私だけがこんな目にあう!?

30歳にもなって興味ないアイドルと金払ってノリで握手しに行って…
口説くつもりが恐怖のあまり失禁する始末…

情けない…
あまりにも情けなすぎる…

パシフィコ横浜の握手会場を走り抜けトイレに行き…
失禁してビショビショになったパンツを洗った…

トイレに入ってきたヲタク達の好奇な視線が突き刺さる…

「おいおい…アイツ握手会来てパンツ洗ってるって事は…
まさか握手した瞬間、高まりすぎて射精しちまったんじゃねぇの!?」

私を馬鹿にするヒソヒソ話がイヤでも耳に入ってくる…
ヲタクの誰もが高まりすぎて射精したと考えてる…

くだらない…
くだらない…
どいつもこいつも…

だが一番くだらないのはこの私だ…

アイドルと握手して恐怖のあまり失禁するなんてくだらなすぎる…

私はフルチンでベンチに腰掛け…
ベンチの空いてるスペースにパンツとブリーフをかけ、乾かす事にした…

煙草に火をつける…
天を仰ぐ…
どこまでも続く青空に白い雲…
眩しすぎる太陽…

もう…帰ろう…
そう思った時だった…

パカラッ!パカラッ!パカラッ!

私の方に駆け寄ってくる馬の足音…

ヒヒィ~ン!!

私の前に一頭の巨大な馬が立ち止まった…
巨大な馬の背中には一人の男が凛々しい顔して乗っていた…

「しょ…将軍…?」



“東北のヲタク獅子ウッチー将軍”と…
将軍の愛馬“松風”が私の前にいた…

「乗れ…」

将軍は鬼の様に低い声で私に言ってくる…

「で…でも…俺…フルチンですよ…?」

「良いから乗れ…」

「ハイ…」

私はフルチンのまま将軍の愛馬“松風”に乗った…

「しっかりつかまっとけよ!!
振り落とされねぇようにな!!」

将軍はそういうと松風を走らせた…

景色が高速で流れ始める…

風が気持ち良い…
松風の背中にダイレクトに擦れる己の股間が気持ち良い…

何もかもを忘れられそうな気がした…
何もかもが幻だったんじゃないかとすら思えた…

「なぁ!!しるる!!何、湿気た面してやがる!!」

おもむろに将軍が豪快に話しかけてくる…

「お前は一体ココに何しにきたんだ!?
お前はココにヲタクをしにきたのか!?
お前はアイドルを応援してるのか!?
違うだろ!?
思い出せ!?
お前にとって握手会とは何だ!?」

将軍が問いかけてくる…

「俺にとっての握手会…」

「そうだ!!お前にとっての握手会!!」

「分からない…分からないよ…将軍…
もう俺、アイドルと握手するのが怖いんだ…
金払って握手しに行ったのに…
まるで感情のない人形と握手してるみたいで…
怖くて…怖くて…失禁しちゃったし…」

私は話した…
将軍にこの日これまでに起こった全ての事を…
すると将軍は疾走する松風をとめ、そっと私に低い声で言った…

「傾け…」

「傾く…?」

「そうだ!!傾け!!
お前は何の為にそんなカッコつけてこの握手会に参加してる!?
誰よりも“傾く”為だろうがっ!!
傾いて…傾いて…傾き通してみろ!!
そして天下一の傾奇者になってみせろ!!」

「天下一の…傾奇者…」

「お前はヲタクとしての実力なんか皆無だ…
ヲタクとしての才能なんてまるでないと言っても良い…
もちろんアイドルを口説く才能も実力もない…
そもそもお前自身がアイドルを愛してないのだから…
お前如きが口説いてもアイドルの心には何も響かない…」

「うん…」

「でも…そんなお前だからこそ出来るたった一つの武器があっただろ?」

「武器…?」

「そうだ…“セクハラ”という名の武器だ!!」

将軍のこの一言を聞いた時、私の全身に稲妻が落ちた様な錯覚に陥った…

凄い実力を持っているヲタク達と一緒にいる事で…
凄い実力を持っているヲタク達と同じ空気を吸う事で…
自分も同じ様なヲタクになれる気がしていた…

でも違った…
私は私だ…
私には私にしか出来ない私の接触スタイルというのがあった…

苦笑いをするのは私じゃない…
いつだって私と接触するアイドルの方だったじゃないか…

いつの間にか忘れていた…
いつの間にか守りに入っていた…
いつの間にか逃げていた…

“傾く”という事から…

エロい目で視姦し気持ち悪い話し方で気持ち悪い事を言う…

こんな簡単な事をすっかり忘れていた…

「その気持ち悪い顔は…
もう大丈夫のようだな!!
ならば出陣だ!!
“傾き”に行くぞ!!
佐藤すみれの元へ!!」

将軍は漢の笑顔で私にそう言ってきた…

「うん!!」

私も気持ち悪い笑顔で頷いた…

すっかり乾いたブリーフとパンツを履き、再度松風に乗った…

「どけどけどけどけぇ~~!!」

将軍はヲタク達を松風で吹っ飛ばしながら握手会場を疾走した…

目指すは佐藤すみれのレーン…
そのレーンで今日一番…傾いてやんよ!!

私は心の中で叫んだ…

佐藤すみれのレーンに向かう最中に将軍が言ってきた…

「元々、お前は観客(連番する人)がいないと本気出せないタイプだろ?
お前は生粋の晒しストだろ?
見られてナンボってとこがあるからな…
だからよ!!俺が一緒に傾いてやんぜ!!」

将軍は私の事を本当に理解してくれてる…
将軍が私の傾きっぷりを見てくれる…
こんなに嬉しい事はない…

私の中に得体のしれないミエナイチカラが注いでくる…
将軍と松風が見てくれるなら…
私は傾けるはず!!
きっとこの会場にいる誰よりも傾けるはず!!

松風で一気にヲタク達をなぎ倒しながら…
佐藤すみれのレーンに突撃しブースの前に到着した…

「さぁ…傾いてこい…」

「ヒヒィ~ン!!」

将軍がキセルを持ちながら爽やかな笑みを浮かべて言ってきた…
松風も私の背中を押す様に鳴いてくれた…


私は松風から静かに降り
佐藤すみれのブースの前に立つ係員に握手券を一枚渡そうとした…

しかし係員は突如、馬に乗って登場したヲタクに呆気にとられていてまるで反応しない…

「おい!!」

私は呆気にとられて握手券を受け取ってくれない係員に向かって叫んだ…

「はいぃぃぃ!!」

びっくりした様子で係員が反応する…

「一枚だ…傾くぞっ!!」

私は一枚の握手券を係員に渡す…

「ハッ…ハイッ!!どうぞっ!!」

係員は私の握手券を受け取ると背筋をピンッと伸ばし私をブース内へと誘導した…

佐藤すみれのブースに足を踏み入れる…

緊張はしているが…
先程までとはまるで違う…
とても良い緊張感だ…

後ろを見ると将軍が微笑んでくれている…

将軍程の漢に私の接触を見てもらうからには…
やはり将軍を楽しませたい…
大切な事に気づかせてくれた将軍に恩返しをしたい…
心からそう思った…

佐藤すみれがこちらを向く…

佐藤すみれと目が合う…

佐藤すみれが笑顔になる…

「あっ!!久しぶりじゃん!!」

佐藤すみれが私に声をかけて迎えてくれる…

そこにはこれまで感じた事の無い様な暖かい空気が流れていた…

己が入場した瞬間に己を迎えてくれるという事が…
こんなにも嬉しい事だなんて知らなかった…

胸が一杯になる…
涙が溢れる…
暖かい涙が…

傾くつもりが泣いた…
傾くつもりが泣きながら笑っていた…

ゆっくりと佐藤すみれの方に歩を進める…

佐藤すみれの目の前に立つ…
佐藤すみれが手を差し出す…

私も手を差し出す…
私の手と佐藤すみれの手が触れ握り合う…
佐藤すみれの手のぬくもりが己の手のひらに伝わってくる…

暖かい…
これが人のぬくもり…
これが女のぬくもり…

もう“傾く”とかどうでも良かった…
将軍が見てくれている事さえ忘れて…
目の前の佐藤すみれという女に夢中になっていた…

「すーちゃん…大握手会、半年ぶりだから…
なんだか緊張しちゃいますよぅ…」

私は照れ笑いを浮かべながら彼女に話しかけた…

「えぇ~!なんでよぉ~~!!」

彼女は笑顔でそう言いながら…
片手で私の手を握りもう片方の手でじゃれる様に私の肩を叩いてきた…

私の胸の時計が動きを止めた…
抱きしめたくなった…
私と彼女との間にある机が邪魔で仕方ない…

もちろんメンから叩かれた事があるヲタクなんて一杯いるだろう…
こんな普通の事でこんなにも有頂天になれるなんて…
とんだピエロ野郎だと思う人もいるだろう…

でも私を満たすには十分すぎる出来事だった…
私がこの日これまでにしてきた接触は生き地獄以外の何物でもなかったのだから…
あの凍てつく空気の中での接触に比べれば…
佐藤すみれと接触したこの時間は私にとって天国とも思えるものだった…

私はショートパンツから飛び出す彼女の太ももに触れそうな勢いで…
手を太ももに近づけて笑いながら言った…

「もう…ここら辺とか堪らないですよッ!!」

「もぉ~!なに言ってるのぉ~!!」

彼女は弾ける笑顔でそう言うと私の肩を再度じゃれつくように叩いてきた…
疑似恋愛にも似たこの一時が私にとって最高の時間だった…
ブリーフはガマン汁でビショビショだ…

良かった…
握手会に来て良かった…
最初は口説くつもりで来た…
出来なかった…
挙句、失禁までした…
辛くて苦しくて切なくて逃げ出したくなった…
己の不甲斐なさに涙が枯れる程泣いた…
でもだからこそ最後にこれ程までの幸せを感じる事が出来た…

もういらない…
もうこれで十分だ…
今日この先、誰と接触してもこれ以上の接触はないだろう…

私は笑顔で佐藤すみれに手を振り…
最後に将軍に一礼をした…

彼がいなかったら私はこんな幸せな気持ちになれなかった…
彼がいなかったら私はこんなにガマン汁を出す事なんて出来なかった…


将軍はキセルを咥えて少し微笑んでくれた…
凄く漢らしくて…
凄くカッコ良かった…

ブースを出て握手会場を出た…
外はすっかり暗くなり…
クリスマスカラーのネオンが眩しい…

残りの握手券を取り出しライターで火をつけた…
握手券が燃えていく様を眺めながら煙草に火をつける…

将軍から言われた言葉が頭を過る…

「そうだ!!傾け!!
お前は何の為にそんなカッコつけてこの握手会に参加してる!?
誰よりも“傾く”為だろうがっ!!
傾いて…傾いて…傾き通してみろ!!
そして天下一の傾奇者になってみせろ!!」

“傾く”って一体何なんだ…

ゆっくりとくねらす様に吐き出す紫煙の視線の先の冬の夜空…
オリオン座が光り輝いていた…

眩しいくらいに…

完!!

人は自分にとって何が一番大切なのか気付く事が難しい…

大切なものを失くす前に気づくことができればラッキーだが…
多くの人は失くしてしまってから気づく…

身近にあるときにはわからない…
失ったとき初めてその大切さに気付く…
しかもそれがその人にとって一番大切なものだったりするから始末に負えない…

でもここに…
自分にとって何が一番大切なものなのかを失う前に気付けた男がいた…

「もう…何もいらない…アイツの笑顔が傍にあれば…
俺は…それだけで十分なんだ…」

そう言ってその男…つん太郎は遠くを見つめた…

2013/10/31

この日はつん太郎さんのヲタ卒の日であり…
つん太郎さんが最後に愛したアイドル…
バクステ外神田一丁目の“里中いぶき”の卒業の日だった…

21時半頃…
私はアイドル育成型エンターテイメントカフェ「バックステージPass」へ入った…

店に入り辺りを見渡すと…
つん太郎さんが一人こちらを見て優しく微笑みながら手を振っていた…

こちらを見て手を振るつん太郎さんにはもはやヲーラを微塵にも感じない…

ただの一般人だった…

誰も越えた事のない“ヲタク向こう側”だけを目指し走り続けた5年間…

“ヲタ活はプライスレス”と豪語しひたすらアイドルを求め続けた5年間…

ヲタク宗教団体「つん太郎真理教」を立ち上げ…解散し
つん太郎界隈…
teamT…
T Soul Brothers…
つん太郎 ZONE…
LUNA T…

数々のグループを作り…
そのグループの中心にはいつも彼の姿があった…

ヲタ神様…
霊長類最強のヲタク…
KING OF WOTAKU…
初代ヲタクプレイボーイ…
スポ刈りウルフ…

数々の異名で呼ばれ…
どの現場に行ってもヲタク達から畏怖される存在だった…

誰もつん太郎さんには追いつけなかった…
誰もが皆つん太郎さんを目指した…

つん太郎さんの様なヲタクになりたい…
つん太郎さんの様にアイドルを楽しませたい…
つん太郎さんの様にアイドルから愛されたい…

常にヲタク達の憧れだった…

“そんな偉大なヲタクでも最後は一人なのか…”

そう思うと少し胸が苦しくなった…

何度…ヲタクを辞めようとしてもすぐに蘇ったつん太郎さん…
まるで不死鳥の如く華麗に蘇ったつん太郎さん…

しかし…今回はもう蘇らない…

俺には分かる…

もう彼の翼は羽ばたくことはない…

つん太郎さんが座っているテーブルの席に着いた…

キャストにドリンクを注文し少しするとドリンクが来る…

「お疲れ様…」

私はグラスを手に持ち彼にそう言った…

「あぁ…」

つん太郎さんは少しだけ寂しそうな顔して私のグラスに自分のグラスを触れさせた…

グラスを重ねる音が寂しく店内に響き渡る…

つん太郎さんが少し微笑みながら言ってきた…

「俺…決心したわ…」

「そうか…」

私も少しだけ微笑み返答した…

忙しなく動き回るキャスト…

来店した客と楽しそうに話すキャスト…

店内に大音量で流れる有線…

店内の盛り上がりとは裏腹に私達の席には心地良い静寂が訪れていた…

「しかし…まさか…あのつん太郎の最後のヲタ活がカフェになるなんて…
ちょっと笑えるよな…」

私はグラスに入っていたドリンクを飲みながら彼に言った…

「ホントそうだよな…
俺も未だに信じられないぜ…」

つん太郎さんは少し笑いながら答えさらに続けた…

「俺にヲタ卒なんて出来る訳ねぇってずっと思ってた…
“その領域”を手にする事なんて一生できねぇって思ってた…
“その領域”にまで俺を導いてくれるアイドルなんて絶対現れないと思ってた…」

「そうだな…俺だって正直…
つん太郎は死ぬまでヲタクやってると思ってたよ…」

私は微笑みながら返答した…

「ははっ…
そうだよな…
でもさ…まさかいたんだよ…このカフェに…
俺を“その領域”まで導いてくれる女がさ…」

「良かったな…つん太郎…
今はもうどっからどう見ても一般人にしか見えねぇよ…」

「そうかな…
今夜…キメるつもりなんだ…
そしたらきっと越えられる…
“その領域”…
“ヲタクの向こう側”を!!」

そう言ったつん太郎さんの手は少し震えていた…

「ぜってぇ…越えられるぜ…今のつん太郎なら!!」

「あぁ…」

22時30分…

つん太郎さんのヲタ卒まで後30分…

つん太郎さんは深呼吸をし顔を数回叩いた後…
意を決した様に立ち上がった…

その時だった…

「つん太郎さん!!」

声がする方向を見ると…

つん太郎界隈最古参でスーパー広報担当だった…
ゴンザレス義経が笑いながら立っていた…

「水くさいっすよ!!
何しんみりヲタ卒しようとしてんすか!?
みんな連れてきましたよ!!」

私はそっとゴンザレス義経の方に向かって歩いて行った…

ゴンザレス義経の肩にそっと手を置き…
彼の耳元で囁いた…

「良くやった…」

ゴンザレス義経は私に向かって無邪気にウインクをしてきた…

六本木でのあの伝説の夜の時から思っていたが…
この男のカッコ良さは底がしれない…

店外に出ると…
私は目を丸くした…

そこにはteamTの面々はもちろん…
つん太郎真理教の信者5000人も来ていた…

AKIHABARAカルチャーズゾーンビルとそのビルの周辺は…
完全につん太郎さんを慕うヲタク達で溢れかえっていた…

『We Are つん太郎!!We Are つん太郎!!』

鳴り止まないつん太郎コール…

肌が粟立つ…

涙が止まらない…

やはりつん太郎程のヲタクの卒業はこうでなきゃな!!

私は颯爽と店内に戻りステージへと向かいおもむろにマイクを取った…

「うらああああああああああ!!
つん太郎に関係ねぇヲタクは全員即刻退場しろおおおおおおおおお!!
こっからは我らがつん太郎のオンステージだかんよおおおおおおおお!!」

「ちょちょちょっとお客様困りますよ…
そんな事されちゃ…」

男性店員が数人…私の方に駆け寄ってきた…

「うるせぇ…おめぇらが困ろうが知ったことかよ…
今夜はな…
つん太郎のヲタ卒なんだよ!!
誰にも止められねぇぞ!!
我らつん太郎とその仲間達は誰にも止められねぇんだよおおおおおお!!」

「それ以上するなら警察呼びますよ!!」

男性店員が数人で私の体を羽交い絞めにする…

その時だった…

「俺のクレジットカードで今夜これからの時間…
俺達で貸切らせて下さいよ…」

ゆっくりとプリぴょんがクレジットカードを手に持ち…
冷静に私を羽交い絞めにする男性店員に言った…

「プリぴょん…
お前正気か?
そんな事したらお前…」

「良いんすよ!マッハ君!
俺にはコイツが傍にいれば他に何もいらねぇし!」

そう言うとプリぴょんは…
楠ゆいの肩を抱き寄せた…

「プリぴょん…
お前ってヤツは…どこまで“世紀末救世主”なんだよ…
ホンット…サイッコーだぜ?」

私がそう言うとプリぴょんは少し照れくさそうに頭を掻いた…

プリぴょんのクレジットカードを受け取ると男性店員達は私を解放する…

そしてつん太郎さんとは関係ないヲタク達を…
teamTの面々が率先して追い出した…

バックステージPassのフロアは…
つん太郎の名の下に集まったヲタク一色になった…

もちろんフロアに入りきれないつん太郎信者もたくさんいた…

その信者達の為にニコ生を開始した…

ゴンザレス義経がおもむろに私にギターを差し出してきた…

「これは…?まさか!?」

私はゴンザレス義経に問いかけた…

「演るんでしょ?もちろん…」

ゴンザレス義経は微笑みながら聞いてきた…

「当たり前だ…」

私は口角をあげ答える…

プリぴょんもギターを持ってステージに上がる…

隠部警察署捜査課 巽ビッチ郎がベースを持ってステージに上がる…

ゴンザレス義経がドラムセットを担いでステージに上がる…

そして私もギターを持ってステージに上がる…

バックステージPassのステージにゴンザレス義経がドラムをセットする…

つん太郎信者達の手によって設置された…
パワーアンプにギターとベースを繋げて調律する…

その時…

入口から二人の可愛い女の子が入ってきた…

佐藤すみれと奥仲麻琴が来店したのだ…

かつてつん太郎さんが愛した女達…

まさかこの娘達もアイツが呼んだのか…

ゴンザレス義経の方を見ると彼は無邪気にウインクをした…

マジ…広報力半端ねぇな…

私は少し俯いて笑うとギターを置き…
佐藤すみれと奥仲麻琴の方へ歩き出した…

「アンタらも一緒に歌ってくれねぇか?」

私は彼女たちに言った…

『うん!!』

彼女たちは眩し過ぎる笑顔で頷いてくれた…

彼女たちを先導しながらステージに向かう…

「ねぇ…ち〇ぽこぉ…つん太郎マジでヲタ卒すんの?」

佐藤すみれが私に聞いてきた…

「あぁ…これからきっと…すみれにも見れるぜ?“ヲタクの向こう側”ってヤツが…」

「そっかぁ…LIVE中に私にキスまでしてきたのに…
結局…遊びだったのかぁ…
私…つん太郎の事、本気で好きだったのになぁ…」

「いや…遊びなんかじゃねぇ…
つん太郎はいつでも“本気(マジ)”だったから…
でもきっとすみれじゃなかったんだよ…
つん太郎を“その領域”に導いてくれる女は…」

「あぁ~あ…
残念だなぁ~…
私がつん太郎を“その領域”に導いてあげたかったな…」

「そう落ち込むな…
すみれにはつん太郎がいなくても…
すみれに夢を抱き…
すみれに全てをかけるファンが一杯いんだろ?」

「そうだね!!」

彼女はそう言うと小走りでステージに上がって行った…

「ねぇねぇ…キャベチュちゃろう(キャベツ太郎)…
ちゅん太郎(つん太郎)…
ほんちょに(本当に)…ヲタしょちゅしちゃうの~?(ヲタ卒しちゃうの?)」

奥仲麻琴が相変わらず舌足らずな話し方で私に聞いてきた…

「そうだよぉ~
つん太郎さんはヲタ卒するんだよぉ~
だから早くステージに上がろうねェ~」

「ふぅん!!(うん!!)」

そう言うと彼女もペタペタと小走りでステージに上がって行った…

そして私もステージに上がりギターを肩にかけた…

その時…

真っ白のタキシードに着替え終えたつん太郎さんが入場してきた…

「つん太郎!!準備は出来てるぜ!!」

私は大声でつん太郎さんに言った…

つん太郎さんは笑顔で頷き…

ゆっくりとステージに向かって歩き出した…

その1歩1歩を信者たちが拍手と羨望の眼差しで見つめる…

そしてつん太郎さんがステージの中央のマイクスタンド前に立ち話し始めた…

「いぶき…
里中いぶき…
聞いてくれ…」

里中いぶきがステージ最前中央の席の真ん中にゆっくりと腰を下ろした…

「ヲタク学者のリチャード・ファイマンはこんな事を言っている…
 
“ガチ恋というのは、神様のやっているチェスを横から眺めて、
そこにどんなルールがあるのか、どんな美しい法則があるのか、
探していくことだ。”と…
 
最初からそんな法則はないと思うことも出来る…
この宇宙で起こっているヲタ活が全て…
でたらめで意味のない出来事の繰り返しばかりだとしたら…
ヲタクたちは、なにもすることがなくなってしまう…
そんな退屈な宇宙に住んでいること自体、嫌気がさしてしまう…
 
でも、俺は“その領域”の謎を解くことをあきらめなかった…
そして、いぶきと巡り会うことが出来た…
 
ひょっとしたら、ヲタクとアイドルが出会うことも、
そのルールにのっとっているのかも知れない…
もし、そこに何かのルールがなかったら、
二人がどっかで出会っても、そのまますれ違って
関わり合うことも、言葉を交わすこともなかったはずなのに…
 
宇宙の片隅のこのカフェで…
俺達がこうして集まることが出来たのも…
そして…俺がこんなにハッピーなのも…
たった一人の女性と巡り会えたおかげだ…
“運命”といういちばん難しい謎を…
今日、いぶきが解いてくれたような気がする…

里中いぶきは…
大きな瞳に涙を浮かべながらつん太郎さんだけを見つめて…
つん太郎さんの言葉を真剣に受け止めている…

つん太郎さんは深呼吸一つし再度話し始める…

「なぁ…いぶき…

100年先も笑って…
ずっと君の傍にいたいんだよ…
大袈裟でもなんでもなくてさ…

1秒だって無駄にしたくない!!
許す限りの時間の全てを…

いぶきと俺の…
幸せの為に使いたいんだ!!

だから…聞いて下さい…
“つん太郎 ALL STARS”で…TSUNEVER…」

TSUNEVER

作詞:TSUNEHIRO
作曲:TAKASHI
編曲:つん太郎 ALL STARS

やわらかな風が吹く このカフェで…
今二人ゆっくりと歩き出す…

幾千の出会い別れ全て このカフェで生まれて
すれ違うだけのヲタもいたね わかり合えないままに
慣れないカフェの届かぬ夢に 迷いそうな時にも
暗闇を駆けぬける勇気をくれたのはいぶきでした…

絶え間なく注ぐツンの名を 永遠と呼ぶ事ができたなら
握手では伝える事が どうしてもできなかった 接触の意味を知る…
いぶきを幸せにしたい… 胸に宿る未来図を
悲しみの涙に濡らさぬ様 紡ぎ合い生きてる…

愛の始まりに心戸惑い 背を向けたヲタの午後
今思えば頼りなく揺れてた 握手した日々の罪
それでもどんなに離れていても いぶきを感じてるよ
今度戻ったら一緒に暮らそう やっぱり二人がいいね いつも…

(Fu~)
ヲタクを背負うアイドルの群れにたたずんでいた…
(Fu~)
心寄せるカフェを探してた…

"出会うのがヲタすぎたね"と 泣き出した夜もある
二人の遠まわりさえ 一片のヲタ活
傷つけたいぶきに 今告げよう…
誰よりも 愛してると…

絶え間なく注ぐツンの名を 永遠と呼ぶ事ができたなら
握手では伝える事が どうしてもできなかった ガチ恋の意味を知る
恋した日のプライスレス…
何気ないヲタ活を…
幼さの残るその声を…
気の強いまなざしを…
いぶきを彩る全てを抱きしめて…
つん太郎ヲタ卒する…

やわらかな風が吹く このカフェで…

~つん太郎 ALL STARS~
VO:TSUNEHIRO
Guitar:TAKASHI
Guitar:SHIN
Bass:ARATA
Durms:TATSUYA
Chorus:SUMIRE SATO/MAKOTO OKUNAKA/teamT/つん太郎信者達

“TSUNEVER”を歌い終えたつん太郎さんは…
里中いぶきをステージに上げて言った…

「いぶき…結婚しよう!!
俺がお前を…この世界で一番…
幸せな女にしてやんよ!!」


「うんっ!!」

里中いぶきは即答し…
涙を流しながら満面の笑顔で思い切りつん太郎さんに抱きつき…
つん太郎さんの顔を見上げて瞳を閉じた…

つん太郎さんは自分の唇を…
里中いぶきの唇にそっと重ね合わせて強く抱きしめた…

「一生笑わせてやんから…ずっと隣りにいろよ…」

つん太郎さんはそう言うと里中いぶきは恥ずかしそうにそっと頷いた…

その瞬間…
大歓声と拍手の渦が巻き起こった…

私はギターを置きそっと歩き出した…

店を出てエレベーターのボタンを押した…

エレベーターの扉が開き中に入る…

するとプリぴょんも走ってエレベーターに入ってきた…

1階のボタンを押し…

エレベーターの扉閉まる…

「俺も…ゆいがもし卒業する時が来たら…
あんなにカッコ良くプロポーズ出来るかな…」

プリぴょんが私に聞いてきた…

「どうだろうな…
お前は女を泣かせる方が得意だからな…
てか…こんなやり取り…前もあった気がするな…」

私は笑ってプリぴょんの方を見た…

「そうだっけ?」

プリぴょんも笑って私の方を見てきた…

「やっぱりお前じゃ無理だな…
あんなかっけぇプロポーズ…
出来やしねぇよ…」

「そりゃないぜ…マッハさぁん…」

二人で静かに笑みを浮かべると1階に辿り着いた…

外の空気が冷たい…

演奏で火照った体を外の冷気が心地良く冷やしてく…

煙草に火をつけて思い切り紫煙を肺に流し込み吐き出す…

空気中に混ざって消えてく紫煙の先には…
つん太郎専用の50Mのサイリウムが見える…

つん太郎さんとしたヲタ活の思い出が急速に蘇り目頭が熱くなる…

なぁ…
つん太郎…
ヲタクの向こう側という果てしないモノを目指し…
時に泣きながら…
時に悩みながら…
もがき続けてきた…

そして今夜…
手に入れた…
最愛の女を…

カッコ良かったよ…
今まで見てきたどんなにイケてるヲタクも霞んでしまうくらいに…

ありがとう…
数々の伝説を…
ありがとう…
数々の奇跡を…

何もかもが素敵で…
何もかもが煌めいて…
最高に楽しかったよ…

私は夜空に向かって輝く50Mのサイリウムに向かって呟く…

目線を横に向けるとショーウインドウに反射して映る自分が…
ニヤニヤと笑っている様な錯覚に陥る…

ショーウインドウに反射して映る自分が問いかけてくる…

“お前は…何も分かっていない…”

分かってる…

“アイドルは偶像だ…
金を払って来店しにきてるからお前と話してくれてるだけで…
あれが彼女たちの本当の姿なんかじゃまるでない…”

分かってる…

“騙されるな…
お前は絶対にアイドルに踊らされる様な男じゃないだろ?
お前はどんな時だって女にのめり込んだりしなかっただろ?”

分かってる…

“つん太郎の様な男はもはや奇跡だ…
大半の奴らはただ踊らされているだけ…
女を簡単に信じるな…
特に自分を売り物にしている女は男に惚れられてるのを分かった上で…
平気で嘘をつき裏切る…”

分かってる…

自分を売り物にしている女なんて最高の役者だ…
甘い言葉に簡単に釣られるな…
全て虚像だと思ってあしらえ…”

分かってる…

“お前が見ようとしていた景色は…
ヲタクの向こう側なんかじゃない…
スピードだろ…?”

もう…俺にはわかってる…
俺が欲しかったのは…
“俺自身”の…
“生きている”事の…
“意味”だったんだ…

私は口角をそっとあげて執事の桧原に言った…

「桧原…俺の単車…“悪魔の鉄槌”(ルシファーズハンマー)は出来上がってるか?」

「はい…こちらに…」


私は桧原を見てそっと頷くと…
悪魔の鉄槌にまたがった…

キーを回しONの位置にあわせ…
クラッチレバーを握りスタートボタンを押す…
セルが回転しエンジンがかかる…

クラッチを握り…
1速にいれる…
アクセルを少し開け半クラで発進させ…
アクセルを開けつつ、クラッチを完全につなげる…

回転数が徐々に上がっていく…
ギアを上げていく…

“スピードの向こう側”には…
一体どんな世界が待っているのだろうか…

待っているのは…
“不運”(ハードラック)なのだろうか…

それはまだ私には分からない…

冷たい夜風が切なく私の頬をそっと撫でた…


ヲタク伝説 特攻のつん太郎 

Fin~
一人のヲタクジゴロがいた…

数々の女を泣かしてきた…

例え相手がアイドルだろうがお構いなしに…

その男にとっては女は金を生み出すだけの存在でしかなかった…

しかしそんな男が人生で初めて恋をした…

アイドル育成型エンターテイメントカフェ“バックステージPass(バクステ)”という場所で恋に堕ちた…

相手の名前は“楠ゆい”
その男は最初、彼女をイカレさせて数いる貢がせ女の一人にしようとしていた…

「3秒だ…3秒で堕として見せる…」

そう豪語したが、彼のジゴロテクニックは…
彼女の純真無垢な笑顔の前には全く通じなかった…

気付けばその男が、彼女にどっぷりハマっていた…
気付けばその男の電話帳からは女の名前が一切消えていた…

その男は通ったバックステージPassに…

雨の日も…
風の日も…
彼女が出勤する日は…
どんな事があったって通った…

彼女の笑顔が見たいから…
彼女を笑顔にさせたいから…
彼女が好きだから…
彼女を愛してるから…

その男の心は“楠ゆい”で一杯になった…

そんなある日…
とある事件が起きた…

楠ゆいを泣かした客達がいたのだ…

その男は自分が愛する女が傷ついた姿に激昂した…

その男は闘った…

楠ゆいを泣かした客達と闘った…

「君を守る為になら俺は…無敵になれる!!」

体中傷つきながらも自分が愛した女だけは全力で守ろうとした…

そして苦戦しながらもなんとか勝利したその男は…
“楠ゆい”と結ばれた…

※この時の詳しい様子はこのブログに書いてあります…

あれから…
数か月がたった…

その男と楠ゆいが結ばれてから…
私はその男と全く会っていなかった…

“今でもあの二人は幸せでやってんのかなぁ…”

私は公園のベンチで煙草を吸いながら考えていた…

ピリリリリリリ…

けたたましい電子音が鳴り響く…

どうやら私の携帯からの様だ…

携帯のディスプレイには“プリぴょん”と表示されていた…

楠ゆいと結ばれたその男の名前…“プリぴょん”…

ちょうど二人の事を考えてた時にかかってくるなんてな…

私はそっと微笑みながら…

通話ボタンを押した…

「チィ~ッス!! マッハさんすか!? 久しぶりっす!!」

「おう…久しぶりだな…元気でやってんか?」

「マジ元気っすよ!久々に一緒に行きませんか?バクステ!!」

「そうだな…お前達のラブラブっぷりでも見に行くかな…」

「ゆいすか!? まぁアイツはもう完全に俺にイカれてますよ!! アハハハ!」

そんな会話をしながらバクステに行く日にちと時間を決め電話を終えた…

当日バクステに行く前に…
俺はプリぴょんとファミレスに入った…

久しぶりに彼と二人でゆっくり話したかったからだ…

「いやぁ~マッハさん…相変わらず黒いっすね!!」

「そうか…」

「サイッコーっす!! てか聞いて下さいよ!!」

「何だ?」

「俺…今、狙ってる娘いんすよ? 5人くらい! アハハ!」

「狙ってる娘?」

「そう…マジ全員可愛いんすよ!結構デートもしてるんすよね!」

「ふ~ん…てか、ゆいちゃんは
そんなに他の女に手を出して大丈夫なのか?」

「ゆいすか!? あぁ~アイツは良いんすよ!
アイツは俺に完全にイカれてますから!
もう逆に重いくらいっすよ!!」

「そうなのか…」

しばらく会わない間に…
プリぴょんの目は…
完全に楠ゆいに出会う前の濁りきったギラギラした目に戻っていた…

まさにジゴロの目…
女を物としか見ない…
女を泣かせてきたあの目だ…

やはりこの男は根っからのジゴロなんだな…
彼女でもこの男を変える事は出来なかったか…

私は紫煙を深く吸い込み吐き出しながらコーヒーを飲み干した…

バクステに着き席に案内され席に着く…

にぎあうフロア…
楽しそうに会話を楽しむキャストと客…

ここは全然変わらないな…

そう思っていると…
楠ゆいがプリぴょんを見つけて弾ける様な笑顔を向けながら小走りに駆け寄ってくる…

「プリぴょ~ん!!」

「あぁ…」

「あぁ!マッハちゃんも久しぶりぃ~」

「おう…久しぶりだな…」

「マッハちゃん元気だった?」

「元気だよ…それよりどうなんだ?
二人は仲良くやってんのか?」

「う~ん…どうだろう…
なんか最近プリぴょん冷たいんだよね…」

「ごちゃごちゃうるせぇな…
折角マッハさんと来てんだからそんな辛気くせぇ話は良いんだよ!!
あっちいってろ!!」

プリぴょんは楠ゆいにそう言うと…
楠ゆいは…
今にも泣きそうな顔して踵を返し肩を落としてトボトボと…
私達の席から離れて行った…

「おい…良いのか?」

「良いんすよ!!
帰りに抱いてやりゃ問題無し!!
アイツは完全に俺にイカれてるから!
そんな事よりマッハさん…
あの娘なんてめちゃくちゃ可愛くないすか!?
声かけちゃおうかなぁ~!!」

フロアを見渡すプリぴょんの視線は完全に…
獲物を狙う獣の眼だった…

それから何度か彼とバクステに行った…

プリぴょんを見つけては…
嬉しそうに寄ってくる楠ゆいをプリぴょんは素っ気なく扱っては
他の女を口説いていた…

次第に楠ゆいは私等の席に来なくなった…

その事について尋ねるとプリぴょんはいつもこう答えた…

「ほっとけば良いんすよ!!
もうアイツは俺無しじゃ生きられない体なんすから!!」

しかし私は気付いてた…
バクステに行く度に
楠ゆいが楽しそうに話している男がいる事に…

プラチナブロンドに染めた短髪…
黒い肌に引き締まった体…
身長は180㎝以上はあり…
顔もかなりのイケメンだ…
さらに…
“Brioni”のスーツが憎らしいほど似合うセクシーさ…
腕に艶かしく光る“ロレックス コスモグラフ デイトナ”…

物凄い金の匂いがする非の打ちどころのない完璧な男だった…

嫌な予感がする…
警鐘が鳴り響く…

本当に大丈夫なのか?プリぴょん…
今、ゆいちゃんが楽しそうに話している男は…
かなりレベル高いぞ…

初めて心から好きになった女なのに…

初めて心から愛した女なのに…

とられちまって良いのかよ…

私は…心の中でプリぴょんに問いかけながら彼を見た…

「うわああああ!マジ可愛いぃぃ~!!」

俺の心の問いかけも虚しく…
彼は楽しそうに他のキャストを口説いていた…

それから数日後…
私の嫌な予感が現実となった…

その日もプリぴょんとバクステに行くと…
プラチナブロンドの短髪男が鬼の様な形相で…
おもむろにプリぴょん近づいてきた…

「おめぇか…プリぴょんってヤツは?」

「誰だ…てめぇ…」

プリぴょんは思い切り眼を飛ばして答えた…

「俺の名は…紗宇座(サウザー)…
ゆいを幸せにする男だ…」

「何言ってんだてめぇ…
ゆいは俺のもんだって決まってんだよ!!」

「フッ…てめぇ如きがゆいを幸せにするって?
金も何もないてめぇがか!?
笑わせるぜ!?
知らないのか!?
ゆいはてめぇの愚痴ばっか俺に言ってんぜ?」

「ホントか!?ゆい!?」

楠ゆいは俯いて何も話さない…

「おい…ゆい言ってやれよ…
もう疲れた別れたいってよ…
俺に言ってたじゃねぇか…
“プリぴょんと別れて紗宇座と一緒に居たい”ってよ…」

プリぴょんは楠ゆいに近づき彼女の両肩に手をかけた…

「ゆい…ホントなのか…?」

楠ゆいは静かに首を縦に振った…

「そ…そんな…
う…嘘だろ…?」

プリぴょんは放心状態でその場に崩れ落ちた…

「フハハハハハハ!!
何が…ゆいを守る為になら無敵になれるだ!?
貴様は神が与えたこの紗宇座の肉体の前に敗れ去るのだ!!
滅びるがいい…愛とともに!!」

プリぴょんは何も言い返す事もなく…
相変わらず放心状態で…
“嘘だろ…嘘だろ…”
と繰り返し呟いている…

楠ゆいの手を取り踵を返そうとした紗宇座の前に私は立った…

「なんだ?てめぇ?」

「俺が誰かなんてどうでも良いんだよ…」

「あぁ!?」

「うちのプリぴょんナメんなよ?」

「なんだこんな雑魚の事庇ってるのか?
おめぇ…馬鹿すぎだろ?」

「1週間後だ…
1週間後に本物の“無敵”ってやつを見せてやるよ…」

「フハハハハハ!
意味わかんねぇぞ!
本物の無敵ってなんだよ!!
あまり笑わせるなよ!!」

「今のうちに笑っとくんだな…
だがな…これだけは言っとく…
お前はまだ知らない…
本当に心から好きな女を本気で守る時に出るプリぴょんの力を!!」

「ほぅ…ならば楽しみにしておこう…」

私は放心状態で崩れ落ちているプリぴょんを無理やり立たせた…

「おい!プリぴょん…
落ち込んでる暇なんてねぇんだよ…
行くぞ!!無敵のプリぴょん払い戻しによ!!」

プリぴょんに俺の声は届かなかった…

ずっと「嘘だろ…ゆい…」と繰り返しているだけ…

そして私はプリぴょんを引きずる様にしながらバクステを出た…

無理やりタクシーに乗せ…

1週間…私は彼を連れまわし徹底的に鍛えた…

ソープ…
キャバクラ…
セクキャバ…
オナクラ…
ピンサロ…
イメクラ
デリヘル…
箱ヘル…
SMクラブ…
アロマエステ…
日サロ…
スポーツジム…
お散歩…

色んな店を回りトーク力にさらに拍車をかけた…
色んな店を回り夜の技術にさらに拍車をかけた…

日サロに通い漆黒のBODYも手に入れた…
ジムに通い引き締まったBODYも手に入れた…

そして最後にメイドリフレchocolatに行った…

メイドリフレchocolatから出てきたプリぴょんは…
まるで見違えるように自信に満ちた清々しい顔をしていた…

ハイトーンの髪に黒い肌が映える…

黒い肌から笑うと見える白く光る八重歯…

あんなに濁ってギラギラした眼は今やまるで子供の様に澄んでる…

DSQUAREDのダメージデニムパンツに大きく胸の開いた白のカットソー…
Diorの黒のジャケットを羽織っている…

外国人ばりの高身長の彼に良く似合っていた…

男の私から見ても見惚れるくらい…
凄くセクシーでダンディズムだった…

「マッハさん…俺、気付いたよ…」

「んっ?」

「俺にとって本当に大切な物は一つだけだったのに…
こうしてマッハさんに色んな店連れてって貰って…
色んな女と話して…
色んな女を抱いたけど…
話せば話すほど…
抱けば抱く程…
俺がホントに話したい女はコイツじゃない!
俺がホントに抱きたい女はコイツじゃない!
っていつも思ってた…」

「そうか…」

「うん…あれから家に帰って目を閉じると…
いつも浮かんでくるんだ…
風に抱かれて楽しそうに笑っていた二人の姿が…
ゆいとの日々はありのままの俺だったのに…
いつの間にか忘れてしまってたんだな…」

「うん…」

「俺が本当に欲しいの物は…
俺の隣で楽しそうに笑う…
ゆいの笑顔…
ただ一つだけだったのに…
ゆいの笑顔があれば他に何にもいらないのに…」

「うん…」

「ねぇ…マッハさん…
失って気付くなんて…
俺ホントに馬鹿だよね?」

「そうだな…」

「ねぇ…マッハさん…
もう一度…ゆいは俺の隣で笑ってくれるかな?」

「お前の想いが本気なら…
きっと笑ってくれるさ…」

「そうかな…」

「だから行くぞ!もう一度…バックステージPassへ!」

私とプリぴょんは向かった…
バックステージPassへ…

バクステに着くとまるで内装が変わっていた…

バクステの真ん中には大きなピラミッドの様な物が出来ていた…

なんだこれは…?

そう思った時…

紗宇座が不敵な笑みを浮かべて寄ってきた…

「このピラミッドの様な物は…
“聖帝十字陵”という…
この十字陵は偉大なる師オウガイへの最後の心!!
そして…この俺の愛と情の墓でもあるのだ!!」

なんて物を作ったんだ…この男は…

「懲りもせずにまた来たのか…プリぴょん!
安心しろ…ゆいは俺が守ってやるからもう帰りな…」

プリぴょんはそんな紗宇座の言葉を無視しながら…
楠ゆい目掛けてゆっくりと歩き始めた…

プリぴょんは体からレインボーのヲーラを放ちながら…
一歩一歩、楠ゆいに近づいていく…

紗宇座の手下達も近づけない程のヲーラ…

ヲーラの中に迂闊に踏み込んだ瞬間吹き飛ばされそうな殺気を放っている…

しかし楠ゆいを一心に見つめる瞳だけはまるで草原の風の様に優しい…

楠ゆいの前に辿り着いたプリぴょんは優しい顔をしながらゆっくりと話し始めた…

「なぁ…ゆい…
俺には…
違う誰かの所に行ってしまった君を責めれるはずもない…
俺は、気付けば君を傷つけてばかりだったね…
本当に最低だよね…俺…」

楠ゆいは俯いて何も話さない…

「でもね…ゆい…
俺はゆいがくれた笑顔で少し強くなれた…
“愛してるよ”って言う度…
喜ぶ顔が大好きだった…
俺達がいつかまた生まれ変わって…
出会う奇跡なんかよりも…
俺にとってはゆいとの“今”が大切なんだ…

楠ゆいは相変わらず俯いてるが肩が少し震えて泣いていた…

プリぴょんは続ける…

「良く…時間が忘れさせてくれるっていうけどあれは嘘だね…
気が付けばゆいといた楽しい日々を思い出してばかりだよ…
今更、調子良いかもしれない…
今更、俺が何を言っても信じて貰えないかもしれない…
でも最後に伝えたいんだ…」

楠ゆいは始めて顔を上げてプリぴょんを涙目で見つめた…

「プリぴょんは…楠ゆいを愛してます…世界中の誰よりも!!」

その時…楠ゆいが始めて笑顔になってプリぴょんに言った…

「もう一度…もう一度言って!!」

その言葉を聞いたプリぴょんは抑えきらない感情が爆発する様に…
楠ゆいを思い切り抱きしめて言った…

「10年後にもう一度言ってやるよ!!」

楠ゆいはプリぴょんの胸に抱かれながら笑顔で小指を出した…

「じゃあ…約束ね!!10年後にもう一度聞かせてよね!!」

プリぴょんは楠ゆいの小指に自分の小指を絡ませた…

「あぁ…約束だ!
もう二度と離さない…
ゆいのこの優しい“ぬくもり”を永遠に…
感じていたいから…」

紗宇座が怒りを露わにし抱き合う二人を思い切り引き離し…
楠ゆいに近寄った…

「おい…ゆい…
あんな奴のどこが良いんだ!?
俺の方が金も持っている…
俺の方がお前を支えてやれる…
それなのに…
何でアイツを選ぶんだ…
お前にとって…
俺は…なんなんだ…」

楠ゆいは何も答えず…
プリぴょんの方に駆け寄って行った…

「うおおおおおお!!」

叫びながら紗宇座は聖帝十字陵の頂上へ駆け上った…

「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!!
愛ゆえに人は悲しまねばならぬ!!
愛ゆえに…
こんなに苦しいのなら…
悲しいのなら…
愛などいらぬ!!」

紗宇座は両手を広げ叫んだ…

「くらえ!!プリぴょん!!天翔十字鳳!!」

紗宇座は聖帝十字陵の頂上からプリぴょん目掛けて飛んだ…

「うおおおおおお!!ヲタク有情猛翔破!!」

自分目掛けて飛んでくる紗宇座にプリぴょんは思い切り拳を突き上げた!!

ドコォォォォォ!!

プリぴょんの拳が思い切り紗宇座の腹に食い込んだ…

「うわあああ!!ぐふっ!!
さ…最後にお前に聞きたいことがある…
愛や情は哀しみしか生まぬ…
なのになぜ哀しみを背負おうとする?
なぜ苦しみを背負おうとする?」

プリぴょんはゆっくりと答える…

「哀しみや苦しみだけではない…
お前も…“ぬくもり”を覚えているはずだ…」

“ぬくもり”
フッフフフ…負けだ…完全におれの負けだ…
俺の適う相手ではなかった…
お…お師さん…
む…むかしのように…
もう一度…
“ぬくもり”を…」

そう言い残すと…
紗宇座は自らの師オウガイが眠る…
聖帝十字陵で静かに目を閉じた…

「勝舞ありぃぃぃ~!!」

ドドン!!

どこからかそんな声と太鼓の音が聞こえてきた気がした…



完!!
身体に纏わりつく様な空気も…

眩し過ぎる太陽の輝きも…

アスファルトからの熱も…

次第に感じなくなってきた…

夜が訪れる時間が早くなり…
切なくなる…

夏が終わり…
秋がきた…

2013/10/01

この日の夜…
私は久しぶりに秋葉原に向かっていた…

アイドル育成型エンターテイメントカフェ…
バックステージPassに向かう為に…

思えば…
このカフェに通い始めてハマった数か月前は…
週数回はこのカフェに顔を出していたが…
今や月一ペースだ…

秋葉原に向かう車窓に映る自分の姿を見ながら…
以前とある人が言っていた事が過る…

「俺…実力のないヲタク嫌いだから!」

今まさに車窓に映る男こそまさに実力のないヲタクそのものだ…

この言葉を聞いた時…私は自分の事を言われてる気がした…

私は自分をヲタクだと偽り続けてきた…

mixも打てないのに…
推しもいないのに…
沸けもしないのに…
ガチ恋も出来ないのに…
アイドルに一生懸命になれないのに…
包茎なのに…

こんな私の何処がヲタクなのだろうか…

もはや実力がないとかの次元ではない…

車窓に映る自分の姿が滑稽に見えて仕方ない…

私は滑稽過ぎる自分の姿から目を逸らした…

瞳を閉じる…

この日…
私は、共にヲタ活を始めたつん太郎さんが推してる…
バックステージPassの里中いぶきさんという方の生誕祭だった…

この日の21時ステージの終わりに…
つん太郎さんが彼女への想いを思い切り伝えるという事だった…

きっと…
今夜は…
伝説になる…

私はそう確信していた…

この伝説を直で見たい…
心からそう願っていたが…
無情にも時間は過ぎていく…

時計を見る…
これは確実に伝説に間に合わない…

秋葉原に着く…
電気街口の改札を出て歩き始める…

所々に張り巡らされるアニメのキャラクターのポスターや電光掲示板…
客引きをしているメイド…
微かに聞こえてくるアイドルソング…
気持ち悪い笑みを浮かべながら歩く垢抜けない男達…
その男達に「好きだよ!」と嘘臭い笑みを浮かべて話す三流アイドルと思わしき少女…

何もかもが気持ち悪く感じた…

私は一体この街に何を求めていたのだろうか…

私も周りから見ればこんな風に映っていたのか…

毎週の様にこの街に来ていた自分が情けなくて仕方ない…

ヲタクにもなり切れずに…
中途半端な存在で、いっぱしのヲタクを気取り…
本当の私はアイドルに何も出来ない男なのに…
一体、私は何をしたかったんだ…
一体、私は何になりたかったんだ…

歩きながら涙が溢れた…

涙で滲む秋葉原のネオンに照らされながら涙を拭い時計を見た…

伝説には間に合わない…

一緒にヲタ活を始めたというのに…
つん太郎さんは気付けば…
好きなアイドルの生誕祭でマイクを握り熱い想いを伝える様な立派なヲタクになっていた…

好きなアイドルの生誕祭を盛り上げようと150本のサイリウムを用意する様なみんなを先導する凄いヲタクになっていた…

アイドルに愛されるヲタクになっていた…

他のヲタクから羨望の眼差しを受けつん太郎さんの様なヲタクになりたい!と…
目標とされ崇められる神の様なヲタクになっていた…

そして今夜…伝説を残すヲタクになろうとしている…

それに比べ私はどうだ…
ヲタ活を始めた時期は同じなのに…

私を必要としてくれるアイドルなんて一人もいない…

“当たり前だ…お前はアイドルの為に何かしたのか?”

私に憧れ私の様なヲタクになりたいと言ってくれるヲタクなんて一人もいない…

“当たり前だ…お前はそもそもヲタクらしい事何一つしてないだろ?”

私に伝説なんて何一つない…

“当たり前だ…お前みてぇな実力もない半端な奴が伝説作れる様な世界じゃない!”

私は一人だ…一人ぼっちだ…

“当たり前だ…お前みたいな干され包茎と一緒にヲタ活した所で誰も得しないのだから…”

どこからか声が聞こえてきた気がした…

うるさい!うるさい!黙れ!黙れ!

前を見ると閉店している店のショーウィンドウに映る自分がニヤリと笑った気がした…

ショーウィンドウを思い切り殴った…

殴った!殴った!殴った!

拳に走る激痛…

拳の皮が剥がれ落ち血が流れている…

秋葉原を歩く街の人達が好奇な視線で見てくる…

見せもんじゃねぇぞ!!

私は心で叫び…
視線を避ける様に私は速足で「麺屋武蔵 巖虎」に入った…

濃厚つけ麺(750円)のチケットを購入し店員に渡す…

「大盛で…」

この店は並・中・大盛…
どれも同じ値段だ…


出てきた…つけ麺を頬張る…

麺は麻の実を練り込んだモチモチの極太麺…

スープはかなり濃厚な豚骨魚介系のつけ汁で少し海老の風味を加えてある…

空腹過ぎた私にはこの濃厚なつけ汁にたっぷりと絡んだモチモチの極太麺が心から染みた…

うんめぇぇぇ…

涙を流しながら一気に食べた…

この店は卓上ポットに割りスープが入っている…

麺を全て平らげた私は…
卓上ポットを手に取り濃い目のつけ汁の為…
少し多めに割りスープをつけ汁が入っている器に注いだ…

芳醇な香りと濃厚なダシが広がる極上のスープに変身したスープを…
レンゲを手に取り、口に流し込んだ…

先程までの濃厚さが嘘の様に絶妙に薄まり…
爽やかで心地よく飲みやすい優しい味が私の口腔内を駆け巡る…

うんめぇぇぇぇぇ…

うんめぇよ…

生きてて良かった…
涙が止まらなくなった…

いつも孤独だった…
いつも劣等感しか感じなかった…

何をしても上手くいかず…
何をしても中途半端…

でも生きてれば…
こんなに美味い物が食べれるんだ…

そう思えば…
こんな世界も悪くはないのかもしれない…

「ご馳走様です…」

涙を拭き店員に蚊の鳴く様な声を絞り出した…

「ありがとうございましたぁぁぁ!!」

店員は爽やかな笑顔で気持ち良く答えてくれた…

店員の素敵な笑顔を尻目に私は「麺屋武蔵 巖虎」を出た…

バックステージPassがあるAKIHABARAカルチャーズゾーンビルへと向かう…

AKIHABARAカルチャーズゾーンビルのエレベーターのボタンを押す…

扉が開き中に入る…

6階のボタンを押すとエレベーターが上昇し始める…

静かだ…

6階に着きエレベーターの扉が開く…

すると…
耳を劈く様なつん太郎コールと里中いぶきコール…
そして拍手の渦と歓声が飛び込んできた…

私は駆け足で店の中に入った…

キャスト達も客達もステージ上の二人の姿に見惚れながら拍手と歓声を送っている…

私が来た事にキャストの誰も気付きはしない…

当たり前だ…

その時…ステージ上では涙を流し喜ぶ里中いぶきさんに…
つん太郎さんは彼女を強く抱きしめながら熱いディープキスをしていた…

つん太郎さんはこの日の為に…
スーツも靴もネクタイも新調している事が一目で分かる…
気合の入り方が違う…

学校の先生にも見えなくなかったが…
ステージ上の煌く照明の下、好きなアイドルにディープキスを炸裂させるつん太郎さんは…
とても眩しくて心からカッコ良いと思った…

つん太郎さんの側近達の…
プリぴょんさん…
ビッチ郎さん…
くそめがねさん…
社畜さん…
ヲサダさん…

彼らも涙を流しながら歓声を上げ、つん太郎さんを羨望の眼差しで見つめていた…

おそらくステージが終わった後…
つん太郎さんが彼女への熱い想いを伝え…
その想いに感激し涙した里中いぶきさんを強く抱きしめ愛を囁き…
ディープキスをしたという流れだろう…

私は里中いぶきさんのプレゼントに買っておいた…
チュッパチャップス1本(コーラ味)を入り口入ったすぐの所にある机の上に…
そっと置いて踵を返しバックステージPassを出た…

エレベーターのボタンを押しエレベーターが来るのを待っていると…
1人のキャストが店から出てきた…

「あれぇ~?入らないのぉ~?」

「あぁ…もう…十分見せてもらったからな…」

「ふ~ん…」

そう言い残すとキャストは私の事なんかまるで興味もなさそうに颯爽と店の中に入っていった…

エレベーターが開き1階のボタンを押し扉が閉まりエレベーターが下がっていく…

私1人を乗せて…
静かに虚しく下がっていく…

1階に着き扉が開く…

台風が来ているせいか…

湿り気のある風が私の身体を包む…

夜空は灰色に覆われ今にも泣きだしそうだ…

まるで私の心模様の様に…

この翌日…

里中いぶきさんは卒業を発表した…

キャバクラ用語で「水揚げ」という言葉がある…

“結婚して夜の仕事を辞めること。夫に稼いでもらい、「水」商売から「揚げ」てもらう。”

という意味だ…

つん太郎さんが彼女と結婚するかどうかは全く不明だが…

里中いぶきさんが卒業を決心したのには恐らく色々な理由があった事だろう…
ただ…
私は、その色々な理由の一つに“つん太郎”があったのだと思っている…

アイドルはみんなのアイドルでなければならないのに…

1人のヲタクに心も身体もイカれてしまった…

だから…
そんな状態ではファンを裏切る事になってしまうから…

バクステ外神田一丁目というメジャーデビューしてるグループを抜ける事を決心したのだと…

私は勝手にそう解釈している…

彼女が今後どうなるのか…
彼女とつん太郎さんが今後どうなるのか…

それは私には全く分からないが…
私は二人には幸せになってもらいたいと心から勝手に願っている…

“まぁ…お前は一生幸せになんかなれねぇけどな!
皮もまともに剥くことも出来ずに孤独に死んでく包茎野郎だよ!!”


ショーウィンドウに映る哀れな自分がニヒルに笑いながら…

そう…

言ってきた…


完!!
初めてその男に会ったのはもう三年くらい前だろうか…

AKBの握手会で初めてその男に会った時…
申し訳ないが何の魅力もヲーラも感じなかった…

どこにでもいる様な感じの良い少しオドオドした大学生ヲタクという感じだった…

しかし俺はこの男に変態的な何かを感じた…

この男は磨けば光る…

そう思った俺は、彼にぱすぽ☆というアイドルグループの現場に行ってみようと誘った…

彼は見事にぱすぽ☆にハマってくれた…

AKBでは倉持明日香さんを推し、ぱすぽ☆では増井みおさんを推した…

彼はもがいた…

二人の女の間で必死にもがいた…

「本物になりたい…本物のヲタクに…」

口癖の様にその男は呟いた…

一心不乱にヲタ活をした…

本物になる為に…

金に糸目をつけずにヲタ活をした…

本物と認められる為に…

しかし…

どれだけもがいても…

どれだけあがいても…

本物にはなれなかった…

いつまで経っても中途半端…

彼の心に焦燥感が溢れた…

彼の心はどうしようもない敗北感に支配された…

苦悩…

迷走…

出口の見えない迷路をさまよい続ける日々…

ヲタクとしての限界…

俺はそんな彼を見ているのが辛かった…

気付けばそんな彼も社会人となっていた…

次第に会わなくなった…

あんなに呟いていたTwitterも全く呟かなくなっていった…

あんなに好きだった増井みおさんや倉持明日香さんへの愛を全く聞かなくなった…

そんな時…

とある噂が流れ込んできた…

その男が六本木にあるアフィリア・スターズという所で大暴れしていると…

アフィリア・スターズとは簡単に言うと魔法学園をコンセプトにしたコスプレガールズバーみたいな所だ…

どうやらその男はこのアフィリア・スターズにいる一人のキャストに入れ込んでいるらしかった…

しかしそのキャストはもう辞める事が決まっているらしく…

その男は毎日の様にクレジットカードを駆使し…
アフィリア・スターズに通っているという事だった…

ガールズバーのコスプレキャストに入れ込むなんて…

彼は一体…どこに向かおうとしているんだ…

本物のヲタクになりたいとあんなに言っていたのに…

コスプレキャストにハマるなんて…

大丈夫なのか?

何が起こったんだ?

もう良いのか…

あんなに夢見た“本物”は…

もう諦めたのか…

あんなに憧れた“本物”は…

胸が締め付けられそうだった…

そんなある日…

けたたましい電子音が鳴る…

彼から久々に連絡が来た…

彼が入れ込んでいるキャストがアフィリア・スターズを辞める日に良かったら来て下さいという連絡だった…

俺は抑揚のない声で「分かった…」と返事をした…

確かめたかった…

彼がどこに向かおうとしているか…

見てみたかった…

彼が愛した増井みおさんや倉持明日香さんという女を忘れさせるくらい彼を骨抜きにしたキャストを…

眠らない街…

六本木に着いたのは0時過ぎ…

0時過ぎだというのに六本木は人で溢れている…

なんだか懐かしい匂いがした…

若かりし頃の思い出が過る…

押し寄せる思い出を振りきり俺はアフィリア・スターズのあるビルへと向かった…

ビルの前には6人くらいの男女が楽しそうにはしゃいでイチャつき合っている…

イチャつきあっている男女を尻目に俺はビルへ入りエレベーターのボタンを押す…

エレベーターの扉が開き…

階数のボタンを押す…

エレベーターがゆっくりと上がり始める…

眼を閉じた…

その男とヲタ活をした日々が走馬灯に様に蘇る…

その男が本物を捨ててまで出した答えがきっとこの先にある…

見せてくれ!!

お前が辿り着いた答えを!!

俺は心の中で叫んだ…

エレベーターの扉がゆっくりと開く…

店はエレベーターのほぼ目の前にあった…

深呼吸をした…

扉の取っ手に手をかけて思い切り開いた…

店内は天体観測をテーマにしている様で薄暗かった…

一人のキャストが辞める日だからか0時を過ぎているというのに満席状態…

辺りを見渡すと六人掛けのテーブルの真ん中でふんぞり返って楽しそうにキャストと談笑しているその男の姿が見えた…

見違えくらい輝いていた…

彼が俺に気付く…

俺は笑みを浮かべ席の方へ歩き始めた…

この日はバクステで伝説の無敵宣言したあのプリぴょんも喧嘩の傷を晒しながら来ていた…

席に座りマリブコークを注文し談笑する…

彼が惚れたキャストを紹介してもらう…

そのキャストは彼がハマった倉持明日香さんや増井みおさんとは全く違ったタイプの女性だった…

この男の女のタイプは全然分からねぇな…

そう思いながらグラスを手に持ち口に含んだ…

「全員揃ったのでそろそろ俺…本気出しちゃって良いすか?」

おもむろに彼がロン毛の髪を掻き上げながら言い始める…

みんなが静かに頷く…

俺もつられる様に頷いた…

全員の頷きを確認した彼はゆっくりと席から立ち上がり大声で叫び始めた…

「俺は…誰だぁぁぁぁぁぁ!?」

「ゴンザレス義経先輩です!!」

キャスト全員が大声で返答する…

この店では客は先輩と呼ばれる…

この男はこの店でゴンザレス義経と呼ばれていた…

「アフィリア・スターズで今夜一番輝いている“一番星”は誰だぁぁぁぁぁ!?」

再度、大声で謎の質問をし始める…

「ゴンザレス義経先輩です!!」

キャスト全員が大声で返答する…

満足そうな笑みを浮かべて頷くその男はさらに続けた…

「今夜は俺の愛するの女の卒業じゃ!!
キャストも先輩方(客)も気合入れろぉぉぉぉ!!」


「うおおおおおおおおおお!!」

店のキャストも客も全員がその男の叫びに完全に一体化する…

「まだまだイケるだろ!?おめぇら!?
まだまだイケんだろうぅぅぅぅぅぅ!?」


「うおおおおおおおおおお!!」

そして彼は辺りを見渡しながら満足そうな笑顔を浮かべ何度も頷く…

店内が静まり返る…

店内いる全ての人間が彼の次の発言を固唾を飲んで見守っている…

すると彼は大きめのアタッシュケースを机の上に乗せて開いた…

アタッシュケースの中に詰まっていた100万円の札束がドサドサと音を立てて崩れ落ちた…

「ドンペリゴールドだ…
この店内にいる全ての人間にドンペリゴールドだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「うわああああああああああああ!!」

弾けるフロア…

「ゴンザレス!ゴンザレス!」

湧き上がるゴンザレスコール…

もの凄い拍手の渦…

その中心には彼の姿があった…

彼は爽やかで優しい笑みを浮かべながら…

約10万円分のプレゼント袋を持って…

大好きなキャストの方に歩き出した…

キャストの前に辿り着くとゆっくりと話し始めた…

「愛してるぜ…
どれだけ…記憶辿っても…
どれだけ…時間が過ぎても…
忘れられないくらい愛してる…」

キャストは涙を浮かべて頷いた…

「このまま時間が止まれば良いな…
なんて…
俺の身勝手だよね…
卒業したら君と会えなくなるかもしれない…
でも…
君と出会えたという奇跡が俺をここまで強くしてくれた…
君と出会えたという奇跡が弱かった俺を変えてくれた…
この店に君がいるというだけで…
俺は…
どんなたわいない事でも震えるほどの喜びを感じる事が出来たよ…」

キャストの瞳から涙が溢れて止まらない…

「今までありがとう…
声にならないくらい…
世界で一番…
いや…
この銀河で一番…
君の事を愛してます!」

そう言うと彼は思い切り彼女を引き寄せ抱きしめた…

そしてお互い涙を浮かべた瞳で見つめ合いながら何度もキスをした…

鳥肌が立った…

涙が止まらなかった…

カッコ良すぎた…

眩しすぎた…

間違いなくこの天体観測をテーマにした店内の一番星だった…

出会った時、どこにでもいる様な感じのヲタクだったあの男が…
まさかこれ程までにカッコいい男になるなんて誰が分かりますか?

この日、ホントは彼を叱るつもりで来ていた…

何を血迷っている…ヲタクに戻れと諭すつもりだった…

血迷っていたのは俺の方だった…

俺は彼の事を何も分かっちゃいなかった…

俺は運ばれてきたドンペリゴールドをグラスに注ぎ一気に流し込み…
「最高の夜をありがとう」と書置きを残し席を立った…

抱き合い何度もキスを交わす彼らを尻目にそっと店を出た…

エレベーターを待っているとプリぴょんも店を出てきた…

エレベーターの扉が開く…

1階のボタンを押し…

エレベーターの扉が閉まる…

「俺もバクステのあの娘がもし卒業する時が来たら…
あんなにカッコ良く出来るかな…」

「どうだろうな…
お前は女泣かせる方が得意だからな…」

二人で静かに笑みを浮かべると1階に辿り着いた…

プリぴょんと別れ、タクシーに乗り込み行き先を告げる…

タクシーがゆっくりと走り始める…

「ねぇ…運転手さん…
今夜は星が綺麗ですね…
この大都会であんなにも光り輝いてる星を見れるなんて思いもしなかったです…」

「えっ…星なんて見えないですよ…」

「そうですよね…」

俺は少し微笑を浮かべ窓を開けた…

サイッコーに輝いてたぜ…ゴンザレス先輩…

俺の静かな呟きが風に流された…

完!!
その男に落とせない女なんていなかった…

その男が見つめれば、どんな女も3秒で堕ちた…

その男にとって“女”とは…
ただの飾りでしかなかった…

甘いマスクと高身長に巧みな話術を持つその男は…

数々の女を口説き落としてきた…

数々の女を使い捨ててきた…

相手が例えアイドルだろうが…

何の躊躇もなく口説き落としてきた…

どんな女もその男にとっては遊びでしかなかった…

どんな女もその男にとっては金を巻き上げるだけの存在でしかなかった…

気付けば…

その男はこう呼ばれていた…

“ヲタクジゴロ”のプリぴょん…

ある日…

俺は…プリぴょんと秋葉原にあるバックステージPassに行った…

席に座り…

飲み物を注文し…プリぴょんは店内を見渡す…

店内を見渡すその眼は…

完全に獲物を探すギラギラした眼だった…

「信夫さん…
俺…あの女にキメたよ…
3秒だ…
3秒で落としてやりますよ…」

プリぴょんは底無し暗い目をしながらキャストを指差し、抑揚のない声で言ってきた…

『そうか…』

俺は…目を閉じながら答えた…

次はあのキャストが地獄を見る事になるのか…

心の中で呟いた…

俺達の席の近くにそのキャストが来た…

プリぴょんは…おもむろにそのキャストを近くに呼び寄せた…

見つめた…

そのキャストを見つめながら話した…

繰り出す巧みな話術…

母性本能をくすぐらせる八重歯をちらつかせながら…
そのキャストと楽しそうに話しているプリぴょんを…
俺は黙って見ていた…

しかし…
いつもと何か違う…

そのキャストはまるでプリぴょんに靡いていないのだ…

プリぴょんをまるで“男”として見ていない…

プリぴょんが…
どんなに甘いマスクで触れそうな距離でそのキャスト見つめようが…
どんなに甘いセリフを囁こうが…
どんなに巧みな話術で笑わそうが…

そのキャストには…
まるで通用してなかった…

キャストが俺達の席から離れた…

「なんなんだ…
あの女…
こんな事…初めてだ…」

プリぴょんは項垂れながら…
独り言の様に囁いた…

彼の積み上げてきたプライドが崩れていく音が聞こえてくる様だ…

『出るか…』

俺は項垂れる彼に言った…

「はい…」

力のない返答が返ってくる…

項垂れる彼を尻目に踵を返し店を出た…

その後も何度か彼と店に遊びに行った…

店に遊びに行けば行くほど…

そのキャストと話せば話すほど…

彼の様子がどんどんおかしくなっていった…

あんなに巧みだった話術も…

そのキャストの前では…
まるで童貞男子の様に照れ始め…
口数も少なくなっていった…

あんなに母性本能をくすぐる八重歯をチラつかせるキラキラした笑顔も…

そのキャストの前では…
気持ち悪い照れ笑いを浮かべる始末…

挙げ句…
数々の女を見つめ倒してきたのが嘘の様に…
そのキャストが来ると目を伏せ始める様になっていった…

そのキャストとうまく話せない日は心の底から落ち込み…

そのキャストと弾けられた日は心の底から喜んだ…

ヲタクジゴロと呼ばれた男の姿はもうそこにはなかった…

完全にそのキャストの純真無垢な可愛い笑顔にイカれてしまっていた…

落とすつもりが気付けば見事に落とされていた…

「1人の女にガチになる男なんて人生無駄にしてる様なもんだぜ…」

昔…彼が言ったカッコいいセリフが蘇る…

どうしたんだ…
プリぴょん…
お前はそんな男じゃなかっただろう…

俺は…彼のジゴロっぷりが大好きだった…
だからそんな風に変わっていく彼を見てるのが辛かった…

もう…戻れないのか…
どんな女でもまるで躊躇せず落としてきたあのジゴロの姿を…

もう…見れないのか…
どんな女でも金を巻き上げるだけ巻き上げたら虫けらの様に捨ててきたジゴロの姿を…

俺の胸に何とも言えない焦燥感が広がった…

そんなとある日…

俺は…
彼と店に入っていつもの様に席に着いた…

しかしこの日の店の雰囲気はなんだか重かった…

すると…

ヲタクジゴロのプリぴょんをイカれさせたキャストが涙目でバックヤードに入っていく姿が目に飛び込んできた…

プリぴょんの方を見た…

手が震え…

額にはまるでコブラの様な太い血管が浮き出ていた…

「おい…」

プリぴょんは、おもむろに一人のキャストを呼びつけた…

「あの娘…何で泣いてるんだ?」

「なんかぁ…客にぃ…嫌な事言われたみたい…」

「なんだと…」

パリンッ!!

プリぴょんは手に握っていたグラスを握り潰した…

「許さねぇ…
ぜってぇ許さねぇ…
おい…
あの娘、泣かせた奴はどいつだ!?」

プリぴょんはキャストに静かな怒り口調で聞いた…

「えっ…あの人…だけど…?」

キャストは少し怯えた表情で答えると足早に俺達の席から離れて行った…

その時、プリぴょんは席を立とうとする…

『おい…まさか…あの娘泣かした奴らと喧嘩する気か?』

俺はプリぴょんに訊ねた…

「当たり前っすよ…
こんなに…
誰かの事でムカついたの…
初めてだ!!」

『やめておけ…
お前は女に対しては超一流だが…
喧嘩は…からきしじゃねぇか…
それに…相手は5人もいるじゃねぇか…』

「いや…
今、俺は試されているんだ…
ガチ恋裁判官に試されている…
これが…
これこそが…
ガチ恋ジャッジメント!!
ここでいかなきゃ“漢”(おとこ)じゃねぇ!!」

『…』

「それに…俺は決めたんだ…
今度…あの娘に会えたら…
何があっても…
あの娘を守るんだって!!
そう決めたんだ!!」

『そうか…』

「手出し無用!!
これは俺の喧嘩だ!
信夫さんには迷惑はかけねぇ!」

そう言い残すと彼は踵を返し…
ゆっくりと彼女を泣かした客の元に向かって行った…

彼女を泣かした5人の客がキャストと楽しそうに話している…

プリぴょんはキャストを押し退けて5人の客の前に立った…

「おい…てめぇらだろ?
あの娘泣かしたの?」

「だったらなんだってんだよ!?」

5人組の中で一番下っ端そうな坊主頭の奴が答える…

「ブッ殺す!! 表出ろ!!」

「なんだコイツ!? ガチか!?
あの娘にガチ恋してんのか!?
ウケる!!」

5人組の中で一番チャラそうな奴が笑いながら挑発する…

「あたりめぇだろ…
あの娘はサイッコーなんだよ…
わかるまい!!
ヲタ活を遊びにしてる奴らには…
この俺の体を通して出る力が!!」

「ヒャッハー!!
コイツ何いってんだよ!!
バカじゃねぇの!?」

裸にライダースを着たモヒカン頭の男がプリぴょんをさらに挑発する…

「遊びでやってんじゃないんだよー!!」

そう言うとプリぴょんはそのモヒカン頭の男を殴った…

「ひでぶっ!!」

謎の奇声をあげ吹っ飛ぶモヒカン男…

プリぴょんは、指を鳴らしながらモヒカン男を見下ろした…

5人組みのスキンヘッドのデブの大男が席を立ちプリぴょんの前に立ちはだかった…

「臭い息を吹きかけるのは…
それくらいにしとけ…
貴様のような外道…
この俺が生かしておくと思うか!!」

プリぴょんがデブの大男の腹に蹴りをかますも脂肪に吸い込まれる…

しかし…ここからプリぴょんは何度もこの大男の腹を蹴り続ける…

「アータッタッタッタッ!!」

デブの大男の腹の脂肪がどんどんへこんでいく…

「ホワタァ!!」

へこみきった腹にプリぴょんは思い切り拳を打ち込んだ…

「ぶべらっ!!」

デブのスキンヘッドの大男が白目を剥いて倒れた…

「ブタはブタ小屋で寝てろ…」

プリぴょんがデブのスキンヘッド男に言うと…

裸にライダースに謎のヘルメットを被った男がゆっくりと席を立つ…

この男がこの5人組のボスだという事が一目でわかる…

「おいおい…兄ちゃん…
ずいぶん調子に乗ってくれてんじゃねぇかぁ!?」

「お前だろ…彼女泣かせたの?」

「ハハハ!そうだよぉ!!
たかがキャストのひとりやふたり泣かした所で…
それがなんだというのだぁ!!」

プリぴょんの体が怒りに震えている…

「これが貴様の地獄行きの旅の始まりだぁ~!!」

ヘルメットの男がおもむろにナイフを取り出しプリぴょんを切りつける…

何度も何度も切りつける…

絶妙なナイフ捌き…

プリぴょんの皮膚が裂ける…

プリぴょんがナイフを避けると今度は蹴りが飛んでくる…

「ぐわぁ!!」

皮膚が裂け…

口から血を吐きながら倒れるプリぴょん…

「ハハハ!
この程度かぁ~!!
えぇ!!
この程度かよぉ!!
今は悪魔が微笑む時代なんだ!!
ハ~ハッハッ!!」

倒れるプリぴょんを見下ろしながら笑いながらプリぴょんに止めを刺そうと近づくヘルメット男…

「プリぴょ~~~ん!!」

その時…

プリぴょんをイカれさせたキャストが彼の名を叫んだ…

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

プリぴょんは雄叫びをあげながら傷だらけの体を起こした…

満身創痍のプリぴょんに泣きながら近づくキャスト…

「もう…止めてよ!!
私なんかの為にプリぴょんがそんな傷つく事ないよ!!」

その言葉を聞いたプリぴょんは…
優しい顔をキャストに向けてゆっくりと首を振った…

「例えば…
全てを捨てて…
守るものがあるのなら…
それは…
君じゃなきゃ駄目なんだ…
だから…泣かないで…
笑ってよ…
君の為に…
そして俺の為に…」

そして彼はキャストの頭を優しく撫でながら続けた…

「君がいる時代に生まれてこれた事が…
俺にとっての…
生きてる意味なんだ…
俺には誇れる物なんて何もないけど…
君を守る為なら俺は…
“無敵”になれる!!」

「プリぴょん…」

泣きながらプリぴょんの胸に顔を埋めるキャスト…

「君を泣かせたふざけた野郎は俺がぶちのめす!!」

己の胸元で泣きつくキャストを優しく放しプリぴょんはゆっくりとヘルメット男に近づいていく…

「カッコいいねぇ~!!兄ちゃん!!
でも…そんなにカッコつけて良いのかぁ!?
まだ闘うってんならあの世でその娘と抱き合って泣くがいいわぁ!!」

ヘルメット男がナイフをいやらしく舐めながら言う…

「言い残す事は…それだけか…」

プリぴょんの体からレインボーのヲーラが漂い始める…

ヘルメット男がナイフを振りつける…

プリぴょんは華麗に避ける…

ヘルメット男が続けざまに蹴りつける…

プリぴょんは腕で蹴りを払いのけヘルメット男をキッと睨みつけ…
がら空きのボディに拳を叩き込む…

「ボディが…おるすだぜ!!」

腹をおさえ悶えるヘルメット男に言う…

「貴様は…俺を怒らせた!!
くらえ…ヲタク百裂拳!!
アータッタッタッタッタッ!!ホワタァ!!

超高速で繰り出される無数の拳をモロにくらったヘルメット男が奇妙な叫び声をあげながら吹っ飛ぶ…

「りちぃ!!」

「お前は…もう…ヲタ卒している…」

プリぴょんは倒れているヘルメット男にそう言い残すと歩き始めた…

歩き始めたプリぴょんをキャストが追いかけ…
後ろから抱きしめた…

「プリぴょ~ん!!」

彼女は彼の名を叫び泣き出した…

プリぴょんは振り向き彼女と目を合わせて…
傷だらけの顔で優しく微笑み彼女の頭を撫でながら口を開いた…

「言ったろ?
俺は…
君を守る為なら“無敵”になれるって…」

プリぴょんはそう言いながらウィンクをすると…
そっと彼女の顎を片手で持ち…
唇にキスをした…

憎らしいほど…
カッコ良かった…

憎らしいほど…
輝いていた…

キスをしたキャストの目尻から一筋の涙が零れ落ちた…

俺は黙って彼の分の伝票を持ち会計を済ませ店を出た…

外へ出ると夏の湿った空気が体に纏わりつく…

なぁ…

ガチ恋裁判官…

今夜のプリぴょんは世界一サイッコーにイカしてただろ?

心の中で呟き歩き出した…

完!!



















煌くフロア…

忙しなく動き回るキャスト達…

キャスト達とヲタク達の楽しそうな笑い声が飛び交う…

2013/7/2

俺はこの日…

約1週間ぶりにAKIBA カルチャーZONEビルの6階にある…

アイドル育成型エンターテイメントカフェ…
バックステージPass(バクステ)に午後10時くらいに入った…

フロア中央辺りの端の4人席に座る…

プリぴょん…
ふるぼっき君…
つん太郎さんというメンツで…

つん太郎さんとプリぴょんはバクステに
午後5時くらいからずっと入り浸っている様だ…

それでも彼らの目は全く死んでいない…

死んでない所か光り輝いている…

本当に心からバクステを楽しんでいるのが見ただけで分かる…

凄い…

彼らのバクステ愛は本当に凄い…

二人ともバクステに通えば通うほどバクステという場所とキャストを愛していく…

俺にはそんな二人が眩しすぎた…

もはや俺には全くない感情だから…

そんな輝かしい二人を見ていると…

こんな俺がいて良い場所なのか…

疑問が過る…

俺の居場所はもうここに無い様なそんな気がした…

席に着き…

ジントニックを注文する…

キャストと盛り上がる仲間達の様子を…
俺はジントニックを飲みながら黙って眺めていた…

色々なキャストと笑顔で楽しそうに話す仲間達が眩しい…

仲間たちの笑顔がキャストを笑顔にさせる…

テーブルが弾ける…

俺は…話の輪に加わる事なくひたすら黙ってみんなの弾ける笑顔を眺めていた…

眩しすぎる一体感…

眩しぎる笑顔…

幸せという花が咲いてるようだ…

俺は少し俯きながらジントニックを口に含み微笑を浮かべた…

その時…

とあるキャストがおもむろに俺に話しかけてきた…

「私…3年後につん太郎と海外に住むんだ!」

俺は弾けた様に声がする方向に顔を向けそのキャストに訪ねた…

『今…何て言った?』

「えっ!?」

俺は思い切り席から立ち上がりキャストの方向に向き真剣な顔をして再度訊ねた…

『今、何て言ったかって聞いたんだ…』

「そんな怖い顔しないでよ…
怖いよ…
3年後に…つん太郎と海外に住む…って言ったんだよ…」

俺は、脱力した様に座った…

胸が熱い…

全身が震える…

動揺を誤魔化す様にジントニックを飲もうとグラスを持つ…

手が震えてグラスがうまく持てない…

キャストがつん太郎さんに弾ける笑顔を浮かべて問いかける…

「ねぇ!つん太郎!!どこに住もうか!?」

「ロンドンだ…
でも…3年も待てねぇぜ…!?」

つん太郎さんが憎らしいくらいのイケメン顔でキザに答える…

『結婚…すんのか?』

俺は、そのキャストに問いかけた…

「えっ!?」

キャストが困惑した顔を俺に向けてきた…

『一緒に海外で住むって事は…つん太郎さんと結婚するって事なのか?
って聞いたんだよ…』

「うっ…うん…」

少し照れたような顔をしてそのキャストが答える…

「バンドエイド…
お前には言ってなかったけど…
俺達…婚約したんだぜ…!?」

つん太郎さんも照れたように笑いながら答える…

胸が焼ける様に熱くなる…

ついに…

ついに…ここまできたか…

自分の推しのアイドルと接触しにくる男ヲタクは大抵、誰しも…
推しにとって自分がオンリーワンになりたいと思っている…

いや…願っている…

心のどこかであのヲタクには敵わないと感じても…

あの娘には男がいると感じても…

「もしかしたら」と淡く健気な思いを抱いているものだ…

その淡く健気な思いは無残に散る事になる…

無残に散る事は分かっていても好きの気持ちが強すぎて止まれない…

「もしかしたら」とヲタクはひたすら願う…

叶わないと知りながらも願う…

雄としての本能が…
接触するほどに…
自分の目の前にいる可愛い女を自分の物にしたいと思わずにはいられない…

そこに歪んだ愛情が産まれる…

アイドルという偶像に夢を見る…

誰よりも自分が推しを理解していると錯覚する…

自分の理想を推しに押し付けようとする…

しかしその歪んだ愛情の全てはアイドルの心に届かない…

だが…

つん太郎さんは違う…

本物のヲタクだからこそ…

彼の発する言葉の一言一言が…

彼の発する助言の一言一言が…

アイドルの心に響く…

そして…堕ちる…

アイドルはつん太郎という男に堕ちる…

アイドルはつん太郎という男に依存する…

つん太郎がいなければダメになると思ってしまう…

バクステは間違いなくつん太郎さんをヲタクとして大きくした…

あんなに嫌がっていたヲタクという存在とも仲良くなれる男になった…

あんなに嫌がっていたteamTも…
今や自らteamTを宣伝する男になった…

真面目な話しか出来なく面白い事を言えないと悩んでいたアイドルとのトークも…
今やクサいセリフを平気でアイドルに言える男になった…

つん太郎という名前も売れてヲタクに憧れられる男になった…

そして…バクステのキャストと…
オリコン3位のアイドルと…
婚約する男になった…

俺は涙が止まらなくなった…

ヲタクとして立派になったつん太郎さんの眩しすぎる横顔を見ると涙が止まらない…

俺は彼がヲタクになった瞬間から彼を見てきたから…

彼をヲタクにするきっかけを与えたのは俺だから…

俺は正直…
今でもアイドルを推すという感情は分からない…

でも…
一生懸命に好きなアイドルを追いかけるヲタクは本当に心から推せる…

好きなアイドルを喜ばせようと頑張る姿はいつ見ても俺の心を熱くさせ揺さぶる…

つん太郎さんは10年以上前からの知り合いだ…

スポ刈りウルフで福島弁全開でゲーセンとパチ屋にしかいなかったあの男が…

まさかアイドルと婚約する様な大きいヲタクになるなんて誰が思いますか…

ヲタクにとって推しを自分の物にするのはきっと…

誰もが言わないまでも…

叶わないと思いつつも…

「もしかしたら」と願う夢の一つであるはずだ…

そんなヲタクの誰もが願う夢を叶えたのが…
自分の推しのヲタクである事を俺は心から誇りに思う…

俺のヲタ活する意味がなくなった…

俺のヲタ活に終わりが訪れた…

推しのヲタクがアイドルと婚約する…

こんなに素晴らしいゴールはない…

もう…何の後悔もない…

もう…何も言う事はない…

もう…俺のバックアップなんて必要ない…

いや…最初から俺のバックアップなんて彼には必要なかったのかもしれない…

一緒にヲタ活を始めたその時から…

本人の意思とは関係なく…
ヲタクの世界でしか生きてゆけない者がいる…
まるで…
ヲタクの太陽に向かって歩いてるように…

それが…つん太郎というヲタクだから…

バクステを出ると…

夏なのに少し冷たい風が吹いていた…

でも…

この日の俺の心は世界で一番熱くなっていたはずだ…

ポケットから煙草を取り出し…

煙草を咥え火をつけた…

紫煙をゆっくりと吐き出しながら…

空を見上げる…

『俺の…太陽は…どこだ…』

そっと…

呟いた…

完!!





















外は夕暮れの薄暗い曇り空…

人もまばらなファミレスの店内…

2人の男の笑い声が響き渡る…

『なぁ…プリちゃん…
“リフレ”ってとこに行ってみねぇか?』

俺は目の前に座る二代目ヲタクプレイボーイ“プリぴょん”に話しかける…

「リフレって何すか?」

プリぴょんが訪ねてくる…

『リフレってのは…
リフレクソロジーの略だよ…』

「リフレクソロジー?」

『そう…まぁ簡単に言えばマッサージだよ…』

「はぁ…」

プリぴょんは、何で急にマッサージなんだ?という表情を見せる…

『だが…
俺が今から行こうとしてるのはただのマッサージじゃねぇぜ…!?』

「ほぅ…」

少しだけ身を乗り出して聞いてくるプリぴょん…

『JK(女子高生)の格好した女の子やメイドの格好した女の子が
マッサージしてくれる店なんだぜ…!?
どうだ?行ってみぇか?』

俺は煙草を口に咥えながらプリぴょんに訊ねた…

「行きましょう!!」

プリぴょんは考える仕草も見せずに即答してくれた…

俺は彼のこういうノリが良い所が大好きだ…

彼ならきっと二つ返事でOKしてくれると思ってた…

「リフレかぁ…
ハマったらヤベェなぁ…」

プリぴょんがオムライスを食べながら独り言の様に呟く…

「でも…
ナップルさん…俺等…
もし万が一…
リフレにハマったら…
もはや…ヲタクでも何でもないっすよ!」

『バカ野郎!
俺達がそう簡単にハマる訳ねぇだろ!
俺達は、なんなのか言ってみろ!』

「ヲタクプレイボーイっす!」

『そうだ!
ヲタクプレイボーイとは…』

アイドルを逆にイカれさせちまうようなヲタクだ!!』

俺達は声を合わせてそう言うと顔を見合わせて笑いあった…

しかし俺もプリぴょんもリフレに一度も行った事がない…

完全にリフレ童貞だ…

風俗で華麗にボッタくられた経験を持つ俺は店選びに非常に慎重だった…

とりあえず客引きは危なすぎる…

俺達は、スマートフォンで調べた…

血眼にして調べた…

きちんと日本人の女の子がやってくれて…
値段もリーズナブルで…
普通に可愛い娘が結構いそうな店を…

そして…長考した結果…

メイドリフレchocolat(ショコラ)という店に決めた…

さっそうとファミレスを出ると雨が止んでいた…

なんだか…良い予感がする…
そんな期待を胸に俺達は踵を返しメイドリフレchocolatへ向かい歩き出した…

メイドリフレchocolatの前に着くと
そこは怪しさ漂う小さなビルだった…

大丈夫なのか…

強烈な不安だけが俺の心を支配していく…

胸の心の奥にある小さな勇気を絞り出し…

俺達はビルの中に入りエレベーターのボタンを押した…

エレベーターの扉がゆっくりと開く…

エレベーターの中に入りメイドリフレchocolatのある5階のボタンを押す…

1階…

2階…

エレベーターの数字がどんどん上がっていくと共に…
俺の心臓が跳ね上がるくらいバウンドしているのが分かる…

3階…

4階…

止まらない鼓動…
震える手足…
まだ見ぬ世界だが俺には不安しかなかった…

5階…

エレベーターの扉が開く…

エレベーターから足を踏み出すとすぐ左手に
「chocolat」と書いた鉄の扉があった…

怪しい…
怪しすぎる…

俺は不安からかすぐにでもエレベーターで引き返したくなった…

だがここで逃げる訳にはいかない…

新たな扉を開く時はいつも不安が伴う…

でも…勇気を出して…

その扉を開き一歩を踏み出さなければ…

何も手に入りはしない…

俺はありったけの勇気を振り絞り…

重い鉄の扉を開いた…

扉を開くと…

狭いが綺麗な空間が広がっており…

まるで箱ヘル(店舗ヘルス)そのものだ…

受付にはレベルの高いイケメンがおり…
「10分待ちますが宜しいでしょうか?」
と物凄い丁寧に聞いてくれた事でこの店はきっと大丈夫だと思った…

イケメンの店員さんからシステムの説明を聞く…

俺達はリフレ童貞という事もあり…

一番金額的に安いコースの10分コースを選んだ…

この日、店に出勤していた女の子は3人で…

3人とも写真を見る限り可愛い…
うち1人は埋まっているという事で2人の内から選ぶことになった…

せっかくお金を払って揉んでもらうのだから…
可愛い娘に揉んでほしい…



ことのはちゃん…



まりあちゃん…

個人的に写真を見る限り…
もうどっちの娘でも何の問題もないレベルだ…

おそらくプリぴょんも同じことを思ったはずだ…

しかし…写真はいくらでも盛れるからここで油断してはいけない…

だが…どう見ても…
完全にどっちでもイケる為、俺達は逆にどっちにするのかを迷ってしまい…
最終的に2人で、謎にじゃんけんをし始める…

結果…プリぴょんが勝利し、プリぴょんは…
“ことのは”ちゃんを選んだ…

そして俺は、自動的に“まりあ”ちゃんになった…

そして…イケメン店員さんに部屋に通される…

部屋には薄暗い照明にマットが敷いてあり…
リラックマの可愛い枕がおいてある…

完全に…ヘルスじゃねぇか…

俺の緊張感はMAXに達した…

無駄にソワソワし始め、完全にどうして良いか分からず…

とりあえずマットの上で正座をし、オプション表をひたすら眺めた…

すると、プリぴょんの部屋に女の子が来た様で…
プリぴょんとことのはちゃんとの会話が嫌でも耳に入ってくる…

『いやぁ~僕ヲタクなんすよぉ~』

「えぇ~~こんなヲタク初めてぇ~~」

楽しそうだな…

しかし…俺の所には中々女の子が登場しない…

待ってる時間が俺を苦しめる…

無駄にマットの上を歩いたり、体育座りしたり、正座したりと…
全く落ち着かない様子で女の子が現れるのを待った…

おそらく20回くらいオプション表を読んでた所で「失礼しまぁ~す!」と可愛い声が聞こえた…

俺は、弾かれた様に振り向いた…

めっ…めっちゃ可愛い…

写真よりも可愛いじゃねぇか…

はっきり言って普通にアイドルよりも可愛かった…

胸が弾かれた様にバウンドする…

落ち着け…

落ち着くんだ…俺…

俺は…誰だ!?

仮にもヲタクプレイボーイを名乗る男だぞ…!?

アイドルにだって滅多に心揺れないのに…

こんなとこで…素人に思い切り動揺してどうする!?

俺は静かに目を閉じて軽く深呼吸をした…

そう…俺は…こんなとこで心を乱されるような男じゃない…

心頭滅却の術!!

俺は心の中で思い切りに喝を入れて目を開いた…

まりあちゃんが目の前にいた…

おいおいおい…
可愛すぎんだろ…
それに…めっちゃ良い匂いするし…

ねぇ…神様…
これ…なんなんすか…

彼女からリフレについての説明を聞いている間…
俺は…ずっと彼女に見惚れていた…

どこをマッサージするか聞かれた…

俺は…“肩と背中”と答えた…

普通に体のコリをとって欲しかった…

「顔見えないけど良いの?」

まりあちゃんが悪戯な笑みを溢しながら訊ねてきた…

『いや…マジで好きになるから…無理…』

俺は…とてつもなく気持ち悪い返答をした…

マットに胡坐をかき…
まず、肩のマッサージが始まった…

普通にマッサージがうまい…
俺には心地良い強さでコリがほぐれていくのが分かる…

歳を聞くと20歳という事で10個下の女の子かと思うと自然と胸が高まる…

まりあちゃんの太ももや胸の感触が…
これでもかというくらい俺の背中を駆け巡る

まりあちゃんの良い匂いが…
これでもかというくらい俺の鼻腔をくすぐる…

まりあちゃんの可愛い声が…
これでもかとうくらい俺の耳を撫でる…

『ここ高校生とかも来るの?』

「来るよ~!前とか高1の子とか来たよ!」

『高1!? 高1でこれは…不味いっしょwww』

「うん!テント張らないように…気を付けたよwww」

うん…
まりあちゃん…気を付けても無駄だよ…
今、目の前に30にもなって…
君に触れられ…
思い切り…
テント張ってるオッサンがいるよ…

俺は心でまりあちゃんにそっと囁いた…

その後…

マットにうつ伏せで寝そべり俺の背中にまりあちゃんが俺の上に乗っかった…

まりあちゃんの股間が俺の背中をなぞる…

まりあちゃんの股間の熱が背中越しに伝わる…

俺の全神経がまりあちゃんの股間のある位置に集中する…

相変わらず…
天にも昇るような甘い匂いが俺の鼻腔を刺激し続ける…

相変わらず…
可愛い声と優しい言葉が俺の耳を撫でまわす…

今にも張り裂けそうな胸のトキメキが止まらない…

今にも張り裂けそうなテントの先から我慢汁が止まらない…

神様…教えて…
この気持ちは…なんなんすか…

神様…教えて…
俺は…ヲタクなんですか?

神様…教えて…
リフレ嬢に…ガチ恋しても良いんですか?

俺は背中をなぞる股間の熱と…
まりあちゃんの良い匂いと…
自分のパンツが濡れていくのを感じながら…

思い切り眼を瞑ると…
涙が溢れてきた…

身を切り血を流しても…
癒せないPAINだけが俺の体を蝕んでいた…

でも…なんだか全てが許された様な気がした…

誰もいないと思っていた…
僕を許してくれるのは…

誰もいないと思っていた…
僕を包んでくれるのは…

信じられなかった…
こんなに胸が痛いのに…
きっと…いつか…忘れてしまう事が…

楽しい時間はあっという間だ…
終わりの時間は訪れる…

マッサージが終わると俺のサングラスをまりあちゃんが手に取り…
おもむろにかけ始めた…

可愛い…

もう…
やめてくれ…
これ以上…
俺の心を掻き乱さないでくれ…

こんな気持ち悪い男がどんなに優しさ溢れる言葉を…
君に伝えようが宙に消えるだけなのだから…

部屋を出て…受付に向かうと…
一足先に終わっていたプリぴょんが待っていた…

まりあちゃんが俺達の靴を持ち…
急にどっちが俺の靴で…
どっちがプリぴょんの靴なのか…
というクイズ始めた…

可愛い…

神様…この娘…なんなんすか…!?

なんで…
こんなにも…
俺の心を揺さぶってくるんすか…!?

そして…
まりあちゃんは見事に俺達の靴を当て…
弾けるような笑顔を見せて…
俺達を見送ってくれた…

エレベーターが来て…
エレベーターが閉まるその時まで…
見送ってくれた…

エレベーターが下がり始める…

「楽しかったぁ…」

プリぴょんが独り言の様に囁く…

『あぁ…楽しかった…
俺の予想を遥かに超える楽しさだった…』

俺も…パンツをビショビショにしながら囁いた…

エレベーターが開き…

俺は煙草を口にくわえ…火をつけた…

煙草の紫煙が秋葉原の煌くネオンに溶け込む…

紫煙を胸奥深くまで吸い込み…

後戻りのない人生を…
今初めて振り返り…

少し浮かれ気分で…


俺達は秋葉原の煌くネオンに向けてそっと歩き出した…

Don't Leave Me…

そう祈りながら…


完!!