そして、その通りになった。小林からラインが来たのだ。
『大事件が起こったようだな。詳しく聴かせろよ。いつもの店で待ってるぜ』
『これといって事件なんて起きてない。それにいつもの店ってどこのことだよ』
『monkey's pawだ。いつもの店って言えばそこに決まってる。それに隠し事はするな。俺はすべてお見通しなんだ』
それはスルーしておいた。しかし、二分もしないうちに追伸があった。
『忘れてた。八時な。八時にいつもの店で会おう』
《monkey's paw》というのはシガーバーで、地下にある非常に落ち着いた感じの店だ。僕たちは二回だけ入ったことがある。一度目は迷い込んだようにして入り、かなり場違いなことをした。二度目は長くつきあってた彼女に振られた小林を慰めようと僕が連れていった。二人でふっかりしたソファに並び、コイーバを燻らせながらなんだかよくわからない酒を飲んだものだ。そのとき小林はこう言ってきた。
「な、これから『いつもの店』って言ったら、ここにしようぜ。なんか格好良くねえか? 女の子と一緒のときにさ、『じゃ、いつもの店にでも行くか』って言うんだ。それで、ここに来る。女の子はどう思う? 『きゃっ、こんな素敵なとこにいつも来てるなんて格好いいわ』って思うだろ? こりゃ、モテるぞ」
「お前な、昨日振られたばかりなんだろ? よくそんなふうに考えられるな」
僕は青白いけむりを眺めていた。正面を向いていたので小林の表情はわからない。
「こういうときだから言ってるんだ。俺は後ろは見ない。――うん、いいな。『俺は後ろは見ない』定年退職したら、そういうタイトルの小説を書こう。そしたら読んでくれるか?」
「もちろんだ。読んでやってもいい」
「そうか。ありがとう、助かるよ」
――という心温まるエピソードを僕はすっかり忘れていた。まあ、忘れてもおかしくないくらいそれ以降の小林はいろんな女の子と遊びまわるようになったのだ。
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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》