『FishBowl』 vol.14 - 5 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

「うーん」

 

 幕が閉じられると真昼ちゃんは腕を組んでうなった。他の観客が席を立っても動くことなく唸りつづけていた。それから、井田隆徳をのぞきこむように見た。

 

「どう思った?」

 

「そうだな。思った通りに素晴らしいものだった。それに、思ってた以上に面白かったな」

 

「あんたはどう思った?」

 

 温佳は唇を尖らせた。あまり素直な感想を言いたくないと示したのだろう。

 

「ま、よかったんじゃない? つまらなくはなかったわ」

 

 真昼ちゃんはまた唸りだした。目をあちこちに向け、最後にじっと見つめてきた。

 

「あんたの意見はどう?」

 

 僕は正直なところを述べた。これまでに観たものに比べても群を抜いて面白かったとだ。

 

「そうよね」

 

 真昼ちゃんはうなずきながらつぶやいた。

 

「やっぱり、そうだったわよね」

 

 けっきょく真昼ちゃんは田中和宏が本物だという結論を変えることができなかった。態度や顔つきが気に入らないのは別にして――というのも変えられなかったようだけど、つまらない考えを払い落とすようにこう言った。

 

「あのニヤけ顔にはほんとびっくりさせられるわ。こういうのができるんだったら、こんな腐りかけみたいな小屋でやることないわね。いいわ、援助は惜しみなくあたえましょう。あの子、三十歳には千人規模の劇場で自作の舞台をやるって言ってたものね。できる限りそうなれるよう動いてやりましょう」

 

 こうして『劇団270°』の初演舞台は好評のうちに幕を閉じた。田中和宏からすればもっと注目されていいという感想だったのだろうけど、立ち上げ公演としては充分だったと思う。まあ、野心に見あうだけの評価ではなかったというだけのことだ。

 ところで、劇団名を『270°』にしたのにはこういう意図があったようだ(だいぶ後のインタビューで彼はこう語っている)。

 

『悲劇も喜劇もなんでもやる。時代劇も現代劇も、恋愛もサスペンスも、SFもだ。むしろひとつの劇にあらゆる要素をぶち込んだものをやる。ただひとつやらないと決めてること、それは不必要なエロやグロだ。観る者の性欲や恐怖、またはそういったものにたいする好奇心をあおる劇だけはしない。その分を削って270°なんだ。人間の全方位360°のうち四分の一程度はそういったものに向けられている。だけど、それはあえて中心にえるようなテーマではない。そもそも、そういったものは隠そうと思っても滲み出てくるものなんだ。誰かが言う台詞、登場人物同士の行き違い、欲望と欲望のせめぎあい、そういう中に自然と出てくるものなんだよ。そして、僕はそのようにして人間を描きたいんだ』

 

 これは井田隆徳にも共通してる考え方だった。彼が残したメモの中にはこんな一文がある。

 

『共感を得ようなんて考えちゃ駄目だ。自分の内側にほんとうにあるもの――グロテスクで、他者には理解できそうにないもの――を出すんだ。百人のうち九十九人が目を背けるようなものを書くんだ。しかし、あえてグロテスクにする必要はない。ほんとうのことを書きさえすれば、そして、真に人間について書かれたものであれば、それはグロテスクになるはずなんだ』

 

 二人の考えは芯の部分で似通っていた。しかし、アプローチの仕方はまったく異なっていた。だから始終議論することになったわけだ。

 

 というわけで、FishBowlの食卓は《いつもの自分》を装う父さんの独演会場、さもなければ《小説家》と《劇作家》の議論の場になっていた。僕と温佳は離れた席につき、一心不乱に食べるのと料理を細かく切り刻むのをつづけていた。真昼ちゃんは父さんの話をさも面白そうに――まるで初めて聴くかのように――受けとめ、たまに胸を押さえていた。僕はそういう日々の繰り返しの中にある意図が隠されつつも進行してるのに気づかなかった。

 

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