『FishBowl』 vol.13 - 10 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

「そんとき梵が言ったんだ。『草介、それじゃ駄目だ。そんなんじゃ誰も笑わないよ。いいか? そういうときにゃ、こうするんだ』ってな」

 

 父さんは身振り手振りをまじえて梵のおじさんとのエピソードを話した。ビールを飲み、手の甲で口を拭いながらだ。

 

「な? つまらねえだろ? あいつ、先輩風吹かせて偉そうなことばかり言いやがるんだけど、ひとつも面白くねえの。いや、ま、俺のもけっこうだったけど、その上をいくつまらなさだったな」

 

「そうなの?」

 

 真昼ちゃんはガラスの壁が揺れるほど笑った。手を叩き、目尻を押さえてもいた。しかし、この話は以前に聴いたものだった。そういうのはこれまでなかった。父さんはなにをしゃべったか全部憶えてるかのように同じネタを繰り返したりしなかったのだ。

 

「大丈夫かな? なんかぼうっとしてるっていうか、上の空っていうか、そういう感じがするんだよな。テンションだけ高めにしてるけど、目つきがおかしいんだよ」

 

 シゲおじさんはそう言ってきた。

 

「あれだけの人だから、仕事はきちんとこなしてくれてるよ。でも、やっぱりいつもと違うんだよな。打ち合わせのときも今までは細かいとこまで指示しなきゃ気が済まない人だったのに、ほとんどまわりに任せちゃってるしさ」

 

 真昼ちゃんは腕組みして顎を引いていた。

 

「無理ないでしょ。師匠を亡くして一年も経たないうちに今度は相方を亡くしたのよ。その上、お母さんまで亡くなっちゃったんだから、誰だって――草介みたいな人だってそうなるのは当然よ。ま、これは時間がかかるわよ」

 

「やっぱりそうかなぁ」

 

 シゲおじさんは額を覆いながら、そうなげいた。

 

「でも、これまでだって草介は立ちなおってきたじゃない。シゲちゃん、あんたが一番そういうの見てきたでしょ? 美紗子が、その、なに? いなくなったときだってそうとう落ちこんでたんでしょ? それでも、それまで以上に大きくなったんじゃない。あんたのボスって、そういう人でしょうよ。ま、全力で支えてあげるしかないわね。大丈夫よ、あんだけ強い人間なんだもの」

 

 シゲおじさんは洩れなく受け取るように聴いていた。言われなくても支えるつもりでいたはずだ。それは仕事でもあったのだ。

 

 ただ、後から考えると、このときの落ち込みようはそれまでと違っていた。

 

 僕は母さんがいなくなったときのことを憶えていないけど(なにしろ二歳だったのだ)、そのときの父さんには野心があり、それを現実のものとするだけの才覚と気概もあった。また、それは分厚い壁に体当たりをくらわすようにしないと出来ないことでもあった。父さんはそういうときにこそ能力を発揮できる人間なのだ。

 

 しかし、この頃には壁などひとつもなかった――そう言っていいような状態だった。父さんはすでに高みに昇りつめていた。なにをやろうとしても誰も止められないほどの高みにだ。それは父さんから能力を削ぎ取っていった。そのうえ「映し鏡みたいな」梵のおじさんの不在は自らの位置をそくしにくくしたことだろう。

 

 だから、父さんはほんとうの意味で立ちなおることはなかった。

 

 より大きな《墜落》に向かって舵(かじ)をきったのは、この頃だったと思う。浅見師匠の死によって堅く結びつけられた《墜落》と《死》は、もうひとつの芸人の死――相方の不在によってさらにその結びつきを強くしたのだ。真昼ちゃんの楽天的な考え方は父さんの落ち込みを過小評価する原因となったわけだ。

 

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