『FishBowl』 vol.13 - 5 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

「俺、もう漫才できないんだな」

 

 父さんはぽつりと言った。

 

「相方、死んじまったんだもんな。梵の奴は死んじまったんだもんな」

 

「草介!」

 

 弾かれたように立ちあがると、真昼ちゃんは父さんを抱きしめた。

 

「私、梵ちゃんの代わりにはなれないだろうけど、なんでもするわ! あんたと漫才したっていい! ね、だから、そんなに泣かないで! ねえ!」

 

 真昼ちゃんは激しく揺さぶっていた。井田隆徳ががすようにするまでそうしていた。

 

「いいかげんにしろよ」

 

 落ち着いた声で彼はそう言った。

 

「だって! だって!」

 

 その胸に顔を埋め、真昼ちゃんは泣き叫んだ。だいたいにおいてこういう場合、真昼ちゃんは誰よりも強烈に感情をあらわした。しかし、それは必要なことだった。それによって僕たちは落ち着きを取り戻せたのだ。このときの父さんもそうだった。立ちあがり、サングラスを胸ポケットに差しこむと、真昼ちゃんの肩を軽く叩いた。それから手近な椅子に腰をおろし、深く息を吐いた。もう何時間も歩き通した人間がようやく休める場所を見つけたというような座り方だった。

 

 温佳がコーヒーを持ってきた。それはテーブルに現実感をもたらした。どのようなことが起こっても時間は流れていくというのを揺らめいては消える湯気をたてた飲み物は示してるようだった。その香りも現実というか実務的な雰囲気をかもしだしていた。

 

「ありがとう」

 

 父さんはしゃがれた声を出した。

 

「ほんとうにありがとう、温佳ちゃん」

 

 疲れきった顔でシゲおじさんがやって来たのはそのすこし後だった。

 

「はっきりいって、参ったね」

 

 そう言ったきり、シゲおじさんはしばらく黙った。金色に染めた髪を短く刈りあげていて、ぴったりしたスーツに細身のネクタイといった格好だった。父さんの向かいに座ると長く溜息をつき、髪を掻きむしっていた。温佳はもう一杯コーヒーを持ってきて、無言のまま置いた。

 

「ボス、落ち着いて聴いて下さいよ。梵兄さんはいま病院です。マンションの方には自衛隊と警察が入って他に不発弾がないか捜してます。爆発の原因はほぼそれの暴発ってことでかたまってるみたいですね。そいつがはっきりしたら、被疑者死亡で書類送検ってことになるみたいです。事故の可能性が高いけど、自殺の方もあたってるみたいです」

 

 歪みきった顔で父さんはずっとシゲおじさんを見つめていた。ただ、目に光はなく、ほんとうに見てるのかわからなかった。シゲおじさんはかまわずにしゃべりつづけた。

 

「むこうの事務所にも電話したんですけど、まだなにも決まってないみたいですね。相当混乱してますよ。社長は警察に行ってるみたいだし、家族とも連絡がとれてるんだかどうだかって感じですね。それで、ボス、葬式なんですけど、」

 

「被疑者死亡で書類送検ってどういうことだよ」

 

 父さんはそう言った。それは訊いてる感じではなく、互いをへだてるテーブルに小さな箱を置くような言い方だった。僕たちは二人を見ていた。全員がその立ち位置から動いてはならないと指示されてるみたいに微動だにしなかった。

 

「ボス――」

 

 そうとだけ言って、シゲおじさんは口をかたく結んだ。

 

「自殺? 梵の奴がそんなことするわけねえじゃねえか。な、シゲ、そうだろ? あいつはそんな繊細な人間じゃねえもんな。繊細な奴があんなヤクザまがいの格好なんてしてるわけねえだろ? それに、梵は殺したって死なねえような男だよ。そんなの、お前はよく知ってるだろ? お前ほどあいつに迷惑かけられたのもいねえもんな。たちの悪い女に手ぇ出してごたごたしたときだって、シゲ、お前が全部面倒みてやったんだもんな。

 

 なあ、シゲ、俺が独立なんかして、あいつを置いていっちまったんがいけなかったのかな。無理にでもこっちに来てもらってりゃよかったんかな。お前があいつについてあげられたら、こんなことにはならなかったかもしれねえもんな」

 

 シゲおじさんの目からは涙が溢れ出た。流れ落ちる涙をそのままに、父さんへ顔を向けていた。拭うこともしなかった。

 

 こうして、その日ずっと僕たちは悲しみの中に沈んでいた。切りがないくらいそれは深かった。父さんがかつてノートに書いていたこと(祖父が亡くなったときのものだ)は今回もその効力を保っていた。

 

『死は、死んだ人間からすべてを奪い去るが、それだけでなくまわりの人間からも多くを奪っていく。まるで大きな重力のかたまりが通り過ぎていったみたいに周囲にも影響を及ぼす。その痕跡が生きている人間から剥がれることはない。それは皮膚を溶かし、肉の内側に入り込み、骨にまで達するのだ。そして、それは生者の血をすすりつづける。癒やしなどというのは幻想に過ぎない。ひとつのものをある方向から見つめていた人間に違う視点を示唆してるだけだ。傷は傷として、確かに、そこに残る』

 

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