『FishBowl』 vol.12 - 28 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

 またドアが開いた。彼は意味ありげな目つきで新たに入ってきた者を見つめた。僕も今度は振り向いた。

 

「あら、帰ってたの?」

 

 温佳はゆったりした白いパンツに紺のパーカを着て、片方の手をポケットに深く突っこんでいた。もう一方の手はドアにかけたままだった。

 

「もうひとり迷える子羊がやって来たな」

 

 彼は小声でそう言った。それは独り言のようでもあったし、僕に向かって言ったようでもあった。

 

「大切なお話の邪魔しちゃった?」

 

 温佳はまだ戸口に立ったままだった。僕はその先にある暗い庭をのぞき見た。

 

「そんなことないよ。入って来いよ、温佳ちゃん。久しぶりの兄妹ご対面だろ? 俺の方こそ邪魔なんじゃないか?」

 

 キッチンへ入り、温佳はそこからこう言った。

 

「久しぶりなんかじゃないわ。毎朝一緒に学校まで行ってるもの。それにハーブ園の手入れもしてるしね。あんたこそ久しぶりじゃない。この頃は朝も起きてこないし、今日は夜もいなかったわ。いったいなにしてるの?」

 

「素晴らしい物語を書いてるのさ。誰もがそれを読んで泣き、また笑う物語だよ。そして、多分に予言的でもある。優れた小説というのはそういうものなんだ。予言的なものでもあるんだよ」

 

「ふうん」と温佳は言った。「で、それは進んでるの?」

 

 電話が鳴ってるのが聞こえてきた。それはしばらくつづき、突然ぷっつり切れた。しかし、また鳴りはじめた。

 

「まあまあだね。すべて決まってるんだ。どうなるかもう決まってる。だから、書き進めるのは簡単にできるよ。でも、まだひとりひとりの人間にきちんと感情が具わってないんだな。筋はできてるんだが、それだけじゃ最良のものにはならない。登場する人間に――そう、彼らは確かに人間であるし、人間でなきゃならないんだが、感情がきちんと寄り添ってないと駄目なのさ。人間ってのはこうやって考え、行動するもんだっていう説得力が必要なんだよ。そういうのが書けるなら、筋なんてどうだっていいんだ。そんなのは考えなくても勝手に整っていくものなのさ」

 

 マグカップを持って出てくると、温佳はテーブルの端に腰をおろした。鳴りつづいていた電話はまた切れた。

 

「それって、けっきょくは進んでないってこと?」

 

「ま、簡単に言えばそうだね」

 

 唇を歪めながら彼はそう言った。温佳はマグカップを手に目だけで笑いかけてきた。僕は肩をすくめてみせた。

 

「でも、お酒は飲んでないのね。あたし、あんたが顔みせないから、また酔っ払ってるんだと思ってたわ」

 

「あれは当分の間やめにしたよ。書くのに邪魔になるものは遠ざけることにしたんだ。なにしろ、これだけはどうしても書かなくちゃならないからね。なにがあっても書きあげてみせるさ」

 

「誰もが泣き、笑う話なんでしょ? 書き終えたら読ませてね。あたしが泣いたり笑ったりしたら本物よ。ところで、それってどんな話なの?」

 

 コーヒーを飲むと彼は正面を向いた。ただ、どこを見てるかはわからなかった。

 

「ある家族の話さ。彼らには幾多の苦難が訪れる。幾度も幾度もね。そのたびに深刻に悩み、非難にさらされ、しだいにはあきれだす。だけど、彼らには力がある。いや、たいしたもんじゃない。ごくあたりまえの力だ。それは家族を収束させる力だ。引き離されてしまうような状況であっても、中心に繋ぎとめる力だよ。そして、その力は登場人物の一部に決定的な動機を生じさせる。逃れられない動機だ。一般的には許されないようなことであっても、その者たちにはどうしようもないんだ。はじめは抵抗を試みるが、しだいにあきらめるようになる。で、受け容れるんだ。理解しようとするのをやめ、跳躍するんだな。これは、書いてる者がそう導くのではなく、彼らの感情がそう動いていくんだ」

 

 彼は目つきを変えた。鋭く切り込むような目つきだった。

 

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