『FishBowl』 vol.12 - 27 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

 僕は考えながら歩いた。あまりにもたくさんのことを考えていたので、なにについて考えてるのかわからないくらいだった。ただ、中心にあるものはわかっていた。そいつを考えたくないから、その周辺に思いを巡らせていたのだ。僕は強いて静香のことを考えた。その顔、肌、声――セックスしてるあいだは僕もそれを忘れられた。僕は静香も好きなのだ。それは間違いなかった。持っていてもどうしようもない感情については忘れる他なかった。僕は誰かを好きにならなくてはならないのだ。

 

 気がつくとFishBowlの塀が見えた。僕はしばらく突っ立ったままでいた。それから、大きく溜息をついた。原因や過程がどうであれ、僕は選ぶべき結果を知っていた。それによって人生が真実味の著しく欠損したものになっても結末を変えなければならないのだ。

 

 ハーブ園の植物はこれから来る夏に向けてその身を高くしていた。僕は細い糸のようなタイムの枝を抜き取り、歩きながら葉を散らした。気を抜くと考えたくないことで頭は一杯になった。それは洩れ聞こえるピアノの音と混じりあい混乱を深くした。僕はまた静香の顔や身体を思い出そうとした。より現実感のあるものに結びつける必要があったのだ。ただ、そうしてる自分を嫌悪していた。

 

 食堂には僕の分の夕飯が置いてあった。そこはえらく静かで、ありとあらゆる音を耳にすることができた。ドアを開けて誰かが入ってきたのもわかった。

 

「おや、王子様のご帰還か」

 

 いやに明るい声がした。でも、僕は振り向きもしなかった。

 

「ひとりで食べる食事ほど味気ないものはないだろ? ま、今まであれだけうるさい中でしてきたことだもんな、そうなるはずだ」

 

 キッチンへ行く後ろ姿を僕は目で追った。それだけでもうんざりさせられた。

 

「でも、君だけが寂しいんじゃないんだぜ。我々はみな寂しがってる。とくに真昼がな。ああ、それにお姫様もだな。君がいない状態なんてなかったから戸惑ってるんだろうな。どうだい? そういうのも悪いもんじゃないだろ?」

 

 しばらくするとコーヒーの香りがしてきた。彼は大振りなサーバーとカップを手に、向かい側に座った。

 

「なんか久しぶりだな。――じゃないか?」

 

「あんたはあまりしゃべらなくなったって聞いたけど」

 

「真昼がそう言ったのか? ま、すこしはそうかもしれないな。書くのに集中してると、いろんなことが面倒になってくるんだ。つまらなく結論の出ない会話なんてのは最も面倒だ。でも、君は別だ。君には言いたいことがたくさんあるんだ」

 

 彼は明るい表情をしていた。声も陽性そのものだった。ただ、薄く眉間にしわを寄せた。

 

「なにかあったな? それも、たったいま」

 

 僕ははしを止めた。だけど、肩をすくめ、また食べはじめた。

 

「えらく文学的な顔してるよ。私小説の主人公がよくしてる顔つきだ」

 

 両肘をテーブルにつき、彼はカップを手の内に隠した。口許には例のなんでも見透かしてるといった表情があらわれはじめていた。

 

「王子様、言ったはずだぜ。感情を押し殺そうとすれば真実味に欠損ができるってな。それは物語になくてはならないものだとも言ったろ? そして、それ以上に、生きてくのにも必要不可欠なものなんだぜ」

 

 カップを置くと、彼は顎をでるようにした。眉間の皺は消えてなかった。

 

「まあ、いい。時間はまだたっぷりある。そうだな、物語はまだ中盤にさしかかったくらいだろう。これも前に言ったが、今はもがき苦しむくだりなのさ。そういう顔してせいぜい苦しむんだな。でも、苦しんでるのは君だけじゃないんだぜ」

 

 僕は椅子に背中を押しあてた。

 

「結末なんていつだって変えられるよ」

 

 彼は笑った。まったくわかってないな、という笑い方だった。

 

「ほんとうにそう思うか? 書き進めていても、そう思えるか? 手をつけた時点でほとんどの物語は結末が決まってるんだぜ。よく書き手は結末を好きなようにできると思ってる奴がいるが、――まあ、君もそのひとりみたいだが、そんなのは思い違いさ。あるいは、思い上がりだ。書きはじめた時点で正しい終わり方ってのは決められてるんだ。それに従わないものもあるにはあるが、そんなのは全部駄作だよ。突拍子もない終わり方をさせるなんて間違ったことなんだ。それにな、物語が進めば、しがらみも深くなるんだ。それをズタズタに切り裂いたら、ストーリーがたんするんだよ」

 

「あんたはなにを求めてるんだよ」

 

「俺がなにを求めてるかだって?」

 

 彼はとんきょうな声を出した。それから、ひとりで面白そうに笑った。

 

「俺はなにも求めてなどないさ。前にも言ったろ? 王子様、俺は君が好きなんだ。お姫様のこともな。俺は、――そうだな、魔術師で、君たちが真実の物語をつむぎだし、それによってより良き方向へ進む手助けをしたいんだよ。君たち自身の感情に寄り添った、真実味のある物語にね」

 

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