井田隆徳は酔いの醒めた状態だった。父さんはウイスキーを注いでやり、自分のグラスにも同じようにそそいだ。二人は向かいあって座り、僕はすこし離れたソファにいた。

 

「真昼は君よりずうっと年上だよ。それに、ほら、」

 

「オカマだって言うんですか?」

 

 煙草をくわえ、彼は笑ったような顔をした。それから、味を確かめるようにウイスキーをめた。

 

「あまりそういうの気にならないんですよ。真昼は僕にとって恋人で、でも、それだけのことなんです。これまでつきあってた人間と同じようにしてるだけです」

 

 父さんの顔はいつも以上に歪んでいた。差し向かいで話すのに馴れてなかったから緊張していたのかもしれない。

 

「その、言いたくなけりゃ言わないでいいし、こんなこと訊くのもどうかと思うんだけどさ」

 

「なんなんです?」

 

 きっと小説家的視点によってなにを訊かれるか察したのだろう、彼は唇を反らせた。

 

「これまでにも男とつきあったことがあるのか? その、本物の男ってことだ」

 

 父さんはそう言い、それから「真昼とは違った」とつけ足した。

 

「手術をしてない?」

 

「そうだ。俺や君のように身体が男のままの男だ」

 

「ありますよ。だいぶん前ですがね」

 

 父さんは首を引いた。頬の辺りには普段とは違う歪みが浮かんでいた。すこし感銘を受けたのかもしれなかった。

 

「でも、別にどうってことないんですよ。その頃の僕はとくになにもしてなくて、――やめてくださいよ、そういう目で見るのは。ま、今も同じようなもんですけどね。家を飛び出したはいいけど行くあてもなかったし、その日暮らしでね。友達のとこを転々としてて。いえ、その友達ってのもちょっとした知りあい程度のものなんですけど。で、それと同じ感じに、ある男と飲み屋で知りあって、そのまま半年くらい一緒に暮らしてました。恋人として、――たぶん、そうだったんだと思います。すくなくとも僕は彼が好きでした。愛してたんです。ま、愛なんてものがあるとすればですけど」

 

「あるだろう」と父さんは言った。「あって欲しいと思うよ」

 

 椅子に背中をあてると、彼はからのグラスを振りながら「もう一杯いただけますか?」と言った。父さんはいたって真面目な顔つきのまま瓶ごと渡した。自分は指さえ触れないでいた。氷はあらかた溶け、底の方へオレンジ色にみえるウイスキーが、上の方には透明な水がというように分離していた。それはたぶんすこしの力が加わるだけで混ざりあい、ひとつの色になるのだろう。でも、僕にはけっして混ざりあわないように思えた。

 

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