『FishBowl』 vol.9 - 13 | 佐藤です、小説書いてます。
新型コロナウイルスに関する情報について

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

 話が前後するけど、さほど手のかからなくなった武良郎をたくして母さんが何度目かの復帰を果たしたのは六月のことだった。

 

 託されたのは真昼ちゃんと井田隆徳で、その二人が武良郎をあやしたり、寝かせつけたりしてる《絵》はちょっとした見物でもあった。かなり大柄で見ようによっては男にもみえる真昼ちゃんと、線が細いといえるほどせてる井田隆徳はとてもじゃないけど夫婦のように見えなかった。その二人が夫婦のように幼子を抱いて微笑んでいたりするのだ。

 

 吉澤マサヒロはこの頃にもけっこう頻繁にFishBowlにやってきた(真昼ちゃんの焼き物を撮るのを仕事にしていたからだ)。彼は武良郎を抱く二人を写真におさめるのが好きなようで、そのシーンに出会すたびシャッターを切った。

 

「これはある意味、聖家族だな」

 

 カメラの角度を微妙に動かしながら、彼はそうつぶやいていた。

 

かいたいするはずのない二人に御子が授けられたって感じだ。ま、肉眼じゃ夫婦にみえないけど、こんなふうに撮りさえすれば――」

 

 僕はモノクロに現像された、その『聖家族像(吉澤マサヒロがそう銘打った)』を見せてもらった。画面左上からガラス越しの光が入り(中央棟で撮ったからだ)、真昼ちゃんの顔は八割方が白く塗りつぶされていた。その光の帯はちょうど武良郎の顔にかからず、井田隆徳を半分ほど消しこませていた。

 

「これ、すごいね」

 

 僕は素直に感想をべた。淳平も後ろからのぞきこんでいた(淳平は吉澤マサヒロの奥さんを見にきていたのだ)。

 

「どうやったら、アレがこんなふうになるの?」

 

「アレ? アレはひどいだろ。ま、そう言いたくなる気持ちはわかるけど」

 

 吉澤マサヒロは大笑いしていた。

 

「あのな、写真ってのはありのままを撮るものだけど、角度や光の加減でありのままじゃなくも撮れるんだ。俺たちには目があって、それでいろんなものを見てる。だけど、目に映るもの自体がひとつであっても、それには違う面があるんだ。空間にあるわけだから、その周辺の状況によっても変わるんだよ。うーん、そうだなぁ、雨が降ってるときと晴れてるときじゃ、同じものを撮っても違っちまうだろ? 非常に簡単にいえば、そういうことさ」

 

「なるほど」

 

 そう言ったのは淳平だった。

 

「お前、わかってるのかよ」

 

 僕は写真を見つめながらそう言った。

 

「わかってるよ。雨が降れば濡れる。晴れてりゃ乾いてる。そういうことだろ?」

 

 吉澤マサヒロはまた大笑いした。結婚してからの彼はぜん大人びていた。仕事も順調なようだったし、奥さんといつも仲良さそうにしていた。子供ができないのが唯一の悩みらしかったけど、それでも暗い影など皆無といってよかった。

 

「気に入ってくれたのか?」

 

「うん。すごく気に入った。カメラってすごいって思うよ。それに、やっぱり腕がいいんだね。父さんもそう言ってたし」

 

「そうか。嬉しいこと言ってくれるな。そんなに気に入ったならやるよ。人間を撮ったもんでそこまでめられたことないもんな」

 

 真昼ちゃんもその写真をたいへん気に入り、額装して中央棟の入口近くに掲げた。父さんはそれを見て、こう感想を宣べた。

 

「さすがだな。あの『若いツバメ』はいい仕事をする。美しい部分だけ残し、汚いとこには消しこみを入れてるんだもんな」

 

 母さんも似たような感想を持ったようだった。ただ、自分の形質を受け継いだ美しい息子がそれとはまったく異なった二人と写ってるのは気にくわなかったのだろう、写真が掲げられてから比較的FishBowlに居つくようになった。美しい自分とともにいる時間を多くあたえようという意向だったのだと思う。これは、純粋に美学的見地からなされたことだ。

 

 そして、そのぶん僕のやるべきことも増えた。母さんに大切な仕事が入っていないときも《三馬鹿》を遠ざける要請を受けるようになったのだ。週末ごとに僕は淳平と《三馬鹿》どもを引き連れ、いずこかへ行かざるを得なくなった。

 

↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ
にほんブログ村

 


現代小説ランキング

 

 

〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

 

《美しい姉にコンプレックスを持つ妹

 清水ミカのちょっとした奮闘記です。

 どうぞ(いえ、どうか)お読みください》