『FishBowl』 vol.8 - 16 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

「で?」と温佳は言った。窓の方を見たままだった。僕は顔をもとに戻した。いつもの不機嫌に思われてしまう表情にだ。

 

「なんか話すことがあるんでしょ? 違う?」

 

「ん?」

 

「あんた、ここんとこいつもよりおかしいし、真昼ちゃんだって変だわ。じっと見てくるのになにも言ってこないなんて。それで、あたしを見てからあんたを見るのよ。どうせ、なんか話せとか言われてるんでしょ?」

 

「よくわかるな」

 

「馬鹿じゃなきゃ、それくらいわかるわ」

 

 温佳は猫がするように身体を思いきり伸ばし、それから膝の上で手を組んだ。腕も脚もすらりとしていて、その色は透きとおるように白かった。僕は黙っていた。言わなければならないことがあっても用意できないのだ。考えはするけど、だいたいいつもまとまる前に発言するはめになった。このときもそうだった。

 

「どうせ、あの人の、馬鹿げた、くだらない、どうしようもない妊娠の話でしょ? それなら別に怒ってないわ。ほんと、どうしようもない女だなって思うけど、そういうのにもいいかげん馴れたもの」

 

「ほんとか?」

 

「ほんとよ。まったくのほんとう。だって、怒ったってどうにもならないでしょ? ここに来るときだってそうだったし、他のいつだってそうだったもの」

 

「だったら、」と僕は言った。温佳は強い目を向けてきた。

 

「どうしようもないのよ。怒ってないけど、――ま、最初聞いたときは腹もたったけど、もうその時間は過ぎたの。だから、今は腹をたててるんじゃないの。そんなのはどうでもいいことだわ」

 

「だったら、」と僕はまた言った。なんだか自分がほんとうに馬鹿みたいに思えてきた。

 

「だったら、みんなとちゃんと話せとかいうんでしょ?」

 

 温佳はうつむいて手を見た。

 

「だから言ったじゃない。あたしにだってどうしようもないのよ」

 

 外で猫が鳴いていた。きっと閉め出しをくらったのだろう、悲しそうに、人恋しそうに鳴いていた。

 

「なにがどうしようもないんだよ」

 

「わからない」

 

 温佳は目を見つめて、そう言った。

 

「なんでこうなってるのかわからない。こんがらがってるの。どうしたらいいかはなんとなくわかってる。でも、そうできないの。こうやってあんたのとこに来てるのだって、どうしてかわからないんだもの」

 

 僕はゆっくり息を吸った。身体の隅々にまで酸素がいきわたるようにだ。風がカーテンを揺らすたび温佳からはシャンプーの匂いが漂ってきた。僕は目をつむり、頭の中を空っぽにした(もともと空っぽに近いものだから、それは簡単なことだった)。何秒かそうしてると、うつろになった頭の中にちらちらとなにかが見える気がした。

 

 そして、それがなにかわかったとき、僕は驚きもし、舌打ちしたくなった。《騎士道精神》と書かれた旗がたなびいていたのだ。それは中世の軍隊が掲げてるような旗だった。井田隆徳の言葉がどういうわけで出てきたのかはわからなかった。しかし、とにかく、その言葉は空っぽの頭の中ではためいていた。《騎士道精神》と。

 

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《佐藤清春渾身の超大作『FishBowl』です。

 どうぞ(いえ、どうか)お読みください》