『FishBowl』 vol.8 - 15 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

 というわけで、僕は《温佳担当》を仰せつかった。

 

 しかし、どのように話せばいいかわからなかった。温佳が考えてるであろうことと僕の感じてることには、性欲に関する部分だけでも大きな隔たりがあっただろうし、僕にとっての母さんの立ち位置と温佳のそれにも違いがあるのは確かだった。そういったを抱えつつ共通の話題をするなんて可能なのだろうか――そのように考えていたのだ。

 

 僕たちは食事の時間すら変な緊張を感じながら過ごすようになった。四人で食卓を囲むのが大半だったけど、いつものように真昼ちゃんはしゃべらないし、僕もがつがつとは食べなかった。もっともあとの二人は――内面はどうであれ――普段とさほど変わらない様子だった。温佳は黙々と料理を切り刻み、井田隆徳はアホにしかみえない陽性な顔つきで小難しそうな話をえんえんとしゃべりつづけていた。温佳に関してはFishBowlに来たばかりの頃に戻ったと考えればよかった。

 

 食事が終わると温佳はピアノの練習をはじめた。井田隆徳は煙草を喫いに出た。二人きりになると真昼ちゃんは「どう?」と訊いてきた。僕は首を振るだけだった。そういうのが何日かつづいた。熊井女史もやってくるたび、「どう?」と言った。僕はやはり首を振りつづけた。《温佳担当》なんていわれてもなにもできなかったのだ。どのように話せばいいか考えていただけだ。

 

 しかし、割り当てられた任務はこうちゃく状態から突然の展開をみせた。弱々しいノックがふたたび聞こえてきたのだ。それは、前と同じ深夜のことだった。

 

 このときはそのノックが誰からもたらされたものなのかすぐわかった。

 

 父さんは妙に仕事に打ちこんでいたので(母さんの妊娠がわかってからというもの一心不乱に働いていた)しばらく帰ってこなかったし、その音には聞きおぼえがあった。それはいわば《迷える魂》のたてる音だった。だから、僕は牧師が信者を迎えいれるような面持ちでドアを開けた。もちろん僕の中にも魂の置き所を指し示すこたえなどなかった。僕の魂だって彷徨さまよっていたのだ。

 

 しかし、「いかがされましたか? 神のしもべであるこのわたくしになんでも――たとえどんなことでもお話し下さい」といった表情をつくった。まあ、そんな顔つきでドアを押し開けた。

 

「なに、その顔は」

 

 温佳は見あげてそう言った。そして、大股に歩くとベッドの端に腰をおろした。

 

「ただでさえ馬鹿っぽい顔がさらにいっそう馬鹿っぽくなってるわよ。なんかの病気?」

 

 僕は頬を撫でた。それから椅子に座り、もう一度安心をあたえるであろう表情をしてみせた。

 

「ね、その変な顔やめてよ。気持ち悪くなってくるから」

 

「そんなに変か?」

 

「変よ」

 

 温佳は窓の方を見た。レースのカーテンがそよいでいた。風が吹き、しばらくやみ、また吹きを繰り返していたのだ。温佳は大きく襟ぐりのあいたピンク色のTシャツを着ていて、そのすそをぱたぱたとひらめかしていた。

 

↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ
にほんブログ村

  

現代小説ランキング

 

〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

 

《恋に不器用な髙橋慎二(42歳)の物語です。

 どうぞ(いえ、どうか)お読みください》