『FishBowl』 vol.7 - 20 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

 食事が終わると僕たちは居住棟へ戻っていった。

 

 真昼ちゃんと井田隆徳は上下とも黒いウインドブレーカーに着替え、犯人確保の準備をした。真昼ちゃんは中央棟の屋上に潜みつつFishBowl全体を見渡し、井田隆徳は敷地内を同じ速度で歩きまわっていた。

 

 二人とも懐中電灯を携えていたけど、明かりはつけてなかった。薄曇りの夜は放火犯にも都合がいいぶん、それを待ち構えるにもうってつけ――というのが二人の意見だった。

 

 僕はベランダの椅子に腰掛け、外の様子をうかがっていた。部屋は明るかったけど、僕のいる場所は薄暗かった。ベンチウォーマーを着ていても冷気は足許からじっくりとあがってきた。冬の夜の曇り空は風が鳴らす口笛のような音に覆われ、温佳の弾く『月の光』がその中を千切れながら聞こえてきた。

 

 真昼ちゃんの指示によって僕たちは普段通りの生活をしてるよう装っていた。それぞれの居住棟には灯りがともり、温佳は日課であるピアノの練習をしてるというわけだ。外からのぞく者があっても、いつもの間の抜けた日常がつづいてると見えなければならなかった。

 

 十時になった。

 

 僕は腕時計を見ていた。九時五十六分頃からは秒針が動くのをじっと見つめてもいた。時が進むにあわせて秒針は動いてるはずだけど、静かな中で時計だけを見てると秒針の動きにあわせて時間の方が進んでるように思えてきた。針が目盛をひとつ経るごとに世界へ変化があたえられていくのだ。夜が深まり、やがて太陽が昇る。それは僕が腕に巻きつけた時計からはじまっている。

 

 僕にはいずれが主で、いずれが従かわからなくなってきた。原因があって、結果がある。しかし、なにが原因であり、どういった結果があらわれるというのだろう?

 

 トランシーバーの音が聞こえた。ベランダの下に井田隆徳がいて、なにかしゃべっていた。僕は門の辺りを見た。それから塀をずっと右に、また左にと見ていった。どのような変化もなかった。風が強く吹き、ヒマラヤ杉はざわめいた。葉を落としたイチョウは枝が風を切った。

 

 十時半にはピアノの音もやんだ。

 

 僕は母さんと温佳の居住棟を眺めた。一階の灯りが消え、ほどなくして温佳の部屋が明るくなった。カーテン越しに影が動くのも見えた。僕は何度となく立ちあがって身体を動かした。冷えて固まった筋肉を温めておく必要があったのだ。

 

 僕は待っていた。放火されるのを待つというのもおかしなものだけど、じっと待っていた。もしほんとうに火がつけられるのであれば押しとどめるつもりだった。恐怖は不思議なくらいなかった。これは強がりなんかではなく、ほんとうになかったのだ。

 

 十一時半頃から井田隆徳のたどるルートが変わった。

 

 門と、ちょうど正反対にある勝手口を結ぶ直線を行ったり来たりしはじめた。――後で聴いたのだけど、二人は勝手口の近くにちょっとした仕掛けを施していた。隠しカメラを設置し、ゴミ袋を複数置いたのだ。火がつけられるとしたら裏手だろうと考えた二人は、燃えやすいものを勝手口の至近に置き、放火犯を誘いこもうとしたのだ。

 

 またトランシーバーの音が聞こえてきた。

 

「ああ、大丈夫だ。確認してきた。――うん、動いてるよ。ばっちり撮れてるはずだ」

 

 僕はベランダから覗きこんだ。井田隆徳は顔をあげた。いつもの明るい顔つきだった。ただ、次の瞬間に表情が大きく変化した。首を細かく動かし、辺りをうかがうような様子をみせた。人差し指をたて、それを鼻先にあててもいた。何秒間かそのまま固まったようになり、しかし、トランシーバーの通信を開始した。

 

「はじまった! 予想通りだ! 俺はすぐ向かう!」

 

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