『FishBowl』 vol.2 - 16 | 佐藤です、小説書いてます。

佐藤です、小説書いてます。

小説を書くこと、読むこと――について。
あと、思いついたことなどを、
まあ、そこはかとなく。

 

「まあ、驚いたのは確かね」

  母さんは僕の顔を見ながら言った。

「もとから私ってアレが不順だったの。不規則な生活だったし、ちょうどあの頃は体型を気にして食べるのを控えてたのもあって来たり来なかったりだったの。でも、そのときは違ってたってことね。すぐに草介に言いたかったんだけど、あの人、なにが忙しいのかなかなか帰ってこないのよ。シゲに探しまわってもらって、やっと会えて、妊娠してるかもって伝えたの。そのときまでは私もどうしたらいいのか迷ってはいたわ。でも、そのとき――」

 母さんはそう言って、笑った。

「――そう、そのとき、あの人なんて言ったと思う?」

 僕も温佳もなにもこたえなかった。顔を見あわせて、肩をすくめただけにした。

「あの人ね、『おめでとう』って言ったのよ。『そりゃ、おめでとう』って。草介って、ちょっとズレてるとこがあるのよね。私、それ聴いて笑っちゃったわ」

「迷ってたって、堕ろそうかって思ってたってこと?」温佳が訊いた。

 母さんは笑顔のままで、しかし、目許だけ少しひきつらせるようにさせた。

「不安はあったから、そりゃね。でも、草介の『おめでとう』を聴いたら、そんな不安が馬鹿らしくなったの。そのとき、絶対に産むって決めたのよ。なにがあってもこの子は産んでやるってね。もちろん、そんな簡単なことじゃないってのはわかってたわよ。でも、私は決めたの。そして、その通りにしたの」

 いつもの温佳であれば、「育てるとこまではいかなくてもね」という()()が入るところだけど、この日はそういうのは控えるつもりらしかった。母さんの顔を見て、それから僕を見て、首を軽く振っただけにした。


 父さんのノートにはその日のページにめずらしく校正を経ていない文章が長く書いてある。

 冗長なものだし、あまり意味のあるものでもないので直接引用はしないけれど、そこには自分の生まれてからのことが脈絡なく記されていて、ときおり欄外に『ありがとう!』だの『素晴らしい!』だのと書いてある。いつもの批評がましい文言は一切ない。

 人が生まれるということは、父さんや温佳のような皮肉屋からもその特質を奪う程度には厳粛なことなのだろう。

 

 

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《ちょこっとホラーで、あとはアホっぽい小説です。

 どうぞ(いえ、どうか)お読みください》