「それで、そのきっかけが他者を通じてもたらされる場合、その他者ってのは特定の人物じゃなきゃならないのか? これは、誰でもよかったりはしないのかって意味で訊いてるんだけど」
「そ、それは、わ、私にも、よ、よくわからないんです。ただ、は、母がそうだと、い、い、言ってるだけで。で、でも、は、母もそうだったと、い、言ってます。も、も、もともと、そ、祖母が、そ、そういう力を、も、持っていたんです。ア、ア、アゼルバイジャン人の、そ、祖母です。そ、祖母だけでなく、わ、私の家に、う、生まれる女の子は、だ、だいたい、そ、そ、その力を持って、い、いるんです。こ、こ、子供の頃は、か、感じるだけなんですけど、そ、その力は、せ、成長するに、し、したがって、つ、つ、強まっていきます」
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そう言ってるあいだも篠崎カミラの頬は色を濃くしていった。目許はもとよりワインのせいで赤くなっていた。僕はフォークを持ったままその顔を見つめつづけていた。
「は、母の話と、い、いうだけですが、そ、その、は、母も、わ、私と変わらないくらいの、と、年のときに、ち、父に出会ったんです。だ、誰でも、い、いいのかは、わ、わかりません。で、で、でも、ち、父は、そ、その当時、ひ、ひどい状態に、あ、あったようです。は、母は、そ、そのことに、き、き、気づきました。そ、そのときの、ち、力を超えて、ち、父のおかれている、き、危機的状況が、わ、わかったそうです。た、ただ、ち、父は、は、はじめのうち、そ、それを、し、信じなかったそうです。し、しかし、じょ、状況がもっと、わ、わ、悪くなると、は、母を、た、頼らざるをえなく、な、な、なったんです。そ、そ、そして、」
僕はフォークを置くと手を挙げた。そうすることでつづきをしゃべるのをやめさせた。
「どこかで聴いたことがある話に思えてきたな」
篠崎カミラはうなずいた。
「わ、私も、そ、そう思います」
「それで、君のご両親は、」
そこまで言って僕は肩をすくめさせた。その先は言うまでもないことだ。
「ま、君が生まれたってことはそういうことだよな。それで、君のお母さんは力を完全なものにできたってわけだ。そのためにそうしたってわけじゃないよな?」
「まさか」
篠崎カミラは睨みつけるような目つきをさせた。
「は、母は、ち、父を、あ、あ、愛していました。そ、その、き、き、きっかけがなにであれ――い、いえ、こ、これは、さ、さっき、い、言っていた、きっ、きっ、きっかけでは、な、なく、」
自分の発言にうろたえたのか睨みつけるような目は急激に歪んだ。僕はすこしばかりうんざりした。しかし、こういうのにも馴れはじめていた。
「わかるよ。当然わかる」
「あっ、ありがとう、ごっ、ございます。と、と、とにかく、そ、そのきっかけが、な、なんであれ、は、母は、ち、父のことを、は、はじめから、あ、あ、愛してたんです。め、巡りあわせが、あ、あったということです。ち、父も母によって、す、救われ、は、母は父によって、そ、その力を、か、完全なものに、し、したんです。は、母はそれを、や、や、約束されたことだったと、い、言っています。そ、そうなることが、き、決まって、い、いたのだと」
篠崎カミラは最後の部分を強調するように言った。ホール係が皿を下げにきた。そのあいだ彼女はずっと僕を見すえていた。顔に浮かぶどのような変化も見逃さないといった具合にだ。
「仮に、」
ホール係が去ってから僕は身体をテーブルに押しつけた。
「君のお父さんがそういう選択をしなかったらどうなってたと思う?」
椅子に背をあて篠崎カミラは息を深く吐いた。それから、遠くなった距離を補うように目を細めた。睨んでいるのとは違う。ただ、その瞳には力があった。しっかりと芯を持った揺らぐことない力だ。
「か、考えたくは、あ、ありませんが、さ、さ、最悪な、じ、事態になっていたかも、し、しれません。そ、それは、ち、父にとってと、い、いうだけでは、あ、ありません。は、母にとってもです。ち、力がどうとかでも、な、ないんです。だ、だって、は、母は、ち、父を、あ、あ、愛して、い、いたんですもの」
「なるほど」
僕はそうとしか言えなかった。彼女の力強い瞳を見ながら、椅子にもたれかかった。ある部分においては脅迫にも似てる――と思っていた。いまのは彼女の両親のことでもあり、僕と篠崎カミラの話でもあるのだから。――いや、ちょっと待ってくれ。どうしてそうなるんだ? 僕はぬるくなったビールを飲んだ。これ以上この話をつづける気にはなれなかった。

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《僕が書いた中で最も真面目っぽい小説
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