お盆過ぎて… | 娘と息子の病気から学ぶ毎日。

娘と息子の病気から学ぶ毎日。

長女は先天性の拡張型心筋症で、幾度に重なる生死を彷徨い奇跡を起こして二歳で天使となりました。娘が亡くなり次男が生まれました…次男も同じく拡張型心筋症です。今なら思います…病気は決して不幸なことではないと。誰もが成し得ない試練を乗り越えてる子供たちです。

今年で娘が亡くなって何回目のお盆?

…娘は今年何歳?

ふと考えないとわからなくなる。

娘がいなくなり、今年で3年。

次男のこともあり、どんどんと娘が

色褪せる。

娘にお供えものも特別な日がない

限りしなくなった。お盆も週末は

ご飯をあげた。本当久しぶりのご飯。

よく、亡くなった人のために忘れる

ことが供養なる。と話聞くけど…

亡くなってから何年かはそんなの絶対

無理!とか思った。

いや、今も実際に忘れることはない。

でも娘の存在が心の中にあることで、

わざわざ思い出し浸る…ということが

なくなった。

今なら、心で生き続けるという

ありきたりなセリフがわかる(笑)

お土産はもちろん娘にも買うし、

娘の誕生日もあるし、

兄弟でなにか買うときは必ず娘にも

添えたい。3人分。

なかなかそんなことするのは母親くらい

だから(笑)

うちの母は必ず娘にもと、なにか買う

ときは3人分くれる。

その気持ちがいつも嬉しかった。

娘はいなくても生きた証はあるから、

その歳に合わせたモノをお供え続ける

つもり。

お盆にみた娘の写真が、とても数年前

に思えず…。とてもいい笑顔や

とても辛そうなとき…辛そうなときの

写真はあまりとらなかったから、

1番可愛い時期の写真が少ない。

前は辛くなるから写真は見れなかった

2歳くらいの女の子も今はようやく

みれる。羨ましいなぁーと思うけど、

前ほどジェラシーはなくなった(笑)

というより、可愛いと思わない(笑)

いいのか?悪いのか?

娘といた時間…今思うと、あの時間が

1番幸せでいて、1番辛かった。

失うのがとても怖かったから。

現実を受け入れるのがとても怖かった。

娘の存在が目の前からいなくなると

思うと耐えられなかったから…あの

時間が怖い。

いろいろな事件や事故、病気などで

亡くなった子供の親を思うと心苦しい。

…けど、もう失うとその現実と時間

に流れを任せるしかできない。

何してもどうしても戻らないものを

求めても自分自身でしかないから。

でも今、目の前に愛するものがいて

その人がいなくなると思うとき…

その時間がとてつもなく辛く愛おしく

どうしようなく苦しい。

未だに娘の亡くなる前後は脳裏に

焼きつく。幸いなのは、亡くなる前は

楽しそうな娘だったこと。

最期を楽しんでそうだったなー。

娘の新しい写真でもプリントしようかな