東北地方太平洋沖地震3
日が落ちてあたりは街灯が点かないので真っ暗。はっきりいって懐中電灯だけでは心細いと思えるぐらい何も見えない。声や音はほとんど聞こえない。サイレンの音が途切れ途切れ、という程度。ほぼ完全な闇の世界です。
水無しガス無し電気無しの真っ暗な部屋に戻ってきて、しばらくぼーっとした後、非常食を食べました。これからいつまで続くかがわからなかったので、多くは食べれません。当然、お腹はあまり満たされませんが、そこは我慢です。
暗い、寒い、静かな部屋の中で携帯電話の電池が切れ、連絡手段がなくなり完全に独りぼっちになりました。両親にはメールを数通送信しただけで夜になってからは音信不通の状態になってしまいました。
食事後の時刻は20時頃。日が明けるのは6時頃。約10時間何もすることがありませんでした。余震が続き、寝ることすらできない。普段の生活がどれほど恵まれているかが思い知らされました。
1分1分が非常に長い。静か過ぎて不安。外で人の声がするだけで安心してしまう。
「明日はもう少しましになるよな・・・?」
「宮城とかはもっと大変だから、まだましな方だよな・・・。」
こんなこと思いながら10時間耐え続けました。
ようやく待ち望んだ朝がやってきた・・・。
続く