おはようございます😃久しぶりに昨日今日と連休です。休みっていいですね。



聖歌の新聖歌429番の「地の塵に等しかり」という讃美歌、好きです。


   地の塵に等しかり  何一つ取り柄なし

   今あるはただ主の  愛に生くるわれぞ


   御救いを受けし  罪人に過ぎず

   されどわれ人に伝えん 恵み深きイエスを




まさに私のこと。  何一つ取り柄なし。


誇れるものなし。人とトラブルはおこしたことなし。


今の介護の仕事をして7年目になります。4年目には介護福祉士の資格取得しましたが特に仕事が人より優れてできるわけでもなく。


昨年新しい介護施設に勤務しましたが1年経とうとしてる現在も毎日必死、いっぱいいっぱい。



気持ち的には感謝忘れずにいよう、と思いながら仕事していますが本当に弱い人間です。


だけど私は弱い自分を誇ろうと思います。

新訳聖書、第一コリント1章27節28節に「神は、この世の愚かな者を選び、強い者を恥ずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しい者を選ばれたのです」


上の猫🐈の写真は近所のいつも1人?でいる野良猫です。歳をとっているので勝手に「としょり猫」と呼んでます。としょりとはこちらの方言で年寄りのことです。


特に可愛くもないし愛想もよくないこのとしょり猫🐈、だけどなぜかとても気になります。

これからどうやって冬を越すのか?餌をあげたいけど全て責任をとらないといけないので簡単にはできず。

保護猫ネットに相談しようかな?など思ったり。だけどとしょり猫にとって、どれがしあわせなのか?

多分元々野良猫だろうし、としょり猫は自分の置かれている状況が過酷なことも知らないでしょう。まして私が気にかけていることも知らないでしょう。


だけど、このとしょり猫🐈のような野良猫のことも気にかけている人間がいる。多分、誰しも誰かが気にかけているし見ているはず。


自分でも何を言ってるかわからなくなりましたが誰かが誰かを気にかけています。