天使いわく「すべての体験はイコール」 | 天使のエッセイ

天使いわく「すべての体験はイコール」


Chemotherapy を受けた翌々朝の早朝、

治療の副作用による調子の悪さに目が覚め、
ボーっと宙を放心したように眺めていると、

わたしの守護天使サムが久しぶりに姿を現した。


白いもやの向こうから、とても背の高い天使サムは
わたしのそばへとゆっくりと歩み寄ると、

わたしをその大きな腕に包んで抱き上げた。



天使に抱き上げられた途端、
体にあったすべての痛みがすうっと消えていった。


今ここで一瞬だけの出来事ではあろうけど、

わたしは嬉しくてまるで子供のようにはしゃいだ声で笑い、
そして泣いた。




「チャイナ(天使がわたしを呼ぶ名前)なぜ泣くの?」



「だって、病気がつらいから。

ねえサム、なぜ人のなかには
こういうつらい体験をしなくてはならない人たちがいるの?

せっかくこの世界に生まれてきて、
なぜ幸せな体験だけでなく、つらい体験をさせられる人たちがいるの?」



「チャイナ、人がこの世界でする体験っていうのは
楽しい体験も、つらい体験も、すべてがイコールなんだよ。

その意味がわかるかな?」



「サム、ごめんなさい。

正直に言うけど、
今、幸せに楽しく日々を送っている人と、

自分のしている体験がイコールだとは

とてもではないけど思えないわ。」



「チャイナ、それはね、きみが自分のしている体験、
また、自分とは全然違った体験に対して、

意味づけし、ジャッジしているからそう感じるんだよ。

体験していることは人それぞれに違っても、
それは楽しそうな体験であれ、苦しそうな体験であれ、

すべての体験の価値はイコールなんだ。

でも人間たちはそれに対して
『これは楽しそうだからいい体験』
『これは苦しいからとてもよくない体験』・・・って具合で、

ジャッジして、いい、悪いを決めているだけなんだ。

けれども本当は体験に良し悪しのジャッジなどはなく、
苦しい体験であれ、楽しい体験であれ、

すべて同じなんだ」



「サム、あなたの言ってることはなんとなくわかるような気はするけど、

やっぱり実際にこれだけつらい思いをしていて、

この体験が楽しい体験とイコールだなんて、
とてもではないけど思えないのよね。

苦しいし、悲しいし、怖いし、
・・・・・そういう感情ばかりを常に感じながら毎日を生きてるわけだから。

そりゃ、ブログなどに書いてるように、
こうなったからこそ気づけたこと、学べたこと、感じられた愛というのもあるけど、

だからって、やっぱりこうなってよかったとはとても思えないし、
健康だったらどれだけいいだろうって思ってしまう。」



「それは当然のことだよ。きみは人間だからね。

つらい病気になってよかったと思う人間などいたら気味が悪いよ。

けれどもね、僕が言ってるのは大宇宙のレベルでの話なんだ。

『すべての体験がイコール』というのは、
もっともっと大きな目で人生や世界を見た時の真実だからね。

だけど、そんな大宇宙の真実などは
今生きる人間にとって意味がないと思ってしまわないほうがいいよ。

なぜならそれがわかっていると、
たとえつらい体験をしなくてはならなかった時にも
その体験がただの『悪い体験』なのではないとわかるから。」



「うん、まああなたの言ってることはちょっとわかるけどね。

『いい』、『悪い』だけだったら、『悪い』ものがやってきた時には
救いようがなくなるからね」



「ははは!
まあ、そんなふうにもいえるけど、

実際にここ最近きみがしてきた体験の中にも
尋常を超えるような素晴らしいこともたくさんあったんじゃないかな?」



「一番素晴らしいと思ったのは、
多くの人たちの愛を感じさせてもらったことかな。

わたしがこうなったことで、
自分がどれだけ人々から愛されていたかがわかったの。

おかしな話だけど、健康なときはそれがまったくわからなかった。

自分は誰からも愛されない人間なのだとずっと信じていた。

でもこうなったことで、親も家族も友達も
実はみんなわたしを愛してくれていたってわかったの。

そしてそれと同時に
わたしがどれだけみんなを愛していたかもわかったのよ」



「それは素晴らしいじゃないか!」



「そうだけど、でもこんな苦しい思いをして、
ましてや早死にしたりしたら、

やっぱり『よかった』なんて思えない。」



「でも、自分はみんなに愛されていて、
自分もみんなを愛していると感じられたら、

もっともっと生きたいと思うようになるんじゃない?」



「そうなのよ!もっともっと生きたい!
もっともっとみんなと愛を分かち合う体験をしたい!

でもそう強く思うのに、
この状態であることが余計に悲しくなるの。」



「でもチャイナ、いくら健康でも、
愛している感覚も、愛されている感覚もなく、

生きている意味も感じず、生きたいとも思わず、
生き続けたとしたらどうだろうか?

それでもやっぱり健康なほうがいいと思うかな?」



「サム!それでもやっぱり健康がいいよー!!!」



「ははは!
相変わらず正直だね。きみは。

チャイナ、きみはまだ死んでない。
今日も生きてるし、明日も生きる。

死んだ人間の気分になろうとするんじゃないよ。

きみはちゃんと生きてる!

生きながら愛を感じられる!

愛を送れる!受け取れる!

そりゃあ、健康な時と同じようにはいかないだろう。

すべてが大変だ!

会いたい人がいてもすぐに飛んでいって会えるわけじゃない。

だけど、きみは生きているんだよ!

わかる?!

生きてるってことは愛する体験、愛される体験ができるってことだよ。

きみが半年前のように元気でダンスやヨガに飛び回っていようが、
何日か前のきみのように、Chemo が怖くてドクターに泣きついていようが、

この世界で愛する体験、愛される体験ができるっていうことは同じなんだ」



「わたしがドクターに泣きついたことなんて、どうして知ってるのよ!」



「ははは!
ぼくはきみのことなら何だって知ってるからね」



「ギクッ!!!」



「チャイナ、この世界でする体験で重要なものは
愛する体験、愛される体験だけなんだよ。

それ以外のものは全部『おまけ』でしかない。

どんな体験をしていようが、
すべてイコールだっていうのはそういうことだよ。

なにをしているかとか、どうやって生きているかということが
どうでもいいとはいわないよ。

今人間として生きる者にとっては
それはかなり大切なことかもしれない。

でもね、大宇宙の目からすればそれは本当に
『どうでもいい』といってしまいたくなるくらいのことなんだよ。

この世ですべき体験というのは愛し、愛される体験だけなんだ」



「なんか、ちょっとわかったような気がする。

・・・・・でもやっぱり健康がいいけど」



「チャイナ、生きるんだ!

生きるっていうのはどうすること?」



「愛し、愛される体験をすること?」



「そうだよ!その通り!

生きるんだ!チャイナ!

きみはもうすでに愛し、愛される日々を送るために
どうすればいいかを知っているだろう?

そうやって生き続けるんだ!

体の痛みよりも、『生きること』にフォーカスするんだ!

それをすればするほど、
きみはもっともっと生きたくなるだろう!

そして生きるだろう!

チャイナ!きみはまだ死んでない!

生きるんだ!」




天使サムはそう言うと、その大きな翼でわたしを包み、

大きな空へと放り投げた。


空へ大きく舞い上がったわたしの体は
痛みがないだけでなく、

健康だった時の美しく筋肉のついた

しなやかな健康体に戻っていた。


わたしは自由だった!


翼もないのに空が飛べる!



・・・・・・そう思っていると、

今度は引力で再び天使サムの大きな翼の中へと落ちていった。



ふわふわな白いサムの翼の中で目を覚ました・・・・・・と思ったら、

羽根布団の中だった。



今日もまた熾烈な病気との戦いの一日が始まる。


けれどもなんだかちょっと昨日よりも


「生きる」(=愛し、愛される)ことを意識しながら

生きられる一日になりそうな気がした。