天使のエッセイ
  

 



「天使のレクチャー」の著者、ヒロコ・アイザックスのブログです。

心のこと、からだのこと、日々の思いや気づきをここで綴っています。


記事を読んで思ったこと、感じたことがあったら何でも書き込んで下さい。

コメントへのお返事はしておりませんが、すべての方の声に感謝し、大切にします。ラブラブ




     

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    Now here♪ /  Here I am♪-平和と希望そして愛

 

 

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2018-11-11 11:01:52

情熱をもう一度!

テーマ:スピリチュアル
 

 
不安障害、パニック障害、うつのコンディションはだいぶ和らいできたけど、

まだちょっとしたことですぐに転げ落ちそうな精神のもろさは残っているのを感じる。 

まだまだ心は不安定。汗



いつも愚痴ってばかりでごめんね。 


でも口だけで明るいふりをするのはわたしのスタイルではないので
そんな時でも自分の思い、正直に。
こまったちゃんのわたしを許してね。ドキドキ
 


けれども最近はなんだか生きる希望がわいてきたというのか、 

少し先に見えるわずかに開いた扉の隙間から漏れる光の中に 
もう少しで飛び込んでいけそうな感覚があるの!



この人生の真っ暗闇のチャプターにいるわたしの腕を 
ぐいっと引っ張ってくれたのは、


ダンス!!! 



たまたま近所にあったラテンダンスのスタジオに通い始めてから、 

大きく感覚が変わり始めた! 



サルサはわたしが今までやってきたどのダンスとも違うから 
まったくのビギナーの状態で、 

「1,2,3・・・5,6,7・・・」って、初心者のステップを踏んでるだけなんだけど、 

それだけでも自分の魂がイキイキとしてくるのキラキラ 



ダンスをしているわたしは一番わたしらしいというのか、 

「自分にかえってきた!」っていう言葉がぴったりの感覚ねグッド! 


しかも、以前の日々血のにじむような努力をして、
難しい振り付けを覚えて、長時間リハーサルして、舞台に立つっていう、

当時のわたしのダンスのやり方とは全然違うもので、 

サルサはうんとカジュアル。

・・・・・それでいて奥も深いというところにもとてもワクワクする♪




先日は初めてパーティーイベントに行ってきたんだけど、 

本当に多くの人たちが年代、種族、バックグラウンド、 
そしてダンススキルのレベルにさえも関わらず楽しんでいるのがとっても素敵で、



「ああ!わたしもうまくなって思い切り踊りたい!!!」 

そう心の底から思ったの。

このまったく新しいダンスの世界がまた、わたしに大きなワクワクをくれたのね。ラブラブ 



わたしがここ15年くらいの間失っていたものは、
まぎれもなくそんな情熱!メラメラ 


以前もダンスをやっていた時は、 
とにかく自分がどれだけ体に恵まれなくても、ヘタクソでも、



踊りたい! 


いつもそういう気持ちとともに生きていたから 
イキイキと生きてこれたキラキラ
 


ところが、ダンスをやめた後からそういうものがなくなってしまった。 


「やりたいこと」というのはいっぱいあったんだけど、 
そのダンスの感覚とは違ったんだよね。

(言葉で説明するのは難しいけど・・・)



 けれどもわたしにとっては情熱とともに生きることって

とてもとても大切なことなの! 


そしてそれが自分に戻ってきた!!! 



もちろん若かった頃と今とは全然違う。 


あの頃のような無限大の可能性も、身体的美しさも、時間も

今のわたしにはない。



けれどもそれもまた悪いことではないと思っているのね。 

今、若くないからこそ、もっともっとピュアな気持ちで踊れるし、 

一つ一つのことを大切にできるし、 

マイペースでいられるし、

それに自分の心のマチュアさも踊りに表れると思うの。 



だから若い頃に戻ろうとするんじゃなくて、 
今のわたしとして踊っていけたらいいなあと思う。ドキドキ




踊り以外のことでも、
最近はいろんなことがパーッと開け始めてきた。


絵も自分のスタイルが見つかりかけているし、

ビジネスもまた最近ちょこっとこけたりしたおかげで
さらに上をいくやり方が見つかった。グッド!



ヨガに関してだけは治りにくいストレッチの怪我を抱えているため、
ストップしている状態だけど、

ダンスとアートとビジネスがあればそれだけでも十分すぎる!グッド!




わたしは今まで最低3度はダンスに命を救われているんだ。


1度目は自分のフォーカスが見えずにいた大学生の頃

2度目は結婚(一度目の・・・)が壊れる苦しみの中にいた20台の初め

そして3度目は今のわたし!


またもや、ダンスに救われたなあと感じている今日この頃。ラブラブ


やっぱりダンスは自分にとっては特別なものなんだね。

これからは決して手放さず、大切にしていくよ。




Yes! I am a dancer! ドキドキ



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2018-11-04 11:32:22

日本らしさ

テーマ:スピリチュアル


日中の精神の調子はだいぶ落ち着いてきたけど、  
今もまだ目覚めの時間に起こる軽いパニックアタックが続いている。
 

脳にそんな習慣がついてしまったのだろうと思う。  
 
正常な状態に戻るのにはまだ時間がかかるのかなあ・・・・・。  



さて、そんな今朝、なぜか大学の夢を見た。  

早朝目が覚めて軽いパニックアタックを起こした後で二度寝したときに見た夢。  



わたしは千葉大の近くで友達数人と会って話をしていて、  
特にその中の一人の女性の話に興味を持っている。
 

その人はなぜか知らない人で(実際には存在しない人物)
特に大きな特徴はないけど、普通のいい感じの女性。

 
わたしは「こんな人もクラスメートにいたのか・・・」とか思いながら
 彼女の話を聞いている。  



彼女ともっと話をしたいと思ったので、  

「この後、何か用ある?
もしないならお茶かお食事でもしませんか?」コーヒー

・・・・・って彼女に聞いている。

彼女がOKするので、なんだかわたしはとってもワクワクする。ラブラブ


・・・・・・それだけのことなのだけど、  

目が覚めていろいろなことを思ったんだ。
 


この夢のようなことって日本ではわりとよくある光景だよね。 



何気ないことでありながらも、  
こういうの、よかったなあと、わたしは今しみじみ思うのね。

なぜならアメリカではあまりそういうことってないんだ。  


 
アメリカでは人には目的地で会って、  
目的が済んだら解散っていうかんじ。
 

日本みたいにお稽古事の後、  
仲間とお茶したりご飯食べに行ったりってことはめったにないのよ。  


でも・・・・・・
本当はその目的後のお茶やご飯が一番楽しかったりするよね。ラブラブ
 

いずれはお稽古事の内容に興味が薄れても  
そのお茶のためにお稽古事を続けている・・・・・なんてこともあるくらい。(笑)
 

わたしはね、日本のそういうのってすごくいいと思うのよ。  

友達と顔を向かえ合わせながらお話しする。  

 
シンプルだけど大切なこと。


 そして多くのアメリカ人たちは「時間の無駄」って思ってやらないこと。  

 そういうのが時々懐かしくてたまらなくなるよ!


「友達とお茶」っていうのにものすご~く萌えるの!ラブラブ
 


わたしってとても深いところでの人間との関わりを求める人だから、  

 「話す」っていうのはわたしにとってはとても大切なことなのね。  


逆に言うと、誰とも話してないと、とても不安になっちゃうの。  

 たとえそばに人がたくさんいてもね。  

 

日本人っていうのは、とても友達を大切にするよね。  


樹木希林さんの言葉に  
「友達とお金があれば大丈夫」っていう感じのものがあったけど、
 
それって本当だなあって思う。  


アメリカ人は「家族!」っていうんだけど、  

 日本人は家族と同じくらい友達も大切にする。  


 それって素晴らしいことなんじゃないかなあ。  



たとえば日本でよくある師弟関係とかも、  
ある意味、ものすごくわずらわしいとはいえ、
 
それって、他人と家族になれるってことでもあるよね。  

 師をまるで自分の親のように(時にはそれ以上に!)感じられるってこと。


ある日本人のクンダリーニ・ヨガの先生は
ヨギ・バジャンが亡くなったときは
自分の親がなくなったとき以上に悲しかったって言ってたし、

わたしの父も弁護士になるときにお世話になった先生に対して
同じようなことを言っていたな。
 
 
日本人は師を親のように感じ、
そして同士を兄弟のように感じられるってことよね!
 

それって、なんかちょっとおかしいようにも思えるけど、(笑)
もしもそうやって人同士がつながれたら、


孤独も不安もうんと小さくなるんじゃないかなあ?  

 

アメリカの人間関係ではそういうのはないから、  
カジュアルでドライで楽なのだけど、

 時々そのドライさが寂しいというのか・・・・・・  

 日本人の友達感覚が懐かしくなるのよね。  

 
たとえば日本人はたとえば自分のダンスのお稽古場で一緒の人たちとは  
 無条件でしっかりとつながりつづけるでしょ?

もしも友達のダンスの発表会があれば

それほど興味なくても律儀に出かけて行き、
お花を贈り・・・・・
 

師になった人のことはずっとリスペクトし続けて、  
 
ずっと師として親のように大切にしたりね。  

 
ところがアメリカでは特に問題など何もなくても  

 興味が引けば  
パーッと人は先生を置いて別の場所に気軽に動いていくし、
 

むしろ、何かを教えてくれる人間は  
自分自身が相手にお金を出すクライエントであって、
 
その人は自分の友達ではないと考えたりするわけね。  

 
まるで天と地ほどの大きな違いだよね!
 


日本にいた頃は日本のお稽古場の人間関係みたいなものは  

 ねっとりしてるし、不自由だし、  
わずらわしいだけでバカみたいって思っていたんだけど、
 
 離れてみるとそのねっとり感が懐かしくなったりするわけ。(笑)  

 

・・・・・・とはいえ、ないものを求めたり、
じゃあ、自分がそれをつくろうとか考えるのもちょっとしんどいので、

こちらではこちらにある人間関係を大切にして、

ドライな習慣の中でも、
自分が愛したいように人を愛していけばいいかなあと思う。合格



でもね、昔はわずらわしいだけだと思っていた日本的な習慣の中にも

いいこともたくさんあったなあと今は思うようになったの。



今は日本人もどんどん欧米化したり、

特に感情面ではどんどんドライになっていってる気がするのね。


豊かでいろんなものがある国だから、
どんどんすべてを合理化、効率化、単純化する必要を感じるのだろうけど、

日本の習慣、日本らしさも大切にして欲しいなあと

日本の外にいるわたしは心の底から思います。ドキドキ





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2018-11-01 14:16:27

自分に戻る

テーマ:スピリチュアル


11月!


ここ数ヶ月、本当にうつがひどくて、

一日くらい調子よくなって、治るのかなあと思っても、
また翌日にドーンと落ちるような日々がずっとずっと続いていた。


わりと調子のいい日でも翌朝はやっぱりパニックアタックを起こして
呼吸困難から一日をスタートするというようなことばっかりで

もうこれは治らないのかしらと覚悟を決めたところだったけど、

ここ二日は珍しく続けてわりと調子がよく、
ついにこの波を抜けるのかもと感じ始めているところ。ドキドキ



2ヶ月ほど前、あまり調子がよくなかったところで、
ロングアイランドからNYCに引っ越してくるという大きな変化を向かえ、

ビジネスの大問題だとか、
それに絡んだファイナンシャル問題。

慣れない環境での日々の暮らし方の大きな変化

また、うちの彼が義父のビジネスもフルタイムで手伝い始めたことから
突然一日独り切りで過ごす状態になったことでひどく孤独になったりなど、

もう何もかもがToo much で、
おまけにNYCの空気が体に合わず、気管支炎まで併発し、

背中と肋骨部分の怪我の具合も今一で、

もうストレスは極大値!叫び



うつで何もする気がせず、
何を見ても聞いてもすべてが大きな不安と恐怖、そして絶望感につながり、、

不安障害もうつも行き着くところまで行き着いて、

夢の中にいる間だけが現実世界と自分を切り離すことのできる
唯一の憩いのときという感じ。


そして目を覚まして現実の世界に戻ったとたん、

パニックアタックで呼吸困難!叫び


日々、メソメソ泣くことが多かった。

道を歩いていても、ピザを食べていても、誰かと話していても、

突然泣き出したりばかりしていた。

本当につらい毎日だったよ。しょぼん



けれどもやっと、それでもなんとかなりそうに思えてきて、

それと同時に最近始めたサルサがとても楽しくなったり、

再びアート製作にインスパイアされるようになり始めたり、

これで大丈夫かもと思える状態になってきた。合格


そしてそれと同時に、

「よくがんばったね!」
・・・・・・と、自分を褒めてあげたい気持ちになった。キラキラ



本当に2ヶ月前、ロングアイランドにいたときの自分は
前世の自分の姿ではないかと感じられるほどに遠く感じる。


多くの人たちが
今年2018年の月日の経つのが早かったと語っているのを聞くけれど、

わたしにとってはまったく逆で、
今年明けた頃のことがもう何年も何年も前のことのように感じられる。



そしてこの変化は
自分のエネルギーもお金も使い果たしてしまうくらいに大変だったけれど、

これでよかったのだと今は強く感じる。



これでやっと自分に戻ることができるんだよ!キラキラ



多くの人たちが美しいロングアイランドで人と接することもなく

絵を描き、瞑想しながら過ごすわたしに、

女神めいた、神聖で現実離れした
美しいイメージを抱いてくれていたようだったけど、

わたしがそうやって生きていたのは
あそこでの暮らしの中にそれ以外のチョイスがなかったからで、

ああやって生きたかったからではなかったんだよ。


けれども自分の意図とは別に、あそこでの2年間は
よくスピリチュアルの修行をする人たちが山奥とか洞窟にこもって暮らすような

大きな気づきや目覚めの体験となったことも確かだった。



けれどもそこから突然現実の世界へと戻ってきて、

やっぱりものすごく動揺した!


いまさらどうしていいかわからない!


・・・・・そんな感じだったなあ(笑)



もともと体を動かしていないと落ち着けないわたし、

ヨガに行きたかったのに、
ストレッチのし過ぎで起こった怪我の調子が悪すぎて、ヨガのクラスに行けず、

それがひとつの原因となってラテンダンスを始めた。


そして音楽に合わせて簡単なサルサのステップを踏み始めた途端、

ほんの数秒で自分の人生に何が欠けていたのか?
何が必要だったかを思い出した。ドキドキ


サルサはわたしが今までやってきたどのダンスとも違うけど、

それでもやっぱりダンスは自分の起源なんだよ!


ダンススタジオにいる自分はやっぱり一番しっくりくる。グッド!


「ダンス」というのが、

自分の人生のネクストチャプターを始めるための
最後の鍵だったのかもしれないよね。



すべてに絶望したような気持ちになったときに

自分に生きる力を与えてくれたのは

ダンスとアートと猫と、
そして人々の何気ない愛ラブラブ


まだまだきっとこれからいいことたくさんあるよ。キラキラ




さあ、やっとこれで
自分の人生の次のチャプター歩き始めることができそう!



時間がかかりすぎたようにも思えるけど、

ずっと待ち望んでいた日がついに来ているんだ!



そしてこれからはまっすぐに、コミットメントを持って、

自分の道を歩いていこう!


だって、これでやっと「自分」がよくわかって、

「自分」に戻ってこれたのだもの!キラキラ



NYCでの生活

アート

ダンス



友達

ビジネス


すべてを大切にしようラブラブ



そしてこれからももっともっと、よくなっていこう!

すべてにおいて!



さあ!やっと本当のわたしの人生が始まっていくよ!キラキラ




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2018-10-29 07:17:44

心のバランスと「あきらめる」こと

テーマ:こころ


ここしばらく久々に結構ひどい「うつ」でして、

でも、そうなる理由も明らかなので、
あまり気にはしないようにしているのだけど、

それでもやっぱり実際、ひどくきつくて、

「このコンディションがなければいいのに!」と、ぼやいてしまうことも多い。しょぼん



けれどもそんな状態になるたび、
自分の精神や脳や思考の癖について、いろんな気づきや学びが起こるので、

まあ、それも悪くはないかなあと、

このサイクルが行き過ぎてくれるのをゆっくりと待ちながら思っている。



5年位前から大きな心のトラウマになるような事件が重なった頃から

「うつ」に不安障害やパニック障害が伴うようになって、
なんだかますますつらくなったような気がするのだけど、

今思えば大きな不安や恐怖というのは
ずっと昔から自分の中にあったのだよね。

今ほど意識されていなかっただけで。



そして思うに、
その不安や恐怖の根本にあるのがきっと

人や世界とのディスコネクション

孤独や自分自身の存在が消滅するような感覚に対しての不安や恐怖なのだと思う。



子供の頃、弟に特殊なコンディションがあったことから、
わたしは母から構われず、

また母のストレスのはけ口となってしまっていたので
アビュースされている感覚を強く持って育ってきたから、

おそらくそれがわたしという人間の基盤になってしまっているような気がする。


もうそれにはとっくに気づいているし、
それでも母が悪かったわけではないということもわかっているし、

愛されていなかったわけではないということもわかっているのだけれど、

幼少の頃から根付いてしまったものというのは
ずっとずっと自分という人間の基盤となって、自分を縛ってしまうのだね。



しかも、わたしは子供の頃、その後で
自分のバランスを取り戻していく原因になってくれる友達と出会うのね。


その人と出会って、生まれて初めて人とコネクトする感覚を体験して
それ以来、

こんな自分でも幸せになれるかもしれない

人とコネクトできるかもしれない

人から愛されるかもしれない

生きる意味があるのかもしれない

・・・・・そういう希望を感じ始めるわけキラキラ



それでそれ以来、わたしはその友達のとりこになってしまうの。


自分の中では彼女は
自分が生まれて初めてコネクションを感じた人だったから、

自然とその人とつながり続けようとしていくわけね。



ところが、その付き合いも35年を越えた頃、
あるアブノーマな出来事が起こって
そのフレンドシップが突然崩壊してしまったの。叫び



それからわたしのマインドはガラガラーッと崩れていったわけ。ダウン


ひどい不安と恐れがあふれ出してきて
重度の不安障害、パニック障害が出始めたのはその頃からなんだ。



突然自分が独りぼっちで
宇宙の果ての真っ暗な闇の中に置き去りにされたような感覚ね。



すべてと切り離されて、独りぼっちで、
真っ暗な何もない、誰もいない場所で、

ただ死を待っているような感覚・・・・・・・



わたしには優しい夫もいるわけで、

そんなのおかしいじゃない?・・・・・・って思うかもしれないけど、

人間の潜在意識っていうのはそういうもんじゃないんだよね。




けれども友達に対してそこまでになって、精神的に依存する
私自身のほうに問題があると思って、

それを克服することにそれから5年必死でフォーカスしてきた。



そしてだんだんと彼女なしでも大丈夫な自分へと変わって行けた頃、
(今からほんの数ヶ月前の話)

今度は彼女が自分の人生に戻ってきた。



その頃は自分自身の努力の結果、
すべてが一番すばらしい形でおさまっていくような、

とってもいい感じがしたのだけれど、

その後でやっぱりわたしはひどい「うつ」になり、
重度の不安障害、パニック障害もやっぱり起こっていったんだ。


一度バランスを失った心、脳、精神は
そう簡単には健常な状態には戻れないんだね。しょぼん




でね、どうしたかというと・・・・・・・



あきらめた!



それが一番なんだよ。


あきらめて流れるの。



コネクションが感じられなくなって孤独でたまらなくなった時に

人を求めて人を追いかければ

余計に孤独を感じる結果になるだけなの。



だからあきらめるの!


その代わりに自分自身にフォーカスするんだよ!


人のことなんか気にせずに!



それでも世界に人がいる限り、

自分は誰かしらと日々関わっていく。


そういう人たちを大切にすればいいの!



たとえ名前も知らない人でも、

通りすがりにたまたま顔を見合わせるだけの人であっても、


微笑みかける

優しくする

親切にする

大切な家族や友人と同じように扱う


(・・・・・・ちょっとニューヨーク的ではないけど)

そうやっていくと人とのコネクションの感覚は戻ってくるよ!



人に好かれることを求めるのではなくて、自分が人を好きになる!


でも、自分からは人を追わない。


自分自身にフォーカスする!



それだったよね!グッド!




NYCに戻ってきたことで、
昔のような華やかな時代に戻れるような気がして、

それとは全然違う現実に焦りまくっていた気がするけれど、

どこにいるかって、本当はそんなに大きな問題じゃなくて、

結局、自分がどうあるかってことだけなんだろうなあと感じるよ。



コストの高い大きな街の生活では
仕事に追われて時間が過ぎていく感覚が特に強くて、

生活を楽しむどころか、身の回りを片付ける時間さえ十分にないけど、

それでも少しずつ環境にも慣れ、
自分にフォーカスしながら、自分のハートの喜ぶことをする余裕が出てきそうだし、

楽しんで、自分にフォーカスしながら生きていこうラブラブ


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2018-10-26 22:33:06

パニック障害の話

テーマ:


先日、バイポーラ(躁鬱)の話を書いたけど、

今日はパニック障害について書こうかと思う。



一週間くらい前だったか、
ある障がいをもつ方がこんなことを言われていた。


「調子がよくないので、病院にいって検査を受けたいのだけれど、

待ち時間が長すぎて体力に自信がないので、
検査のために入院をしたいのだけど、

介護師さんと一緒に入ることは許可されていないのでとても不安。

夜中、パニックアタックを起こすことがあって、
そんな時、介護師さんにスポーツドリンクを飲ませてもらって、
背中をさすってもらうと治まるのだけれど、

病院ではパニックアタックを起こした場合、
すぐに薬品投射となるというので、

それでは薬漬けにされてしまいそうで不安」


・・・・・・その話を聞いて、本当に気の毒だなあと思った。



わたしは自分にもパニック障害があるのでよくわかるんだ。


突然つかみどころのない大きな不安と恐怖が襲ってきて、
心臓がバクバクし出し、
呼吸困難(・・・っていうか、正確には過呼吸)になる。


本当に苦しいのだけど、
これ、たいていは数分から長くても1時間くらいで治まるのよ。


確かにそのたびに薬を投射されたりしたらたまらない!


わたしの場合、ひどい時は毎朝だったり、

睡眠中に2、3度起こって目を覚ますこともあったからね。



身体的には健常者のわたしがそう思うのだから

彼女は障がいによる体のコンディションのことだとかあって、

同じパニック障害を持つ私自身にも想像のつかない
恐れや不安があるのではないかと思うから、本当に気の毒。しょぼん




私自身の場合、もともと神経質で精神的に過敏ではあるけど、

パニック障害っていうのはわたしにとってはわりと最近始まった
新しいコンディションなのね。


躁鬱のわたしは
もともとはどちらかというと「怖いものなし!」タイプだったんだ。


何の根拠もなく「大丈夫!」「自分はついてる!」と思い込む、

いわゆる「ポジティブ」(ポジティブ・バカ 笑)タイプ。



けれども5、6年前、
その思い込みがガラガラと崩れる体験が重なって、
その時に不安障害が起こり、そこからパニック障害に派生した。叫び


とにかく、なんだかすべてが怖くなってしまって、

起こってもいないことまで起こると思い始めて、

また、今考えても仕方のない遠い将来のことをひどく恐れたり、

あらゆることに対して大きな恐怖を感じるようになって、

どんな小さなこともすべて
脳が大きな悲劇、恐怖とつなげてしまうような感じね。


それ以来、不安障害が出てくると
もう生きてることそのものが大きなストレスになってしまって、
しんどいのなんの!しょぼん



夜、灯りを消して眠ることができなくなり、

また、夜中、突然目を覚ましてパニックアタックを起こしたり。



とにかく一番しんどいのは朝の目覚めの時間。


2年前に愛猫の死が近づいてきた頃はパニック障害が悪化して、
毎朝目覚めの時間はかなりひどいパニック障害を起こしていた。叫び


毎朝だよ!



その後も大きな不安が出てくると、
朝はパニック障害で目覚めるというのはお決まりパターン。

現在もほぼ毎朝そんなかんじ。
(最近のはそんなに重くはないけどね)


でも軽いものであれば
目を閉じて意識してゆっくりと深呼吸を繰り返すことで、数分で治る。


重くてもそれが30分とか1時間くらいになるだけで、
基本的に深呼吸とかタッピングすることで自分で治せるので、

あまり気にし過ぎないようにしている。合格



パニックアタックが起こっているときは過呼吸になり、

脳、血液に酸素が増えすぎることでバランスが狂うので、

紙袋を口に当てながら呼吸して、
自分の吐いた息を吸うようにすると脳が落ち着くという話もよく聞くね。グッド!




私自身のケースで言うと、不安障害、パニック障害の過程はこんなかんじ。



不安、恐怖が起こる

   ↓

メンタルの波が落ちて「うつ」になる(セロトニンの分泌が落ちる)

   ↓

不安や恐れの感覚が拡大される

   ↓

不安障害になる

   ↓

パニック障害が起こる



この不安から派生するマインドの障害には
OCD(強迫性障害)も派生することが多く、

不安や恐怖をあおる思考はループになって、繰り返し起こり、
止めることができなくなる!叫び


この不安と恐怖のループにはまってしまうと、抜け出すのは容易ではないの!


しかもわたしのように躁鬱がある場合、
その不安や恐怖から気を散らすために興奮するような刺激を求めると、

その後で余計に悪くなっちゃう汗

(躁鬱がなくてもたぶんそうなるかもと想像しますが)


ゆったりと静かで平和なマインドを保つ訓練が一番大切だと思う。合格




自分のメンタルについて書くと、
本当にわたしって極端なほど精神病患者だよなああせるって思うのだけど
(クリニックに行ったことも、薬を取ったことも一度もないけどね)

でもこれね、悪いことだとは思ってないのよ。



基本的に人間ってみんな精神病患者だとわたしは思っているのね。


完璧に正常って、この社会の中で生きてたらありえないと思うの。



わたしは自分の精神のコンディションをこれだけ語れるというのは

自分で自分をわかっている証拠に過ぎないと思うの。



多くの人たちは微妙な違和感を感じながらも、それを無視して、
無視できないほどひどくなっても無視し続けて、

それで済めば「正常」だといわれ、

それができなくなれば、
まったく自分の手におえずに薬に頼るしかなくなる。


・・・・・・そんな感じなんじゃないかと思うのですよ。



つまりもしかしたら、自分で自分の脳内で起こっていることをよく理解していて
それを自分でケアできるわたしは

実は一番健常なのではないかと思ったりもするのね。




それにそういう繊細な心の痛みを理解できるということは

他者に対して優しくなる力にもなるのですよ!キラキラ


それって素晴らしいことよね!ラブラブ



だからわたしと同じような繊細さんたち、

お互いに情報を分かち合い、サポートし合って生きていきましょうね!グッド!ラブラブ





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2018-10-23 04:10:25

ジュリーのコンサートドタキャン事件に関して思うこと

テーマ:世界を変えるエッセイ


ジュリーこと沢田研二さんがコンサートを
開演30分前にドタキャンしたという話を数日前に耳にした。

9000人の観客を見積もっていたところ、
7000人しか来ず、観客が大きくつぶされていたりなどをするのを見て

突然コンサートをキャンセルしたという話ね。




わたしは実は小、中学生の頃、ジュリーの大ファンだったんだ。ラブラブ


ジュリーのことを考えると胸がドキドキして眠れなくなるほどだった。

タイガース時代までさかのぼって、
歌を全部勉強して歌えるようになったくらい!


当時はまだ男性に恋してドキドキするような年齢でもなく、
ジュリーはわたしにとってはどちらかというと「神」に近かった。キラキラ



当時わたしは子供だったし、

なんで自分がそんなにジュリーに夢中になるのか
その理屈は全然わからなかったのだけど、

たぶん彼の存在自体が神々しすぎて、
その魅力に取り付かれてしまったのだと思う。キラキラ


ジュリーは昔は美形の大スターというイメージが強かったと思うけど、

わたしのジュリーのイメージは「超職人的芸人」っていうかんじだった。



とにかくスターという自分をとことん追求する人という感じで、

その姿がめちゃくちゃカッコよくて、粋で大好きだった。ドキドキ



あれだけ美形だったけど、
ジュリーは女性にもそんなに興味がなかったように思える。


とにかく、興味があるのは自分自身と自分の芸だけというかんじがした。
(典型的なナルシストタイプね 笑)



昭和の日本の芸能人というのは
ひたすら大衆のイメージばかりにこだわって、

スターは「いい人」に見えるように
言動をすべて規制されていたのではないかと思うけど、

そんななかでも時々
「自分」が前面に出る言動をして顰蹙(ひんしゅく)をかうジュリーの姿も

なんか素敵で大好きだったんだ。


友人たちはジュリーがそういうことをするたび

「あんなこというなんて!」「あんな反応するなんて!」と、
そういうジュリーの言動を批判してたけど、

わたしにとってはそれは嘘のない純粋な反応で、好感持てたんだ。


しかもそれでも人は
彼を追いかけるのをやめられないような大スターだったしね。キラキラ




今回のドタキャンも、ホントひどい話だとは思うよ。

7000人の観客や、その他多くの人たちに迷惑かけたわけだからね。


中には遠くから交通費や旅費を多額にかけて来ていた人たちもいたと思う。



でもね、そういう情熱的なファンたちは
きっとジュリーのそういう部分ももうとっくにわかっていると思うんだよね。


わたしはコンサートに行ったわけじゃないから
そう簡単に言うことはできないかもしれないけど、

たぶん自分ももしそういうことが起こっても、許しちゃうと思うんだ。

(チケットの返金だけはしっかり要求するだろうが・・・・笑)



それよりも何よりも、わたしが悲しいなあと感じるのは、

あのジュリーも
そういうことをしなくてはならない状態になってきたのだなあということ。


そういう形でコンサートドタキャンって、「沢田美学」だったのかもしれないけど、

それって逆にカッコ悪いでしょ?



そもそもずっとずっと同じ形で活動をし続けようとすること自体が賢くない。


時代は常に変わっていくのだから、
それに応じてエンターテイニングの仕方だって変えていくべきなんじゃない?


実力が落ちたとか、人気が落ちたとかそういうことではなくて、

やり方自体が変わってきているんじゃないかな。



ジュリーのファンたちだって、多くは年取ってきて、
日本中を追いかけて歩く体力なくなってきてる人たちも多いと思うし、

家出られなくなってる人たちもいるだろうし、

特に年上なら、中には死んじゃった人たちもいると思う。



年齢と関わりなく、今はインターネット時代で
人間の楽しみ方っていうのもかなり変わっているしね。


今はテクノロジーが急激に進んでいる時代だから、

ビジネスだってそれに乗り遅れずに
どんどん変えていかなくてはならない時代じゃない?


そういういろんなことをふまえながら、

どんどん新しいエンターテイニングの方法を生み出していかないと、
今の時代は乗り越えられないよ。



でも、あの昭和の大スターのジュリーだからね!


やり方見つかれば何だってできるじゃない?



今のジュリーの素敵さが伝わるような方法を見つけて、

ずっとずっと素敵な大スターでいて欲しいよ。ドキドキ



昭和の大スター沢田研二、今も大好き!

I love you. ドキドキ





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2018-10-20 11:17:04

ダンスは最高の脳のセラピー!

テーマ:


ラテンダンス(サルサ)を始めた。合格



その流れは、ちょっと不思議で面白かったのだけど、

実は何よりも不思議でびっくりしたのは、


ダンスの脳への威力!!!



時々ふっと死にたいとか思い始めるくらいに悪化していた「うつ」が、

ダンススタジオに足を踏み入れたとたん消えてしまった!


そして音楽に合わせてシンプルなステップを踏み始めただけで
自分の脳内のケミカルバランスが一瞬にして変わるのを感じた!



「あり得ない!」と感じるくらいの効果だったけど、

その反面、このダンスが脳にする感覚はよく覚えてる!


だって、わたしはもともとはバリバリのダンサー!




そもそもわたしがニューヨークへ渡ったのもダンスの勉強が目的だった。


わたしは20歳くらいの頃から、いろいろなパフォーマンスに出たり、
バレエのティーチングをしたりしてきた人。


以前、わたしの人生のその大きなパーセンテージをダンスがしめていた。



ところが、今や踊らなくなっておよそ15年!


その間もヨガやマーシャルアーツなどで
体はわりとアクティブに動かし続けてきてはいた。


けれどもそれと同時に、ずっと何か物足らなさを感じていた。


それはもちろん、自己表現とかアート、創造性の部分だったと思うけど、

理屈以上に感覚的に
大きなフラストレーションと「乾き」
そして虚無感みたいなものを感じ続けてきた。



けれども「ダンスの時代は去った」と思い込んでいたことと、

あとたぶん「いまさらダンスに戻るのは怖い」とも感じていたのだろうな。


ダンスに戻ることができなかったんだ。



けれども、今回だって、本当はダンスをやるつもりはなかったんだよね。


ブルックリンのウイリアムスバーグへ引っ越してくるということで、
近所の散策をしていた時も

本当はヨガのスタジオを探していた。


ところがヨガのスタジオは見当たらなくて、
最初に目に入ってきたのが、そのラテンダンススタジオだった。



「近所にこんなのがあるなら、もしも何もなかったらきてみてもいいかな」

・・・・・くらいに、半分冗談で考えていた。




後から調べてみると
実際、近所にヨガスタジオも山ほどあったし、

家から徒歩3分のところに新しいヨガスタジオが
自分の引越しのタイミングでオープンしたりとか、

その反対方向にやはり家から徒歩3分のところに
バレエバーのメソッドを取り入れたエクササイズのスタジオを発見したり、

わたしのアテンションを引くものはいっぱいあったんだ。


ところが肋骨の部分の軟骨の怪我
(ストレッチしすぎの怪我)の調子が今一で、

まだ過酷なストレッチとかしない方がよさそうな状態だったので、
ずっとスタジオを訪問を延ばしていた。



わたしはサルサ自体には
今までまったく興味を感じたことはなかったんだ。

たとえば、マイアミにはサルサクラスは腐るほどあった。
でもやってみたいと思ったことは一度もなかった。



8月の終わり頃この近所を散歩して
ラテンダンススタジオを見つけたのと同じ頃、

わたしはある日本人の女性と出会ったのだけど、

その方がサルサダンサーだった。


言葉ではうまく説明できないけど、その彼女には
わたしが一瞬にして大きな魅力を感じてひきつけられるものがあった。ドキドキ



最近、彼女と二人で会ってランチやお茶しながら結構長いこと話して、

そうしたら、なんだか突然サルサをやってみたくなった。


彼女がわたしに強くサルサを勧めたとか、

そういうことは全くなかったのにね。



家に帰って、
そういえば近所にラテンダンススタジオがあったなと思って調べてみたら、

その翌々日にスターターのクラスがあった。



そのクラスの日は「うつ」が異常に悪かったのだけど、
なぜか自分の中にはそこへ行かないというオプションがまったくなくて、

しっかり家を出て行って、クラスを受けたというわけ。合格


でも、ホントいってよかった!合格合格合格



スタジオに入ったとたん、なにか自分の奥で眠っていた感覚が目を覚まし、

自分の大切な一部がそこから出てくるような感じがした。



スタジオのミラーに映る自分は小柄でも姿勢がよく、
今もダンサーの姿をしていることが嬉しかった。


そして音楽に合わせて体を動かすあの快感!ドキドキラブラブドキドキ



とにかく、通ってみようと思った。



踊りが自分に戻ってきたことがピュアにすごく嬉しい!


今はプレッシャーなしに、ゆっくりペースで、

自分の踏むダンスステップの
一歩一歩を楽しむ感覚で踊っていけたらと思う。合格


でもいつかまたパフォーマンスとかもできればいいなあ・・・ドキドキ



小さな夢と、楽しみと、わくわくが増えてよかった!ラブラブ


(・・・・・・でも、わたし、躁鬱だから、
あんまり熱っぽくぶっ飛びすぎずに、ゆっくりコツコツとやろうと思うよグッド!




ところで初歩のサルサは簡単だし、

サルサ音楽は軽快で楽しいし♪

また、サルサはパートナーダンスで、
人とのアイコンタクトやスキンシップもあるので、

運動になるだけでなく、脳の健康にも効果的ですので、お勧めだよ!
夫婦とかカップルでやるっていうのもいいね!グッド!ラブラブ




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2018-10-17 22:28:16

ポジティブ思考

テーマ:

 
前のブログ でバイポーラ(躁鬱)のことを書きましたが、 


今日はそれと大きく関係した話。 

 
よくいわれる「ポジティブ思考」についての話になりますが、 


一般的に思われている(・・・というか、誤解されてる)ポジティブ思考とは 
ちょっと違った「ポジティブ」(=本当のポジティブ思考)についてのお話です。キラキラ



 「ポジティブ思考」というと、多くの人たちが
ネガティブなことを無視して考えないようにすることだと思っているように感じます。



けれどもそれは実は本当の意味でのポジティブではないのです。

自分の中にある感情や思考を否定することが「ポジティブ」なわけないですよね?



本当の「ポジティブ」というのは
怒りであれ、恐れであれ、不安であれ、ネガティブになることにさえも、
どんなことのなかにもプラスを見つける力がある人のことを言うのです。合格



第一、「ネガティブ思考」を無視したりするのは非常に危険! 


なぜなら「ネガティブ思考」というのは、 

「それは危険ですよ!」と信号を送る、

生命を守るためのメカニズムだからです!


それを無視したりすれば命が守れなくなることもあります。



けれども、セロトニンの分泌量が減って、「うつ」の状態になっている時は、 
必要以上にすべてを悲観したり、怖がったりするようになり、

そういった「ネガティブ」な感情や思考に常にフォーカスするようになりますので、

そうなっている時は意識的に思考を「ポジティブ」に向けていくことは大切です。合格



たとえば最近、わたし自身 
躁鬱の「うつ」のサイクルにどーんとはまってしまっていたのですが、

そういう時に自分の不安や恐ればかりにフォーカスすると、 
脳はそのサイクルの深みにどんどんはまっていってしまいます。


けれども意識的に「ポジティブ思考」にスイッチを入れることができると 
それだけで一瞬でもサイクルが切れますから、
「うつ」のモードのリセットができるわけね。グッド! 



ただし、その「ポジティブ思考」というのは、

よく世間の人たちが勘違いするような、 

 
「自分には危険など起こるはずない!」とか、
 
「自分は絶対に失敗しない!」とか、
 
「自分にはなんだってできる!」とか、


そういう根拠のない妄想を信じるタイプの「ポジティブ」ではない方がよいのです。 


特にわたし自身のように 
バイポーラ(躁鬱)気質の人たちがそれをやると、とても危険!


そういうふうにポジティブに振れ切って、現実が見えなくなって、
やたらと大きなことばかり考えて妄想するタイプのポジティブではなくて、


日々の大したことない小さな幸せに敏感になって、

それを「大したことない」と思わず、 
それに「幸せドキドキ」と感じるような感性を養っていくと、
 
本当の意味での「ポジティブ思考」の力が高まるのです!



そしてもちろん、意識的な「ポジティブ思考」は 
自分の中にある「ネガティブ思考」をちゃんと受け入れて、理解した上でするのが一番!



たとえば自分が何かを恐れているのなら、 

「怖くない!」と自分に強く言い聞かせて 
自分の中にある恐れを否定するのではなくて、


「ああ、わたしは怖いんだな」と認識した上で、

「怖がってもいいんだよ」と、

自分の恐れもポジティブに受け入れていく感覚で 
自分の「恐れ」さえにもポジティブにとらえること!


本当のポジティブ思考というのはいつもそこからスタートするのです! 


つまり 
ネガティブ思考を否定し続ける限りはポジティブにはなれない

・・・・・・ということですね!




躁鬱の「うつ」のサイクルにいる時にわたしがよくやるのは、 

その日、その日の中で「よかった!」と感じることを 
リストや絵日記にして書くことです! 


よかったことを毎日10個以上リストアップする。

もしくは一番よかったことをイラスト入りで短い言葉とイラストを使って書く。


それをしている間はとにかく「よかったこと」に集中できるので、 
いつの間にかネガティブのループにはまっていた思考のプロセスがリセットされます。


それを40日間
(もしくは、もうどう考えても必要ないと感じるようになるまで)続けてみましょう!


そうするとその40日の間に徐々に思考のプロセスは変わっていきます。 


また、そのようにして一日一度でも思考をリセットする時間があると、 
そのたびにネガティブ思考のループが中断されるので、

そのままどんどん深みにはまり続ける危機からも解放されます。


これはとてもシンプルなことですが、確実に効きます! 


ただし、根気よく毎日続けることが必要です。 


たとえば1日10個の代わりに、 
1日40個あげて、10日で終わらせるということでは効きません。

もしくは間でやるのを忘れた場合は、またデイ1からやり直す必要があります。 


けれども、毎日ジョギングをするとか、そこまでの努力は必要にならない、 
寝る前に5分間ベッドの上でもできるようなことなので、

「うつ」から解放されたいと真剣に思っている人であれば 
怠惰な人でも簡単にできることでしょう。


是非試してみてくださいね!合格グッド!





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2018-10-13 06:24:49

バイポーラ(躁鬱)の話

テーマ:


昨夜、ある友人とチャットしていて、

バイポーラ(躁鬱)の話になった。


それはわたし自身の持つコンディションだけど、

彼のガールフレンドがやぱりバイポーラ(躁鬱)だということで、
彼はそれがどんなものなのかを知りたかったみたい。



そんな彼との会話の中で、
自分にとっては忌々しいそのコンディションのことを
知りたいと思う人たちも結構いるのだろうなあとふと思った。

それで今日はそのことを取り上げてみることにした。合格




現実、世の中には自分と同じ
バイポーラ(躁鬱)のコンディションを持っている人たちというのは結構いる!


実際に医師にそう診断されて薬を取っている人たちというのも
自分が知っている中だけでも何人かいるし、

それ以外にも本人は気づいていないけど、絶対そうだと思う人たちもたーくさんいる。


それに加えて、そういう人たちと関わっている人間の数を考えたら、
それはかなりの人たちにとって必要な情報なのではないかと思う。


また、以前はこういうことって書きにくかったものだけど、
最近ではオープンにできるようになってきたことも大きな進歩だねグッド!合格




バイポーラ(躁鬱)というのは、
基本的に、神経伝達物質の分泌の波が大きく、
精神が安定せず、大きな波を持つコンディションのことをいう。


幸せホルモンと呼ばれる
セロトニンの分泌量が落ちればうつ(ディプレッション)に陥り、

多くなりすぎるとハイパーでクレージーな状態(マニック)になる。


セロトニンの分泌が低い状態で
気分の落ち込んだ状態にふれ切る状態が「うつ病」であり、

セロトニンの分泌量が
上下に大きく波を持って変化する状態が「躁鬱」。



これは「ポジティブ」と「ネガティブ」の話にも似ていて、
幸せホルモンの分泌も多ければ多いほどいいというわけではない。



マニック(躁)の状態の時というのは、本人は気持ちよくて仕方ない。


「自分は世界を動かせる!」というくらいの感覚になり、
とても大胆で突拍子もない行動を取ることもある。


けれどもその時にしたことは自分の力を超えることであることも多く、
後でそのしわ寄せが来たり、他者に大きな迷惑をかけてしまうことも多い。


本人はその状態(マニック)にとどまれたらと思うのだけど、(気持ちいいから・・・)
それもまた異常な状態のわけだから、決してよい状態であるわけではないし、

第一、そういう極端な状態が続くこと自体無理で、

必ずその後でディプレッション(鬱)に落としこめられる。


マニックが強くなればなるほど、その後で来るディプレッションも強くなる。

つまり波が大きくなる!



躁鬱の「鬱」の時の状態というのは、
いわゆるうつ病の人と同じようになるのだけれど、

その症状の緩和のさせ方や治療、(たぶん薬も、)

うつ病と躁鬱とではまったく違う。



うつ病の人であれば
とにかくセロトニンの分泌を引き上げ、
幸せな気分を盛り上げるというやり方でよいのだけれど、

躁鬱の場合はそれをすると逆効果になってしまう!


なぜなら引き上げすぎると、マニック(躁)が強くなりすぎて、

余計に大きな精神の波をつくってしまうから!叫び



だから躁鬱の人のディプレッションの場合は

引き上げるのではなくて、「落ち着かす」ということが必要になる!


できる限り、すうっと落ち着いた平和な精神状態に近づけることで
精神の波は自然と小さくなる。合格



わたし自身も自分のコンディションについてをよく知り、

「落ち着かせる」ということを意識するようになってから、

ディプレッション(うつ)のサイクルに入っても、
以前よりも大丈夫になってきた。


以前はディプレッション(うつ)に陥ると、
それと同時にマニック(躁)の自分が焦り始めて、自分の内側で暴れ狂い、

とんでもなくクレージーなことを考え始めたりとかしたものだったけど、

最近はそんな自分に気づき、それを意識的に抑えて、

鬱の波の中に身を任せながら
静かに待つということができるようになってきた。合格


おかげで精神の波は以前よりかは穏やかになり、
マニック(躁)もディプレッション(鬱)も以前ほどはひどくなくなったし、
長引かなくなったように思える。




・・・・・・とはいえ、バイポーラ(躁鬱)の人たちというのは

もともとドラマティックな性格なわけで、

何につけてもドラマティックでダイナミックなものが好きなのよね。


それはそれで個性であり、魅力であるわけだから、

無理やり修行僧のようになろうとしなくてもいいと思うの。


たぶんその人がそういう性質だからこそ持ててきた
人生のわくわくするストーリーもそれぞれたくさんあるんじゃないかと思う。

わたし自身もまさしくそんな感じなのだけど・・・・・。



けれども波も強くなりすぎれば

自分の人生に支障をきたし、人にも迷惑をかけ、
自分自身も苦しくなるわけで、


自分のコンディションってどういうものなのか?

自分の脳内で何が起こっているのか?

どうすれば自分自身がより心地よく生きられるのか?


・・・・・・自分のコンディションについて学びながら
そういうことを本人が知っていくことは大切だと思う。合格



周りの人たちにももちろんそういうことを知ってもらって、

本人がより心地よく、幸せに、スムーズに生きられる
サポートをしてもらえたらと思います。グッド!



わたし自身も典型的なバイポーラで、

いつもドラマティックで、ダイナミックな興奮、感動を求め
それに幸せを感じるところがあるのですが、

それ以外の小さな何でもない喜びに幸せを感じらる力をつけていこうと、
日々、そういう感性を磨いているところですキラキラ






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2018-10-10 22:29:46

ニューヨーカー魂

テーマ:日記 & others..


住む場所を大きく移動して、生活環境を変え、
すべてを一から創りなおすことは、
想像するのは楽しくても、実行するのは本当に大変でしんどい。あせる


しんどい!


しんどすぎる!



しかもそれは年齢と共にどんどんしんどくなる気がする。



二年半前もしんどかったけど、

現在、それでもその時よりはずっとマシな状態であるにもかかわらず、
さらにもっとしんどくなっているような気がする。あせる



渡米した時のことを考えると、
何であんなことができたのだろうと感心してしまう!


当時は若かったから恐れを知らなかったし、
未知の希望も大きかったし、
人に頼ることにも躊躇しなかったし、

当時はお金があったということもあるだろうなあ・・・・・。



けれども今のわたしは日々、うまくいかないことなど、

ひとつひとつの小さなフラストレーションにも
砕けそうになるほどめげてしまう。


昔はそういうことも、子供に戻ったつもりで楽しめたのに、

今はすべてが自分の劣等感へとつながって、
めげて、めげて、仕方ない。しょぼん



今自分が体験していることは確かにとても大変なことで、

大きな不安や恐怖が伴うのも普通だとは思うけど、

どうしても「なんとかなる!」という思いが
その大きな不安や恐怖に勝つことができず、

ただただ、自分のダメさ、価値の低さばかりを感じてしまって、

自分をちっぽけで、愚かで、存在価値のない敗北者にしてしまう。しょぼん



そんな自分に「がんばって!」といえば疲れ切る。


けれども「がんばらなくていいよ」といえば、
自分はなおさらちっぽけで愚かになる。


逃げ場がない。あせる



今の状況を人のせいにしたくなる。

「誰も助けてくれない!」と嘆きたくなる。

そしてそんな自分がますます嫌になる。



ニュートラルにただ黙々と日々を重ねていけたらと思う。

そうできればいつの日か、今の状態から抜け出しているはずだから。


けれどもそれが難しい。


そしてそれができない自分を「やっぱりダメだ」とさらに悪く評価する。ダウン



ブログやフェイスブックに弱音を吐く。

そんな自分がさらにますますダメだと思えてくる。


一番自分を苦しくする脳のループに巻き込まれてしまっているよね。あせる




どんなに今の自分が自分のありたい自分とかけ離れていたとしても、

苦しい状況の中で自信を打ち砕かれてしまっていたとしても、


わたしの優しさや、素直さや、ピュアさや、正直さは

今もちゃんとわたしの中にあるのに!



なんでわたしは大変な状況の中にいて、
ちょっとカッコよくない自分を愛してあげられないのか?

そんな自分に優しくしてあげられないのか?


自分が自分を責めるから苦しくなるのに!



・・・・・・そしてそうやって自分を責める自分をさらにもっと責める
(ダメだ!こりゃ汗



こういう時は自分のしてきた選択がすべて間違っていたと思えてしまう。

自分は自分の人生を無駄にしたと。


何をするのにももう遅すぎる。

もう人生の終わりだ!


・・・・・みたいに汗



楽しいことをする気もなくなる。

何にも集中できなくなる。


・・・・・・そうやってどんどんどんどん自分自身の足を引っ張る!しょぼん




Patience

Patience

Patience



今のわたしに必要なのは


忍耐、努力、平常心


とりあえずメディテーション(瞑想)に戻るのがよさそうだな。


アートもしばらくは

「美しいものを創る」から「メディテーション(瞑想)」に目的を変えるか。




ひとつだけはっきりいえるのは、

今、この世界中でもっともテンションの高いNYCという街に戻ってきて、

自分は大きくなるよりほかにないということ!


だってここでは大きくならないと生きていけないもの!


それはわたしの運命なんだよ!


ここにいるなら大きくなるしかない!



生きていこう!
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