最近、祖母はよく、「私が死んだら」と、口にする。
その準備をするように、祖母が昔、着ていた服をよく母や私たち姉妹にくれる。
最近では、玄関にあった、立派な棚が消え、その場所は埃一つなく、綺麗になっていた。

「私がご飯たべれなくなったら、無理に点滴とかうつんじゃないよ」
祖母の発した言葉に、母は曖昧に笑う。
私はそれを聞いていないふりをした。
「ご飯が食べれなくなって、そんな点滴なんて、みっともない」
おそらく、祖母は人間として、一番大事な食事という行為ができなくなるということは、死ぬことと同一視している。周りに迷惑をかけたくない、というのもあるのだろう。
実際、そんなところ、目の前にしたら、見殺しにする、という選択肢を誰が選ぶだろうか。
私にはその選択肢はない。大好きな祖母を見殺しにするということにひどく後悔する。
幼いと言われるだろうが、後悔しない選択肢を私は必ず選んでしまうだろう。
祖父は背もたれに寄りかかりながら、テレビを眺めていた。
祖父は何も、そのことに対し口にすることはなかった。

だが、明らかにものは少なくなっていく。
昨日まではあった、あの置物はどこへ消えたのだろう。
祖母の部屋にあったというテレビが外へ置かれてあった。
私の大好きなものが、どこか遠くへ追いやられるような、そん気がして、祖父母の家に行くたびに、私は悲しくなるのだ。
まだここにいてほしいと、強く、強く願う。