なんか今日は真面目なことを書きたい気分なので、
パスの方はスルーして下さいな
今日、久しぶりにとある社長(お客様)にお会いした。
彼は(ここではあえて年下なのでこう呼ばせていただこう)、
大学を出てから、どこぞに勤めたことがない。
自分は社長になるんだと、学生の終わるころから、起業して
それからずっと社長だ。
現在は、デリバリーの飲食業を営んでいるが
私が出合った10年前は、電光掲示板屋さんだった。
電光掲示板とひとえに言っても、大から小まであるが
彼は、大のうほうで、例えるとパチンコ屋さんの
外部看板で上がっているような、巨大な電光掲示板が
メインだった。
出合った頃は、ちょうど事業が波に乗り出した頃で
大変儲かってあった。
毎晩、中洲(博多の歓楽街)で豪遊し、車はマセラッティー
にベンツ、いつも綺麗な女性を連れて歩いていた。
でも、彼のそんないい時代はそう長くは続かなかった。
よく言われることだが、企業は3・5・7・10年位のスパン
で壁が来る。
1つの壁を乗り越えても、しばらくすると次の壁が来る。
事柄はまちまちだが、その壁を乗り越えられないと
企業は倒産という道を選ぶしかない。
90%以上の企業は、創業してから大方10年以内には
ほぼ消えているというのが実態だ。
だから、15年以上続いている企業というのは、実は
相当なる努力をしたきた企業だと思う。
話がそれたが、儲かったといい派手な生活をしていた
彼もいい時代はそうは長く続かなかった。
浮気がばれ、前の奥さんから慰謝料を1億円請求され
それを前後して、事業も段々崩れていき、最後は社長と
社員1名の小さな小さな企業にまで落ちていった。
そんな時、彼は突然「デリバリーの飲食業を始める!!」と
言い出した。
周りの社長仲間や友人達は、
「いままで飲食業のいの字もしたことがない奴が何言ってる!!」
「これ以上損失を大きくしてどうする!!」
などなど、避難轟々だった。
でも、彼はそんな言葉は耳に入れず、電光掲示板業は諦め
デリバリー業に事業を変えていった。
今、彼の事業はどうかというと、福岡に8店舗・東京・
神奈川に8店舗 従業員も190名近い立派な企業に成長している。
昨年後半には、本まで出版し私も出版記念パーティーに
呼ばれて伺ったほどだ。
さらに、今後は海外へ進出していくらしい。
最近、彼を知った人たちは口々に「素晴らしい企業家だ」
などともてはやす。
たしかにそうかもしれない。
でも、彼の真の姿を垣間見てきた私には、そんな陳腐な
もんじゃないと言いたい。
彼は、本当に良く努力した。まだ、デリバリー業を始めた頃
朝から深夜まで、一人で調理から配達まで何ヶ月も
こなしているのも見ていたし、店が終わると深夜から
朝までチラシを持って、マンションからマンションへ
自らチラシ配りをしているのを、あちこちで見かけていた。
もちろん、彼には商才も運もあったのだと思う。
でも、それ以上に彼の努力と忍耐が、今の結果を
生んでいるのだと思う。
少し前、彼に言われた印象的な言葉がある。
「○○さん(私のこと)、自分は勘違いをしていました。
電光屋の時は、俺の会社で俺が雇ってやっていて
お前達は俺のおかげで生きていけるんだ!!
ってな気持ちで従業員達を見ていました。
でも、今は違う。一人じゃ何にも出来ないし
誰が欠けても本当に困る。今じゃ従業員の
おかげで自分が生きさせてもらってる、
そう思えるようになったんです!!」と、
あのイケイケで、ある意味傲慢だった彼がだ。
私は、非常に驚いたとともに、感動すら覚えた。
人は変れるんだと。
今日、私が伺ったのは、最近引っ越した新しい
事務所だった。
新しい事務所には、今までなかった「社長室」があり、中は
とても広く、立派な応接や打ち合わせのデスクは
あるものの、意外にさっぱりしたものだった。
中に通されると、私を見て照れくさそうに
「いや~社長室なんかいらないって言ったんですけどね~
従業員達がどうしてもって言うもんで・・・」
と言ってる、とてもキラキラとした彼がいた。
改めてこう思った。努力なくしては何も始まらないと・・・・・
努力しても結果が出ない事も多々ある。
でも、努力し続ける=生きているということではないだろうか。
そんな事を思いながら過ごした一日だった。
おわり