日本人のための日本近現代史

熊本在住の歴史好きです。主に日本近現代史を日本人の立場から分かりやすく解説した動画をあげていきます。日記は動画と連動して書いていきます。最低でも週1以上更新していきます。

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  今回は5の倍数回と言う事で歴史の流れからは少し離れまして、ナチスの迫害からユダヤ人を救った日本人と言う事で杉原千畝東條英機の話をしていきます。

ようつべ https://www.youtube.com/watch?v=3uSurBSB4Jc

ニコニコ http://www.nicovideo.jp/watch/sm30841773

 

 杉原千畝の方は「命のビザ」としてテレビで扱われたり、映画になったりしてるので知ってる方も多いと思います。しかし、TVとか映画では東條英機とか日本の軍部ってのは杉原にユダヤ人へのビザを出さないように命令した悪役として描かれていますよね。ですから僕が杉原と並んで東條の名前を出した事に違和感を感じている人がほとんどなんじゃないかと思います。今回の動画ではそのあたりの話をしていきます。

 

 時は1938年大東亜戦争開戦の3年前ですね。この時期にはすでにナチスによるユダヤ人迫害が行われていて、ドイツから逃げてきた2万人のユダヤ難民がソ連を経由して満州国に入ろうとします。ところが、満州国はドイツからの抗議を恐れて入国を拒否。そこでユダヤ人たちは関東軍の樋口小将にユダヤ人の助命嘆願を行います。これを受けて樋口小将は満州国外交部と交渉し満州国へのユダヤ人の入国を認めさせます

 この時、樋口小将は誰に許可を得てこんなことをやったのか。当時関東軍のトップにいた東條英機です。満州国がユダヤ人入国を拒否していたのに日本が入国させたとなれば当然ドイツ政府から日本政府に対し激しい抗議が行われる事になります。しかし、この抗議に対して東條英機は「当然なる人道上の配慮から行ったものである。日本はドイツの属国ではない」と毅然とした態度で一蹴しています。策定された「ユダヤ人対策要綱」の中でも「我が国は八紘一宇の国である。ユダヤ人だからと言って特定の民族を差別することはできない」と書かれています。こうした関東軍の働きによって2万人のユダヤ人の命が救われました。

 

 杉原千畝が命のビザを発給したくさんのユダヤ人を救ったのはこの出来事から2年後、東條英機が総理大臣になっている時の話です。

 1940年7月、当時リトアニアの領事館に派遣されていた杉原の元にナチスから逃げてきたユダヤ人たちが日本へのビザを求めて押しかけて来ました。当然、杉原は外務省に対し、ビザを出してもいいか確認をしますが、外務省の返答は「正規の手続きを踏んでいない者にはビザを出すな」というものでした。杉原はどうするべきか悩みますが最終的には「人道上拒否することはできない」として外務省に背いて全てのユダヤ人にビザを出す事を決定します。

 そしてユダヤ人へのビザを寝る間も惜しんで書きまくり6000人ともいわれるユダヤ人を救っています。そしてユダヤ人たちはシベリア鉄道を使ってソ連を横断し、ウラジオストクの港から日本に向けて出港しているんですね。

 さてここで考えてみてください。例えビザがあったとしても本当に日本政府の意思としてユダヤ人を日本に入れるなと言う事になっていたんだとしたら、たとえ杉原が発行したビザがあったとしてもウラジオストクから日本へ来る時に乗船拒否すればいいじゃないですか。もっと言うなら杉原がビザを書きまくっているのだって知ってるわけですから即刻クビにすることだってできますよね。にもかかわらず杉原が1カ月もビザを書き続ける事ができ、ユダヤ人が無事日本に来れたという事は日本政府の意思として完全拒否という事ではなかったという事に他なりません。

 

 じゃあ外務省の拒否文書は何なんだよという突っ込みが入ると思いますが、外交には本音と建前があるんです。1940年の7月と言えばアメリカが日本への石油の禁輸をやった時期と重なります。そんな戦争一歩手前の状況で同盟国ドイツとの正面からの対立は避けなければならない。だから表面上は「正式な手続きを踏んでない者へのビザは出すな」と言う事になったわけです。しかし、八紘一宇を標榜し、人種の平等を謳う日本としては助けを求めてくるユダヤ人を見殺しにはできない。だから現場判断でやっているということにして、政府は「ビザを出すな」という文書なんかを出しつつも黙認するという形をとったわけです。

 

 杉原さんは優秀な人物でしたし、当然国際情勢も把握してましたから外務省文書の意味も把握していたはずです。その上で、総理大臣が自らもユダヤ人を2万人救った実績のある東條英機でしたから、ビザを出せばちゃんと日本にたどり着けると信じていたんだろうと思います。近衛内閣だったらビザ出してたところで日本にたどり着けてないと思いますよ。

 余談ですが1946年に行われた東京裁判によって東條英機が死刑確定すると、翌年杉原は依頼退職と言う事になってはいるものの実質はクビになっています。次回は歴史の流れに戻ってマリアナ沖海戦について話をしていきます。読者登録及び動画のチャンネル登録・お気に入り登録をよろしくお願いします。

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