2月13日 また大阪について

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天満橋のHOTELに泊まると、多少不便なところは、JRの駅がないから新大阪までは、

少なくとも一度は乗り換えなければならないことだ。

京阪に乗って淀屋橋で御堂筋線に乗り換えるのが乗り換えが楽だが、御堂筋線は

混むので、それを嫌って、京阪で京橋に出て、京橋で環状線、そして大阪駅で京都線と

2度乗り換えた。

谷町線経由は東梅田から大阪駅まで歩くから、荷物を考えてやめた。

 

環状線はややこしくて、山手線と違っていろいろな路線が乗り入れるから、京橋から

大阪駅に行くのに大和路快速がきて、一瞬迷った。奈良方面の電車なら京橋から方向だけ

見れば天王寺方面に向かうはずだが、大阪駅経由で向かうから問題はない。

東京駅から横浜駅に向かうのに、上野池袋方面に向かう電車に乗るようなものだ。

 

京橋駅で551蓬莱の豚まんを見かけて買って帰ろうかと思ったが、荷物があるからやめた。

551蓬莱は関西では有名だが全国的には知られているだろうか。

そもそも豚まんという呼び方も、全国的には肉まんかもしれない。

551蓬莱は台湾出身者が始めたことは割合知られているだろうが、同じ大阪の日清食品も

台湾出身の安藤百福氏が始めたことはもっと有名だろう。

日清食品は本社を東京に移すとか移さないとか何年か前に日経で読んだが、

完全に移していないようだ。

 

PANASONICのように本社は残すものの、部門ごと徐々に移していく企業もあるから、

丸紅や伊藤忠なども同じようだったのだろうが、少しづつ移して大阪を名目だけにして、

最後に完全に移すPATTERNを踏むのだろう。

先週月曜は天満橋から時間があったから地下鉄に乗らず堺筋まで寄り道しながら

歩いたが、まっちゃまち、松屋町筋を横切った時に大林組のビルを見かけて、大林組も

東京に移したことを思い出した。

道修町の薬品会社も移したし、三井三菱以外は大手商社は全部大阪本社だったが、

いまは住友商事ぐらいだろうか。

 

堺筋本町の帝人は今も本社は大阪だが、そういえば何年か前に、その近くの大阪王将に

行ったら、こういうことを書いていいのかわからないが、たばこを吸いながら調理していた。

どんどん東京から大阪に本社が移ってしまって、BUSINESS向けのビル需要など

低迷しているのではないか。

堺筋にある高島屋の東館を高級HOTELに転用するというNEWSを聞いたばかりだが、

INBOUND客向けの需要は旺盛なのは間違いないだろう。

 

 

大阪に着いた日曜日に久しぶりに淀屋橋方面まで歩いて、日銀の奥のほうに、

高いビルができているのに気付いた。不振が伝えられる中之島だから、意外に思って

HOTELに戻った後調べてみたら、朝日新聞の大阪本社ビルの建て替えだという。

わたしが会社生活で最初に大阪に来た会社の一つが旧朝日本社にあって、あの建物は

なくなって建て替えられたことを知った。

地下のCURRY屋さんに、名前は忘れたが何度か行ったことがあった。

平野町にあった上等カレーもなくなっていた。最も上等カレーのほうは大阪にたくさんあるし、

東京も進出している。新大久保にもできた。

もっともカレーは大阪の名物ではないし、名物としては最近は串揚げが新世界で海外客にも

人気だという。牛肉を揚げるというのは関西以外ではあまりなじみがないと思う。

何度か行ったことがある堺筋本町の串揚げ屋さんは閉店していた。

 

 

この3連休も新大久保は混雑していたという。新大久保は韓国からのNEWCOMERSが

店を経営しているから、今の韓国のはやりに触れることができて、関西からも新大久保に

来るという。

鶴橋は、一方、もともとの在日韓国朝鮮系の街だから、戦前から数えれば3世、4世で、

日本に同化した人たちの街だから現在の韓国とは直接の関連は薄い。

今回鶴橋行って、たぶん5回目だが、初めて行った10年前とあまり変わった印象はなかった。

 

隣接する生野区は在日系の比率が高いことで知られるが、大阪の在日系は、済州島

出身者が多いと言われる。済州島出身者は韓国で差別されたことがあると聞いたが

それは本当かどうかわからない。NU'ESTベクホが済州島出身だと聞いた。

在日系ではないが日本国籍を取得した呉善花さんも済州島出身だ。

わたしは済州島は、さいしゅうとう、というものだと思っていたら、最近はチェジュトウ

というようだ。板門店もいつのまにかテレビでハンモンジャンと呼んでいるし、

いつから呼び方を変えたのか。

全斗煥だって、在任中は日本でゼントカンと呼んでいて、チョンドファンなどとだれも

呼んでいなかったのに、今はいつのまにかゼントカンと読まなくなった。

 

李明博元大統領は大阪の平野出身で、金正恩の母親も大阪出身だと言われる。

難波宮をひくまでもなく、大阪は古来からASIAに開かれた街だった。

最近の日本古代史では副都という定義があるそうだが、内向きの奈良に対して、

大阪は原初から対中国、朝鮮交流、交易の街だった。

石山本願寺の門前町や太閤秀吉の城下町、全国の蔵所、東洋のManchesterである前

から大阪はASIAの街で、だから爆買いBOOM以降海外客が、そのうち8割がASIAから

集まってくるのは、先祖返りしただけと言えよう。

 

北浜の証券取引所は東京証券取引所に吸収されて、近くの北浜三越も

マンションになって久しいが、そのあたりの地名、高麗橋は、近世においては大阪の起点で

大阪一番の商家だった鴻池が店を構えたという。

高麗橋に百済貨物ターミナルなど朝鮮半島を連想される地名が大阪には残る。

 

 

学生の時、木田元氏の入門書とともに、竹田青嗣氏の入門書でも現象学を学んだ。

竹田氏は大阪出身の在日系で著書でもそのあたりのことに言及していたが、

現象学の理解に忙しく、竹田氏の在日としての思い、考えまでは理解に至らなかった。

何年かの前の週刊文春で和田アキ子が在日系だと言っていたが、WEB上で、

誰それが在日だとか流通しているのを見ると、差別というのは、消えないのだと思う。

 

一方、例えば、朝鮮総連を通して、巨額の在日MONEYが北朝鮮に流れている問題や

拉致への在日系の協力疑惑などを無視して、岩波のように在日韓国朝鮮系を差別の

被害者のみに描く立場は、明らかに問題だと思う。

なくなった萩原遼氏など、朝鮮学校における金FAMILY崇拝教育の実態を指摘していたが

そのような学校に無償化を求めるなど全く間違った話だ。

それを差別だと言い立てるのは、問題のすり替えにしか過ぎない。

 

萩原氏は、最近の韓国専門家の一部とは違って、実践の運動も、学術的にも

とても評価された人だ。韓国評論家、専門家は数だけ増えて、質が伴っているのか

疑問を抱かせる書籍が出版されているのを見ると、質はむしろ下がっているのではないかと

思う。

萩原氏もその在日朝鮮人とのかかわりは、大阪におけるものだった。

 

 

大阪はもちろん、台湾や済州島だけではなく、国内からも多く人が集まった。

交通の要所で、後背地の西日本がながらく東日本より経済的に進んでいたから。

(大石慎三郎ら)

大阪が抱える差別問題は在日系だけではないし、問題も多いが、同時に、いろんなひとが

集まるから活力があって、例えばたくさんの芸能人を生み出して、企業家も生み出した。

同質で似たような価値観の集まりは農村で、いろんな出自の、異なった、多様性が

あるのが、世界的な都市の一般で、そう考えれば、大阪のような都市は日本でこそ

珍しいが、世界の都市としてはむしろ普通だろう。

 

同質、同調圧力の村社会的共同体を好むのか、あるいは都市大阪を理念的なものとして

多様な人が集まる反村社会の先進としてとらえることができるかは、試金石になると

考える。