在庫処分 | 前夜祭

前夜祭

古本屋のうたた寝、本の音 改め

 四畳半のアパートの部屋にびしびしと置いていた文庫本と新書などは、通販をやめたので、解体することになる。店を閉店するときのような悲壮感はない。倒産とは違うのだ。気まぐれで始めて、気まぐれでやめるのだ。そこは生活がかかっているか、かかっていないかの違いで、道楽に近いものがあるからどうも真剣ではない。そういう考えで仕事をしてうまくゆくはずがない。
 
 4千点の本や紙もの、地図や絵葉書などがあって、プラスチックのコンテナにびっしりと入って、押入れと部屋の半分以上を占領している。それをこれから三か月かかって、処分してゆく。売れ残りということもあり、まずは、どこに売りにゆくかだ。
 ブックオフは安いが、新しい綺麗な文庫本ばかり選んで、まずは、秋葉原の6階建のビルに、両手が痛くなるほどの本を売りに行った。前にもそこに入ったことがあるが、そんなに大きな店でも一冊も買う本がなかった。
 二度目に入るのだが、初めて売りにゆく。その夜は、長男と神田で呑む約束をしていた。たまに呑もうかと、電話でやりとりして、彼の会社が近い神田駅の東口で待ち合わせていた。それなら、秋葉原のブックオフだろうと、持ち込んだのだ。査定の間、待たされるので、本棚を眺めて歩いた。白っぽい本だけでなく、ピンクや赤や、なんと本という色かと思うほど、食欲が湧かない。そこにずらりと並ぶのが本だとは思えない。気がついたら、わたしは、古本に対する買う意欲をすっかりとなくしていたのだ。どうしたのだろうか。いままでも処分ばかりしてきたが、その処分してきた本がそこに並んで、背表紙を見せているが、どうも食指が動かない。感動も、かつてのうきうきとした古本屋の棚の前に立つ期待感というのがまるでない。
 ブックオフはその店の立地にもよるのか、均一棚はかつては100円であったのが、100円から200円に値上げしていて、しかもたいていは200円売りで、転売ができない。周囲がオフィスばかりなので、ビジネス書やハウツウ本ばかりがずらりと並ぶのを見ていて、わたしの眼は死んでいた。どうでもいい。
 査定が終わって、呼ばれたら、なんとたったの200円と。これではタバコも買えないではないか。それより、わざわざ汗をかいて重い思いをして、指が痺れるほどのくたびれることをして、運んだ駄賃がそれだけか。文庫本150冊だが、やはりいらないものはいらないようだ。敵も心得ている。

 ブックオフでも場所によって置いている本も違うが、東大の近くならいいのではと、本郷に近い千駄木の支店で試しに売ってみた。そこは小さな店で客もまばら。そこではなんと20冊で80円。がっかりした。わざわざ自転車で来るほどのものではない。
 それではランチも食べられない。ならば、前に売りに行ってよかった飯田橋の店はどうだと、友人に手伝ってもらって自転車で200冊くらいの文庫本ばかりを売りに行った。手伝ってもらうので、売れた金額によって、ランチを奢るということにした。もし、1500円で売れたら、ガストのランチにドリンクバーをつけよう。1000円しかくれなかったら、サイゼリアの安いランチでいいか。500円しかくれなかったら、マックで120円のシェークと100円ハンバーガーで我慢しよう。
 前に、青森にいたときも、そうしてアマゾンの在庫本を息子と処分しに、ブックオフに売りに行って、2000円くれたらステーキの宮のランチで、1000円なら吉野家の大盛り牛丼だと、そういう期待で売りに行ったことを思い出した。それと同じことをしていた。
 果たして、1700円くれた。よかった。ファミレスでランチにしようと、神楽坂の上まで歩いて、少し遅いランチにドリンクバーとした。ドリンクだけでも8杯もお替りして、腹がゲボゲボだ。
 
 やはり、ブックオフは安い。それよりはきちんと本の値段が解るいい本を並べている古本屋にしようと、探して、自転車で行ける範囲の古書店に今度はヤフオクの売れ残りの紙ものや戦前の雑誌などを売りにゆく。それが最近はそうした持ち込みがないのか、店主が電卓を叩いて、これでいかがでしょうかと、査定金額を提示したら、思わぬ高額で、内心小躍りした。やはり、値打ちが解る従来の古書店でなければ。嬉しい。それだけあれば、ホテルのバイキングに三回は行けるだろう。いや、温泉旅行一泊でもいいか。
 
 本は売れないで、捨て値で買われると悔しい。本が可哀想だと思う。それが、きちんと査定してもらえたら、こんな嬉しいことはない。
 これからはブックオフに売りにゆくのはやめよう。古書店に限る。全然値段が違う。5円10円ではない。しかも、古書は喜んで買い取ってくれる。

 神保町の三省堂書店さんの春の古書市も始まり、それにも新書と文庫本を持ってゆく。1円でアマゾンに売るよりはいい。5円10円も可哀想だ。それより、お客に安く売ったほうがはるかに喜ばれる。ただ、神保町まで、カートとリュックにどっさりと本を入れて、徒歩で20分の距離を運ぶのが大変だが、そうして在庫をなくしてしまうよりないだろう。

 まずは、四畳半の本をすべてなくしてしまうこと。夏の前までに在庫処分が終われば、また広い部屋で大の字になって寝られる。いまは、本の隙間に申し訳なさそうに窮屈に「く」の字型で寝ているというより、挟まっているのだ。
 そして、これからは変なことは考えずに、何もしないことだ。新たな仕事は持ち込まない、増やさない。仕事なんかバイトだけでいい。後は遊ぶことでけ考えたらいい。いいか、絶対に欲は出すなよと、わたしは自分に言い聞かせる。儲けようとして損をしている。自分に商才がないことを自分が一番知っている。