いつも拙いブログをお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

今回はトップブロガーのベティコさんとのコラボ記事です。

あっ、いや…、コラボと言っても良いのか……

私が読んで感動した記事を勝手に書き起こし、そして送り付け、半ば強引にご了承をいただいたのが実情です。

ベティコさん、申し訳ございませんでした。

 

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ベティコとピュア子とリンゴの樹

 

「ねぇ、ママ、ベランダの向こう側にリンゴの種を蒔いてもいい? 大きな樹になってリンゴがたくさんできたら、食べ放題だよ」

そう言ってピュア子がリンゴの種を蒔いたのは今から6年前だった。食後のデザートにリンゴをむいているベティコを見て、そんな未来を思い描いたのだろう。二人が当時住んでいたのは賃貸マンション1階の角部屋。ベランダからいつでも自由に、そして好きなだけ果実をもぎれたら、なんと素晴らしいことか。ただ、そこは砂利が敷き詰められていて、隙間にある僅かな土から雑草が顔を出しているような場所だった。こんな所に蒔いても芽なんか出てくるわけがない、大人ならそう考えてしまう。だけど、ベティコは母としてピュア子のその純粋な思いを大切にしたかった。

「うん、いいよ。大きくなるといいね」

「なるよ、きっと」

エイッ! ベランダに出たピュア子はまるで節分の豆まきでもするかのように、線路とマンションを隔てるフェンスの手前にリンゴの種を蒔いた。大きくなってね、そう願いを込めて……。

 

 

数ヵ月後……、学校から帰ってきたピュア子が感嘆の声をあげた。リンゴの種が芽吹き、膝丈くらいの高さまで成長していたのだ。

「ママ、リンゴちゃん育っているね!」

ベティコは反省しきりだった。する前から諦めちゃダメ、してみなきゃ分からない、ピュア子にはいつもそう話しているのに、リンゴの種には少しも期待していなくて、どうせ無理だろうと決めつけていた。なんて自分勝手なのだろう……。大人は無意識に可能性を考える。

 

── 上手くいく可能性とそうではない可能性 ──

 

後者だと判断すれば、多くの人は興味そのものを失ってしまう。ベティコもそうだった。だけど、それだけで未来を諦めてしまっても良いのだろうか。それは自分自身の可能性をも否定することに他ならない。ベティコは小さく揺れる小さなリンゴの樹に、そう語りかけられている気がした。

「ピュア子、リンゴちゃん、ごめんね」

 

 

ただ、毎日リンゴちゃんの世話をするのは難しかった。マンションの敷地内とはいえ、そこへ行く為にはベランダの柵を乗り越えなければならず、そんなことをしていては泥棒と間違えられてしまうかもしれない。また、不審者がいると通報されてしまう恐れもある。だから、二人には見守ることしか出来なかった。水も肥料もあげられず、虫に葉を食われても助けてあげられず、味方は太陽と雨だけ……。それでも、リンゴちゃんは逞しく育ち、2年後にはベティコの身長(155cm)を超えるほどまでになった。あのリンゴの種がこんなに大きくなるなんて……。

 

 

通常、リンゴは栄養たっぷりの土壌で苗木から育てられる。それを考えると、このリンゴちゃんには、ただただ頭が下がる思いだった。ひたむきに生きるその姿にどれだけの勇気と希望をもらったことだろう。せめてエールを送りたい。しかし、そんな矢先に試練が訪れた。マンションの掲示板に管理会社からの通知文が貼られていたのだ。そこに書かれていたのは、2年に一度の雑草駆除のお知らせ。

「ママ、リンゴちゃんが切られちゃうよ……」

これは一大事……。目に涙をためるピュア子を見て、ベティコは"情に訴える作戦"を考えた。どうかこの子を切らないでください……、ベティコはそんな手紙をピュア子にわざと下手な字を書かせてリンゴの樹に括り付けた。

 

 

雑草駆除の業者さんは二人の願いを叶えてくれた。世知辛い世の中だけど、人情はまだある。リンゴちゃんの周りの雑草だけが無くなった。

「良かった……」

「業者のお兄さんたち、ありがとう」

二人は手を取り合って喜んだ。リンゴちゃんが切られなかったことはもちろん、母子で気持ちを一つに出来たことが嬉しかった。リンゴちゃんはもう家族の一員、そこにいてくれることが当たり前……。

 

 

だけど、悲しいかな、その存在が当たり前になればなるほど、興味は薄れる。それからまた2年の月日が流れ、リンゴちゃんが2mを超える高さになった頃のこと……。リンゴちゃんはわさわさと葉を揺らして話しかけてくる。いってらっしゃい、おかえりなさい、いつだって母子二人の暮らしを優しく見守ってくれた。それなのに……。ある朝、夢の中にいたベティコの耳にけたたましい機械音が響いた。

 

──  ギュインギュインギュイイイイーン ──

 

ベティコには何の音だか分からなかった。想像しようとさえしなかった。

「うるさいなぁ……、休日の朝から工事なんてしないでよ」

何やら話し声も聞こえる。だけど、どうにも眠くて起きられない。

「おしゃべりをしていないで早く終わらせてよ。もうっ!」

何度も寝返りを打ち、顔に押し付けるようにして布団を被ったその時、ベティコは人が去っていく気配を感じた。

「やっと終わった。これで穏やかに眠れ……。えっ? ちょっ、ちょっと待って……。今の音って、もしかして……」

ベティコの目は一気に覚めた。そして、血の気が引いた。

「そういえば最近、マンションの掲示板を見ていなかった……。まさかまさか、2年に一度の雑草駆除?」

飛び起きてカーテンを開けると……。

「リンゴちゃんが…、リンゴちゃんが…、見えない……」

ベティコがベランダに出て柵の下をのぞき込むと、リンゴちゃんは切り株になっていた。

 

 

ベティコは呆然と立ち尽くした。ベランダから吹き込む風がピュア子の髪をなびかせる。

「あっ…、ママ、おはよう……。朝からどうしたの? 何をしているの? えっ…? えっ…? リンゴちゃんがいな…い……」

ピュア子は言葉を失い、ぽろぽろと涙を零した。ベティコは自分の至らなさを責めるばかりだった。

「ごめんね…、ピュア子……。ごめんね…、リンゴちゃん……」

抱き合って泣いたこの日のことを、二人は決して忘れない。

 

 

いつもとは違うその景色……。変わってしまった当たり前を目にする度に、ベティコの心は暗闇に突き落とされた。だけど、いつまでも俯いてばかりはいられない。リンゴちゃんの分まで生きよう、リンゴちゃんが咲かせられなかった花になろう、ベティコは自分にそう言い聞かせた。それはきっとピュア子も同じだったと思う。

 

 

もう少し話は続く。この年の夏が終わろうとしている頃だ。ベランダに干した洗濯物を取り込もうとしていたピュア子が大きな声をあげた。

「ママ、大変! リンゴちゃんが……」

ベティコは夕食を作っていたその手を止めてベランダへ向かった。そして、そこで目にした光景は……。

 

 

「リンゴちゃん、生きていたね!」

「うん、生きていた!」

二人はこの日初めてリンゴちゃんに水をあげた。

「頑張れ! リンゴちゃん!」

 

 

そしてまた2年の月日が流れて2020年春、リンゴの種を蒔いたあの日から6年が経っていた。引っ越しの準備を済ませて窓の外へ目を向けると、元の姿に戻ったリンゴの樹が二人を見守っていた。柔らかな風に乗って揺らめく枝が、まるで手を振る少女のようだ。彼女はお歳暮になるようなエリートのリンゴではなかった。陽の光と雨水だけで育ち、切り株にもされて、まだ一度も花を咲かせていない。もちろん、果実を実らせてもいない。だけど、強く生きてきた。

 

人間も同じだと思う。生まれてくる場所を選べなかったり、どうにもならない運命に翻弄されたり、不平等感を覚えることは誰にでもあるだろう。そんな現実を突きつけられて、やりきれない気持ちになる時だってある。頑張っていたのに、良い流れに乗れていたのに、どうして自分がこんな目に遭うのかって……。だけど、諦めなければ何度だってやり直せる。そしてその力は、自分の中にある。リンゴちゃんがそう教えてくれた。

「バイバイ、リンゴちゃん。果実よりも大きくて、瑞々しくて、優しい恵みをありがとう!」

 

 

文:清掃氏 絵:ekakie

 

 

 

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