第2話 星のように

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 親子なのだから何でも知っている、夫婦なのだから隠し事はない、それを突き詰めることは本当に幸せなことなのだろうか。人には知ってほしいことがあれば、知られたくないこともある。知りたくないことや知らない方が良いことだってあるだろう。それは誰だって、どんな関係であっても、同じであるはずだ。俺は全てを知ることが良好な関係の基礎になるとは思わない。また、それを求めることが絶対的な正義だとも考えない。知りたいと知ってほしい、その一致こそが大切なはずである。

 

 

 ホテルを出た俺たちは電車を乗り継ぎ、両親が待つ家へ向かった(【第1話 甘い香り】参照)。彼女はこれ以上なく緊張した面持ちで、心なしか震えているように見えた。前日の夜に"交際期間ゼロ"で結婚を約束して、翌朝に両親に会うとなれば、気を休める間もない。また、もしも迷いが生じていたとしても不思議なことではない。だから、俺は何度も声をかけた。

「大丈夫? 今度にしてもいいし、やめたっていいんだよ」

「ううん、やめない。大丈夫!」

 

 

 家の近くに着いた時、俺は彼女にまず一人で話をしてくることを伝えた。もちろん、不安で心がはち切れそうになっている彼女を一人で待たせるのは本意ではない。だが、隠している自分自身の今を告白しなければ次へは進めないと思った。だから、少しだけ時間をもらった。そして…(以下、純情見習い編【最終話 告白】より抜粋)。

「じっ、実はさ…、結婚したい人がいるんだ」

「えっ…」

「今すぐじゃないよ。だけど、こんな俺を心から想ってくれて…。その人といると、すごく優しい気持ちになれるんだ」

「こんなに嬉しい話が聞けるなんて…。本当におめでとう! 清掃氏のお嫁さんになってくれる人と早く会ってみたいな」

「その人はさ、いつも一生懸命で、真っすぐで、透き通っていて…」

「きっと素敵な人なんだろうね。今度来る時は連れてきてね」

「いや…、来てるんだ」

「えっ…?!」

「今、外で待っていてくれているんだ。窓から見えると思うよ」

 

 

「清掃氏、お嫁さんになってくれる人をあんな所で待たせちゃダメじゃない…。きっと心が押し潰されそうになっているわよ。早く迎えに行ってあげなさい」

「うん、行ってくる」

 

 

「妹子、待たせてごめん。家に入ろう」

「うっ、うん…」

俺は彼女の手を優しく引いて、家に戻った。

「父さん、母さん、紹介するよ。こんな俺をいつも支えてくれている妹子さんだよ」

「はっ、初めまして…、いっ、妹子と申します。わっ、私もいつも清掃氏さんに励まされています」

「わぁ! 素敵なお嬢さん! 本当にウチの清掃氏でいいのかしら…。ねぇ、お父さん?」

「そっ、そうだな…」

父も母も照れていた。また、彼女のあまりの若さに驚きを隠せずにいた。高校生だと伝えたら、どんな言葉が返って来るのだろうか…。

「二人ともそんな所に立っていないで…。妹子さん、遠慮せずに腰を下ろして下さい。飲み物はレモンティーでいいかしら? 清掃氏用に作ったものだから、ちょっと甘過ぎるかもしれないけど…」

「はっ、はい…、私も甘いレモンティー大好きです。お母様、ありがとうございます」

 

 

四人でテーブルを囲んで腰を下ろすと、母が彼女の緊張を和らげようと話しかけた。

「私、妹子さんみたいな女の子が欲しかったの。だから、本当に嬉しいわ」

「あっ、ありがとうございます」

「妹子さんはどんなドーナツが好き?」

初対面の相手への最初の質問としてはおかしい気がする。だが、母は必ずこの話題から始める。それは俺が小さな頃から変わらない。

「ドッ、ドーナツですか? えっと…、フレンチクルーラーがいちばん好きです」

「あら、清掃氏と同じね。今度は買っておくわね」

「あっ、いえ…、何でも食べられますので、私なんかに気を遣わないで下さい。お母様はどんなドーナツがお好きなんですか?」

「私はエンゼルクリームが好きなの。今度一緒に食べに行きましょ!」

「はっ、はい!」

母は幼稚園教諭をしていただけあって、心に入り込む術に長けている。学校や職場でなかなか輪に入れなかった俺は、それが羨ましくてならない。俺も次は好きなドーナツを尋ねてみようと思う。

 

「ところで…、妹子さんはおいくつなの?」

「じゅっ、18です。来年の春に高校を卒業します」

「えっ…」

両親は驚きのあまり言葉を失ったようだった。まさか北海道から高校生を連れてくるとは思いもしなかっただろう。俺は慌てて会話に入った。

「父さん、母さん、…妹子は、いや、妹子さんは大学へ行って学校の先生になるのが夢なんだ。今はね、通信制の高校に通っていて、同じ仕事をしているんだ。近いうちに籍は入れるつもりだけど、一緒に暮らすのは大学を卒業してからかな」

「…そうなのね、ちょっとビックリしちゃった。妹子さん、頑張ってるのね!」

「わっ、私じゃダメでしたら言って下さい」

「ダメなわけないじゃないの。決めるのは私たちじゃなくて清掃氏と妹子さんよ」

「お母様、ありがとうございます」

「お母様だなんて恥ずかしいから、お母さんでいいわよ。今度、妹子さんのご両親にもご挨拶に行かないとね。ねっ、お父さん?」

「そうだな。妹子さんのご両親はもう知っているのかな? お父さんはどんなお仕事をされているの?」

「母は知っています。すごく喜んでくれました。父は…、いないんです。正直にお話しをしてくるように母からも言われていますので、聞いていただけますか?」

「何でも話して下さい。でも、無理はしなくていいんだよ。妹子さんが話したいことだけを、話してもいいと思えることだけを聞かせて下さい」

「…お父様もお母様も本当に優しくて、やっぱり清掃氏さんのご両親だなって思いました。私…、こんなふうに優しいお父さんとお母さんがいる家庭にずっと憧れていました」

「これから作っていけるじゃないの。あなたたち二人なら大丈夫よ」

「お母様…。私は父の顔もよく覚えていないんです。小さな頃には家族の写真がタンスの上に飾ってありましたが、それもいつのまにか無くなっていました。きっと母が待つのをやめたんだと思います」

「……………」

「私も詳しくは知らないのですが、父はたくさんの借金を残したまま家に帰って来なくなりました。会社を経営していたとかそういうのじゃありません。賭け事が好きな人だったと聞いています」

「……………」

「残された母は私を育てながら必死に働いて、少しずつ借金を返していきました。ですから、いつも家計は苦しくて、私の家にはみんなが持っているようなおもちゃも、可愛いぬいぐるみも、何もありませんでした。あったのは、たくさんの本だけです。母が勤めていた古書店から廃棄処分になった本をたくさんもらってきてくれました」

「……………」

「小学校に入ると、貧乏なことをからかわれるようになりました。友達は可愛いシールを交換したり、人気キャラクターの文房具を見せ合っているのに、私は図書室で借りた本を読んでいるだけ…。そんな私にこっそりとシールを分けてくれる友達もいましたが、その友達までからかわれているのを見た時、『私はここにいちゃいけないんだ、友達にまで悲しい思いをさせちゃうんだ』って思ったんです」

「……………」

「最初は頑張っている母を悲しませたくなくて、毎日必死に涙をこらえながら学校へ行きました。でも、そういうのは伝わってしまいますよね。母に言われました。『お母さんのせいでごめんね』って…」

「……………」

「私は、『お母さんが悪いんじゃない、悪いのは私たちを置いて出ていったお父さんだよ』って言いました。でも、母は一度も父を責めるような言葉を口にしませんでした。その時だけじゃなくて、それまでも、それからも、そういう言葉は聞いたことがありません。それがどうしてなのかは今でも分かりません」

「……………」

「それから、だんだんと学校から足が遠のきました。中学校に入学してから少しだけ登校しましたが、それも長くは続きませんでした。私は無視されてもからかわれても我慢できたと思いますが、新しく友達になってくれた人たちに嫌な思いをさせてしまったらどうしようって…」

「……………」

「勉強は教科書と先生が届けてくれるプリントでしていました。どの教科も苦手ではなかったと思います。でも、もう普通の高校への進学は無理だと思いましたし、私にはその勇気を持つこともできなかったので、高校は通信制を選びました。働いて母を少しでも楽にしてあげたいという思いもあったからです」

「……………」

「これは清掃氏さんにも初めて話しますが、たくさんある清掃の仕事で今の会社を選んだ本当の理由は、働いている人たちを見て、この人たちなら私を温かく迎え入れてくれるって思えたからなんです」

「えっ…、そっ、そうなの? 確か…、一人で作業が出来る仕事がいいって聞いた気がするけど…(純情見習い編【第33話 一人が好きなキミへ】参照)」

「もっ、もちろん、それもあります。でも、それは後から考えた理由なんです。今まで黙っていてごめんなさい…」

「いや、大丈夫だよ。よく話してくれたね、ありがとう」

「清掃氏さん…。私、人が苦手だったんじゃなくて、人が怖かったんです。また除け者にされるんじゃないか、また置いていかれるんじゃないか、また一人になっちゃうんじゃないかって…。だから、働いている人たちを見る為に色んな清掃の現場を回りました」

「じゃあ、俺は何度か見られてたの?」

「うっ、うん…、何度も見た」

「ちゃんと仕事してた?」

「えっと…、私が見た時はいつも楽しそうにしてた。改札口で会長さんの口の中を覗き込んでいる時があって笑っちゃった」

 

 

「えっ…。俺、あの時に微笑みながら通り過ぎた人のことを覚えているよ(純情見習い編【第6話 ご協力お願いいたします】参照)」

「それは私かもしれないね…」

「…何だか楽しそうな職場ね。私も北海道へ行って使ってもらおうかしら」

「かっ、母さん…、それは勘弁してくれよ」

「妹子さん…、辛い過去を話してくれてありがとね。妹子さんが本当に優しい人だってことがよく分かったわ。それに…、本当は強い人だってこともね。優しさは強さで、強さは優しさだと思うわよ」

「おっ、お母様…」

「…妹子さん、ひとつお聞きしてもいいですか?」

「はっ、はい! お父様、何でも聞いて下さい」

「妹子さんは自分のお父さんに会いたいと思いますか? それとも、自分やお母さんを苦しめたお父さんには二度と会いたくないと思っていますか?」

「それは…。考えたくもないと思った時期があったのは確かです。でも、今は…」

「勝手な推測ですが、タンスの上に飾ってあった家族の写真が無くなったのは、妹子さんがお父さんを憎んだり恨んだりした時期と重なりませんか? お母さんは待つことをやめたんじゃなくて、妹子さんにお父さんを嫌いになってほしくなかったんじゃないかと…」

父はその仕事柄、洞察力が並外れている。俺は何度も息を呑まされてきた。だが、この時に限っては、それがどんなに的確に的を射ていたとしても、すぐに掘り起こす必要のない記憶だと思った。

「父さん…、それは今は答えを求めなくてもいいんじゃないかな」

「そうかもしれないな…。妹子さん、酷な質問をしてしまって申し訳なかったね。ただ、どうしてもお父さんの事を知りたくなった時は相談して下さい」

「はっ、はい」

警察の情報網を使えば、消息を知るのはそれほど難しいことではないのかもしれない。ただ、そこに頼るのは本人が知りたいと思った時である。

 

「清掃氏、妹子さん、まだ時間は大丈夫? ホットケーキを焼くから食べていかない?」

「うん、もう少し時間があるから、いただいていくよ」

「お母様、私も手伝います。一緒に作らせて下さい」

「うん、一緒に作りましょ! 何だか夢の中にいるみたいだわ」

「わっ、私もです!」

俺も同じだった。夢が一つ叶った。大好きな人と結婚するということ…、彼女と出会わせてくれた神様に感謝したい。

 

 結婚とは、見つめ合うことではなく、同じ星を見上げることだと思う。雲がかかっていることも、冷たい雨に打たれることもあるだろう。時に傘となり、時に彼女を照らす光となり、その星の輝きを享受していきたい。星のように輝ける夫婦でいられるように…。

 

 

文:清掃氏 絵:清掃氏・ekakie(えかきえ)

 

 

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