夏の残党と秋の先遣隊が一進一退の攻防を繰り広げたある日のことである。照れくささを笑顔でごまかしながら詰所の扉を開けると、婆さんが瞬間凍結した。

「おっ、おはようございます」

 

 

「……………!!」

 

 

きっと髪の色を見て固まってしまったのだろう。前日の夜、俺は抗がん剤の副作用で真っ白になった髪を染めたのだが、思うような色にはならず、赤毛のアンのようになっていた。

 

 

「かっ、会長、しっかりして下さい。あっ、いや…、この髪はですね、本当はロマンスグレーに染めたかったんですけど…」

「…気でも違ったのかと思ったわ。ロマンスだかフランスだか知らないけど、ウチのタンスの色と似てるわね。あんたもそう思わない?」

「いっ、いや…、見たことがないので分かりません。今日もワードセンスが冴えていますね」

「あん? しじみチャンスがどうしたって? 朝の一粒が効くのよね」

「わざと間違えてますよね? 誰もそんなこと言っていませんよ。飲んだことありませんし…。会長の言葉選びには本当に痺れます」

「正座しているわけじゃないのにどうして痺れるのよ?」

「いっ、いや…、そういう意味じゃなくて…」

「…まぁ、いいわ。よく見ると、ニワトリのトサカみたいね。ウチのタンスじゃないわ」

トサカでもタンスでも何でも良いが、いや、そのどちらでもないが、どうしたって人の目は気になる。年甲斐もなく派手な頭をしてと思われやしないか? 清掃員だから髪の色など関係ないと思っていると誤解されやしないか? 社会人としての常識が欠けていると冷たい視線を浴びやしないか? 自意識過剰だということは分かっている。ほとんどの人は気にも留めず通り過ぎていくだけなのに…。

 

 

 

 この日の帰り道、俺は街中にある雑居ビルに寄った。訪ねたのは後輩が話のネタにしていた"占いババ"である。黒くて重たい扉を押すと、とんがり帽子を被った高齢の女性がデンと構えていた。

 

 

「あんた誰だい?」

「いっ、いや…、誰って…、客ですよ」

「そのトサカみたいな頭はどうしたんだい?」

「それはかくかくしかじかでして…」

「そうかい…。で、アタシに何の用だい?」

「いっ、いや…、ですから占っていただこうと思いまして…」

確かにその言動がウチの婆さん(会長)と似ていた。後輩がネタにするのも分かる。

「何を占うんだい?」

「そっ、そうですね…、えっと…、これからの人生について…」

「震えている心が伝わってくるわ。アタシが何を考えているか必死に汲み取ろうとしているのが分かるわよ」

「いっ、いや…、部屋も薄暗いし、これからいったい何をされるのかなって…」

「痛いことなんて何もしないわよ。 どれっ! ぬむっ? あんた…、エンパスね」

「エンパス?? 何ですか、それ?」

「繊細で感受性が強くて、共感能力が並外れて高い人のことよ。あんたは他人の痛みや感情を自分の事のように吸収しちゃうんじゃないかしら? 心が疲れてばかりなのはそのせいよ」

「そっ、そうなんですかね…」

「そうなんですかねじゃなくて、そうなのよ!」

随分と強い口調で言い切られた。ただ、間違えてはいないと思った。確かに小さな子供の頃からそうだった。悲しげな表情を浮かべている人がいると胸が苦しくなるのはもちろん、怒られている人を見ると自分まで責められている気持ちになったり、アニメやゲームで主人公が攻撃されると自分の身体まで痛むような錯覚を覚えたり…。おかしな奴だと思われるのが怖くて誰にも言わなかったけれど…。

「それは心の病のようなものなんですかね?」

「アタシはそうは思わないけど、受けとめ方次第じゃないかしら。アタシならそれを活かして生きていくわ」

「どっ、どうやって?」

「あんたを活かしてくれる人を見つけるのよ。恋人とか一緒に働く仲間とか…」

「あっ、あの…、俺が独身か既婚か分かりますか? その水晶玉みたいなもので占ってみて下さいよ」

「それはここには映らないのよ」

「じゃあ、何が映るんですか?」

「あんたの心よ。占いっていうのはね、何かを言い当てるものじゃなくて、道を示すものなのよ」

そうだとは思うが、逃げ口上のようにも感じた。だが、それを言うのは野暮なことだ。俺は占いババの人生相談を受け、料金を支払って部屋を出た。話のタネが一つ増えたのだと思えば、まぁいいだろう。

 

 

 

 そして、翌日である。照れくささを笑顔でごまかしながら詰所の扉を開けると、婆さんが瞬間凍結した。

「おっ、おはようございます」

 

 

「……………!!」

 

 

きっと髪の色を見て固まってしまったのだろう。前日の夜、俺は真っ赤になった髪を黒く染め直していた。

「かっ、会長、しっかりして下さい。あっ、いや…、この髪はですね、帰宅後に染め直したんですよ。さすがに真っ赤なままじゃ…」

「…ウチの炊飯釜の色と似てるわね。あんたもそう思わない?」

「いっ、いや…、見たことがないので分かりません。今日もgoing my wayですね」

「あん? 強引にロープウェイって何よ? 藻岩山には行ってないわ」

「誰もそんなこと言っていませんよ。そうそう、昨日の帰りに占い師の所へ行ってきたんですけど、会長を思わせるようなお婆さんで…」

「占い? それならアタシも出来るわ。ちょっと待っていなさい」

 

 

婆さんはノートを取り出し、何やら"線"を書き始めた。

「いっ、いや…、それは"あみだくじ"じゃないですか…」

「いいからやってみなさい」

線を選んで辿っていくと、下には"大吉"と書いてあった。だが……。

「いや…、これ…、"大吉"しか書いていないじゃないですか」

「人生はね、どの道を歩いていたって雨が降るのよ。雨が降らない道なんてないわ」

「それは分かりますが…。"大吉"と何の関係が…?」

「晴れの日があれば、思いがけない雨に打たれる日だってあるわ。どの道にも大吉と大凶があるのよ。でも、アタシは全部"大吉"だと思うようにしているの。躓いたら休めってこと、前が見えなくなったら後ろに戻れってこと、胸が苦しくなったらそれを癒してくれる誰かの存在に気付けってこと…」

「会長はセラピストになれますね」

「…何だかよく分からないけど、あんたと同じなのよ」

「俺と同じ? 昨日、エンパスだって言われたんですよ」

「あん? コンパスだかサロンパスだか知らないけど、人の気持ちを感じちゃうのは疲れるわよね。でも、それはそれだけ自分を活かしてくれる人を見つけられるってことよ」

「そっ、そうですね」

 

恥ずかしくて言えなかったが、婆さんも俺を活かしてくれた人の一人だ。考えてみれば、俺はそんな人たちに囲まれて生きている。他の誰かの心を感じるのは時に辛いことで、気付かない方が幸せなことだってたくさんある。でも、それでも、やっぱり俺は感じながら生きたい。自分ではない他の誰かの、喜びを、悲しみを、大きな愛を。

 

 

 

文:清掃氏 絵:清掃氏・ekakie(えかきえ)

 

 

 

 

 

 

 

↑次回のお話です。