舞い降りてくる窓の外の雪を見ながら子どもたちのお絵描き遊びに付き合った週末のある日のことである。姉妹で仲良く小一時間クレヨンを握っていたが、"飽きる瞬間"は突然訪れて、次女はぬいぐるみに引き寄せられていった。使ったクレヨンや画用紙は長女が一人で片付けている。まだ2歳、言われなければ分からないこともたくさんある。
「二子ちゃん、ぬいぐるみで遊ぶのはちゃんとお片付けをしてからにしようね。クレヨンちゃんがお家(箱)に戻りたいって泣いているよ。お片付けができたら、おやつを買いに行こうか?」
「うん、いきゅ(行く)」
片付けを終えた後、俺は次女と二人で近所のスーパーへ向かった。入り口の近くで催されていた冬物処分市に心を引かれたが、次女が俺の手を引く力はそれよりも強く、おやつ売り場へ連行された。
「いっぱいあるねー。今日は何を買う? 揚げしらべ? キャラメルコーン?」
口にしたお菓子の名はその時に俺が食べたかったもので、次女は華麗にスルーする。
「チェボンスター(セボンスター)買う!」
セボンスターとは、おもちゃの指輪やネックレスがおまけに入っている玩具菓子である。性別の話など一度もした事がないのに、自分は女の子だと分かっているのはどうしてだろう。
何度も買わされている、いや、買ってあげているので、次女はセボンスターが並んでいる棚を覚えていて、いつもならば一人で手に取り「これっ」と渡してくる。だが、この日は違った。
「お父たん、お片付け、お片付け!」
「えっ? お片付け?」
何を伝えたいのか分からず次女のいる方を見ると、セボンスターの隣に精肉のパックが……。
これはない……。買い物の途中で「やっぱりいらない」と購入をやめたことは誰にでも経験のあることだと思うが、善良な心があれば元の場所へ戻す。言われなければ分からないことなのだろうか。俺はもう売り物にはならないであろうその精肉のパックを陳列棚から引き出し、店員さんに届けることにした。
「お父たん、お片付け、エライ!」
「二子ちゃんはこういうことをしちゃダメだよ。きちんと"お片付け"しないとね」
「うん、お片付け、お片付け!」
次女がそう言葉を発すると、すぐ近くにいた男性がビクッと体を震わせ、こちらに目を向けた。
「あっ、僕じゃないですよ」
何も言っていないのにこの反応、どうしたって疑いの目を向けてしまう。だが、俺にはそれを証明するすべはない。
「おじさん、お片付け、お片付け!」
次女はこの男性が精肉をお菓子の陳列棚に押し込む姿を見たのだろうか? 男性の表情が険しくなった。だが、何度も言うが、それを証明するすべはない。もしも全く無関係だったとしたら、失礼極まりないことである。
「あっ、いや…、すみません……。買い物へ来る前にお片付けの話をしていて……」
俺は何とかその場を取り繕った。だが、親の心子知らずというか……。
「お片付け、お片付け!」
「はいはい、お姉ちゃん、分かったよ。おじさんがお片付けしておくね」
口調は優しいが、顔は強張っている。
「あっ、いや……、私が店員さんに届けておきますから……」
「僕が渡してきますよ。どうぞお気になさらずに!」
男性はそう言うと、俺から精肉のパックを奪い取ろうとした。その時である。
「お客様、どうされましたか?」
強面の男性警備員が目の前に立ちはだかっていた。
「あっ、いや……、娘とお菓子を買いに来たら、棚にこのお肉が……」
「酷いですね……。最近、多いんですよ。後程、防犯カメラの映像を確認しておきます」
「お巡りさん、お片付け、お片付け!」
「二子ちゃん、この人はお巡りさんじゃなくて……」
「お嬢ちゃん、このお肉は警備員のおじちゃんがお片付けしておくね!」
「うん!」
そういや、俺から精肉のパックを奪い取ろうとした男性は……。気が付くと、彼は忽然と姿を消していた。繰り返すが、もしも無関係だったならば、申し訳のないことをしてしまったと猛省する。さて、真相はいかに……。
文:清掃氏 絵:清掃氏・ekakie(えかきえ)・コムギ
この拙いブログに息吹を吹き込んでくださるイラスト。お二人の絵師さんのブログもよろしくお願いいたします。
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国立大学卒トイレ清掃員@fukunokaori
超能力者じゃないから言われないと分からないことはたくさんある。 だけど、これは言われなくてもダメなことだと分かる。 何の事かと言うと、「やっぱいらない」と買うのをやめるのは悪くない。 でもさ、どうして元の場所へ戻せないの? 誰か… https://t.co/P9SnfD1UGU
2021年02月07日 17:03
女の子には魅力たっぷりな食玩ですね。
味しらべではなく、揚げしらべ。北海道限定商品ですが、ネット購入できるようですね。
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