ハトくんはとある町で暮らしています。


その町には人間のおうちが立ち並び、きれいな川が流れ、小高い丘や森もあり、ハトくんの空中散歩コースには、高いところを走るモノレールという電車も通っています。

ハトくんはその町をとっても気に入っています。


ハトくんにはイヌワシくんと、カワセミくんという仲のよい友達がいます。

そしてそのふたりは、ハトくんのあこがれでもあります。


イヌワシくんはとっても大きくて強くて、いつもゆうゆうと空を飛んでいます。

ハトくんはイヌワシくんと散歩すると、いつもそのスピードについていけず、イヌワシくんはしょっちゅう電線や木の上で待っていてくれるのです。

「遅かったじゃないか、ハトくん。よし、ぼくの背中にしっかりとつかまるんだ。口ばしでぼくの毛をくわえたっていいんだぜ。それじゃ、散歩のつづきだ」

そういってふたたびゆうゆうと、ハトくんが飛んだことのない高さまで飛んで、大好きな町の全景を一望させてくれるのです。


もうひとりの友達カワセミくんは、見た目もきれいでスポーツ万能。
背中は美しい青色で、おなかはあざやかなオレンジ色。

その宝石のような姿は、いつもハトくんをほれぼれとさせるのです。

「うらやましいよ、カワセミくん。君はどうしてそんなにきれいなの?」
と聞くと、カワセミくんは、

「そんなことないよ、ハトくん。君のロマンスグレーの羽の色だってかっこいいよ。それに首元のグリーンもオシャレだぜ。」

そうサラリと言うのです。
それがまた格好良くて、ますますハトくんはカワセミくんのことが好きになるのでした。


あこがれのふたりは狩りの名手でもあるのです。

イヌワシくんは、空中の高いところか狙いをさだめ、ヘビをとったり、川の魚を捕まえます。
畑でわるさをしているネズミを捕まえて、農家のおじさんに感謝されたことも一度や二度ではありません。


カワセミくんは、川辺での優秀なハンター。
その小さな体から、どうしてそんなにスピードが出るのだろう、と思わせるほどのすばやさで、フナやオイカワを見事につかまえて、口にくわえたまま、またサラリとした顔で戻ってくるのです。

いっぽうのハトくんはといえば。
狩りは大の苦手。
「ぼくはあらそいごとは嫌いなんだ。世間ではハト派って呼ばれているんだ」
と冗談を言いながら、しょっちゅうふたりのおこぼれにあずかっているのです。


そんなハトくんの食卓は、川の隣にある畑の草たち。
一番の好物はホトケノザという草で、ピンク色の花を咲かせ、目でも楽しめるご馳走なのです。

ハトくんの好きな季節は春のおわり。
なぜかといえば、畑に色とりどりのきれいな花が咲くから。

特にお気に入りは、ツルいっぱいに濃いピンク色の花を咲かせる野菜。それはホトケノザよりもっとピンクの、かれんで美しい花でした。


その畑ではハトくん以外の動物もちらほら見かけます。

なかでもネズミの群れがよくあらわれて、収穫間近の野菜をこっそり取っては、大玉送りの要領で、すみかの穴の奥へと運んでいました。

一度ネズミたちは、ハトくんがいることに気づいて、
「誰か見ているぞ」
と、一瞬ギクリとしたのですが、
「ふん、なんだハトか。心配して損したな。」
と鼻で笑って、また何ごともなかったかのように作業をはじめました。

ハトくんは勇気をだして注意しようとしましたが、そこはあらそいごとがきらいな臆病な性格。
結局、見て見ぬふりをしたまま、黙々と畑でのランチをつづけたのでした。


ある日のこと。
いつものようにハトくんが、春風のしたで気持ちよく草をついばんでいると突然、

「こら!このぬすっとめ!」

と、大きな声がしました。
びっくりして顔をあげると、そこには農家のおじさんが真っ赤な顔をして立っていました。

「お前だろう、俺が大事に育てたエンドウを盗んでいったのは!」

「ちがいます、おじさん。ぼくはいつも、ここにある草を食べているだけです。」
ハトくんはチャームポイントの鳩胸を、ドキドキさせながら答えました。

すると農家のおじさんは、
「嘘をつくんじゃない。いつもこのエンドウの花を見つめているじゃないか。こっちはしっかり見ているんだぞ。」

ハトくんはお気に入りの濃いピンク色の正体が、エンドウの花であることを初めて知りました。

それと同時に、その花のツルになった緑色をしたサヤのような野菜を、ネズミたちが大玉送りで運んでいたのを思いだしたのです。

ハトくんはあわてて言いました。
「おじさん、それはネズミたちのしわざです。ぼく、はっきり見たんです。」

農家のおじさんは言いました。
「うそをつくな。そんな言い訳が通用すると思ってるのか。」

「本当です。本当なんです。信じて下さい!」

「わかった。お前がそれを見ていたのは信じてやろう。見ていながらどうしてやめろと言わなかったんだ。」

「それは。それは、ぼくが臆病だから…」
ハトくんはうつむきながら答えました。

おじさんはこう言いました。

「まったく、だからハトはだめなんだ。同じ鳥でもイヌワシやカワセミとは大違いだ。

イヌワシはこの前、わるさをしていたネズミを捕まえてくれた。
カワセミは、そのスピードで空の上からネズミたちを威かくしてくれる。

そしてイヌワシもカワセミも、その美しい姿で農作業をするわれわれの心を癒してくれるんだ。

それに比べて、ハトはなんだ。地味で臆病で、できることと言えば言い訳をすることくらいじゃないか。」


ハトくんはとても悲しくなりました。
「ごめんなさい…本当にごめんなさい。」
気づけばハトくんは赤い目をさらに赤くさせて、大粒の涙をこぼしていました。

「ごめんなさい、おじさん。ぼくがわるいんです。ぼくがハトだから…臆病なハトだから。」


うつむいて泣きつづけるハトくんに、農家のおじさんもいじらしくなってきました。

「もう、いい。お前さんの気持ちはわかった。おれも少し言いすぎた。」
そう言うとおもむろに土の上に置いてあるカゴの中に手を伸ばしました。

「これ、持っていけ。」
おじさんは袋をハトくんの首にかけました。

首にかけられた袋はずしりとした重さです。

「この中には大きくなりすぎたエンドウが入っている。大きくなるとサヤと豆がかたくなって売り物にならないんだ。これをお前にやろう。」

ハトくんはまだ泣きつづけていますが、同じ涙でも今度は嬉し涙。

ハトくんはおじさんのやさしさが嬉しくて、言葉になりません。
「クルックー…」ひとこと言うのが精一杯。

そしてやっと心が落ち着いたハトくんは、おじさんにこう言いました。

「おじさん、ありがとう。このことは忘れません。ひとつお礼をさせて下さい。
今度わるさをするネズミたちが来たら、ぼくがかならず畑から追い出してみせます。」

おじさんは一瞬、あっけにとられ、吹き出しそうになりましたが、ハトくんのあまりに真剣な表情を見て、

「そうかい、それじゃ楽しみにしてるよ。だけど無理するなよ。」

と言い残して、にやりと笑って納屋の方へと歩いて行きました。



さぁそれから、がぜんやる気になったハトくん。
ハトくんにはとっておきの作戦があったのです。

その夜ハトくんは、イヌワシくんとカワセミくんを呼びだして、自分のとっておきの作戦を披露しました。

その作戦とはこうです。

ハトくんは空を飛ぶのも歩くのもそんなに得意じゃないけれど、ひとつだけ自慢できるものがあるのです。
それはつきだした大きな胸のなかに、たくさんの息をためられること。
くちばしに玉をくわえて、全力でフーッ!と吹き出してネズミに当てれば、きっと鉄砲のかわりになる。

と、いうものでした。

それを聞いていたイヌワシくんとカワセミくんは、経験豊富な狩りのプロ。
とたんに心配になって、ハトくんに思いとどまるよう説得しました。

「一発当たっても、向こうは群れで来てるんだろう。大勢で立ち向かってこられたら、それこそひとたまりもないぞ。」

するとハトくんはこう答えました。
「ぼくは歩くたびに首を動かせるんだ。連射をすればきっと大丈夫さ。」

「ネズミはどう猛なんだぜ?ヤツらの歯は毎日木で研いでいるから、とても鋭いんだ。噛まれたら首を取られちゃうかもしれないぞ。」

ハトくんは答えました。
「いざとなったら飛んで逃げるよ。ぼくには羽があるからね。」


ふたりが止めるのも聞かずに、ハトくんはせっせと用意を始めました。

鉄砲の玉として選んだのは、おじさんからもらったエンドウ豆。

かたくなったサヤのスジを、くちばしで丁寧につまんで、すーっと引いていきます。
するとそこから、みどり色のエンドウ豆が出てきます。

大きさもかたさも申し分ありません。

「よし、これならいける!」
ハトくんはめずらしく自信に満ちた顔で、鳩胸をドンと叩いたのでした。



その夜は満月でした。
エンドウが鈴なりになっている、よく晴れた日を狙ってネズミたちはやってくるとハトくんは読んでいました。

ハトくんは畑の片すみでそっと息をひそめて、待ち構えることにしました。
エンドウのピンク色の花も、月光に照らされておぼろげに美しく見えています。

丸い月が雲間にかくれたそのときです。
「いまだ、行くぞ。」
との声が、闇夜に小さくひびきました。

目をこらして見ると、ゆうに10匹はいるでしょうか。
そのネズミの集団がエンドウのツルの下に集まってきました。

「よし、今なら誰もいない。エンドウを片っぱしからとってかえるぞ。」
親分らしきネズミが言うと、子分のネズミたちは一斉に「チュー!」と雄叫びを上げました。

「やめるんだ、ネズミたち!それはドロボウだぞ。」
ハトくんが草むらの茂みから姿をあらわしました。

一瞬ネズミたちは立ち止まり、逃げる準備をしましたが、その声の主がハトくんだと知ると、安心した一匹の子分ネズミが嫌みたっぷりにこう言いました。

「なんだ、あの臆病ハトか。お前なんかに何ができる?しょぼくれて草でも食べてるのお似合いだぜ。」

まわりのネズミたちも、嫌みたっぷりにチューチュー笑いました。

その瞬間。

フーッ!ビシッ!

先頭にいたネズミが急所の鼻を押さえて倒れました。

フーッ!ビシッ!

その後ろのネズミも倒れました。

「何をしたんだ、ハトめ!」
親分ネズミのうろたえた声が闇夜にひびきます。

ハトくんは間髪を入れず、フーッ!フーッ!と連射をしていきます。

急所の鼻を見事に狙われたネズミたちは、次々と気絶していきます。
気がつけば10匹ほどいたネズミは3匹になっていました。

「一時たいきゃく!」
親分たちはたまらず、茂みにかくれました。

ハトくんがくちばしに玉ごめをしていると、そのすきに3匹のネズミたちは作戦会議を始めました。

残ったのは親分と番頭と新入り。
経験の多い番頭が作戦をたてます。
「まず、新入りが大騒ぎをしてチュー意をひきつけるんだ。そのすきに私がハトの後ろに回る。足を押さえれば首も動かないだろうから、その瞬間に親分が飛びかかって首に噛みついてくだせえ。」
さすがは経験豊富な番頭。的確に作戦を伝えました。


そして。
いざ最終決戦のときがきました。

「おーい、ハトよ。私はここだ、打ってみろ!」
新入りのネズミが暗やみから突然飛び出しました。
その新入りは若さが取り柄、右へ左へと素早く動きながらハトくんのもとへ走っていきます。

フーッ!フーッ!フーッ!フーッ!フーッ!ビシッ!

雲間からふたたび満月が見えたその瞬間。
新入りネズミのしゅんびんな動きをとらえて、ハトくんが見事に命中させました。

そのときです。
ハトくんが新入りネズミのすばやい動きをとらえることに集中しているあいだに、ひそかに後ろにまわった番頭が、ハトくんの両足をグイとつかみました。

ハトくんは羽をバタバタさせますが、どうにも足は動きません。

「今だ親分、やっちゃって下さい!」
番頭の声が畑にこだまします。

「チューッ!!」
茂みにいた親分が走り出しました。

「ハトめ、覚悟しろ!」
親分はよく研がれた前歯を、キラリと月明かりに光らせました。

フーッ。
ハトくんは必死に豆鉄砲を吹きますが、足と首が動かなければ、いきおいもスピードも半減します。まして連射などできるはずもありません。

親分はその玉をゆうゆうとかわし、ついにハトくんの首元に向かって飛びかかりました。

その瞬間です。


ヒュー-ッ!!


月夜の畑に鋭い音が響き渡りました。

最初に声をあげたのは親分。
「うわっ、どういうことだ。おれの自慢の前歯がなくなっている!」

つづいて声をあげたのは番頭。
「ひえー、助けてくれ!おれは高いところが苦手なんだ。」

ハトくんは何がおこったのかわかりません。

ただ、身動きがとれなかった両足が軽くなって、目の前で親分ネズミが口を押さえて泣いていることだけはわかりました。

そうです。
畑を見下ろす木の上から、心配でいてもたってもいられず、こっそり見ていたイヌワシくんとカワセミくんが、ハトくんの窮地を救ったのです。

まずカワセミくんが、目にもとまらぬ速さで突進し、くちばしで親分ネズミの前歯をパキンと折ったのです。

それを見たイヌワシくんが番頭ネズミを足でつかんで、ハトくんをうまく地上に残したまま、すばやく空中へとつれさったのです。



気絶からさめ、命からがら逃げだしたネズミたちに、イヌワシくんがこう言いました。
「ネズミたちよ、ハトくんは私の大切な親友だ。」

つづけてカワセミくんがこう言いました。
「もしまたこの畑でわるさをすれば、次もわれわれが相手をするぞ!」

月夜の畑に静けさが戻りました。
イヌワシくんとカワセミくんは、ハトくんの肩をたたいて、激闘をねぎらいました。

ハトくんの目には涙が浮かんでいます。
「ありがとう、ふたりとも。ありがとう。」
そして、何度も何度もお礼を言いました。

するとイヌワシくんがからかいます。
「なんだ、臆病はなおったのに、ちっとも泣き虫は治ってないじゃないか。」

「ち、ちがうよ。ちょっと肥料が目に染みただけさ。」

そういって皆で、いつまでも笑いあうのでした。



あくる朝。

農家のおじさんが
「またエンドウを盗まれていないか。」
と気をもみながら畑にやって来ると、畑はまったくの無事。

エンドウだけではなく、かぶもキャベツも大根も昨日と変わらない様子ですくすくと育っていました。

ただひとつ、昨日とちがうのは──。


エンドウのツルの下に、かたくて大きなエンドウ豆がいくつも散らばっていました。
そして無数の動物の足あとと、きらりと光る前歯が2本落ちているのです。

それを見たおじさんは、すべてを悟りました。

「ああ、これはあのハトにあげたエンドウ豆。あのハトは見事にネズミ退治をやってのけたんだ。」


それからというもの、畑にはハトの豆鉄砲を食らったネズミがあらわれることはありませんでした。


ハトくんはおじさんから何度もお礼を言われ、そしておじさんたってのお願いを聞き入れて、はれて畑の番鳥に就任しました。

イヌワシくんとカワセミくんが心配して、たまにこっそりとやってくるのをよそに、忙しくて楽しい毎日をすごしています。

大好物のホトケノザの草むらに、おじさんが立て札を立ててくれました。

そこには、
「ここはハトの食堂、立ち入るべからず」
と、書かれています。

そして。

その立て札の裏に小さく、ハトくんのこんな言葉も書かれていることは──。

まだ誰も知りません。





「勇気をだして一歩ふみだせば
    きっと、希望の明日がクルックー」






おしまい。