命日

テーマ:

 

今回はちょっとセンチなお話ですが、お許しください。

 

先日、兄の命日で、彼が眠る鎌倉霊園に私の息子とお墓参りにいってきました。
兄は3年前、50歳になる直前に、「食道がん」で他界しました。
とてもお酒と煙草を嗜む人だったので、その影響が大きかったのかもしれません。
まだうちの親は健在なので、「逆縁の悲しみ」を親にあたえた親不孝者と言えます。
亡くなる直前に実はキリスト教の洗礼を受けていたことを家族がはじめて知り、
慌てて教会に連絡をとり、教会で式をし、教会のお墓で眠っています。

 

兄とは3つ違い。面倒見のいい人で、小さい時はよく兄について川だの山だのに行き、

遊んでもらいました。学校の成績が良く、小学校の時は児童会長、中学生の時は

生徒会長という優等生。中学生の時にはアメリカの姉妹都市に、市の代表で

交換留学生に選ばれ派遣されるほどでした。一方、自分は成績は悪くはないけど

社交性のないひねくれた性格だったので、兄を知る先生に「兄は優秀だったけど

お前は…」とよく比較されダメ出しされたのを覚えています(笑)

 

兄は子どもの時からたいへんな読書家で、お小遣いすべてを本代に費やすような人でした。「本多勝一」「資本論」「大江健三郎」といった中高生らしくない社会派のタイトルから、

「松本清張」などの小説、「村上龍」などの当時の新進作家、そして漫画まで、

本で溢れかえっていました。兄の影響で兄の本棚の本をよく読みました。

今こうして出版社で編集長をしているのは兄のおかげなのかなと感謝しています。

 

兄は社会福祉畑に進み、大学で社会福祉の准教授をしながら、親に養育能力がない

子供たちを一緒に暮らして育てるグループホームを運営していました。

最初に兄がグループホームで育てた子は、今では立派に兄と同じように恵まれない

子供たちを育てる仕事をしています。彼もまた、私と同じように兄に育てられたのでしょう。

兄の遺志を継いだ子どもたちがいるのかなと思うと、短い生涯も救われる気がします。

 

…それでもやはり文句の一つも言いたくなりますね。「ちょっと短すぎるだろう」と。
他者のために生きたような人でしたが、ただ健康で生きることも近くにいる他者の

ためだなあと思います。

 

私もそろそろ兄の歳を超えて50歳になります。
「ちゃんと親を看取るまでは生きるから」と墓前に誓ってきました。
なので、安心して眠っていいからね。

 

AD