海外へサッカーで冒険を目指す少年とそれとは違う野望を持つただのオッサンの話
3歳のサッカー少年が本気に目指す海外挑戦!!
スパルタでも英才教育でもなく、やりたいときにやりたいだけサッカーに向き合う少年!!
環境のせいなのか、自宅には無数のサッカー選手達が集う...
その影響からサッカー大好き人間に...

背中で隠しながらボールを奪いに行く


強度高くボールを奪いに行くことはできるようになってきた子どもたち。しかし、まだパスラインを消しながらというところまでは至っていない。

「切る」というワードがいまいち落ちづらく、今回は「背中で隠す」という表現を選択してみた。


強度だけでは足りない

選手たちは強度を上げればいいと思っている節がある。でも、そこに思考が伴っていないといけない。

ただ強度を上げるとなると、走りまくる印象になってしまう。もちろん、量をこなさないと質は上げられないのも事実。だが、同時に思考の強度も上げていきたい。

これが意外と難しい。選手に響く言い方を日々探している。


今日の観察から見えた改善点

風が非常に強かったので、ゲームクリアランスでトレーニングを実施。選手たちの動きを観察する中で、いくつかの課題が見えてきた。


具体的な改善ポイント

  1. ボールと相手の間に身体を入れるタイミング
    プレスに行く瞬間は意識できているが、その直前の「身体の向き」の準備が遅れている。背中で隠すためには、アプローチの1歩前から身体の向きを調整する必要がある。
  2. パスコースの優先順位を読む力
    相手が出せるパスコース全てを消そうとして中途半端になっている。まずは「一番危険なコース」を背中で隠し、次のパスコースへの対応を考える段階的な思考が必要。
  3. 強度と持続性のバランス
    全力で追いかけることに集中しすぎて、2本目、3本目のプレスで息切れしている選手が目立つ。「いつ全力を出すか」という判断力も思考の強度のうち。
  4. 味方との連動イメージ
    自分が背中で隠したコースを、味方がどうカバーするかまでの想像ができていない。個人戦術だけでなく、グループ戦術としての理解を深める必要がある。


次への一歩

新たなアプローチを試し、観察を重ねる中で少しずつ見えてくるもの。

身体的な強度と思考の強度。両方を高めていくための指導言語を、これからも探求していきたい。


『強度は激しさのみの話ではないことを学ばないといけない』



※この感覚、わかる人にしかわからないと思う。




いつもこの朝の5時半くらいがドキドキする。

寝ても大概の夢はフットボールで頭が休まってる時間などない…と自分で思うくらい夢をみる。

起きて、映像編集と黒板に書き込みをするが、その時もドキドキが止まらん。

その正体は毎朝の走り!

約5km。

少しなのに毎日となるとキツイ、辛いと思いやがる。

毎日同じコース。

理由は決めたことをやる!

それで運をいただきにいく。

これに関しては、趣味でもないし、ダイエットでもない。

ただ走ることを自分はあまり好きではないが、自分へのハードルとして準備したこと。

シドウシャという立場は勘違いをしやすい。

自分はフットボールを伝えるだけなのに、なぜか?その場で誰よりも偉くなったかのようになる。

全くそんな事はない。

子供や選手に厳しいことを言ったり、課したりする。

なのに自分は居心地のいい場所でなんとなく生きていく…

そんな事は到底できるわけがない。

これをもし、1度でもサボる事があれば、試合に負けることになるであろう!とまで追い込む。

そうなると弱い人間の僕ですら、続けられる。

毎回のトレーニングメニューもそう。

適当ではなく、本気で数時間かけて作る。

基本的には同じのはないが、同じことをやるにしても伝える事が違う。

手を抜くというものがあれば、いくらでも抜けるが、抜くことに意味を見出せない。

悪い方向にいくとわかっているのにそれはできない。

この朝のドキドキは、なくてはならないものになってる。

今日も走るし、決めたことをやる。

やらないという選択肢はそもそもない。

やるか?やらないか?

の天秤は数十年前にぶっ壊した。

決めたらやるだけ。

そこに関しては負けたくないと思って生きてる。

ブラクラの選手達が今、取り組んでいるリフティング。

これも毎日15分。

決めたことをやるだけ!

頑張ろう。




ブラクラは以前は、個の育成に特化したクラブを目指していた。

でも今は完全に

『個の育成を大事にしてチームとして勝利を目指す育成』

これを目指している。

なんで心変わりが起きたのか?

それはある方の一言だった。

『可哀想なサッカー選手を育てるな』

今でも忘れないこの言葉。

どこか勝てない理由を探していたように感じた。

そこからどんなジャンルも問わず学びを進めた。

チームマネージメント、戦術、個をチームに活かす理論、学べるものはなんでも学び続けている。

昔は努力だと思っていたことが、今は目の前の選手達を少しでも成長させたくて頑張ることができている。

だから選手達に感謝をしなければいけない。

自分にいつもそう思わせてくれる選手達に。

個の育成というのであれば、個が輝かなければいけない。

勝利を目指す育成なら、試合には勝たなければいけない。

このどちらも結果で証明しなければいけないことだと思っている。

でも、勝利よりも価値という曖昧な表現ではズルいなぁと感じてしまう。

タイムリーな話をすると、

今週末の青森県から8人選出されたU-12東北トレセンは8人中4人がvibolaでU-11県トレセンは6名選出して頂きました。

個の育成は数値化できないのでこういう部分で評価していただくことが大事だと思っている。

もちろん全てではない。

チームとしては、ブラクラ全体でこの4年間で全国大会4度、東北大会7度、リーグ優勝6回、優勝回数は20回を越える。

何度も言うが結果だけが全てではないが、クラブというものは、証明していかなければいけない。

自分は子供の将来に携わる仕事をさせて頂いている感覚を持っている。

ご家庭から、お金をいただいている。

子供が成長する感覚を自分たちで手にいれる手助けは誰にでもできることではない。

今の八戸はたくさんのチームができている。

これは本当に素晴らしいこと。

合う、合わないは選べる。

今しかない子供達の将来をしっかりと経験、体験してほしいと心から思っている。

そのことだけを考えてまた今日から全カテゴリー最高の頂を目指す。

昨日は試合後に八戸に戻ってトレーニングをした。

細部に目を向けて観察して課題と改善案を構築した。

譲れないものがある。こういう作業が本当に楽しい。

今在籍してくれている選手達を更に成長して頂き

また新たな選手達にも出会える。

ブラクラは今後、新たな選手を募集して色んな経験と体験を提供していくクラブを目指します。




「今日は自信があるが、明日は不安だ」

「試合の結果次第で、やる気が大きく変わってしまう」

そんな悩みを抱えていないだろうか。実は、自信には「安定したもの」と「不安定なもの」の2種類が存在する。

アスリートが最高のパフォーマンスを発揮するために欠かせない「自信の作り方」


1. 自信には「2つの種類」がある

自信をどこから得ているかによって、その安定感は劇的に変わる。

 * 不安定な自信(結果依存型)

   「勝った」「決めた」といった結果から得る自信だ。結果は相手や運にも左右されるため、100%コントロールすることはできない。

そのため、結果が出ないと一気に自信を失うリスクを孕んでいる。

 * 安定した自信(プロセス依存型)

   自分が積み上げてきた努力、プロセス、準備から得る自信だ。これらは「自分がどう動いたか」というコントロール可能な要素に基づいているため、どんな状況でも揺らぎにくいのが特徴だ。


2. 「結果」に頼りすぎると起きるデメリット

結果だけで自分を評価していると、メンタルに大きな「波」が生まれる。

 * 自信の波: 良い時はいいが、一度崩れると立ち直れなくなる。

 * モチベーションの波: 自信がない時は挑戦を避けるようになり、成長が止まる。

 * パフォーマンスの波: メンタルが不安定だと、実力を発揮できる確率が下がってしまう。


3. 一流の選手が「プロセス」を重視する理由

もちろん、勝負の世界では結果がすべてだ。

しかし、その結果を出す確率を最大限に高めるには、「自分がコントロールできること」に集中するほかない。

「これだけ準備した」「この練習をやり遂げた」という安定した自信が土台にあるからこそ、プレッシャーのかかる場面でも一歩踏み出す勇気が生まれるのだ。


今日から意識すべきこと

今日から、その日の「結果」だけでなく、「自分が何をしたか(プロセス)」に目を向けるべきだ。

小さな成功体験や努力を自分自身で認めることで、どんな時も自分自身を支えてくれる「本物の自信」が育っていく。


なんでメンタルに目を向けたか?

今愚息達に試していることがあって、その時期から愚息達がいろんな変化を見せてくれた。

Footballを今以上に好きになり、自ら新たな楽しさに出会えるのが、この考え方の特徴。

楽しさには自信という部分が不可欠。




以下は引用


子育ては1回。多くても数回。しかも最初の子の子育てはみんな「しろうと」だ。

だから親は、感情をこらえて、熟慮して最初の子育てに挑むこと。


 子どもはどうしてサッカーをするのか、というと、「楽しいから」です。

ところが親は、「もっとこうしたら?」と、自分がやってほしいことを子どもに言ってしまう。

それは、サッカーそのものを楽しんでいる子どもの領域に土足で踏みこみ、楽しみを奪うことになるのです。


 試合前に、なんとか息子に気合いを入れてやらなきゃ、とあれこれ言い聞かせるお父さんもいますが、それも逆効果です。

発破はコーチがかけるもの、仲間たちがお互いにかけあうものです。

サッカーに関しては、喝を入れるのは親の仕事ではありません。

親はハラハラドキドキ、祈りながら見ているしかないのです。

子どもは自分で声を出し、その声を聞いて「やる気」を出しているのですから。

 

親は自分が心配だから子どもにあれこれ言うだけなんです。親の心配を子どもの頭に乗せて、子どもを試合に送り出してしまう。

それでは子どもは力を発揮できません。心配を口に出すのは、子どもに心配事の暗示をかけるということなんです。

不吉な予言をしているようなものです。

 

 北京五輪で二冠を達成したとき、競泳の北島康介選手にコーチが競技前にかけた言葉は、

「勇気を持って、ゆっくり行け」だったそうです。緊張している子どもをいかにリラックスさせるかが大事なのです。


『親が子どもの「伸びしろ」を越えてはいけない』


 そう考えると、親の側は常に言いたいことを我慢しなければならないのだから物足りないですよね。

でも、それしかできない。それに尽きるんじゃないでしょうか。

 一番いいサポート方法は、とにかく自分の子どものファンになること。ファンは、ずかずか出てきて「ああしろ、こうしろ」とは言わないものでしょう? 

「素敵!」「がんばって!」と祈るだけです。

それでも伸びなければ才能がないのだから、しょうがないんですよ。


 子どもが好きで一生懸命やっているスポーツを、親がずっとつきあうことができたら、それはすごく素敵なことだと思います。

でも、それには相当の忍耐力が必要です。

子どもの役に立ちたいのなら、じっとついていくことです。

 親は子どもに伸びしろがあると信じたいものですが、伸びしろとは、子どもの意識の上限までだと思うんです。

それより上に親が先回りしたら、子どもの伸びしろがなくなっちゃう。

伸びしろは、親が引っぱりあげるものではなく、子どもの意識の下から押し上げるものです。

 野球のイチロー選手のお父さんは、何も言わずに何度も野球を見に連れて行き、本人が「野球選手になりたい」と言い出すまで、ずっと待っていたそうです。

練習に付きあうときも、イチロー選手の「もっとやりたい」という気持ちを越えないように、ずっと待っていたそうですよ。

 つまり、親は子どもの意識よりちょっと低めのところで応援しなければいけないんです。

その忍耐がないのなら、送り迎えだけして、あとはコーチにお任せしたほうがいいでしょう。

 もし、子どもに言いすぎてしまい「しまった」と思ったなら、素直に親も子どもに謝ることです。

「ごめん」「これは君が考えることだよね」と伝えれば子どもはちゃんと親を許しますから。かえって、謝ってくれたお父さんに対して、「ああ、お父さんも僕のことを一生懸命考えてくれてるんだな」と、いい感じになるかもしれません。


生活面での「責任」を教えることが大前提

 子どもに対するコーチングで大切なことは、子どもを愛することと、「責任」、つまり、物事の因果関係を教えて子どもの自律心を養うこと、そして、人の役に立つ喜びを教えることです。

 イチロー選手にしてもプロゴルファーの石川遼選手にしても、プレーだけが素晴らしく、あとはダメという人ではありません。彼らは、傲慢じゃないですよね。彼らのプレーの「やる気」には、世の中の人のためになりたい、みんなを楽しませたい、元気にさせたいという思いが感じられます。それは生活面できちんとやることをやって、プラス、スポーツがあるということが家庭で徹底されてきていたからだと思うんです。

 親にとって一番大事なことは、発破をかけることではなく、日常生活の中できちんとすべきことを教えていくこと。そして、その上でスポーツの応援をしていくということなのではないかと思います。