ヒーローになろうとして股が大変なことになった | 如月隼人のブログ

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またまた、中国に留学していた時の話です(なんか、年寄りが昔話を繰り返しているみたいになってきた)。


季節は冬。夕方といっても、もう暗くなりかけていた。たそがれ時。たまたま女子寮の前を歩いていた。「たまたま」ですぞ。あくまで。


そうしたら、女子寮の入り口から、日本人の女子留学生がひとり駆け出してきた。ちょっとひきつった顔をしている。顔見知りです。私を見て、話しはじめた。


なんでもある部屋のドアの隙間から焦げくさい臭いがする。T子さんという日本人留学生の一人部屋。T子さんは不在。お料理のための電熱器をつけっぱなしにして、消すのを忘れて外出してしまったのではないか、ということでした。


そりゃ、大変だ。ということで、T子さんの部屋の前に急行した。たしかに、中から臭いがただよっている。自室で料理をする留学生も、けっこう多かったんですよ。T子さんは、料理好き・料理上手で評判だった。


管理人がいれば合鍵で開けてくれるはずだけど、管理人も不在。T子さんの部屋の前には、日本人を中心に女子学生が集まって、「どうしよう」なんて騒いでいる。


「どうしよう」たって、放っておけば火事になる。ドアを壊しても、入るしかないではないか。ということで、皆を少し下がらせて、ノブの部分を全力で蹴飛ばした。


ドアはあっけなく開きました。いや、あっけなさすぎた。


中国、特に北京あたりで家具や部屋の内装に使っている木って、わりと「すかすか」した木質のものが多かった。日本の桐みたいに軽いながらも緻密というわけじゃない。はっきり言って、安っぽい木材です。まあ、その土地、その土地で産出する木材はいろいろあるだろうから、この点について悪口をいうべきじゃないな。


とにかく、そんな材質で作られているドアで、鍵の取り付け場所は簡単に壊れた。ほとんど抵抗を感じないぐらいだった。


私といえば、蹴り1発で鍵の部分を破壊するしかないと思っていたから、短い足を思い切り高く上げて全力で蹴ったわけです。予想とはずいぶん違ったので力が余り、私は大股を開いたまま尻もちをついた。自慢じゃないけど、股関節は固い。いたたたたた。完全に開き切った股は、すぐに閉じることもできない。


なんとか股を閉じようと、床に腰を落としたまま呻吟している私のそばを、女子学生の一群が「どどどどど」という勢いで通り過ぎた。彼女らはすぐに電熱器のコンセントを抜き、ことなきを得た。シチューとかスープを作っていたみたいで、大鍋の中味は焦げ付いていたけど、出火はしていませんでした。


ううむ。ドアを蹴破ったまではよかったけど、その後が情けなかった。カッコよいヒーローになり損ねてしまった。電源を切ってから、女子学生の何人かは「大丈夫ですか」なんて声をかけてくれたけど、その視線には、かすかではあるけど「あら、無理しちゃったのね」という憐れみの色があった。少なくとも私の主観では、そう感じた。


股関節は数日間、痛みました。とほほ。


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T子さんとは、それまでも面識はあったのですが、「事件」をきっかけに、話したりすることがもう少し増えた。しばらくして「お礼」ということで、自作のお料理を食べさせていただいた。しっかりとした和食で嬉しかった。


食事が終わってからもT子さんの部屋でいろいろと話しこみ、T子さんが留学生活を続けていけるかどうかで悩んでいると聞いた。


なんでも、中学・高校と女子校に通い、卒業後すぐに北京に来た。もともと男性が苦手である上、いきなり外国人男性の中に放り込まれてしまったようで恐い、とのことでした。たしかに欧米系、アフリカ系、アラブ系なんていろいろな国からの留学生がいるし、男性の方がずっと多かった。


留学してカルチャー・ショックを受ける人もいるのですが、T子さんの場合には男性に対する恐怖心も増幅してしまったみたいでした。


アドバイスも難しいのですが、「とにかく授業だけは出た方がいいよ。男性が恐いというなら、できるだけ日本人の女子学生とグループになるようにすればどうだろう。男の方を見ないようにすればよい」と伝えました。


女性の部屋にあまり長居をするのもよくないので、適当に切り上げておいとました。部屋を去る際、T子さんは「私って、本当に男性とお話しすることだけでも、苦手なんです。相手が日本人でもだめなんです」なんて言い出した。


ところが、なぜか私は例外で、「男の人とお話ししている緊張を感じない。思ったことを言えて、気持ちが少し軽くなった」とのことでした。


自分の部屋に向う途中、私の胸の中の“公式見解”は「T子さんの心の状態が少しでも改善するのに役立ったなら、よかった、よかった」。ええと、男の子としての本音は「うむ。なかなかモテたではないか。股関節を痛めた甲斐があった。よかった、よかった」でありました。


しばらくして気づいた。私とだけは「緊張せずに話せる」って、どういうことだ? 要するに、男として見られていないだけではないか。別に「モテている」わけではなかった。改めて、とほほ。


その後、T子さんと立ち話をする機会も増えたけど、彼女の部屋に行くことはありませんでした。彼女が留学生活を立て直せるかどうかは気になっていたけど、「あなたの部屋に行きたい」とこちらから言うのも妙なものだし、特に一人部屋でしたからね。でしょ?


ひさやんさんなんかが、いろいろと憶測しそうなので、念のために付け加えました。本当だってば。